翌日。
パンゲア城。
巨大な城内を、メフェリアとシャムロックは並んで歩いていた。
昨日も通った廊下だが、向かっている場所は違う。
メフェリアはいつもの神の騎士団としての装い。腰には細身のレイピアを下げている。
「今日も報告?」
「ああ」
隣を歩くシャムロックが答える。
「昨日したよ」
「あれは騎士団内での確認だ。今日は五老星への正式な報告になる」
「シャムロックだけじゃ駄目なの?」
「現地へ行ったのはお前だ」
「報告書も出したよ」
「口頭でも聞くそうだ」
「…………」
メフェリアは少し面倒そうな顔をした。
「長い?」
「お前次第だ」
「短くする」
「必要なことまで省くな」
「分かってる」
本当に分かっているのか。
シャムロックは何も言わなかった。
二人はさらに城の奥へ進む。
やがて、大きな扉の前で足を止めた。
世界政府最高権力――五老星。
その五人が待つ部屋だった。
衛兵が扉を開く。
シャムロックが先に入り、メフェリアも続いた。
*
広い部屋。
その中央へ足を踏み入れた瞬間、外とは空気が変わる。
そこには五人の老人がいた。
科学防衛武神――ジェイガルシア・サターン聖。
環境武神――マーカス・マーズ聖。
法務武神――トップマン・ウォーキュリー聖。
財務武神――イーザンバロン・V・ナス寿郎聖。
農務武神――シェパード・十・ピーター聖。
世界政府の頂点に立つ五人。
メフェリアにとっても、決して軽く接していい相手ではない。
シャムロックが五人の前で足を止める。
メフェリアもその横に立った。
「フィガーランド・シャムロック」
ウォーキュリー聖が低い声で言う。
「東の海での一件、報告は受けている」
「はい」
「ご苦労だった」
シャムロックは静かに頭を下げる。
サターン聖が視線を動かした。
その先にいるのはメフェリア。
「メフェリア宮」
「はい」
普段より少しだけ声が違う。
シャルリアやシャムロックと話している時のような気安さはない。
「現地で密輸組織を発見したのはお前だったな」
「はい」
「経緯を話せ」
メフェリアは頷いた。
「最初に確認したのは、東の海へ入ってからです。政府の管理下にあるはずの物資が市場へ流れていました」
「それで追跡を?」
ピーター聖が尋ねる。
「はい。運んでいた人間を捕まえて、そこから取引先を調べました」
「その先がゴア王国だったというわけか」
マーズ聖が続ける。
「そうです」
メフェリアは淡々と答える。
余計なことは言わない。
普段の彼女を知る者が見れば、少し意外に思うかもしれない。
しかし、メフェリアは神の騎士団員だ。
こうした場でどう振る舞うべきかは理解している。
ナス寿郎聖が口を開いた。
「帳簿には政府内部の者の名もあったと聞く」
「ありました」
「その場では手を出さなかったのだな」
「東の海にいた時点では、名前だけでしたから」
メフェリアは少し間を置く。
「間違っていたら面倒なので」
シャムロックが僅かに目を動かした。
言い方はともかく、判断そのものは正しい。
ナス寿郎聖も特に咎めなかった。
「結果として正解だ。こちらで裏を取った」
「ならよかったです」
サターン聖が机の上の書類へ視線を落とす。
「関係者はすでに拘束している。残った組織についても海軍へ処理を命じた」
「はい」
「お前の任務は、これで完全に終了だ」
その言葉を聞いた瞬間。
メフェリアの表情がほんの少しだけ明るくなった。
「分かりました」
シャムロックには分かった。
東の海へ戻らなくていいことに安心したのだろう。
ピーター聖がその変化に気づいたのか、メフェリアを見る。
「随分長く東の海にいたな」
「遠かったので」
「それが不満だったか」
「少し」
「正直だな」
「船が長いので」
「…………」
シャムロックが小さく息を吐いた。
五老星の前でも、そこは変わらないらしい。
マーズ聖が腕を組む。
「だが、任務そのものに問題はなかった」
「はい」
「ゴア王国からも正式な報告が届いている。世界貴族への対応についても問題はなかったようだ」
「国王には会いました」
「どうだった」
メフェリアは少し考える。
「普通でした」
「普通?」
「ちゃんと頭下げてました」
一瞬、部屋が静かになる。
「……そうか」
ピーター聖が答えた。
それ以上聞いたところで、似たような答えしか返ってこないだろう。
*
報告は、メフェリアが思っていたよりも早く終わった。
サターン聖が書類を閉じる。
「以上だ」
「はい」
メフェリアは小さく頭を下げる。
シャムロックも同じく礼を取り、二人は退出しようとした。
その時だった。
「メフェリア」
低い声が呼び止める。
足が止まる。
メフェリアが振り返った。
ウォーキュリー聖だった。
シャムロックも足を止める。
「何でしょうか」
ウォーキュリー聖は厳しい表情のまま、メフェリアを見る。
「今回の働き、トップマンの名に恥じぬものだった」
メフェリアが僅かに目を瞬いた。
五老星として任務の評価を下すだけなら、先ほどすでに済んでいる。
わざわざ呼び止めてまで、トップマンの名を出すとは思っていなかった。
「……ありがとうございます」
「だが、一度の働きで驕るな」
「はい」
「神の騎士団に名を連ねる以上、次も相応の働きをせよ」
「分かりました」
ウォーキュリー聖はそれ以上何も言わなかった。
「下がれ」
「はい」
メフェリアはもう一度頭を下げる。
今度こそ、シャムロックとともに部屋を出ていった。
扉が閉じる。
室内には再び五老星だけが残った。
ウォーキュリー聖は何事もなかったかのように、次の書類へ手を伸ばす。
他の四人も何も言わない。
ただ、それだけだった。
*
廊下。
メフェリアはシャムロックの隣を歩いていた。
「終わった」
「ああ」
「思ったより早かった」
「余計なことを話さなかったからな」
「ちゃんとできたでしょ」
「一応な」
「一応?」
「ゴア王国の国王について『普通だった』はないだろう」
「普通だったよ」
「もういい」
二人は歩き続ける。
少しして、メフェリアが口を開いた。
「シャムロック」
「何だ」
「最後の、珍しくない?」
「何がだ」
「ウォーキュリー聖」
シャムロックは少しだけメフェリアを見る。
「トップマンの名のことか」
「うん」
メフェリアは前を向く。
ウォーキュリー聖とは、幼い頃から何度も顔を合わせている。
同じトップマン家。
けれど、一般的な家族のような距離ではない。
血縁そのものも近くはなく、メフェリアにとってウォーキュリー聖は何より先に五老星だった。
「褒められた」
「そうだな」
「珍しい」
「なら覚えておけ」
「何を?」
「次も同じ働きをしろと言われただろう」
「そっち?」
「他に何がある」
メフェリアは少し考える。
「別に」
「なら終わりだ」
「うん」
メフェリアもそれ以上考えるのをやめた。
「帰る?」
「お前はな」
「シャムロックは?」
「仕事が残っている」
「大変だね」
「誰の報告書を処理していると思っている」
「私?」
「そうだ」
「頑張って」
「他人事だな」
メフェリアは少し笑った。
「じゃあ帰るね」
「待て」
「なに?」
「明日は騎士団の招集がある」
メフェリアの足が止まった。
「みんな来るの?」
「マリージョアにいる者はな」
「じゃあ、いない人もいるんだ」
「任務中の者まで呼び戻すほどの話ではない」
「何かあるの?」
「明日話す」
「今教えて」
「明日だ」
「なんで?」
「そう決まっている」
「ちょっとだけ」
「駄目だ」
「けち」
シャムロックは無視して歩き出した。
メフェリアはその背中を見る。
「…………」
明日は神の騎士団の招集。
現在マリージョアにいる者たちが集まる。
それぞれが別々の任務を抱えているため、騎士団の顔ぶれが一堂に会する機会はそう多くない。
久しぶりに顔を合わせる者もいるだろう。
何の話なのか、少しだけ気になった。
けれど――
「メフェリア」
少し先からシャムロックが呼ぶ。
「何?」
「そっちは出口じゃない」
メフェリアは自分が歩こうとしていた方向を見る。
違った。
「…………」
何事もなかったように方向を変える。
シャムロックが呆れたように見ている。
「何?」
「何でもない」
二人は廊下を歩いていく。
明日は、久しぶりの騎士団の招集。
その場で何を告げられるのか。
この時のメフェリアは、まだ知らなかった。