最強と最恐の系譜は雷霆の申し子です   作:道化の作家

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 題名からネタバレ。


エピローグ 【ランクアップ】

 

 

 そこは、迷宮都市(オラリオ)の地上より下で、巨大迷宮(ダンジョン)より上の、今もオラリオの水面下に蔓延る悪の根城。その一室は何処ぞの邪神達の我儘により開発された娯楽施設(カジノ)のような装飾や機材が置かれた場所。

 

 

「〜♪、〜〜♪、〜♪」

 

 そう、その男神は上機嫌に笑う。

 

 地上では未だ怪物祭(モンスターフィリア)の一件による騒動が収まりきっていない中、その黒髪の男神──現闇派閥(イヴィルス)の首魁である邪神エレボスは、まるで聖夜祭(クリスマス)の贈り物(プレゼント)を心待ちにする子供のように、鼻歌交じりに機嫌を良くしながら葡萄酒(ワイン)を飲んでいた。

 

 グラスに注がれた葡萄酒(ワイン)は“ちゃぷ、ちゃぷ”と音を立てて波打ち、エレボスはそれをゆっくりと楽しむように少し口に含む。

 

「やあ、エレボスちゃん。今日はえらく上機嫌だね」

 

「なんだ、タナトスか。まあな、少し面白い物が見れそうでね」

 

 と、そんなエレボスの隣にわざわざ腰を掛ける、男神(おとこ)なのか女神(おんな)かも分からない性別不詳の神が現れる。

 

 その神の名はタナトス、死と転生を司る神。フードを深くかぶり、決してその尊顔を仰ぐことは出来なかった。

 

「へぇ、それってもしかしてこの前オリヴァスちゃんに頼んでたやつ?」

 

「あぁ。 あの野郎、『彼女の為にっ!』とか変なこと抜かしながら意気揚々と出ていきやがったからな。 んまあアレだけ息巻いたんだ、そこそこの結果は持ってくんだろ」

 

「そこそこねぇ。 精霊のなり損ないになってちょっと強くなったからって、イキって殺られなきゃ良いけどね」

 

「んまあな。 って事でもうそろ我が愛しの唯一の眷族が報告──っと、ちょうど来たみたいだな」

 

 そう、エレボスは言いながら扉(ドア)──と思わしき鋼鉄の扉──に目をやる。

 

 ゴゴゴォーっという石畳を削る音と共に中に入ってきたのはエレボスの唯一の眷族たるヴィトーだった。

 

 ヴィトーは顔に薄ら笑いを浮かべながら、今も報告を待ちわびている主神へと視線を向け、そして結果を告げる。

 

「それでヴィトー、結果は?」

 

「……失敗、だそうです。 目的の者を見つからず、悪戯に戦力を削いだだけのようでした」

 

「「へぇ? マジでッ?!」」

 

 そのヴィトーの報告に、二柱は先程までの浮かべていた笑みを消す。

 タナトスはその整った眉を潜め、エレボスは何かを思案するように顎に手を当て、瞼を閉じた。

 

 先程のまでとは違い、その場を静寂が支配する。

 

 暫く時間が経過した後、思案を終えたのか瞼を開いたエレボスはヴィトーへ問いかける。

 

「まさか、あのフレイヤがこの騒動の沈静に協力したのか、俺の読みが外れたか?」

 

「いえ、そのような報告は受けておりません。【猛者(おうじゃ)】と思しき人物は地上には居らず、沈静に回ったのも【ガネーシャ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】、あとは少数の【ロキ・ファミリア】の団員だけでした。 ……ですが、予期せぬ協力者が」

 

 エレボスはその言葉を聞くやいなや「くっそーッ!」と子供のような癇癪を起こしながらグラスに入っていた葡萄酒(ワイン)を一息に煽り、空になったグラスをカウンターに叩きつけた後、椅子の背もたれに体重を預けながら“ぐるぐる”と回る。 

 

 ──誰だよ邪魔したの!?

 

 ──後で『エニュオ』の野郎に嫌み言われんじゃん!

 

「んでヴィトーちゃん。 その協力者ってのは、誰?」

 

「この前エレボス様が会われた、件の冒険者です。食人花(ヴィオラス)達を【疾風】と共に倒し回り、結局オリヴァスの方も【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】と【大和竜胆】と交戦し敗走したと、先程連絡がありました」

 

「へぇ、それってこの前言ってた眷族(こども)? その子ってもしかしてLv.3とか?」

 

「いえ、ギルドに忍ばせている密告者(スパイ)からの連絡には『正真正銘Lv.1』だと」

 

「「……」」

 

 そのヴィトーのひと言に、エレボスとタナトスが押し黙る。二柱(ふたり)とて神々、子供達の起こす『未知』は大好物だが、流石にLv.1の冒険者が第一級冒険者の力を借りたとしても、食人花を単騎で狩れるなどあり得ない。

 

 零能であっても全知ではある神二柱はその場で腕を組み、少し悩んだかと思えば思い出したかのようにヴィトーに問う。

 

「そう言えばヴィトー、オリヴァスは? 彼奴今何してんの?」

 

「先程、神イケロスが彼のところに向かわれたので、恐らくは…」

 

「なる程、そこから先は良い、どうせいつも通りだ」

 

 と、エレボスは返す。

 

 どうせいつも通り、神が適当なこと宣いながら子供達を小馬鹿にして、それにキレている光景がアリアリと目に浮かぶ。

 

 そう言い残し、ヴィトーはバルカ謹製の『アスえもんのパクリ』と邪神達が散々馬鹿にした透明外套(インビジブルコート)を纏いその場をあとにする。

 

 コツコツっと、姿はないのに足音だけはするおかしな状況になりながらも、エレボスは僅かにその唇を綻ばせた。

 

「マジでどういう教育したんだ、お前等」

 

 今も田舎でさながら女王の如く君臨する女帝(アルフィア)と、召使いのように馬車馬の如く働かされる苦労人(ザルド)と、畑の収穫物に混じってる好々爺(ゼウス)が目に浮かぶ。

 …いや、確かヘラと一緒に暮らしてる…とかいう噂を聞いたな。 あぁ、今頃ザルド巻き込んで彼奴等、下界を逃避行してるな?

 

 なんて、くだらない考察に耽りながら、エレボスは暗い天井に阻まれた空を見上げて呟いた。

 

 哀れなり、ザルド。

 

 殺られて当然だ、ゼウス。

 

 程々にしておけよ、アルフィア。

 

 なんでもありません、ヘラ様。

 

 最後の最後は怖過ぎで敬語になってしまったエレボスの呟きは、地下を超えて何処へと旅立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パタン、と扉を閉める音が鳴る。

 部屋から出てきたシルに、ベルは慌てて走り寄った。

 

「…シルさん、神様は……?」

 

「大丈夫です。ただの過労みたいですから」

 

「か、過労ですか……えっと、それじゃあ?」

 

「はい、命に別状はありません」

 

 時刻は夕暮れ時。

 

 ベルは今『豊饒の女主人』にいた。あの後、ベルは怪物祭(モンスターフィリア)に来ていたシルと偶(・)然(・)出くわし──滅茶苦茶怪しいが、そういう事にしておこう──、彼女の勧めで意識を失っているヘスティアをここに運び込んだのだ。

 

 怪物祭にて起きた騒動は既に鎮静化されている。【ガネーシャ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】とギルドを含めた他組織の迅速な対処が被害を最小限にとどめたらしい。

 死者は勿論怪我人もなし。むしろ一番の被害を受けたのはベル達だったと言える。

 

 騒動を巻き起こした犯人は未だ捕まっておらず、手がかりも摑めないとのこと。犯人に襲われたと思われる【ガネーシャ・ファミリア】やギルドの構成員達は、魔女に魔法をかけられたかのように何も覚えていなかったのだ。犯人が何をしたかったのかわからないまま、事件は収束されてしまった。

 

 酒場の離れの二階。ヘスティアを部屋に寝かせ、ベルは西日に照らされる木張りの廊下でシルと向かい合っていた。

 

「良かった……急に倒れちゃったから、心配で」

 

「ふふ、お疲れ様です、ベルさん」

 

 脱力するベルに微笑んだシルは、やがておずおずと声をかける。

 

「今日はすいませんでした。私がお財布を忘れたせいで、災難に巻き込まれてしまって……」

 

「いえ、そんな。シルさんのせいじゃないですよ」

 

 優しい口調でしっかり否定するベルに、シルはしばらく申し訳なさそうにしていたが、やがて頰を緩め口元を和らげた。ベルもそんな彼女の顔を見て安堵する。

 

「でも、今回の騒ぎで、街のみなさんは口々に言われてました。あの冒険者は、ベルさんは勇敢だったって」

 

「え……」

 

「私もそう思います。実は私、大通りでベルさんがモンスターと戦うところを一度だけ目にしていたんですけど……」

 

「そう…ですか。それは、少しは頑張った甲斐がありましたね」

 

 あっけらかんと、ベルは答える。

 シルはそんなベルにくすっと笑みを漏らし、己の薄鈍色の髪を揺らした。

 

「それに、あの時のベルさんも格好良かったですよ?」

 

「…はぁ」

 

「……不謹慎ですけど、あの時モンスターへ立ち向かっていたベルさんに……私、見惚れちゃってました」

 

「…そんなこと言ってたら、いつか誰かに勘違いされちゃいますよ?」

 

 そっと近付き、手で壁を作りながら、そっと耳元で囁かれる言葉。ベルは呆れたようにため息をつく。

 ベルから離れたシルは夕日によって顔を朱色に染められながら、にっこりと、そして艶やかに微笑んだ。

 

「良いんですー、勘違いされてもいい人ですしね」

 

「ん? それはどういう意味で…」

 

「お店の方を手伝えと言われてしまったんで、失礼させてもらいますね」

 

「えっ。あぁ、はい」

 

「ベッドは使っていて大丈夫ですから。それじゃあベルさん、また今度」

 

 ぱたぱたと廊下から姿を消すシルを見送った後、ベルは何とも言えない空気に頭を悩ませた。

 

「絶対に馬鹿にされたな」

 

 どこか悪戯っぽい表情と、そして夕日のせいかやけに熱っぽかった瞳。ベルは確信した、あの小悪魔的な笑みを見てベルはほぼ確定でそうだと決定づけた。

 

 やっぱり魔女だ!! きっと【ガネーシャ・ファミリア】の皆もあんな風に騙されて骨抜きにされたんだ!!きっと。

 

 なんてくだらい、あり得るはずもない仮説を立てては切り捨てつつ、ベルはヘスティアがいる部屋の前に移動した。

 まだそっとしておいた方がいいかなぁ、とドアのプレートを見上げながら思い悩む。

 

 ドゴンッ、と何かが倒れる鈍い音が聞こえたのは、それからすぐのことだった。

 

「ッ!?」

 

 驚愕して部屋へ突入すると、視界に飛び込んできたのは、ベッドから転がり落ちたと思われるヘスティアの姿だった。

 

 顔面から床に突っ込んでおり、あられもない、というより奇天烈なポーズを決めている。

 

 悲鳴を上げながらベルは彼女のもとに駆け寄った。床に膝をついた態勢で、その小さな体を横抱きの形で抱きあげる。

 

「か、神様っ、神様!? どうしたんですか、一体何があったんですか!?」

 

「ああ、ベル君……いや、起きて立ち上がろうとしたら、力が入らなくてね……」

 

「ち、力が入らない……あの、過労って聞いてるんですけど、この三日間何があったんですか?」

 

 ふっ、と小さな女神は遠い目をする。

 

「土下座だよ」

 

「え…。ドゲザって、あの土下座ですか?」

 

「首を縦に振ろうとしない頑固女神の前で、土下座を三十時間続けるという耐久レースを……」

 

「あ…、あれを三十時間もですか?! …足とか痺れまくりなんじゃ…」

 

「あぁ、実際にそうだけどね。 やけに詳しいけど、ベル君もやったことがあるのかい?」

 

「えぇ…、お祖父ちゃん達と一緒に怒られてる時にやりました」

 

「……そうか」

 

 なんとも言えない雰囲気の中、その静寂をベルが破った。

 

「一体何があったんですか? パーティに行ってたんじゃあ」

 

「…これ」

 

「えっ?」

 

 たどたどしい動きでヘスティアの手がベルの腰に回され、そこに佩いている漆黒の長剣を触る。

 

 あっ、とベルは気付いた。そういえばこの武器の詳しい説明を何も受けていない。

 

 どうやってこのナイフを入手したのか、そう尋ねようとしたところで──息を呑んだ。

 

 片刃の長剣の鞘の隅に【Η φ α ι σ τ ο ς】という、【神聖文字(ヒエログリフ)】に酷似した刻印を見つけたからだ。

 

 そこに刻まれた刻印の名は──ヘファイストス。

 

 こればかりは翻訳出来なくても分かる。

 何度もヴェルフの工房で見かけた、あの業物達にも刻まれていたものと同じ。

 あの【ヘファイストス・ファミリア】の刻印が刻まれている武器など…しかも僕の見立てだと相当に値が張る筈。

 

 お金云々は、正直伯父さんの貸金庫があるから…、そこから借りれば問題はない。

 だが、それが聞かない理由にもなりはしない。

 

「神様…これを何処で手に入るたんですか?」

 

「ごめんね、心配かけて。……でも、ボク、見ているだけは嫌だったんだ。養われるだけじゃあ……助けられてばかりじゃあ、嫌なんだよ」

 

 ベルが僅かに手を震わせながら剣の鞘を握っていると、ヘスティアはゆっくりとその刀身を引き抜いた。

 

 改めて見せつけられる、漆黒の刀身。

 

 反りのある、何処か極東固有の武器『刀』にも似た形状をしており、何より斬れ味が凄まじい。あの新種のモンスター達の皮膚さえも斬り裂く程。自身の技量と付与魔法(ケラウノス)の効果もあるだろうが、それでも凄まじい。

 刀身にびっしりと刻まれた、今も白い光沢を放っている【神聖文字(ヒエログリフ)】が原因なのだろうか、そもそも【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれた武器なんて伯父さんからも聞いたこともない。

 

 何より、刃の先端から柄の終わりまでヘスティアの髪と同じ色に染まったナイフは、紫紺の光に濡れ、ベルの手の中でまるで赤ん坊のように息づいているかのようだった。

 

「知ってるんだぜ、君の力は強すぎる。だから全力を出せない」

 

「……」

 

「君が契約した鍛冶師君の技量不足じゃなくて、全力を出せば君の器(からだ)が砕けてしまうんだろう? それはボクでも…いや、ボクだからこそ分かる。 大丈夫、話はつけてあるからね」

 

 息が震える、声を出そうとすれば喉が震える。

  そんなベルにヘスティアは疲労の濃い顔で、けれど穏やかな笑みを向けた。

 

「強くなりたいんだろ?」

 

「!」

 

「言ったじゃないか、手を貸すって。これくらいのお節介はさせてくれよ」

 

「……あぅ」

 

「誰よりも何よりも、ボクは君の力になりたいんだよ。……だってボクは、君のことが好きだから」

 

「……!」

 

 嗚咽が漏れそうになるのを、ベルはなんとか堪えた。

 泣くことは、かつての約束が許さない。自分に課した、約束が。

 

 ヘスティアは頰を桜色に染め、満面の笑みを湛えた。

 

「いつだって頼ってくれよ。大丈夫、なんていったって、ボクは君の神様なんだぜ?」

 

「あり…がとう、御座います。神様」

 

 ベルは神様の手を取り、感謝を伝えた。

 義母(はは)が好きだと言ってくれた笑顔を浮かべて、子供のような満面の笑みを浮かべて、ヘスティアに抱き着いた。

 

 

「おいおい、刃が抜き身のまんまだ、危ないよ?」

 

 胸がとても温かった。口では言うが、ヘスティアもベルの背中に手を回す。

 自分より大きなベルが首筋に顔を埋めてくるのを受け入れ、雪のように白い髪に指を這わす。

 

 嗚咽を堪える、そんな音が耳朶(じだ)を撫でる。

 

 泣きそうになるのを、既(すんで)のところで堪えてしまう少年の意地に、僅かに悲しい気持ちになりながらも。でも何処か愛らしい気持ちにもなる。

 

「(あぁ、良かった……)」

 

 本当の自分は愚図でノロマで要領が悪くて、少年(ベル)の前で見せている神様(ヘスティア)は、背伸びをして強がっているに過ぎないけれど。

 

 でも、この子の為に、ちょっとくらい格好つけても構わないだろうと。

 

 今この時を幸せと一緒に嚙み締めながら、ヘスティアはそう思い。

 

「(この子に、少しでも返せたんなら)」

 

 そう、ヘスティアは今日までの三日間の頑張りを心の中で誇った。 借金(ローン)のことは、今だけは忘れよう。

 

 

………

……

…

 

 

「そうだ、【ステイタス】を更新しよう!」

 

 本拠である教会の隠し部屋、そこに置かれた寝台(ベッド)の上でヘスティアは元気満々に言った。

 あれから一晩経ち、ある程度回復したヘスティアをベルはおぶって本拠まで帰った。

 

 シルには「もう少しいてもいいんですよ」なんて言われたが、流石にこれ以上お世話になる訳にも行かないとベルはそのご厚意を断わり、その足で本拠へと帰って、今こうなった。

 

「あれ? でも昨日のお昼に更新したばかりじゃ…」

 

「まあまあ、いいじゃないか!」

 

 そう言ってはヘスティアは自身が寝ていた寝台(ベッド)の上にベルを寝かせ、その上に跨った。

 

 いつもと同じように、もう慣れた手つきでヘスティアは自身の指から血を滴らせ、ベルの背中へと落とす。

 

 そしてなぞり終わろうとしたところで、ヘスティアは思わず手を留めてしまう。

 

「【ランクアップ】…出来るッ!」

 

「へぇ?」

 

「【ランクアップ】だよッ! ベル君!!」

 

「えぇぇぇぇ!!!」

 

 そう、お互いに驚愕の声がボロボロの教会を震わし、思わず天井から埃が落ちる。

 

 そうしてお互いに一頻り驚いた後、ヘスティアは「まあ、あれだけアビリティが上がってるなら当たり前か」と納得し、即座に【ランクアップ】の作業へと取り掛かる。

 

「あ、『発展アビリティ』はどうする?」

 

「えぇ、何があるんですか?」

 

 『発展アビリティ』は既存の『基本アビリティ』に加えて発現する能力だ。

 

 発現する時機(タイミング)は【ランクアップ】時。Lv.が上がる都度、【ステイタス】に追加される可能性がある。基本アビリティとは毛色が異なり特殊的(スペシャル)、あるいは専門職(プロフェッショナル)の能力を開花、強化させる。

 

 ベルの場合は、モンスターと戦うのだからLv.2【ランクアップ】時は、他の選択肢が『耐異常』のみなら絶対に『狩人』にすると決めており、それは始めから神様と話し合って決定していた。

 

 故に、ここでそれを聞くということは、それ以外の『発展アビリティ』が発現させる事が出来るということだろう。

 

「それじゃあ…選択可能な『発展アビリティ』が、『狩人』と『耐異常』以外にあるんですか?」

 

「うん、三つ目の『発展アビリティ』の名前は『幸運』。運に関する『加護』…、のうようなものだね」

 

 発展アビリティが発現するか否かもまた、積み重ねられてきた【経験値(エクセリア)】に反映される。どのようなアビリティが生まれるかは、【神の恩恵(ファルナ)】を授かったその者の行動次第。

 

 特筆すべき【経験値(エクセリア)】が存在しなければ例え【ランクアップ】しても発展アビリティは発現せず、逆に見合った【経験値(エクセリア)】さえあれば、候補として複数のアビリティが選択可能になる。一度の【ランクアップ】につき得られる項目は一つで、発現はあくまで任意なのだ。

 

「どれがいいか…」

 

 ベルは顎に手を当てながら悩む。

 

 まず一つ目は『毒』を始めとした症状を防ぐ『耐異常』。地味ではあるが、迷宮で何かと異常効果(アクシデント)に襲われる冒険者には重宝される。ダンジョン上層にて『パープル・モス』の毒鱗粉を浴びる機会の多いオラリオの冒険者は、大体が獲得する物。

 

 次に、対モンスター専用の『狩人』。一度交戦し【経験値(エクセリア)】を獲得したことのある同種のモンスター戦に限り、能力値が強化される。Lv.2の【ランクアップ】時にしか発現できず、短期間の内に大量のモンスターを撃退するという達成条件から手に入れるのは極めて厳しい。貴重なアビリティとして数えられており、冒険者達は勿論、神々からも人気の高い項目だ。

 

 そして、三つ目が『幸運』。聞いたことがない、お義母さんや伯父さんにも、恐らく神時代以降最も多く眷族、そして多くの英傑達の【ステイタス】を更新してきたお祖父ちゃんやお祖母ちゃんにも聞かされた事のないレアアビリティ。

 

 そして、昔お義母さんが言っていたことを思い出す。

 

『お前は、運がいい』

『運が…いい?』

『あぁ、お前の才能は三つ。その三つに限り、私をも上回っている』

『それってなにッ!』

『一つ目は逃げ足、これは生存力に直結する。二つ目は諦めない意志、これは偉業の達成には不可欠だ。三つ目が運の良さ。生き残る運、それ以外にもあるが、三つの中でもコレが最も優秀だと考えている』

『なんで?』

『冒険者とは、些細なことで命を落とす。そんな職業において、運がいいというのはとても大事なことなんだ』

 

 

「神様…、さっき言ってた『加護』っていうのは…」

 

 『加護』……つまり、本人のあずかり知らないところで働く超常的な護り。神助めいた力が対象者を外部的な作用から守るのかもしれない。

 

 推測の域は出ないが、そのように考えると、確保しておく価値は十二分にあるように思える。

 

「うん、良くは分からないけど運が良くなる。つまり“あらゆる事象に対する運の改竄”が主な効果だと思う」

 

 ヘスティアは自身の持つ全知を全力(フル)に稼働させて答えを導き出す。

 

 だが、運が滅茶苦茶良くなる…以外には何も思いつかなかった。

 

「ボクは、正直『幸運』を取ったほうがいいと思う」

 

「そう…ですね」

 

 『耐異常』に関しては今取る必要はない。『狩人』に関しても、別に二度目に交戦したモンスターに対して強くなる程度、なくても戦うことは容易だろう。ならやはり『幸運』を取るのが、道理なのだろう、とベルは内心思う。

 

「わかった。君もそう言ってくれるのならこれにしようか!」 

 

 もう一度ベッドにうつ伏せになり、神様が腰の上に乗る。

 すぐに神様の指が僕の背中をなぞり、やがてその動きが止まる。 

 

「……はい、終わったよ」

 

 

 神様が腰から降りて更新が終了したことを告げる。

 ベッドの上に座ったのを見てから僕も上半身を起こす。

 

 やはりというべきか、特に何かが変わったような気はしない。

 

「あ、ベル君。新しいスキルが発現したんだ!」

 

「え? なんですかそれはッ!」

 

「まあまあ見てみれば分かるよ」

 

 そう言ってはヘスティアはベルの【ステイタス】を写し、その用紙を手渡す。

 

 

 

【ベル・クラネル】

『Lv.1』⇒『Lv.2』

≪基本アビリティ≫

 力:SSS1388⇒I0

耐久:SSS1210⇒I0

器用:SSS1391⇒I0

敏捷:SSS1501⇒I0

魔力:SSS1441⇒I0

≪発展アビリティ≫

幸運:I

≪魔法≫

【ケラウノス】

・付与魔法。

・雷霆属性。

詠唱式:【目覚めろ(テンペスト)】

 

【サンダーボルト】

・速攻魔法。

・雷、光属性。

≪スキル≫

【雷霆血統(ゼウス・ブラッド)】

・雷霆付与時、全アビリティ能力超高補正。

・雷霆付与時、『敏捷』のアビリティ超高強化。

 

【雷霆奮迅(アンストッパブル)】

・戦闘時、発展アビリティ『連攻』の一時発現。

・疾走時、速度が上昇する程『攻撃力』に補正が掛かる。

 

 

 

 【ランクアップ】すると基本アビリティと熟練度は一度初期数値(リセット)、I0から再出発(スタート)となる。それまで積み上げてきたアビリティの数値が消失するわけではなく、潜在値(エクストラポイント)として【ステイタス】にちゃんと反映されるらしい。お祖父ちゃん達は『隠しぱらめーたー』とか何とか言ってたっけ。

 

 自身のスキルに目を通した時、【雷霆血統(スキル)】がいつも見ていた効果と違う効果に変化していた。

 

 こんなことあり得るのか?そもそも刻まれたスキルが変化するなんてあり得ないし、そんなことがあるならお義母さんのだって変化するはずだ。

 

「神様…これは?」

 

「うん。前にも言った筈だけど、それは加護と同じだからさ。君が【神の恩恵(ファルナ)】を得る前に昇華させた力が、【ステイタス】と溶け合ってるってことさ。ボクの見立てではあと一、二回【ランクアップ】すれば完全に溶け合って、本来の力になる筈さ」

 

「ほへぇ、知りませんでした。 もう二度と戻らないものだと思っていたので」

 

「まあまあ、それにもう一つのスキルも滅茶苦茶強力じゃないか、君のスキルと合わさるとすごい効果を発揮すると思うけどね」

 

「そう…ですね。“疾走時、速度が上昇する程『攻撃力』に補正が掛かる”と、敏捷強化を合わせたら滅茶苦茶強そうですもんね」

 

「そうそう、まあこんな感じかな。アビリティの部分は全部初期値だし、こんなもんだよね」

 

「…そう言えば僕、初期値は初めて見ましたよ」

 

「あぁそう言えばそうだね、君は最初っから全アビリティが『G』評価だったしね」

 

 ヘスティアはそう言いながらベルの用紙を覗き、そして言う。ベルもしみじみとその初期値を見ながら感嘆の表情を漏らす。

 あの恐ろしい親達に受けた訓練もとい『洗礼』やらのせいもあってベルは元々アビリティが伸びていた。

 

 本来ならもっと伸びてていいはずなんだが、それはもう一つの恩恵に完全に吸収されてしまったらしい。それなら仕方がない、そのおかげで今スキルがこんなに強くなったたんだしね、と半分諦めながら思う。

 

 そうしてベルは寝台(ベッド)から立ち上がり、机の横に立てかけていた《ヘスティア・ソード》を手に取り、上着を来て外にでようもする。

 

「行くのかい?」

 

「はい、【ランクアップ】のズレを解消しないといけませんからね。それにエイナさんにも報告を…しなきゃなのかぁ〜…」

 

「何か嫌なことでもあるのかい?」

 

 そう、ヘスティアは尋ねる。今も行きたくないなぁと言わんばかりの表情をするベルは、渋々答える。

 

「いやぁ、昨日新種のモンスターを倒しまわったじゃないですか」

 

「うん、そうだね」

 

「かなり無茶をして…絶対エイナさんに怒られる」

 

 子供か!!とヘスティアは内心そんなくだらい心配をするベルに呆れる。

 怒られるのはおそらく確定、尚且つこっぴどく怒られるのも確定。今回ばかりはその『幸運』でも覆す事など出来ない、最早これは確定した運命。定まってしまった以上はどう足掻いても変えることなど出来ない。

 

 ベルはまだまだ完治してないあらば骨や背骨を擦りながらトボトボ歩みを進める。

 

「うぅ、行ってきます」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 

 

 所要期間、三週間。

 モンスター撃破記録、四〇十二体。

 

 Lv.2到達記録の世界記録(ワールドレコード)を大幅に塗り替えた、世界最速兎(レコードホルダー)誕生の瞬間だった。

 

 それは、【ヘラ・ファミリア】の才禍の怪物をも。そして【ロキ・ファミリア】の【剣姫】をも上回り、『ランクアップまでは最短でも一年は掛かる』という絶対の壁を壊し、今後塗り替えられることない絶対的な記録となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い部屋だった。

 

 光源は壁にかけられた小型の魔石灯一つのみしかなく、隅には影が溜まっている。石の香りもほのかに漂う陰湿な室内を唯一彩るのは、銀や鉄とともに加工された水晶の品々であり、壁や天井からぶら下がるそれら洒落た装飾品が、時折蒼くきらめいていた。

 

 蠟燭の火のような微弱な──魔石灯の──灯(あか)りに照らされるのは、赤い絨毯と木編みの籠、小棚(シェルフ)、そして粗末な木製の寝台(ベッド)だ。

 

 やがて一室に二人の人影が入ってくる。

 

 一人は全身型鎧(フルアーマー)を身に付け、もう一人は薄汚れたフード付きの外套(ローブ)を頭から深く被っていた。口数の少なく、僅かな言葉を交わすだけの会話する彼等はバックパックを始めとした荷物を部屋の隅に置くと、木製の寝台(ベッド)へと直行する。

 

 顔面全てを覆い隠す鋼のような兜、つま先まで包む銀色の装靴、全身型鎧(フルアーマー)の下をインナーまで脱ぎ出す男性。

 

 引き締まった体をした冒険者は、あっという間に半裸になった。

 

 下半身の衣服を僅かに残して、寝台(ベッド)に腰かける彼の側で、外套(ローブ)を纏う人物は、外衣の上からでもはっきりとわかる程の豊かな胸もとや細い腰をあらわにしていく。

 

「おいっ、早く脱いでくれ。ここまで来て生殺しなんて、勘弁してくれよ」

 

「待て。がっつくな」

 

 興奮を隠せない男の声に、起伏の少ない響きを持つ高い声音が返る。細い指がローブを始めとした衣を脱ぎ去っていき、最後に古びた紐を解いて、長い髪を背へと流す。

 

 艶かしい女だった。

 

 男性ならば飛び付きたくなるほどの美しい曲線を描く体。張りのある大きな双丘に情欲を煽られ、なだらかな臀部は否応なく劣情をかき立てる。くびれた腰の位置は高く、しなやかな肢体は指先まで細い。その物静かな雰囲気や仕草とは相反した、こぼれるような色香が瑞々しい肌から悩ましい程に漂っていた。

 

 寝台(ベッド)に腰かける男は、扇情的な体はもとより、フードを取り払った女の顔に息を吞む。

 

 魔石灯の光が陰影を作っている美貌に、男性が喉を鳴らす音だけがやけに響き渡った。

 

「何でこんな綺麗なのに、顔を隠しているんだ?」

 

「お前みたいな男に一々絡まれるのを防ぐためさ」

 

 半ば陶然としている男は、その淡々とした返答にも笑みを漏らし、一糸纏わぬ女の腰を引き寄せた。柔い体を抱きとめ、そのまま寝台(ベッド)へと押し倒す。

 

 照らし出される二つの人影が折り重なり、木の軋む音が鳴った。

 

「さっきの話だが、何の依頼を受けたんだ?」

 

 ことに及ぶ直前、女が口を開く。

 

 仰向けに寝る彼女へ唇を落とそうとしていた男は動きを止め、ああ、と間を空けて呟く。

 

「変な依頼だった。30階層に行って、わけのわからんものを回収してこいなんて……」

 

 何かを思い出すように視線を上げる冒険者の男。

 

 決して大柄ではない彼のたくましい体を、女は黙って見上げている。

 

「おっと、これは極秘だった。聞かなかったことにしてくれ」

 

「そうか……」

 

 女はそう言って、男と視線を絡め、手を彼の頰に伸ばした。

 

 触れるか触れないかのところで撫でるように指をなぞらせたかと思うと、すぅ〜っ、とそのまま首へ這わす。

 

 そして一気に、握り締めた。

 

「!?」

 

 鍛えられた男の首に五指が食い込む。

 全裸で無手だったことから無警戒だった男は驚愕をあらわにし、表情を激変させその指に手をかけるも、女の細腕はびくともしない。

 

 細身の身体にはいっそ不釣り合いな剛力は、激しい抵抗をものともせず、メリメリと音を立てる。

 男の瞳は血走り、開閉を繰り返す口唇が掠れた音を漏らしていく。

 

 その様子を無感動に見つめる女は、次には──ぼきり、と。

 

 ──ポキっ。

 

 あっけなく、それこそマッチの棒を折るかのように軽快な音が響き渡り、男の首の骨を折れていた。

 

「……」

 

 だらりと力を失いのしかかってくる冒険者の男を、女はぞんざいに横へ放り捨てた。鈍い音を立て、こと切れた男の体が床に転がる。

 

 うっすらとした灯りに肌を舐められながら、彼女は静かに起き上がり、その長い真白な脚で寝台(ベッド)から立ち上がった。

 足もとの死体(ぬけがら)には一瞥もくれず、部屋の隅へ向かう。

 

 裸のまま男の荷物に歩み寄り、無遠慮に中身をこじ開ける。

 

 しばらく物色を続けていると……女の手は唐突に止まった。

 

「……ない」

 

 呟いた後、体の動きを停止していた女は、ちッ、と大きな舌打ちを放つ。

 

 ぎりっと歯を嚙み締め、男の亡骸を睨んだ。忌々しそうな目付きで苛立ちを隠せないでいると、癇癪を起こしたかのように立ち上がる。

 

 女は乱暴に死体へと近付き、そして──。

 

 

 

 ──グシャッ、と。

 

 踏み潰された男の頭部が鮮血をまき散らし、部屋を真っ赤に染め上げた。

 

 

 





 《あとがき》

【幸運】「やあ、始めまして。これから君は滅茶苦茶運が良くなるよ」
ベル君「僕、強くなりたいですっ!」
【幸運】「よしっ!じゃあこれから沢山『試練』用意するね。当然ギリギリ乗り越えられるのを」試練ボタン“ポチ”。
ベル君「ふぁっ?!」

 【幸運】さん、これから沢山試練を用意して、ベル君が誰か救って、ギリギリ生き残って…って、マジでこれから【幸運】さんは一度も休暇が与えられないの草。


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