最強と最恐の系譜は雷霆の申し子です   作:道化の作家

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 間が空いてしまって、すまねぇ。(最大限の謝罪)


第十三話 人の妹に手を出すとかとんだ畜生だな

 

 

 大観衆の拍手と喝采が万雷のように鳴り響く。

 

 闘技場(アンフィテアトルム)内のアリーナでは、今まさに【ガネーシャ・ファミリア】の調教師がモンスターを手懐けたところだった。

 

 都市東端に築き上げられた円形闘技場。周囲の建物より抜きん出て高く広い巨大施設は蒼穹にも届こうかという興奮の渦に包み込まれている。

 

「やっぱりガネーシャのとこ、すごいなー。調教(テイム)を簡単に成功させちゃって。あんなの真似できないや」

 

「そうですね。ただでさえ成功率は低いのに、こんな大舞台で……。兄さんにも観てほしかったなぁ〜」

 

「華もあるわよね、一々。ただ調教するんじゃなくて、観客を魅せる動きをしてる。お金も取れるわ、これなら」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)の観戦に来ているティオナと、レフィーヤ、ティオネは口々に感想を言う。朝早くから入場していた彼女達は他派閥の精鋭による数々の妙技に、素直に舌を巻いていた。

 

 華美な衣装を纏う調教師(テイマー)の麗人は一頻り拍手に応えると、すっかり大人しくなった虎のモンスターを連れて退場していく。入れ替わるように東西のゲートから現れたのは、屈強な男性の調教師と、尾を合わせれば体長7M(メドル)にも及ぼうかという大型の竜だ。

 

 観客の間にどよめきが走る中、凶悪な牙を覗かせるモンスターが唸り声を上げる。

 

「あんな大きいのもダンジョンから引っ張ってきたの?」

 

「そんなわけないでしょ、都市外(そと)から連れてきたのよ。竜種のモンスターなら、ダンジョンの産まれじゃなくても力はそこまで見劣りしないだろうし」

 

 フィールドを取り囲む観客席、その中段付近にティオナ達はいる。

 戦いの火蓋が切って落とされ瞬く間に巻き起こる歓声の大津波。うひゃー、と首を縮めて片目を瞑るティオナの隣で、耳を押さえたレフィーヤは声を張る。

 

「でもっ、ちょっとおかしくないですかっ? あのモンスター、きっと最後(トリ)だったと思うんですけどっ」

 

 周囲の声援にかき消されないよう声を出すレフィーヤの疑問に、言われてみればとティオナは格闘する調教師(テイマー)とモンスターを眺めた。

 

 あの大きさと迫力なら今日一番の目玉であることは間違いないだろう。他のモンスターの出番を奪うような真似をしてまで、この時期に駆り出される理由はないように思える それとも、あるいは、演目の順番がずれ込まなければいけない何か──順番が控えていたモンスターを出せなくなった何か──が起こったのか。

 

「それに……さっきから【ガネーシャ・ファミリア】の連中が慌ただしいわね」

 

「あ、やっぱりそう思う?」

 

 フィールドから顔を上げるティオネとティオナの視線の先、主神であるガネーシャがいるのであろう闘技場最上部の賓客席に、代わる代わる足を運ぶ団員達の姿がある。更に彼等は観客席へ下りては手当り次第に神や冒険者へ耳打ちを行なっており、何かを要請しているようにも見えた。

 

 どこか余裕のない彼等の動きに、ティオナ達は何かしらの事態が起きていることに薄々と感付き始めた。

 

「どうしますか?」

 

「……少し、様子を見てきましょうか」

 

 レフィーヤの問いにティオネは答え、観客席から立ち上がる。

 三人は盛り上がる観客の間を通って階段を駆け上がっていった。

 

 

………

……

…

 

 

「ガネーシャのとこの子達はなにやってるん、ミィシャちゃん?」

 

「え、えっとぉ、市民の安全を最優先に動いてます。私達と連携して、東地区からの避難を」

 

「ふむ……こんな状況でまともな情報なんて期待できんし、モンスターの方はやっぱりアイズに任すか」

 

 どこか舌足らずのギルド職員の話を聞き、ロキは周囲を見回す。

 

 闘技場を囲む広場はようやく統率の取れ出した動きを見せていた。黒のスーツを着たギルド職員が各々の役割に奔走し、武装した【ガネーシャ・ファミリア】の団員と頻りに検討し合っている。他にもごく僅かながら協力に応じた冒険者の姿もあり、指示を仰いだ側から広場から走り去っていった。

 

 街の遥か彼方からは、今もモンスターの遠吠えが響いてくる。

 

「ロキ!」

 

「おっ?」

 

 自分のもとに駆け寄ってくるティオナ達に、ロキはよく来たと手を上げる。

 既にただならぬ状況を周りの様子から察している彼女達は、詳しい説明を求めてきた。

 

「簡単に言うと、モンスターが逃げおった。ここらへん一帯をさまよっとるらしい、そいつら以外にも新種の奴がなぁ〜」

 

「えっ、不味いじゃん、それ!?」

 

「ん、不味いなぁ」

 

 驚くティオナに対しロキは平然とした態度を崩さず。

 

 なに暢気に言ってんの、と詰め寄られる中、彼女は苦笑しながら指示を出す。

 

「ティオナ達は、アイズ達やアストレアん所(とこ)が討ち漏らしたモンスターを叩いてくれんか? そうやな、うちももう移動するから、見晴らしのいいとこにでも陣取っといて」

 

「アイズさん達や【アストレア・ファミリア】の人達はもう、モンスターのもとに向かったんですか?」

 

「アストレアんとこは元々警備でな。アイズたんはまだまだ行っとらん」

 

「はぁ? じゃあどこにいるのよ?」

 

 レフィーヤとティオネの疑問に、ロキは指一本で答えた。

 遥か頭上高い闘技場の一角を指し示す。

 

「あそこ」

 

 

 風の音が響いている。

 美しい金の長髪をあおられながら、アイズは闘技場の上から街の光景を俯瞰していた。

 本来立ち入ることのできない闘技場の外周部。

 もはやまともな足場でさえない天頂部分の縁はこの付近一帯の中で最も高度が高い。

 この場からは、東のメインストリートから入り乱れる街路の隅々まで一望することができた。

 

 街に散らばったモンスターを追って闇雲に走り回っても非効率、時間の浪費は避けられない。

 

 ──高所から敵の位置を掌握してから、早急に狙い撃て。

 

 アイズが耳打ちされた、ロキの一計だ。

 

 先程の少年と金髪のエルフの戦闘も、ここからだとよく見える。やはり、『Lv.(レベル)1(ワン)』の動きではなかった。

 

「……見つけた」

 

 いけない、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。

 

 肉眼で捉えることは勿論、地上にはダンジョンにはない風の流れがある、アイズの持つ──ベルと同等の──付与魔法の一部を乗せ咆哮の震動を敏感に感知するアイズは、瞬く間にモンスターの位置を割り出していく。

 

 近辺で確認できたモンスターは計八匹。現時点で脱走したと情報のある九匹の内、あと一匹が捕捉できい。

 

 時間もかけられないので索敵を諦めたアイズは、腰に佩いたレイピアを抜いた。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 風の気流を纏い直す。

 

 強力無比なその付与魔法の名は【エアリエル】、風の付与魔法(エンチャント)であり、速度や風による防御などは勿論。付与魔法によるアビリティ上昇率は【ランクアップ】にも引けを取らない。

 

 縁の端に足をかけ、背中から打ち寄せる観衆の大音声に押されるように、体を前に倒した。

 

 人工の断崖から身を躍らせる、一時の浮遊感。

 

 傾いていく視界の中で、最も距離の近いモンスターをその金の瞳で射抜く。

 

 全速で仕留める。

 

「───リル・ラファーガ」

 

 それは、魔法ではない彼女の必殺。

 

 蹴りつけられる壁。

 自身を弾丸に見立て、アイズは長距離射撃を敢行した。

 

「!?」

 

「なんだっ!?」

 

 貫く。

 

 街路の中心を驀進していた『トロール』を背後から砲撃さながら粉砕した。巨人のモンスターを相手取ろうとしていた冒険者達は一斉に驚愕し、そのあまりの轟音に逃げ遅れていた市民達も肩をはね上げる。

 

「(一つ!)」

 

 大量の灰が爆散する中、凄まじい勢いで石畳を抉り削っていくアイズはすぐさま反転。突風とともに十字路を疾走し──道の先に見えたモンスターを、次には斬断する。

 

『──ガッッ!?』

 

「(二つ!)」

 

 止まらない。

 

 三階建ての屋根へ跳躍、いくつもの建物を一足飛びに駆け抜け、目標を視界に入れると同時に地面へ降下。石畳を走る影に反応し振り仰いでくるモンスター目がけ、即撃する。

 

「(三つ!)」

 

 闘技場から得たモンスターの位置と街の俯瞰図に従うアイズの動きは正確無比かつ縦横無尽だった。粉塵と風切り音を巻き起こしながら疾駆し、誰よりも早くモンスターを見つけ撃破していく。

 

 強靭な四肢を誇り高速移動する鹿のモンスター『ソードスタッグ』にもあっという間に肉薄し、建物の壁を走り抜け地形を無視して、斬撃を見舞う。

 

「(四つ!)」

 

 金の疾風が剣を提げ、街中を駆け巡っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「職員の指示に従って避難してください! この近辺にはモンスターはいないので、どうか冷静に!」

 

「娘がっ、娘がいないんです!? この騒ぎではぐれてしまって……!」

 

「君の探してる娘ってこの子かい?』

 

  混乱を来たす市民をギルド職員達が必死に誘導している。絡み合う怒号と悲鳴を受け止め、他の冒険者の手も借りながら、彼等は避難活動に努めていた。

 

 ハーフエルフの女性職員と獣人の母親が会話する中、一柱の幼女の女神が呑気に獣人の女の子を連れてきて、その再会を喜ぶ親子をロキは上から見下ろし、再び上がるモンスター達の断末魔に顔を上げる。

 

「ティオナ達には悪いけど、ガネーシャんとこの失態はアイズたん一人で終わりそうやわ」

 

 闘技場から移動し高くそびえる鐘楼に上った彼女は、視界奥の光景を眺めながら呟いた。

 

 視線の先では金髪の少女が広大な街の区画を絶え間なく動き回っている。

 

 今もまた捕捉したモンスターを一匹切り伏せた。

 

「にしても……うっさん臭いなぁ、この騒ぎ」

 

 ギルド職員や【ガネーシャ・ファミリア】の行動の賜物で周辺地域の住民は全て無事。

 だけどそれはガネーシャの所の失態のみ、極彩色のモンスター達の被害は依然増え続ける一方。

 

「(やっぱこの件、ガネーシャんとこの脱走と、あの新種のモンスター共の件は別件か)」

 

 ロキの見据える方角、街角を突き進んでいるモンスターは悲鳴を上げる亜人(デミ・ヒューマン)達を見向きもしない。まるで何かを探し求めるように視線を左右に振り、興奮しては障害物をはねのけ踏み潰し、乱暴に周囲を徘徊している。

 

 だがそれとは対象的に、一般人達も建物も全てを無差別に攻撃する極彩色の蛇型のモンスター。

 

 

「まぁ、この先、何が起こるかわからんけど……」

 

 視線の先のモンスターがまたアイズに仕留められる。

 前者の件に関しては、こんな芸当ができる、あるいはしでかす輩は──とそこまで考えて脳裏に過ぎったのは、フードに隠れた蠱惑的な微笑と、きらめきをこぼす銀の髪だった。

 

「──あン?」

 

 唐突にロキは足もとを見た。

 ぐらり、と感じた震動。

 よろめくには至らないものの、鐘楼を一瞬揺らめかした。

 身を乗り出し、街の周囲を見回す。

 

「地震、か……?」

 

 まただ。

 それも回数を経る事に大きく、そして広(・)く(・)なっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また、地震ですか」

 

「はい。もう此れで五回目、ですね」

 

 異常事態だ、もしかしたらオラリオと言うのは本来これくらい賑やかなのか?なんてくだらい思考が一瞬だけ頭の中を逡巡し、あり得ないと僕は切り捨てた。

 

「一旦アリーゼ達と合流を…。と思いましたが、地震の方向へ向かうのが先ですね」

 

「はい、何か嫌な予感がします」

 

 そうリューさんはつま先を向けた方向──すなわち東部──へ続く民家の建物の屋根へと跳躍する。

 それに続くように僕もリューさんと同じく跳躍し、後を追う。

 

「申し訳ありません、何度も巻き込ませてしまって」

 

「いえ。オラリオがこんなになっていて、見過ごせる理由(わけ)無いじゃないですか」

 

「あれは…、また極彩色ですか。 あの女戦士(アマゾネス)達は、【大切断(アマゾン)】と【怒蛇(ヨルムンガンド)】?」

 

「ん…? すみません、二つ名が多過ぎて分かんないんですけど」

 

「兎に角、急ぎましょう! 貴重な戦力であることに変わりはありません」

 

「分かりましたっ」

 

 僕とリューさんは屋根上を駆ける速度を早め、そしてそこにいる山吹色の妖精(エルフ)を視界に収めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、本当に出番なさそー」

 

 家屋の屋根伝いに移動していたティオナ達は足を止めた。

 討ち漏らすどころかアイズは的確にモンスターを屠り、ティオナ達の援護を無用のものとしている。

 ふわりと、ここまで伝わってくる風の余波に髪を撫でられた。

 

「餌を用意されておいて、そのままお預けを食らった気分ね」

 

「あ、わかるかも」

 

「……お、お二人とも、武器もないのによくそんなこと言えますね」

 

 今日のティオナ達はもともと武器を携行していない。各自の得物である大型武器や杖は怪物祭(モンスターフィリア)観戦の邪魔になるだろうという判断からだ。防具は言わずもがなである。

 

 手持ち無沙汰になりかけている中、肉体があればこと足りるとばかりのアマゾネス姉妹の会話に、レフィーヤは空笑いをする。

 

「……?」

 

「ティオナ?」

 

「どうかしたんですか?」

 

 眉を訝しげに曲げ、過敏な野良猫のように周囲を見回し始めるティオナ。

 

 表情を張り詰めさせる彼女は口を開いた。

 

「地面、揺れてない?」

 

「……本当、ね。しかも、これ何度もあったでしょ」

 

「地震……じゃないですよね」

 

 地震というにはあまりにもお粗末な揺れは、ティオナ達に不穏なものを覚えさせる。

 ダンジョンで培われた感覚が、どんな瑣末な出来事にも、いかなる前触れに対しても彼女達を敏感にさせていた。

 

 そして。

 自然に身構えていた彼女達のもとに、何かが爆発したような轟音が届く。

 

「!?」

 

 引き寄せられるように視線を飛ばすと、通りの一角から、膨大な土煙が立ち込めていた。

 

『き──きゃあああああああああああああああああああっ!?』

 

 次いで響き渡る女性の金切り声。

 揺らめきを作り煙の奥からあらわになるのは、石畳を押しのけて地中から出現した、蛇に酷似する長大なモンスターだった。

 

 ぞっっ、と首筋に走る嫌な寒気。

 ティオナ達は顔色を変えた。

 

「ティオネッ、あいつ、やばい!!」

 

「行くわよ」

 

 叫ぶと同時に走り出す。

 

 一足遅れてレフィーヤも駆け出し、屋根の上を跳んで一直線に突き進んだ。

 悲鳴を上げ市民が一斉に逃げ惑う最中、ティオナ達は通りの真ん中へ、だんっ、と勢いよく着地を決める。

 

「こんなモンスター、ガネーシャのところはどっから引っ張ってきたのよ……。 いや、違うわね」

 

「新種、これロキの言ってた奴……?」

 

 煙が完全に晴れ渡り、モンスターはうぞっと頭部をもたげる。

 

 細長い胴体に滑らかな皮膚組織。頭部──体の先端部分には眼を始めとした器官は何も備わっておらず、若干膨らみを帯びたその形状は向日葵の種を彷彿させた。全身の色は淡い黄緑色で、ティオナ達に嫌な既視感を覚えさせる。

 

 顔のない蛇、と形容するのが最も相応しいだろう。

 

「ティオナ、叩くわよ」

 

「わかった」

 

「レフィーヤは様子を見て詠唱を始めてちょうだい」

 

「は、はいっ」

 

 目付きを鋭くするティオネの指示に、ティオナ達と、そしてモンスターも反応した。

 

 地面から生える体を蠢動させ、対峙する双子の姉妹に意識の矛を向ける。

 次の瞬間、全身を鞭のようにして襲いかかってきた。

 

「!」

 

 力任せの体当たりをティオナとティオネは回避する。

 巻き上がる石畳に、ばらまかれる破砕音。石の塊が周囲の商店に着弾して穴だらけにしていき、幅十M(メドル)はある広い通りに再び煙が立ち込めていった。

 ぞるるるっ、と嫌な音を立てその細い体をくねらせるモンスターに、ティオナとティオネは、すかさず死角から拳打と蹴りを叩き込む。

 

「っ!?」

 

「かったぁー!?」

 

 皮膚を打撃した瞬間、彼女達は驚愕を等しくした。

 渾身の一撃が阻まれる。

 素手とはいえ、並みのモンスターならばそれだけで肉体を破砕される第一級冒険者の強撃だ。 にもかかわらず貫通も撃砕もかなわない。

 凄まじい硬度を誇る滑らかな体皮は僅かばかり陥没したのみで、逆にティオナ達の手足にダメージを与えてきた。

 

 皮の破けた右手をぶんぶんっと振るい、ティオナは目を見開く。

 

『────!!』

 

 ティオナ達の攻撃に悶え苦しむ素振りを見せたモンスターは、怒りを表すようにより苛烈に攻め立ててきた。氾濫した川の激流のような勢いで体を蛇行させ、押し潰すあるいは蹴散らそうとしてくる。

 

 アマゾネスの姉妹は危うげなく往なした後、敵の到る場所に何度も拳打を見舞う。

 

「打撃じゃあ埒が明かない!」

 

「あ~、武器用意しておけば良かったー!?」

 

 舌打ちと叫び声を上げる間も蛇型のモンスターとの戦闘は続いた。

 

 もらえれば一溜りもない敵の攻撃をことごとく避ける。モンスターは暴れ狂うように全身を叩き付けるが、軽やかに周囲を跳び回るティオナ達には掠りもしない。

 

 互いに決め手を見出せないまま、状況が停滞する中。

 

 その外で、レフィーヤはティオナ達の稼ぐ時間を受け取り、詠唱を進めた。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 魔法効果を高める杖はなく、片腕を突き出しながら呪文を編む。

 

 速度に重きを置いた短文詠唱。出力は控えめの分、高速戦闘にも十分に対応できる。

 

 更に目標はティオナ達の攻撃にかかりっきりで、レフィーヤを歯牙にもかけていない。これならば余裕をもって狙い撃てる。

 

 山吹色の魔法円(マジックサークル)を展開しながらレフィーヤは速やかに魔法を構築した。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

 そして最後の韻を終え、解放を前に魔力が集束した直後──ぐるんっ、と。

 

 それまでの姿勢を覆し、モンスターがレフィーヤに振り向いた。

 

「──ぇ」

 

 その異常な反応速度に、レフィーヤの心臓は悪寒とともに打ち震える。

 

 今の今までこちらに無関心だった筈のモンスターが、その顔のない頭部を差し向けた。

 

 ティオナ達が既に退避を始めているのを視界に──『魔力』に反応した、と。

 

 レフィーヤがそのように直感した、次の瞬間。

 衝撃が腹部を貫いた。

 

「──ぁ」

 

 地面から伸びる、黄緑の突起物。

 防具も戦闘用の装束も纏っていない無防備な腹に、レフィーヤの腕ほどもある触手が、叩き込まれていた。

 ぐしゃと不細工な音が体内から鳴り響くとともに、その唇から血を吐き出す。

 

「「レフィーヤ!?」」

 

 反動で宙に浮いた体が背中から地面に倒れ込む。

 散るティオナ達の叫喚、華奢なエルフの体は致命傷に等しいダメージによってそこから立ち上がることができない。

 地面から生えた謎の触手は不気味に蠕動し、一方で蛇型のモンスターにも変化が現れる。

 

 まるで空を仰ぐように体の先端部分をもたげたかと思うと、ピッ、ピッ、と幾筋もの線をその頭部に走らせ──次には、咲いた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 破鐘の咆哮が轟き渡る。

 開かれた何枚もの花弁。

 毒々しく染まるその色彩は極彩色。

 中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、粘液を滴らせている。

 生々しい口腔の奥、薄紅色の体内で瞬くのは、陽光を反射させる魔石の光。

 

「蛇じゃなくて……花!?」

 

 正体を現したモンスターにティオナが驚愕する。

 その形状から蛇と思い込んでいた細長い体は茎であり、顔のない頭部は蕾だったのだ。

 花開きその醜悪な相貌を晒す食人花のモンスターは、レフィーヤへ向ける意思を明確にする。体から派生する何本もの触手を周囲の地面よりどんっどんっと突き出させ、本体は蛇のように獲物のもとへと這っていった。

 

「レフィーヤ、起きなさいッ!」

 

「あーもうっ、邪魔ぁっ!!」

 

 駆け付けようとするティオナ達に触手の群れが襲いかかる。黄緑色の突起は拳で何度でも打ち払われようが起き上がり、蠢く林を形成して彼女達の行く手を阻んだ。

 

 ティオネの呼びかけも虚しく、モンスターは倒れ込むレフィーヤの眼前に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌だ、とレフィーヤは思った。

 

 上空の太陽を遮る長大な体軀。黒い影が、何度も立ち上がろうと試みている自身の体を覆いつくす。嫌悪しか喚起しない食人花は生え渡る牙から粘液をボタボタと滴り落とし、レフィーヤの顔のすぐ横に垂らしていく。

 

 周囲の悲鳴が遠い。逃げ遅れていた市民達は青ざめ、今まさにレフィーヤが喰われようとする光景を見て立ちすくんでいた。

 恐慌を来たしかける彼等の腕を、ギルド職員や冒険者達が取って急いで避難させていく。

 

「だ、大丈夫かい?!」

 

 そんな、一人の女の子の声が聞こえた。

 そこに居たのは、黒髪の長髪を蒼い装飾と鈴のついた二つの髪留めで左右に纏めたツインテールの少女だった。

 

「に……げて…」

 

 レフィーヤは絞り出すように声を発する。

 だが少女は「そんな事出来ない!」と叫びながらレフィーヤの華奢な身体をさらに華奢な身体で引っ張ろうとする。

 

 似てる、とレフィーヤは思った。

 

 この少女が、あの日一匹の竜に怯える自分(レフィーヤ)を助けてくれた、白い憧憬と重なる。

 

 逃げて、と叫んでも「嫌だ!」と断られ。

 全身傷だらけになりながらも自分を守ってくれた、尊敬する兄が、レフィーヤの頭の中に蘇る。

 

 死にたくない! あの人に、また会いたい! そう、レフィーヤは強く願い、全身に力を込める。

 

 腕よ足よ体よ動けと念じる。どこでもいいから動いて立ち上がれと、震えるのみで一向に起き上がれない全身へ鞭を打つ。

 

 しかし時は無情だった。レフィーヤの再起を待たず、醜い大口が迫ってくる。

 

 あぁ、と嘆いた。

 

 霞みかけている瞳が、降ってくる食人花を映す。

 

 嫌だ、嫌だ、もう嫌だ。

 

 あの人が血だらけにならないように、守られるだけの存在にならないように、強くなるために、冒険者になったのに。

 

 同じ。また、同じ。

 

 きっと。

 

 きっとまた、自分は──。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

「──俺(・)の人の妹に、何してんだ?」

 

 視界に、純白と、漆黒の光が走り抜ける。

 敵の首を斬り飛ばした壮烈な剣の閃きと、処女雪のような真白な髪の輝きが、悔し涙を流すレフィーヤの瞳を焼いた。

 

 そしてまた、自分は───あの憧憬の少年に助けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶叫を轟かせ、断たれたモンスターの首は建物の一角に突っ込んだ。

 全力で振り抜かれた黒剣の、刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】の放つ神々しい光を煌めかせ、ベルは勢い良くその場に着地し、後方を振り返る。

 

「遅かったですか? 神様」

 

「いいや。ピッタリだぜ、ベル君」

 

 レフィーヤに食いつく既のところで切断した食人花のモンスターの体は勢いよく仰け反り、ぐにゃりと折れ曲がりながらその場に崩れ落ちた。

 

 ヘスティアが親指を立ててベルを称賛すると、ベルもまんざらでもなさそうに苦笑しながら「ありがとう御座います」と返す。

 

 そして、ベルの横から美しい金の髪の輝きを持つ二人の女性が現れる。

 

 方や。銀の刀身が輝く、レイピアを持つ金髪金眼のヒューマンの少女。

 

 方や。木刀のようなそれを片手に持つ、金髪と空色の瞳を持つエルフの女性。

 

「アイズ!」

 

 ティオナ達を襲っていた触手もまた力を失ったように地面に落下する。

 

 間一髪だった、とこの場に──突撃するように──急行したベルは思う。

 

 ベルはこの場にくると決めた瞬間から全速力で疾走を開始し、魔法(らいてい)を酷使して飛び込みざま斬撃を見舞ったことでレフィーヤは九死に一生を得たが、あと僅かにでも遅れていればレフィーヤは勿論、その隣にいたヘスティアだって危なかった。

 

 正直、何故ヘスティアがこの場にいるのかを小一時間問い詰めたい気持ちをグッとベルは抑え、後ろで衝撃を加えられたお腹を押さえるレフィーヤに言葉を投げる。 

 

「大丈夫だよ、レフィーヤ。 あとは“兄さん”に任せてて」

 

 こちらに向かってくるティオナ達を視界に入れつつ、ベルはその先を見やる。

 未だ倒れている妹(レフィーヤ)を彼女たちに任せ、ベルは黒剣を握る力を強める。

 

 微細な地面の揺れと、石畳を割るその音に、ベルは眉を細める。

 

「来るッ」

 

 もう何度目か。

 

 元々高かった察知能力に、今まで戦ってきた“慣れ”もあり、『未知』を『既知』へと変えたベルは即座に極彩色のモンスターもとい食人花の気配を感じ取った。

 

 同様に、今までの個体よりも強いことも察していた。

 

 そして、その揺れは即座に鳴動へと変わっていった。

 周りの石畳が隆起する中、ベルは魔法を再度唱えようとする。

 

「ちょ、ちょっとっ」

 

「まだ来るの?!」

 

 ティオナ達の悲鳴を皮切りに、黄緑色の体が地面から突き出した。

 

 ベルとリュー、アイズを取り囲むように、三匹。

 

 閉じた蕾を一斉に開花させ、見下ろす格好でその巨大な口を彼等彼女等に向けた。

 

 生暖かい呼気に頬を撫でられ、柳眉を逆立てて眦を鋭くする3人は各々武器を構えた。

 

 そんな中、一瞬だけ周囲を確認しようとしたベルが、アイズの持っているレイピアを視界に収めた時、咄嗟に声を発した。

 

「待ってっ!」

 

 だが斬りかかろうとしていたアイズには、気づけはするが内容までは分からず、唐突にアイズの持っていたレイピアが刀身ごと砕けようとしていた。

 

 そして瞬間、“ビキッ”という亀裂音の後に、レイピアが文字通り破砕した。

 

「──」

 

「んっ──」

 

「なっ──」

 

「ちょ──」

 

 

 手の中にある得物が壊れる光景に、アイズだけでなくリューや、ティオネとティオナも言葉を失った。

 

 風(エアリエル)の出力とアイズの激しい剣技に耐えかね、細身のレイピアがとうとう音を上げたのだ。

 今の今まで景気良く向こう見ずに──いやアイズ自身の本来の愛剣である『不壊属性(デュランダル)』の付与された《デス・ペレート》と同様の使い方をしてしまっていた。根もとから折れた剣身は張り詰めていた弦が切れたようにそこから罅割れ、砕け散り、いかに限界を超えていたのかを物語る。散っていく銀光。

 

 いけない、怒られる。

 

 本来の愛剣ではない、つまり借りた代剣をあられもなく破壊したアイズは、不用心にもまず先にそんなことを思ってしまった。

 

『────!!』

 

 食人花が蠢く。

 三匹のうちの一匹がアイズに襲いかかろうと、その躯体を蠢動させる。 アイズはそれを後方に一気に跳躍して回避する。

 

「【サンダーボルト】ッ!!」

 

「えっ?!」

 

 後方に飛ぶ最中に発生した隙を、食人花のモンスター達が見逃すはずもなく、地面から出現する触手がアイズに襲いかかろうとした時、突然アイズと触手の間に一条の雷光が割り込む。

 

 その雷光に阻まれた触手は一気に弾かれ、後方へと飛ばされる。 その隙を伺っていたが如く、リューは疾走しその触手を叩く。 息のあった連携を持って、新種のモンスターに一気に優勢を勝ち取るベルとリューを前に、思わずアイズも動きを止める。

 

 はね返ってくる硬質な感触。精神力(マインド)を消費して『力』のアビリティを上昇させているにも関わらず、跳ね返ってくる硬質な感触にリューは思わず眉を細める。

 

 強い、今まで戦ってきた同じモンスターよりも。

 

 今までのとは違い、開花することが条件なのかとリューは思考を巡らせながら襲いかかる食人花のモンスターの触手をさばく。

 それでも食人花のモンスターはリュー…、ではなくベルとアイズに襲いかかろうとする。

 

「ちょっと、こっち見向きもしないんだけど! 今度はあの子とアイズに!?」

 

「魔法に反応してる……!?」

 

 ティオナとティオネも参戦するが、いくら攻撃を加えても食人花のモンスターは矛先をベルとアイズに向け変えようとはしない。

 

「チッ、厄介だな」

 

「そこの白髪の子ッ!魔法(エンチャント)を解きなさい!アイズもよ」

 

「でも…」

 

「そこの子と【疾風】で一匹、私達と、そっちの二人が終わった瞬間(タイミング)に残りの二匹も殺るわよ」

 

 ベルが吐き捨て、ティオネが指示し、アイズが異を唱えようとするが、その間も与えずティオネが再度指示を飛ばす。

 

 うねる蛇状の体が通りを暴れ回り、並んでいた屋台をまとめて吹き飛ばしていく。

 殺到するモンスター達を相手に、若干の優勢を保つリューとベルがまず一匹を仕留め、その間にアイズ達がもう二匹の相手をする。

 仕留めるのに慣れている二人が戻って来た時、残った二匹も方をつける。

 

「「───」」

 

 やむを得ずアイズとベルは魔法を解こうと後方へ下がる。その間、一匹はリューが、もう二匹はティオナとティオネが相手取る。

 

 バックステップを踏み、二人が後方で即座に魔法を解こうとした、その時だった。

 

「…えっ」

 

「…嘘」

 

 ベルとアイズが思わず言葉を漏らし、そしてその双眸で捉えたのは…。

 

 一般人。 逃げ遅れたのか。

 

 屋台の影に隠れるようにしてヒューマンの少年が座り込んでいる。恐怖で怯える少年と視線がぶつかった。

 

 その時、またしても、もはや時期(タイミング)を見計らっているのではないかともかくやの瞬間、地面が隆起し、食人花のモンスターが二匹出現する。

 まるで予定調和の如くその食人花達はベルとアイズに襲いかかろうとする。

 

 かねてからの退避方向である右手に逃げれば、あの長大な体軀に屋台ごと巻き込まれることは間違いない。

 

 判断は一瞬だった。

 ベルは雷霆の加護を纏い直し、アイズもまた風の気流を纏い直す。

 既に潰された左側にアイズは飛び込み、ベルはちょうどアイズの右隣りにいた為逃げるのはできず、そのまま後方へと突っ込む。

 

 そして、二人は捕らえられた。





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