※趙活視点
趙活にとって、唐清荷は一言で言い表すのが難しい存在であった。
姉のような母のような、父のようで兄のようで、親友でありライバルでもある。
もっとも、どのような関係であれ、彼女が大切な存在だということだけは間違いなかった。
彼女の初めの出会いは、もはや思い出せないほど昔のことであった。
当時の記憶について、趙活は詳しく思い出せない。
しかし当初から、彼女が、肉親すらくれたことがないような無償の【愛】を捧げてくれた事は覚えている。
彼女の手、彼女の声。
朝は優しく声をかけて、夜は安らかに寝かしつける。
親のように自分に気遣い、注意する事もあり、それを煩わしく感じることもあったが、それはこちらを思っての発言だと幼心に理解できた。
自分はここに来たのは、彼女に出会うためだったと確信を得るほどだ。
実際、その当時の自分は彼女に対して没頭しすぎていた事だけは確かだ。
なにせ、かつて師母が亡くなる寸前に我らに向かって小師妹の世話を頼んだとき、師姉である清荷の愛を奪うライバルとして、小師妹に嫉妬を覚えてしまったくらいだからだ。
もっとも、その感情は小師妹の可愛さ愛らしさ、何より無垢さによってすぐになくなった。
その後、数十日もたたない頃には実の肉親以上になり、1年もたたないうちに師姉と同じく、自分以上に大切な人となっていた。
そこからの数年は間違いなく自分にとって黄金の月日であった。
確かに容姿で軽んじられることは多く、内弟子になれない苦悩はある。
が、それ以上に何かとこちらに気を賭けてくれる師兄や師父がおり、唐門での雑用や修業には成長の実感を感じる。
なによりも、小師妹がこちらに甘え、清師姉は甘やかしてくれるのだ。
2人の美少女と一番近い距離感で過ごせ、おかげで周囲から嫉妬されることもあるが、それすら細事に感じられる。
この時が永遠に続けばいいのに、そんな風に思える幸せな日々であったことは確かだ。
しかし、そんな幼年期は、終わりがきてしまった。
そして、その幸せな日々は続かない。
なぜなら、自分の心に生まれるべきではない【欲】が生まれてしまったから。
――そう、その【欲】の名は【性欲】。
愛や恋などの言葉で着飾ろうとも、その本質は変わらない。
自分の愛すべき人であり、守るべき人を肉欲のままに襲いたいというゲスじみた衝動だ。
無論、この感情が、普通の男女間で生まれ、そして行使されるなら問題はなかろう。
―――しかし、自分は【醜男】なのだ。
本来なら彼女たちのそばにいることすら、おこがましい。
本来の肉親にすら見捨てられたほど、罪深い容姿なのだ。
さらにいえば、【清荷】の自認が女性でないことも大きい。
彼女は男に対して恋やら愛やらの感情で見ることができない、彼女は幼い事そう告白してくれた。
小さい頃は、それなら師姉が奪われることはないと、純粋に弟目線で喜んでいた。
しかし、いまになって、この言葉のなんと重い事とか。
彼女が信頼して秘密を話してくれたのに、それを裏切るような思いを抱くなんて、恥知らずにもほどがある。
そして、何より罪深いのは。
――自分はこの感情を【師姉】だけではなく【小師妹】にすら向けてしまったことだ。
もう、これは完全に言い訳が立たない。
この感情が一人だけに、師姉だけに向けられたものならば、まだこの思いが純愛だったかもしれない。
しかし、自分はこの衝動は、なぜか小師妹に対しても湧き上がってしまったのだ。
……一応言い訳させてもらうと、はじめは違ったのだ。
しかし、思考を清師姉から外そうとすると、自然とその眼は近くの物へ吸い込まれてしまい、小師妹にまでそういった視線が向かうようになったしまったのだ。
許されない思いだ。
しかし、この衝動を止めることはできない。
しかし、止めなければ彼女たちとは付き合い続けられない。
この関係が何よりも大切だ、この関係じゃ我慢できない。
そんな矛盾した感情が渦巻き、悩ませる。
この時間が、以前にもましてより幸せなのに、地獄のようにも思える。
そうして、この拷問のような甘い時間は、唐突に終わりを迎えた。
それが、清師姉の門出だ。
「それじゃ、行ってくるからね~♪」
以前から話してはいたが、彼女は唐門本拠地から出ていくことになった。
もちろん永遠の別れではない。
曰く、あくまで見聞を広める為の旅であるし、この旅を通して、自身と唐門の武名を広めると息巻いていた。
彼女の本拠地はここであり、唐門を捨てるわけではないともいっていた。
「……本当?」
「いや、私を疑うんかい?
まぁ、気持ちはわかるけど」
――しかし、師姉の発言は唐門的には全く信用できるものではなかった。
なぜなら、唐門から出ていく多くの師姉妹たちが似たような事を言ってここをで行き、結局帰ってこないからだ。
別の門派に所属した、新たな商売のタネを見つけた、理由は様々ある。
そして、もっとも多いのは旅先での結婚であった。
「HAHAHA!私が結婚するなんてないない!
ほら、大師兄もあんなに外出してるのに、嫁の一人もできてないでしょ?
私も大丈夫大丈夫♪」
微塵も安心できない。
不安しかない。
ようやくこの地獄から解放されるという安堵感と師姉がいなくなる絶望感が同時に襲い掛かってくる。
手放したくないし、捨てられたくもない、もしものことがあったら。
そんな思いが積み重なり、思わず自分もついていくと申し出てみたが……。
「だ~め、そもそも師弟には小師妹がいるでしょ?
それに、師弟がいるから、安心して旅に出られるんだよ。
だからこそ、小師妹を任せたよ?彼女の師兄としても、恋人としても、ね♪」
その返事もこちらを心をかき乱すのには十分すぎる威力があった。
師姉にではあるが、自分の小師妹と関係を持つことを肯定的に受け取られたことや小師妹を預けられるくらい自分が頼られたことに対する喜び。
師姉に自分の彼女への思いがばれてないことに対しての安堵と絶望。
さらには、自分のこの一連の心境の変化のせいで、師姉が出て行ってしまったのではないか、そのせいで小師妹に味わわせなくてもいい別れの悲しさを味わわせてしまったのではないかという後悔。
そんな複雑な感情が自分の中で入り混じったのを覚えている。
そして、彼女が旅に出てからも、その思いは静まるどころかより深くなった。
彼女の武名や名声が聞こえてくるたびに、誇らしい思いと嫉妬の感情が湧いてきた。
根も葉もない噂を聞くたびに心がざわついた。
「ただいま~!師弟に小師妹!!
元気してたか~~?
うんうん!!私も会えてうれしいぞ!!」
そして、此方の思いも露知らず、帰ってくるたびに美しく、妖艶に。
しかし、中身は以前のまま、親しみやすく心暖かくなるそんな人柄なのだ。
もはや武名は大師兄に次ぐほどと言ってもいいはずなのに、中身は変わらず親しみやすい。
唐門のエリートはどこか抜けてなければいけないのか?
そんな考えすら湧いてくる。
かくして、悶々とした思いが溜まる中、趙活はその猛りをなんとか努力の方へと転換しようとした。
雑務を完璧に仕上げ、裏山で修業をし、秘笈を読み漁ることもあった。
――しかし、それでも一番自分が力を入れたのは、小師妹へ世話であった。
小師妹が好きだから。
かつての師母に頼まれたから。
性的に滾るから。
その笑顔が見れるのがうれしいから。
理由はいくつもあるが、一番大きい理由は師姉に頼まれたから、であろう。
そうだ、自分が彼女だけではなく小師妹へと色目を向けてしまったせいで、彼女はここから出て行ってしまったのだ。
例えそうでなくとも、趙活はそう思っているし、それゆえに後悔している。
だからこそ、これ以上後悔するのは嫌だ。
そんな思いを胸に秘め、趙活は頑張った。
――がんばった、のに……
「師兄……師兄……」
自分は、全て間違ってしまった。
あの時、小師妹を引き留めなかったこと。
なんとか、別の手段を探さなかったこと。
《誰かが責任を取らなければならない》
そして、よりにもよって、一番最後の選択肢で、自分の私情を優先させてしまったこと。
そう、自分はあの時アイツを殺すべきではなかったのだ。
憎いから、全ての元凶だから、すっきりしたいから。
そんな一時の思いを優先して、トドメを刺してしまった。
そのせいで、自分はすべてを失った。
世間では、自分は伝説だとか、全てを手に入れたとか言われているが、そんなことはない。
自分はやれるだけ全てをやったつもりだが、一番欲しいものはすべて掌からこぼれて行った。
周りの助けがあって、周りに支えられて、なおも一番守りたいものは何も守れなかったのだ。
師姉の愛も、師妹の愛も。
師姉から託された思いも、師妹の一番の願望も。
最後にたどり着けたかもしれない大団円すら、取り逃した。
ゆえに、この旅で終わりにするつもりであった。
それが、未練の事か、恋の事か、あるいはこの命かは知らない。
……それが、愛に見捨てられ、愛を見捨てた男にふさわしい末路だと思ったから……
「まってくれ!!!!
お願い、いかないで!!!!」
「いやだ!!お前がここからいなくなるなんて……。
やっと、ここまで来たのに!!!」
「小師妹のためだけじゃない!!!
私が、お前に残ってほしいんだよぉ!!!」
「ヤダ……だめ……。
いかないで……」
「……うぅ、あのね、恋とか好きとか、そういうのよくわかんないけど……。
でも、お前はここで一番大切な男なのはたしかなんだ」
「だからその……答えが出るまで、待っててくれない?」
訂正・ここからでも入れる保険があった。
かくして、趙活の放浪の旅はキャンセルになり、今しばらく唐門への在留が決定しましたとさ★
めでたしめでたし♪
「いや、そのな、これは……ちゃうねん。
だから、その、まだ告白まではしたつもりじゃないんだけど……だめ?」
「ダメ。
師姉はあきらめて」
「ダメに決まってるでしょ。
とりあえず、ここからやっぱ無理とか言ったら、お兄ちゃんが今度こそ死ぬからね♪」
めでたしめでたし♪(2回目)
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