最強と最恐の系譜は雷霆の申し子です   作:道化の作家

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 ハシャーナさんって何気に二次創作だと評価が高いよな。やっぱり最初にベル君を笑わず認めた人だからなのかな?


第十六話 リヴィラの街の事件簿②

 

「なんか、きな臭くなって来たな」

 

「…うん。嫌な予感がする」

 

 なにより、この内側が…血がざわつくような胸騒ぎが、逆鱗の隣を撫でられるようなこの嫌な感じは、危険だ。

 

 錆びた剣と槍の柄で作られた欄干に囲まれる、崖際に設けられた眺めのいい広場で、ヴェルフとベルは言葉を交わしていた。

 

 すぐ隣にはレフィやアイズさん、ティオナさんにティオネさんも居り、互いにリヴィラの街のきな臭さを感じ取り、顔を見合わせていた。

 

「えーと……どうする?」

 

「ひとまず、どこかお店に入ろうか。情報収集も兼ねて、街の住人と接触してみよう」

 

 そんな時、ティオナさんがフィンさんに問うた。このパーティ、ひいては大派閥の参謀(ブレーン)でもあるフィンさんの意思は、この中でも最も優先されるべきものだろう。

 

 長槍を携えるフィンさんに率いられながら、僕達は広場を後にした。

 

 リヴィラの街は酷く静かであり、寂寥とした空気が漂っていた。中には店をほったらかしにし、店主が何処ぞへと行っている店まであった。

 

 そんな中、天幕で出来た──恐らく魔石を買い取る店だと思われる──とある買取り所の店主の姿を発見し、足を運んだ。

 

「今は大丈夫かい?」

 

「ん? おお、【ロキ・ファミリア】じゃないか。客かい?」

 

 暇を持て余していたであろうアマゾネスの店主は、「ああ」と短くフィンさんに答える。

 

 小さな天幕は長台(カウンター)で内と外に仕切られており、店主のいる内側には象牙のようなモンスターの牙の束や、光り輝く宝石で一杯になっている大型の瓶など、冒険者から買い取った品々で溢れていた。

 

 ティオネさんやレフィが稼いだ魔石やドロップアイテムを換金する中、フィンさんはまるで世間話をするかのように店主に問うた。

 

「街の様子がいつもと違うようだけど、何かあったのかい?」

 

「……あぁ、あんた達、今街に入ったばかりなのか」

 

 魔石やドロップアイテムの鑑定をしながらチラリと僕達を見やったアマゾネスの店主は、辟易するように答える。

 

「殺(・)し(・)だ(・)よ(・)。街の中で、冒険者の死体が出てきたらしい」

 

 アイズさんやヴェルフも少し瞠目し、驚きを露わにする。分かっていたことだ、伯父さんとの稽古や山での修行を経て【ステイタス】を頼らずとも常人離れした五感が、語らずとも僕に教えてくれた。

 

 鼻につく腐臭、人々の動揺に満ちた状態(あじ)。なによりここからでも微かに聞こえる冒険者(どうぎょうしゃ)達が不安がる声。

 

 誰かが話の続きを催促するまでもなく、店主は話を続けた。

 

「ちょっと前に見つかったらしくてね。狭い街さ、あっという間に話が広まって、ほとんどのやつ等が野次馬に行っちまってるよ。この街で殺し沙汰なんて、酔った馬鹿二人が喧嘩でくたばって以来、しばらくなかったんだけどねぇ」

 

 編み込んだ髪をピンと弾きながら、アマゾネスの店主は吐息をつく。

 

 踊り子のような衣装を身に付けている彼女に、フィンさんは質問を重ねた。

 

「何者かの手で殺されたのは、確かなのかい?」

 

「さぁね。あたしも他のやつ等が騒いでいるのを耳にしただけだから、詳しくは知らないよ」

 

「その死体はどこで見つかったのか、わかるか?」

 

「ここから上の方にある、ヴィリーの宿さ。人が溜まっているだろうし、行ってみればすぐにわかるんじゃないかい?」

 

 リヴェリアさんの質問への返答を最後に、女店主は黙々と鑑定を進め、魔石とドロップアイテムの買値を提示した。

 

 情報料込みとばかりの、破格の安値だ。

 

 だが、文句は言わず、僕達は戦利品を全て売り払い、天幕を出る。

 

「……どうしますか、団長?」

 

「街(ここ)で宿を取る以上、無関心でも無関係でもいられないだろう。行ってみよう」

 

 ティオネさんの質問に対してそう返したフィンさんは、一度僕とヴェルフを一瞥し、僕達も異論はないと短く返答すると、聞いた情報通り、崖の縁に多くの店がひしめいている現在地から、街の上方に向かった。

 

 島の頂上付近は湖側に向かって勾配があり、『リヴィラの街』には斜面や段差が多く、無数の水晶と草木に囲まれながら、僕達は街の住人が造った丸太の階段を上っていく。

 

 大して広くもない路地に密集する人集りは、とある洞窟の入り口前にできあがっている。今は傾いている壁にかけられた看板は、共通語(コイネー)で『ヴィリーの宿』と書かれていた。

 

 話に聞いた宿屋はここで間違いなさそうだ。

 

「うわ~、ちょっとこれ、進めなさそう……」

 

「宿の中はっ、入れないんでしょうか?」

 

 多くの亜人(デミ・ヒューマン)が形成する人立ちはとてもではないが割って進めそうもない。そこら中からざわめきが聞こえてくる中、ティオナさんとレフィが首を伸ばしていると、フィンさんが僕を一瞥してから動く。

 

 それに対して、若干悲しい気持ちになりつつも、フィンさんの真意を理解し、後をついていく。

 

「ちょっと僕とベルが見てくるよ。リヴェリア達はここにいてくれ」

 

 僕とフィンさんは小柄な身体を活かし、人混みの足元を縫うように進み奥へと入っていった。おおー、とアイズさんやティオナさん、レフィが感心する中、一人取り乱すのはティオネである。

 

「団長っ、待ってください!? ───ちょっとあんた達、どきなさいよ!」

 

「ひっ、【ロキ・ファミリア】……!?」

 

 ティオネさんの形相と叫びを前に、ならず者の冒険者達の荒波が左右に割れる。

 

「す…凄いっ。これがモーセの海割り、第一級冒険者っ!!」

 

「すまないベル、見苦しい所を見せてしまって」

 

 そう僕が感心している中、フィンさんはどうにも申し訳なさそうに僕に言う。

 

 アイズさん達も通るのを申し訳なさそうにしながら、怯える冒険者達の波の割れ目を渡ることにする。逸るティオネさんを先頭に、その後を追うようにアイズさん達も人混みを進んだ。

 

 洞窟の入り口には見張りらしき冒険者が数人立っていたが、隣にいたフィンさんに──巧みな話術により──丸め込まれたのか、あっさりとアイズさん達を宿の中に通す。

 

 天然の洞窟を宿屋にしている『ヴィリーの宿』は、アイズさん達六人が通っても快適な程に広く廊下を、曲がりくねった状態で奥へと進んだ。頭上も高く、洞窟特有の閉塞感はそこまでない。

 

 入り口をくぐって間近には受付場所らしき長台(カウンター)が置かれており、周囲の壁には少々奮発したような燭台型の魔石灯が数本設置されていた。鑑賞用の絵画のように三振りの短剣も等間隔に飾られてある。足もとに敷かれている毛皮の絨毯は、モンスターのドロップアイテムだろうか、少し高価なそれも、此処の宿の繁盛具合を物語っていた。

 

 この広い玄関(エントランス)だけでも、『ヴィリーの宿』は『リヴィラの街』の中でも上等な宿屋であることが窺える。剝き出しの石壁と壁の割れ目から生える青水晶に囲まれながら、アイズさん達は先に進んでいた僕とフィンさんと合流し、再度宿の奥へと進む。

 

 その間、若干ティオネさんからの嫉妬の視線を向けられ、蛇に睨まれ怯える兎のようになっていた僕をフィンさんが優しく救出してくれ、九死に一生を得た。これも恐らく【幸運】のおかげだろうっ!【幸運】ありがとう!!

 

 通路の左右にはいくつもの縦長の穴があり、帳──伯父さんの髪の毛と同じ臙脂色模様の布帛がそれぞれ垂れ下がっている。中を窺ってみると寝台が置かれた空間があり、どうやらこの帳が客室の扉代わりのようだ。僕達は三名ほどの冒険者が入り口前に待機している部屋を見つけ、うろたえる彼等を再度フィンさんの巧みな話術により丸め込み、中へ踏み入らせてもらった。

 

「……っ!」

 

 部屋に入ったベルも一瞬、言葉を失う。

 

 洞窟の一番奥まった場所にある部屋は、真っ赤に染まっていた。そして惨憺たる姿で床に横たわるのは、頭部を失った男性の死体だ。

 

 下半身のみ衣服を纏った、鍛えられ筋張った褐色の肉体。無造作に投げ出された手足は男の苦悶を物語っているかのようだった。

 

 頭は踏み潰されたのか、首から上は弾けた果実のように成り果て生前の容貌は知るよしもない。大量の血の海に浮いているのは薄紅色の肉片と、脳漿だった。

 

 分かっていたことだが、それでもあまりに凄惨だった。

 

「レフィ、見ちゃ駄目」

 

「見ないで、レフィーヤ」

 

 有無を言わさぬ口調で、レフィの視線から死体を遮った。その声は二つで、僕とアイズさんの声が同時にレフィに届く。狼狽する彼女を背後に追いやりながら、僕は改めて全体を見渡す。

 

 もともと赤い生地の絨毯は血溜まりによって赤黒く変色し、木編みの籠、小棚(シェルフ)、そして寝台までもが飛び散った鮮血を浴びている。持ち込まれた複数の魔石灯で隅々まで明るく照らし出されている長方形の部屋の内装は、今や無残な色合いに塗装されていた。

 

 部屋に飾られてある多くの水晶の装飾品が、固まりかけている赤い涙を滴らせている。

 

「ぐろ……」

 

 眉間に皺を寄せながらティオナさんが呟くと、室内にいる二人の男性が振り返った。

 

 遺体の横で膝をつき、現場検証をしていた彼等の内の一人が、僕達を見るなりその太い眉を吊り上げる。

 

「あぁん? おいてめえ等、ここは立ち入り禁止だぞ!? 見張りの奴等は何やってやがんだ!」

 

「やぁ、ボールス。悪いけど、お邪魔させてもらっているよ」

 

 怒るヒューマンの中年の男性に対して、フィンさんは何処か勝手知ったる様子で話しかける。

 

 筋肉隆々の巨漢だ。凶悪な人相に黒い眼帯をしたいかにもといった風貌で、見る者を萎縮させる迫力を備えている。上半身には袖無しの戦闘衣(バトル・クロス)を身に付け、盛り上がった肩や腹筋を剝き出しにしていた。

 

 彼の名前は、ボールス・エルダー。

 

 この『リヴィラの街』で買取り所を営む上級冒険者らしい。『オレのものはオレのもの、てめえのものもオレのもの』と言ってはばからない彼は、事実上の街の大頭(トップ)でもあると、アイズさんが手で僕の耳元を隠して、決して相手には聞こえぬようにひっそりと耳打ちしてくれた。

 

 各【ファミリア】の冒険者達が集まってできている『リヴィラの街』には、ギルドの息がかかった者や領主は存在しない。煩わしい規則(ルール)に縛られるのを嫌い、好き勝手に商売が行われるならず者達の街(ローグ・タウン)で必要なものは──大きな顔をするために求められるものは──他の者を黙らせる腕っ節だけだ。この街では純粋な強さが地位と直結するらしい。

 

 見た目から、【ステイタス】から見ても恐らくLv.3が精々だろう。此処の元締めだと言うのなら、恐らく『リヴィラの街』を利用する各上位派閥の団長や団員との関わり合いも深い。

 

 此処では腕っ節の強い奴が上に立つというなんともならず者らしい規則(ルール)、そんな彼にとってフィンさん達のようなLv.5、Lv.6の『当代の英雄候補』と謳われる傑物達とはなんとも相性が悪い。

 

 例によって今回の事件の調査を主導しているボールスさんに、フィンさんはまぁまぁと両手を上げて宥めた。

 

「僕達もしばらく街の宿を利用するつもりなんだ。落ち着いて探索に集中するためにも、早期解決に協力したい。どうだろう、ボールス?」

 

「けっ、ものは言いようだなぁ、フィン。てめえ等といい【フレイヤ・ファミリア】といい、強ぇ奴等はそれだけで何でもできると威張り散らしやがる」

 

「アイツ自分のこと棚に上げてない?」とティオネさんが不遜な口振りでフィンさんと話しているボールスさんを睨み付ける。

 

 汗をかくレフィが「お、落ち着いてくださいっ」と必死に宥めた。僕とヴェルフは我関せずを一貫し、ただただ現場を見下ろし、考察する。若干ヴェルフに関しては諦めモードとなり、だが一応、炎の大精霊(ウルス)と内側で何か話しているだろうことだけは理解出来た。

 

「それで、どうなっているんだい? この冒険者の身許や、手にかけた相手について何かわかったことはあるのかい?」

 

「ああ……くたばった野郎は、ローブの女をここに連れ込んできた全身型鎧(フルアーマー)の冒険者だ。兜まで被っていたから顔はわからねえが、連れの女が消えているから、犯人はそいつで間違いねえ……そうだな、ヴィリー?」

 

「ん、少なくとも俺はこの部屋にその男と女しか通していねえよ、ボールス」

 

 ボールスさんの隣にいた獣人の青年、ヴィリーさんはボールスさんの確認に頷いた。中背中肉でぼさぼさの髪、左右の頰には赤の線で塗料化粧(ウォーペイント)をしている。

 

 名前からしても、恐らくこの宿屋の店主であろう彼は補足するように話を続ける。

 

「昨日の夜に、二人で来てよ。どっちも顔を隠して、宿を貸し切らせてくれって頼まれたんだ」

 

「たった二人なのに、客室を全て貸し切り……ああ、そういうことか」

 

「ああ、そういうことだ。うちの宿にはドアなんて気の利いたもんはないからよ、喚けば洞窟中にダダ漏れだ。やろうと思えば覗き放題だしな」

 

 フィンさんは言わんとしていることをすぐに察し、内側の状況が見えないのでせめて話だけでもっと耳を傾けていたレフィも何かを悟ったのか、か~っと林檎のように相貌を真っ赤に染める。

 

 正直、もう僕とヴェルフの興味は完全に失せ、嫌な予感しかしないので若干後ろへ退いた。分かるのである、というか内に秘めたる伯父さんが教えてくれる、“嫌な予感がするから少し距離を取れ”っと。

 

「まぁ、男の浮かれたような声に何しに来たのかわかっちまったからな、こっちは白けたが、もらうもんはもらっちまったし……くたばっちまえなんて思いながら部屋を貸したら、このざまだ。ぞっとしちまったよ」

 

 軽口を叩くように語るヴィリーさんだったが、その顔には肝を冷やしたという感情の名残がありありと残っており、片手を首に回す彼は参ったように重い溜息をつく。

 

 リヴェリアさんが悼むように遺体の潰れた頭部へそっと布を被せる中、フィンさんは質問を投じた。

 

「そのローブの女の顔は見なかったのかい?」

 

「フードを目深に被ってたんだ、男と同じで、顔は全然わからなかった。……あー、でも、ローブの上からでもわかるくらい、めちゃくちゃいい体してたな。ああ、思わずむしゃぶりつきたくなるような女だったぜっ」

 

「おお、実はオレ様も街中でちらっと見かけたんだが……ありゃあーいい女だ。顔は見えなかったが、間違いねえ」

 

 力説するヴィリーさんに続き、ボールスさんまでもが、件の女性がいかに垂涎の体付きをしていたかを熱弁する。

 

 それ見たことかと僕の後ろで腕組みしている伯父さんに若干の感謝を伝えながら、もし此処にお義母さんやお祖母ちゃんがいたらこの人達はもう今日から女性を一生目視出来ない身体にされていたであろうと勝手に思う。

 

 鼻息が荒くなっているボールスさん達に、ティオナさんを始めとした女性陣が極寒の視線を送り、ヴェルフは興味なさげに視線を切り、僕は呆れ混じりに溜息をつく。

 

「……でもさぁ、自分のお店なのに、部屋で何があったのかわからなかったの? あの入り口の前の長台にずっといたんでしょ?」

 

「勘弁してくれよ。あんないい女を連れ込んで部屋から声が聞こえてきたら、妬みやらなんやらでおかしくなっちまう。満室の札を店の前に置いて、俺はさっさと酒場に行っちまったよ」

 

 ティオナさんの疑問に、ヴィリーさんは肩をすくめた。

 

 飲まなければやってられないとばかりに飲み明かしたと言うヴィリーさんの証言は、昨夜酒場にいた者達によって裏付けされているらしい。

 

 ヴィリーが酒場に行って戻ってきた昨夜から今朝の間に男性は殺され、そしてローブの女性が姿をくらましたことは、まず間違いないようだった。

 

 床へ脱ぎ捨てられている衣服と、半裸である男の格好から、死ぬ直前まで何を行おうとしていたのかは想像に難くない。情事に耽ようとしていた男は、恐らくその隙をつかれる形で殺害されたのだ。

 

 くだらなそうに部屋の状況を眺めていたティオネさんは、ボールスさんに問いかける。

 

「その様子だと、ローブの女の目撃者は誰もいないみたいね?」

 

「おお、全くいねえ。子分どもに聞き込みをやらせてはいるが、今のところ何も手がかりはなしだ」

 

「宿の支払いは、証文で行わなかったのか?」

 

「悪い、してないんだ。破格の魔石を気前良くどんと渡されちまって、釣りはいらないとも言うもんだから、それで済ませちまった」

 

 僕達の横で、リヴェリアさんの質問に対してヴィリーさんは申し訳なさそうに答えた。

 

 通常、迷宮探索において荷物がかさばる金貨は持ち運ばない。

 ダンジョンに存在するこの『リヴィラの街』では武器や道具、宿泊などの取り引きは全て証文で行われている。物品等を購入した冒険者は用意された証書に自身の名と【ファミリア】のエンブレムを刻印し、店側は地上に帰還した後日、所属派閥へと請求に向かうのがこの街のやり方だ。

 

 よって証文の取り引きならば相手の名前と派閥がわかるのだが、物々交換で済ませてしまっては確認のしようもない。殺された全身型鎧(フルアーマー)の男はソロだったのか仲間もおらず──少なくとも仲間だと名乗り出た者は現時点ではいない──、無残にも顔を潰された彼の素性を知る者は存在しなかった。

 

「まぁ、今からこの野郎の身許を体に直接聞くところだがな。──おい、『開錠薬(ステイタス・シーフ)』はまだか!?」

 

 廊下に向かってボールスが吠えると、ヒューマンの冒険者がちょうど駆け付けてきた。

 

 慌てて来たその人は、部屋の前で待機していた獣人の男性とともに入室し、携えていた小瓶──中身は魔石の欠片にも似た結晶と透明感のある真紅の液体──を手渡す。ボールスさんが無遠慮に仰向けの遺体をひっくり返すと、襟巻きをしている男性は側に歩み寄った。

 

 屈み込み、小瓶の栓をきゅぽんと引き抜く。赤い液体を背中に垂らすと、その人は模様を描くように肌の上で指を躍らせ始めた。

 

「『開錠薬(ステイタス・シーフ)』って、確か……」

 

「僕達のような眷族の恩恵(ステイタス)を暴く為の道具(アイテム)だね。でも正しい手順に沿わないと鍵(ロック)は解除出来ないけど」

 

 レフィが隣で、僕はお義母さんが言っていた物をそのまま転用して解説する。そんな死体荒らしのような所業を前に、高潔たるエルフの中でも王族の地位に立つリヴェリアさんはなんとも険しい表情を浮かべてボールスさんを見据える。

 

 発展アビリティ『神秘』を習得した数少ない者だけが、神々の『神血(イコル)』をもとに作製できる『開錠薬(ステイタス・シーフ)』は、その原材料という点から言っても非合法の道具だ。一般的には売られておらず、裏市場(アンダーグラウンド)のみに出回っているらしい。ここ、『リヴィラの街』に存在するのは推して知るべしであり、関わらないのが“吉”というものである。

 

 使う場面が得てして限定されている上に、何より作製可能な薬師が少な過ぎるため、絶対数そのものが少ない。無論、高価である。

 

 どちらかと言えば、その者の真名と主神の名が必ず刻み込まれている【ステイタス】の性質を利用して、刺客等の素性を洗い出すために使用されることが多かった。

 

「あーいう技、どこで覚えて帰ってくるんだろうね……」

 

「冒険者が金にがめつくて何でもする『物好き』なのは、今に始まったことじゃないでしょ」

 

 呆れ顔のティオナさん、半眼を作るティオネさんの視線の先、獣人の男性は【ステイタス】が隠れている背中に指を淀みなく走らせていく。

 

 本当にどうしてそのような技能(スキル)を覚えてくるのか、そのがめつい熱意の半分でも鍛錬に費やせば、もう少しは強くなれると思うのだがなと思うのは少し傲慢だろうか?

 

 溶液を垂らし複雑かつ正確な動きを刻めばいかなる神々の錠(ロック)も解錠(ピッキング)できる道具(アイテム)を駆使し、男性はややあって、碑文を彷彿させる文字群をその背に浮かび上がらせた。

 

「ボールス、できた」

 

「おう、でかした」

 

 男性が退く中、錠(ロック)をこじ開けられた【ステイタス】を見下ろすボールスは、しまった、と言うかのようにぱしんと頭を叩く。

 

「いけねえ、【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めねえ……オイお前等、外に出て、もの知ってそうなエルフを一人二人連れてこい!」

 

「待て。【神聖文字(ヒエログリフ)】なら私が読める」

 

「私も」

 

「あ、僕もですっ!」

 

 使い走りへ声を張るボールスさんに、リヴェリアさんとアイズさん、そして僕が口を開く。

 

 リヴェリアさんは死体の側に片膝をつき、アイズは立ったままの姿勢で、僕はその後ろから覗くように見据える。部屋の中にいる者達全員に見守られる中、翡翠の瞳と金の双眸が複雑な神の筆跡を辿っていく中、深紅(ルベライト)の瞳はその癖のある筆跡の【神聖文字(ヒエログリフ)】の文字群を看破していく。

 

 やがて、ゆっくりと、僕達はその内容を言葉にした。

 

「名前はハシャーナ・ドルリア。所属は……」

 

「「……【ガネーシャ・ファミリア】」」

 

 僕とアイズさんがリヴェリアさんの言葉を引き継いだ瞬間──場は水を打ったように静まり返る。

 

 一瞬、室内から音が消え去った。

 

 そして次には、にわかに騒然となる。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】!?」

 

「おいっ、間違いじゃないのかよ!」

 

 瞬く間に上がる悲鳴のような声々に、僕も、アイズさんも、リヴェリアさんも遺体の【ステイタス】に視線を縫い付けたまま動かない。張り詰めた眼差しを浮かべる彼女達に、フィンさんやティオナさん達も目を見張った。

 

 骸の正体は都市有数の実力派【ファミリア】──【ロキ・ファミリア】にも迫る派閥の団員という情報に、ヴィリー達が顔を青くする中。

 

 わなわなと震えるボールスは、平静を欠いた声で、何よりも看過できない事柄を叫んだ。

 

「冗談じゃねえぞ──【剛拳闘士(ハシャーナ)】っつったら、Lv.4じゃねえか!?」

 

 僕達の口からもたらされた、第二級冒険者の死。

 

 同時に導き出されるのは、ローブの女性──犯人は少なくともLv.4以上の実力者という事実が。

 

 第一級冒険者に相当する殺人鬼が、まだこの街に潜伏しているやもしれない可能性に、凍てつくような戦慄が走り抜ける中、僕はもう三週間も前のことを思い出す。

 

 都市に来て、検問所で初めて出会ったオラリオの冒険者。『最後の英雄』に成るというなんともガキ臭い僕の夢を笑わずに聞いてくれ、先達としての助言をくれたのは他でもないハシャーナさんだった。

 

 似てる。その屈強な肉体も、僕の頭をくしゃくしゃっと撫でてくれたその大きな手の平も。

 

 もしかしたら、ここに入って来てから、分かっていたのかもしれない。腐臭と共に乗ってくる何処かで感じ取った気配(におい)を纏うその死体が、知人(だれか)である可能性を。

 

 分かっていたことだ、知らない筈はない。僕達は冒険者だ。いつ死ぬかも分からず、明日には昨日隣で笑っていた人が死ぬような世界。そんな生き方を選ぶ僕達が、支払わなければならない代償。

 

 僕達の死に方は決まってる。強敵に挑み道半ば死ぬのか、それともダンジョンの異常事態(イレギュラー)に巻き込まれて死ぬか。その死体が日の光を浴びれることなんて勿体ない。そんな世界。

 

 人一人の命が本当に軽い世界で、それでも命を掛けて富や名声、女と求める僕達にとっては、当然死の覚悟を持つことは当たり前。

 

 だけど…それでも、

 

「(都市を守ってきた人に対する…仕打ちがこれか?)」

 

 ハシャーナさんは、疑いようのない善人だった。気前もよく、僕の夢も笑わなかったような、優しい人だ。そんな人が、何の理由かも分からないけど、どうせ碌な理由じゃないだろうことだけは分かる。死んでいい人じゃなかったし、『んじゃあ、お前が都市の有名人になったら、改めて挨拶にでも行くとするかっ!』と優しく僕に言ってくれたこの人の期待にも応えたかった。

 

 敵を取るなんてだいそれたことは言えない、だけどせめて祈ろう。神様達は意味のないことだというけれど、それでも祈ろう。ハシャーナさんの冥福を。





《あとがき》

 面倒事+くだらないお話を前に我関せずを決め込むヴェルフとベル。マジでどうでも良いので、人が死んだという事実と殺人犯の人相以外はマジで耳に入ってない。

 ハシャーナさんが死んだと気付いた時のベル君は普通にピキッて敵討ちしたろうと思った、

幸運さん「? 敵討ちがしたいって。 いいぜッ!ちょうど運よく、ベルきゅんの前に敵(かたき)を連れて行ってやるぜッ」


 幸運さん、アポロン、フレイヤ。今作最大の愉悦部担当。ちな、全てを知ったベル君の評価は「全員底辺で、品性が足りな過ぎる」とのこと。おい、フレイヤ、お前だぞ。イシュタルと同じで品性が足らんのじゃッ!

 幸運さんとフレイヤはまだベルに魔導書だったり試練だったり幸運だったりをもたらしてるのでギリギリアウトみたいな感じだけどアホロンに関してはマジで何もいいことしてない、原作だと廃教会壊したし。(誤字ではない)


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