下界の飯は悪くない   作:ボヤージュ500億

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晩餐会

午後。

 

トップマン家の邸宅。

 

メフェリアは自室の長椅子に座り、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

東の海から帰って三日目。

 

今日は神の騎士団からの呼び出しもなく、朝から何をするでもなく過ごしている。

 

そんな静かな時間の中、扉が控えめに叩かれた。

 

「メフェリア宮」

 

「なに?」

 

「今夜の晩餐会について、そろそろご準備を」

 

メフェリアが振り返る。

 

「晩餐会?」

 

「はい」

 

「今日だっけ」

 

「本日でございます」

 

忘れていた。

 

使用人が銀の盆に載せた招待状を差し出す。

 

メフェリアは受け取ると、改めて中を見る。

 

世界貴族の数家が集まる晩餐会。

 

珍しい催しではない。マリージョアでは、こうした席が定期的に設けられている。

 

「行かないと駄目?」

 

「すでに出席のお返事をしておりますので」

 

「誰が?」

 

「メフェリア宮が東の海へ向かわれる前に」

 

「…………」

 

そういえば、そんな話をされたような気がする。

 

メフェリアは招待状を閉じた。

 

「料理は?」

 

使用人が一瞬黙った。

 

「献立でございますか?」

 

「うん」

 

「西の海より献上された魚料理、北の海産の仔牛を使用した主菜、それから――」

 

「お菓子は?」

 

「食後には、南の海の果実を使用した菓子が用意されると伺っております」

 

メフェリアは立ち上がった。

 

「準備する」

 

使用人は小さく頭を下げる。

 

「かしこまりました」

 

理由はともかく、出席する気になったのなら問題はない。

 

 

日が暮れる頃。

 

鏡の前に立つメフェリアは、普段とは大きく違う姿をしていた。

 

神の騎士団として身につけている服ではない。

 

白を基調としたドレスには細かな金の刺繍が施され、胸元にはトップマン家に伝わる宝石が飾られている。緑色の髪も綺麗に整えられ、いつもより幾分大人びて見えた。

 

使用人が最後の飾りを整える。

 

「いかがでしょうか?」

 

メフェリアは鏡を見る。

 

「重い」

 

「……宝石が、でございますか?」

 

「うん」

 

「晩餐会の間だけですので」

 

「分かった」

 

不満そうではあるが、外そうとはしない。

 

こうした装いが必要になる場で、何を身につけ、どう振る舞うべきなのか。

 

メフェリアは当然知っている。

 

好きかどうかは別として。

 

生まれた時から、そういう世界で育ってきた。

 

「では、参りましょう」

 

「うん」

 

メフェリアは使用人を伴い、邸宅を後にした。

 

 

晩餐会が開かれる屋敷には、すでに多くの世界貴族が集まっていた。

 

高い天井から巨大なシャンデリアが下がり、長い食卓には白い布が敷かれている。金や銀の食器が整然と並び、壁際には何人もの使用人が控えていた。

 

メフェリアが入ると、何人かの天竜人がこちらを見る。

 

「トップマン家のメフェリア宮だえ」

 

「東の海から戻ったそうだえ」

 

聞こえてくる声を気にすることなく、メフェリアは自分の席へ向かった。

 

その途中。

 

「メフェリア宮」

 

聞き覚えのある声に足を止める。

 

シャルリア宮だった。

 

その隣には父のロズワード聖。そして兄のチャルロス聖もいる。

 

「シャルリア」

 

「今日はちゃんと来たアマスね」

 

「ちゃんと?」

 

「こういう集まり、面倒がって来ないこともあるでしょう」

 

「今日は料理が気になったから」

 

「やっぱりそれアマスか」

 

シャルリアが呆れたように言う。

 

チャルロスがメフェリアを見る。

 

「東の海に行っていたそうだえ」

 

「うん」

 

「何でそんな辺境に行くんだえ?」

 

「任務」

 

「神の騎士団も大変だえ。わちしなら絶対に嫌だえ」

 

「そう?」

 

「下々民しかいないではないかえ」

 

メフェリアは少し考える。

 

「いっぱいはいたよ」

 

「そういう意味じゃないえ!」

 

シャルリアが横から口を挟む。

 

「この人、東の海で下々民の菓子まで食べてきたアマスよ」

 

チャルロスの顔が変わる。

 

「食べたのかえ!?」

 

「うん」

 

「気持ち悪くないのかえ?」

 

「美味しかったよ」

 

「そういう問題じゃないえ!」

 

メフェリアには、何がそこまで問題なのかよく分からなかった。

 

その様子を見ていたロズワード聖が口を開く。

 

「まあよいえ。メフェリア宮は昔から少し変わっているえ」

 

「そうアマス」

 

「そうかな」

 

「そうアマスよ」

 

メフェリアは首を傾げた。

 

やがて晩餐会の開始が告げられ、それぞれが席へ向かった。

 

 

料理が次々と運ばれてくる。

 

最初に出されたのは、小さな前菜だった。

 

世界各地から集められた食材を使い、一皿ずつ美しく盛り付けられている。

 

メフェリアは黙って口へ運んだ。

 

食器の扱いにも、食事の所作にも迷いはない。

 

東の海では好きなように食べていたが、こうした席ではそうしない。

 

隣の席にいた天竜人がメフェリアを見る。

 

「神の騎士団は下界で何を食べるんだえ?」

 

「その土地のものとか」

 

「下々民と同じものをかえ?」

 

「うん」

 

男は露骨に顔をしかめた。

 

「わちきには無理だえ」

 

メフェリアは前菜を食べ終える。

 

「美味しいのもあるよ」

 

「そんなわけないえ。ここで出る料理の方が上等に決まっているえ」

 

「上等なのはこっちだと思う」

 

メフェリアは素直に答えた。

 

「でも、美味しいかは別じゃない?」

 

男が一瞬黙った。

 

「……どういう意味だえ?」

 

「高いものが一番好きとは限らないでしょ」

 

「…………」

 

メフェリアはそれ以上説明せず、次の料理を待った。

 

別に下界の料理を擁護したいわけではない。

 

自分が美味しいと思った。

 

ただそれだけだった。

 

 

やがて主菜が運ばれてきた。

 

北の海で育てられた仔牛を使った料理。

 

香草とともに焼き上げられた肉に、濃厚なソースが添えられている。

 

メフェリアは一口食べた。

 

「…………」

 

もう一口。

 

気に入った。

 

後ろに控えている自分の使用人を呼ぶ。

 

「これ」

 

「はい」

 

「明日、家でも作って」

 

「かしこまりました」

 

それだけで話は終わる。

 

料理人が誰なのか。

 

材料をどこから運ぶのか。

 

どうやって同じものを用意するのか。

 

メフェリアは尋ねない。

 

必要なら使用人たちが調べ、材料も取り寄せるだろう。

 

それが彼女にとっては当たり前だった。

 

向かい側からシャルリアがその様子を見ている。

 

「気に入ったアマス?」

 

「うん」

 

「例のプリンとどっちが美味しいアマス?」

 

メフェリアの手が止まる。

 

真剣に考える。

 

「違う食べ物だから比べられない」

 

「…………」

 

シャルリアは少し不満そうな顔をした。

 

「面白くない答えアマスね」

 

「じゃあ何て言えばいいの?」

 

「もういいアマス」

 

メフェリアはよく分からないまま食事を続けた。

 

 

食事が進むにつれて、話題は自然とメフェリアの東の海での任務へ移っていった。

 

「ゴア王国にも行ったそうだえ?」

 

別の天竜人が尋ねる。

 

「行ったよ」

 

「王族はきちんと出迎えたのかえ?」

 

「うん」

 

「当然だえ」

 

別の男が満足そうに頷く。

 

「下界の王族といっても、我々世界貴族の前では頭を垂れるしかないえ」

 

「そうだね」

 

メフェリアもそこには何の疑問も持っていない。

 

ゴア王国の国王が自分へ頭を下げたことも、王国兵が道を空けたことも、彼女にとっては特別な出来事ではなかった。

 

世界貴族なのだから当然。

 

その価値観は、東の海へ行った程度で変わるものではない。

 

「でもゴア王国よりベルネ島の方が好きだった」

 

「何故だえ?」

 

「チーズ美味しかったから」

 

「また食べ物アマスか」

 

シャルリアが呆れる。

 

「大事だよ」

 

「何が大事アマス?」

 

「美味しいもの」

 

チャルロスが鼻を鳴らした。

 

「そんなに気に入ったなら、島ごとマリージョアへ持ってくればいいんだえ」

 

メフェリアがチャルロスを見る。

 

「島は持ってこれないよ」

 

「そういう意味じゃないえ!」

 

「じゃあどういう意味?」

 

「…………」

 

チャルロスが言葉に詰まる。

 

ロズワード聖は二人のやり取りを見ながら、静かに食事を続けていた。

 

 

最後に菓子が運ばれてきた。

 

南の海の果実を使った冷たい菓子だった。

 

薄く切られた果実の上に、淡い色のクリームが重ねられている。

 

メフェリアは一口食べる。

 

目が少し開いた。

 

「美味しい」

 

シャルリアがすぐに気づいた。

 

「気に入ったアマスね」

 

「うん」

 

もう一口。

 

甘さは控えめで、果実の酸味が残っている。

 

ベルネ島のミルクプリンとは全く違う。

 

けれど、これも好きだった。

 

メフェリアは後ろを振り返る。

 

「これも」

 

使用人はすぐに理解した。

 

「明日、ご用意いたします」

 

「お願い」

 

シャルリアが呆れたように言う。

 

「さっきの肉も頼んでいたアマス」

 

「うん」

 

「例のプリンも作らせているのでしょう?」

 

「うん」

 

「全部食べるアマスか?」

 

「食べるよ」

 

「太るアマスよ」

 

メフェリアの手が止まった。

 

昨日も似たようなことを言われた気がする。

 

自分の身体を見る。

 

ドレスの上からではよく分からない。

 

「…………」

 

「何アマス?」

 

「大丈夫」

 

「だから何を根拠に言っているアマスか」

 

「動くから」

 

シャルリアは何とも言えない顔をした。

 

 

晩餐会が終わった頃には、すっかり夜も深くなっていた。

 

邸宅へ戻ったメフェリアは、玄関で待っていた料理長と顔を合わせる。

 

「お帰りなさいませ、メフェリア宮」

 

「ただいま」

 

「晩餐会はいかがでしたでしょうか」

 

「美味しかった」

 

「それは何よりでございます」

 

「明日、作ってほしいものある」

 

「すでに伺っております」

 

「早いね」

 

「同行した者より連絡を受けておりますので」

 

「お肉と、お菓子」

 

「はい」

 

料理長が頷く。

 

そして少し間を置いた。

 

「ミルクプリンはいかがなさいますか?」

 

「作って」

 

即答だった。

 

「……すべてでございますか?」

 

「うん」

 

料理長は少しだけ黙る。

 

「朝食、昼食、夕食のいずれかに分けてもよろしいでしょうか」

 

「一緒じゃ駄目?」

 

「おすすめはいたしません」

 

「なんで?」

 

「量が多すぎます」

 

「食べられるよ」

 

「そういう問題ではございません」

 

メフェリアは少し考えた。

 

料理長は譲りそうにない。

 

「じゃあ分けて」

 

「かしこまりました」

 

「プリンはおやつ」

 

「承知いたしました」

 

話がまとまった。

 

メフェリアは自室へ向かおうとして、ふと振り返る。

 

「料理長」

 

「はい?」

 

「今日の料理、作れる?」

 

「同じものを、という意味でしょうか」

 

「うん」

 

料理長は少しだけ笑った。

 

「お任せください」

 

「よかった」

 

メフェリアは満足そうに頷き、今度こそ自室へ向かった。

 

世界各地から最高の食材が集められ、欲しいものを口にすれば翌日には用意される。

 

それを贅沢だとは思わない。

 

特別なことだとも思わない。

 

メフェリアにとって、それは生まれた時から続いている日常だった。

 

それでも。

 

東の海の小さな牧場で食べたミルクプリンだけは、まだここにはない。

 

「…………」

 

明日は、少し近づくだろうか。

 

そんなことを考えながら、メフェリアは自室の扉を開けた。

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