下界の飯は悪くない   作:ボヤージュ500億

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五老星

翌日。

 

パンゲア城。

 

巨大な城内を、メフェリアとシャムロックは並んで歩いていた。

 

昨日も通った廊下だが、向かっている場所は違う。

 

メフェリアはいつもの神の騎士団としての装い。腰には細身のレイピアを下げている。

 

「今日も報告?」

 

「ああ」

 

隣を歩くシャムロックが答える。

 

「昨日したよ」

 

「あれは騎士団内での確認だ。今日は五老星への正式な報告になる」

 

「シャムロックだけじゃ駄目なの?」

 

「現地へ行ったのはお前だ」

 

「報告書も出したよ」

 

「口頭でも聞くそうだ」

 

「…………」

 

メフェリアは少し面倒そうな顔をした。

 

「長い?」

 

「お前次第だ」

 

「短くする」

 

「必要なことまで省くな」

 

「分かってる」

 

本当に分かっているのか。

 

シャムロックは何も言わなかった。

 

二人はさらに城の奥へ進む。

 

やがて、大きな扉の前で足を止めた。

 

世界政府最高権力――五老星。

 

その五人が待つ部屋だった。

 

衛兵が扉を開く。

 

シャムロックが先に入り、メフェリアも続いた。

 

 

広い部屋。

 

その中央へ足を踏み入れた瞬間、外とは空気が変わる。

 

そこには五人の老人がいた。

 

科学防衛武神――ジェイガルシア・サターン聖。

 

環境武神――マーカス・マーズ聖。

 

法務武神――トップマン・ウォーキュリー聖。

 

財務武神――イーザンバロン・V・ナス寿郎聖。

 

農務武神――シェパード・十・ピーター聖。

 

世界政府の頂点に立つ五人。

 

メフェリアにとっても、決して軽く接していい相手ではない。

 

シャムロックが五人の前で足を止める。

 

メフェリアもその横に立った。

 

「フィガーランド・シャムロック」

 

ウォーキュリー聖が低い声で言う。

 

「東の海での一件、報告は受けている」

 

「はい」

 

「ご苦労だった」

 

シャムロックは静かに頭を下げる。

 

サターン聖が視線を動かした。

 

その先にいるのはメフェリア。

 

「メフェリア宮」

 

「はい」

 

普段より少しだけ声が違う。

 

シャルリアやシャムロックと話している時のような気安さはない。

 

「現地で密輸組織を発見したのはお前だったな」

 

「はい」

 

「経緯を話せ」

 

メフェリアは頷いた。

 

「最初に確認したのは、東の海へ入ってからです。政府の管理下にあるはずの物資が市場へ流れていました」

 

「それで追跡を?」

 

ピーター聖が尋ねる。

 

「はい。運んでいた人間を捕まえて、そこから取引先を調べました」

 

「その先がゴア王国だったというわけか」

 

マーズ聖が続ける。

 

「そうです」

 

メフェリアは淡々と答える。

 

余計なことは言わない。

 

普段の彼女を知る者が見れば、少し意外に思うかもしれない。

 

しかし、メフェリアは神の騎士団員だ。

 

こうした場でどう振る舞うべきかは理解している。

 

ナス寿郎聖が口を開いた。

 

「帳簿には政府内部の者の名もあったと聞く」

 

「ありました」

 

「その場では手を出さなかったのだな」

 

「東の海にいた時点では、名前だけでしたから」

 

メフェリアは少し間を置く。

 

「間違っていたら面倒なので」

 

シャムロックが僅かに目を動かした。

 

言い方はともかく、判断そのものは正しい。

 

ナス寿郎聖も特に咎めなかった。

 

「結果として正解だ。こちらで裏を取った」

 

「ならよかったです」

 

サターン聖が机の上の書類へ視線を落とす。

 

「関係者はすでに拘束している。残った組織についても海軍へ処理を命じた」

 

「はい」

 

「お前の任務は、これで完全に終了だ」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

メフェリアの表情がほんの少しだけ明るくなった。

 

「分かりました」

 

シャムロックには分かった。

 

東の海へ戻らなくていいことに安心したのだろう。

 

ピーター聖がその変化に気づいたのか、メフェリアを見る。

 

「随分長く東の海にいたな」

 

「遠かったので」

 

「それが不満だったか」

 

「少し」

 

「正直だな」

 

「船が長いので」

 

「…………」

 

シャムロックが小さく息を吐いた。

 

五老星の前でも、そこは変わらないらしい。

 

マーズ聖が腕を組む。

 

「だが、任務そのものに問題はなかった」

 

「はい」

 

「ゴア王国からも正式な報告が届いている。世界貴族への対応についても問題はなかったようだ」

 

「国王には会いました」

 

「どうだった」

 

メフェリアは少し考える。

 

「普通でした」

 

「普通?」

 

「ちゃんと頭下げてました」

 

一瞬、部屋が静かになる。

 

「……そうか」

 

ピーター聖が答えた。

 

それ以上聞いたところで、似たような答えしか返ってこないだろう。

 

 

報告は、メフェリアが思っていたよりも早く終わった。

 

サターン聖が書類を閉じる。

 

「以上だ」

 

「はい」

 

メフェリアは小さく頭を下げる。

 

シャムロックも同じく礼を取り、二人は退出しようとした。

 

その時だった。

 

「メフェリア」

 

低い声が呼び止める。

 

足が止まる。

 

メフェリアが振り返った。

 

ウォーキュリー聖だった。

 

シャムロックも足を止める。

 

「何でしょうか」

 

ウォーキュリー聖は厳しい表情のまま、メフェリアを見る。

 

「今回の働き、トップマンの名に恥じぬものだった」

 

メフェリアが僅かに目を瞬いた。

 

五老星として任務の評価を下すだけなら、先ほどすでに済んでいる。

 

わざわざ呼び止めてまで、トップマンの名を出すとは思っていなかった。

 

「……ありがとうございます」

 

「だが、一度の働きで驕るな」

 

「はい」

 

「神の騎士団に名を連ねる以上、次も相応の働きをせよ」

 

「分かりました」

 

ウォーキュリー聖はそれ以上何も言わなかった。

 

「下がれ」

 

「はい」

 

メフェリアはもう一度頭を下げる。

 

今度こそ、シャムロックとともに部屋を出ていった。

 

扉が閉じる。

 

室内には再び五老星だけが残った。

 

ウォーキュリー聖は何事もなかったかのように、次の書類へ手を伸ばす。

 

他の四人も何も言わない。

 

ただ、それだけだった。

 

 

廊下。

 

メフェリアはシャムロックの隣を歩いていた。

 

「終わった」

 

「ああ」

 

「思ったより早かった」

 

「余計なことを話さなかったからな」

 

「ちゃんとできたでしょ」

 

「一応な」

 

「一応?」

 

「ゴア王国の国王について『普通だった』はないだろう」

 

「普通だったよ」

 

「もういい」

 

二人は歩き続ける。

 

少しして、メフェリアが口を開いた。

 

「シャムロック」

 

「何だ」

 

「最後の、珍しくない?」

 

「何がだ」

 

「ウォーキュリー聖」

 

シャムロックは少しだけメフェリアを見る。

 

「トップマンの名のことか」

 

「うん」

 

メフェリアは前を向く。

 

ウォーキュリー聖とは、幼い頃から何度も顔を合わせている。

 

同じトップマン家。

 

けれど、一般的な家族のような距離ではない。

 

血縁そのものも近くはなく、メフェリアにとってウォーキュリー聖は何より先に五老星だった。

 

「褒められた」

 

「そうだな」

 

「珍しい」

 

「なら覚えておけ」

 

「何を?」

 

「次も同じ働きをしろと言われただろう」

 

「そっち?」

 

「他に何がある」

 

メフェリアは少し考える。

 

「別に」

 

「なら終わりだ」

 

「うん」

 

メフェリアもそれ以上考えるのをやめた。

 

「帰る?」

 

「お前はな」

 

「シャムロックは?」

 

「仕事が残っている」

 

「大変だね」

 

「誰の報告書を処理していると思っている」

 

「私?」

 

「そうだ」

 

「頑張って」

 

「他人事だな」

 

メフェリアは少し笑った。

 

「じゃあ帰るね」

 

「待て」

 

「なに?」

 

「明日は騎士団の招集がある」

 

メフェリアの足が止まった。

 

「みんな来るの?」

 

「マリージョアにいる者はな」

 

「じゃあ、いない人もいるんだ」

 

「任務中の者まで呼び戻すほどの話ではない」

 

「何かあるの?」

 

「明日話す」

 

「今教えて」

 

「明日だ」

 

「なんで?」

 

「そう決まっている」

 

「ちょっとだけ」

 

「駄目だ」

 

「けち」

 

シャムロックは無視して歩き出した。

 

メフェリアはその背中を見る。

 

「…………」

 

明日は神の騎士団の招集。

 

現在マリージョアにいる者たちが集まる。

 

それぞれが別々の任務を抱えているため、騎士団の顔ぶれが一堂に会する機会はそう多くない。

 

久しぶりに顔を合わせる者もいるだろう。

 

何の話なのか、少しだけ気になった。

 

けれど――

 

「メフェリア」

 

少し先からシャムロックが呼ぶ。

 

「何?」

 

「そっちは出口じゃない」

 

メフェリアは自分が歩こうとしていた方向を見る。

 

違った。

 

「…………」

 

何事もなかったように方向を変える。

 

シャムロックが呆れたように見ている。

 

「何?」

 

「何でもない」

 

二人は廊下を歩いていく。

 

明日は、久しぶりの騎士団の招集。

 

その場で何を告げられるのか。

 

この時のメフェリアは、まだ知らなかった。

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