下界の飯は悪くない   作:ボヤージュ500億

19 / 28
五老星

翌日。

 

パンゲア城。

 

巨大な城内を、メフェリアとシャムロックは並んで歩いていた。

 

昨日も通った廊下だが、向かっている場所は違う。

 

メフェリアはいつもの神の騎士団としての装い。腰には細身のレイピアを下げている。

 

「今日も報告?」

 

「ああ」

 

隣を歩くシャムロックが答える。

 

「昨日したよ」

 

「あれは騎士団内での確認だ。今日は五老星への正式な報告になる」

 

「シャムロックだけじゃ駄目なの?」

 

「現地へ行ったのはお前だ」

 

「報告書も出したよ」

 

「口頭でも聞くそうだ」

 

「…………」

 

メフェリアは少し面倒そうな顔をした。

 

「長い?」

 

「お前次第だ」

 

「短くする」

 

「必要なことまで省くな」

 

「分かってる」

 

本当に分かっているのか。

 

シャムロックは何も言わなかった。

 

二人はさらに城の奥へ進む。

 

やがて、大きな扉の前で足を止めた。

 

世界政府最高権力――五老星。

 

その五人が待つ部屋だった。

 

衛兵が扉を開く。

 

シャムロックが先に入り、メフェリアも続いた。

 

*

 

広い部屋。

 

その中央へ足を踏み入れた瞬間、外とは空気が変わる。

 

そこには五人の老人がいた。

 

科学防衛武神――ジェイガルシア・サターン聖。

 

環境武神――マーカス・マーズ聖。

 

法務武神――トップマン・ウォーキュリー聖。

 

財務武神――イーザンバロン・V・ナス寿郎聖。

 

農務武神――シェパード・十・ピーター聖。

 

世界政府の頂点に立つ五人。

 

メフェリアにとっても、決して軽く接していい相手ではない。

 

シャムロックが五人の前で足を止める。

 

メフェリアもその横に立った。

 

「フィガーランド・シャムロック」

 

ウォーキュリー聖が低い声で言う。

 

「東の海での一件、報告は受けている」

 

「はい」

 

「ご苦労だった」

 

シャムロックは静かに頭を下げる。

 

サターン聖が視線を動かした。

 

その先にいるのはメフェリア。

 

「メフェリア宮」

 

「はい」

 

普段より少しだけ声が違う。

 

シャルリアやシャムロックと話している時のような気安さはない。

 

「現地で密輸組織を発見したのはお前だったな」

 

「はい」

 

「経緯を話せ」

 

メフェリアは頷いた。

 

「最初に確認したのは、東の海へ入ってからです。政府の管理下にあるはずの物資が市場へ流れていました」

 

「それで追跡を?」

 

ピーター聖が尋ねる。

 

「はい。運んでいた人間を捕まえて、そこから取引先を調べました」

 

「その先がゴア王国だったというわけか」

 

マーズ聖が続ける。

 

「そうです」

 

メフェリアは淡々と答える。

 

余計なことは言わない。

 

普段の彼女を知る者が見れば、少し意外に思うかもしれない。

 

しかし、メフェリアは神の騎士団員だ。

 

こうした場でどう振る舞うべきかは理解している。

 

ナス寿郎聖が口を開いた。

 

「帳簿には政府内部の者の名もあったと聞く」

 

「ありました」

 

「その場では手を出さなかったのだな」

 

「東の海にいた時点では、名前だけでしたから」

 

メフェリアは少し間を置く。

 

「間違っていたら面倒なので」

 

シャムロックが僅かに目を動かした。

 

言い方はともかく、判断そのものは正しい。

 

ナス寿郎聖も特に咎めなかった。

 

「結果として正解だ。こちらで裏を取った」

 

「ならよかったです」

 

サターン聖が机の上の書類へ視線を落とす。

 

「関係者はすでに拘束している。残った組織についても海軍へ処理を命じた」

 

「はい」

 

「お前の任務は、これで完全に終了だ」

 

その言葉を聞いた瞬間。

 

メフェリアの表情がほんの少しだけ明るくなった。

 

「分かりました」

 

シャムロックには分かった。

 

東の海へ戻らなくていいことに安心したのだろう。

 

ピーター聖がその変化に気づいたのか、メフェリアを見る。

 

「随分長く東の海にいたな」

 

「遠かったので」

 

「それが不満だったか」

 

「少し」

 

「正直だな」

 

「船が長いので」

 

「…………」

 

シャムロックが小さく息を吐いた。

 

五老星の前でも、そこは変わらないらしい。

 

マーズ聖が腕を組む。

 

「だが、任務そのものに問題はなかった」

 

「はい」

 

「ゴア王国からも正式な報告が届いている。世界貴族への対応についても問題はなかったようだ」

 

「国王には会いました」

 

「どうだった」

 

メフェリアは少し考える。

 

「普通でした」

 

「普通?」

 

「ちゃんと頭下げてました」

 

一瞬、部屋が静かになる。

 

「……そうか」

 

ピーター聖が答えた。

 

それ以上聞いたところで、似たような答えしか返ってこないだろう。

 

*

 

報告は、メフェリアが思っていたよりも早く終わった。

 

サターン聖が書類を閉じる。

 

「以上だ」

 

「はい」

 

メフェリアは小さく頭を下げる。

 

シャムロックも同じく礼を取り、二人は退出しようとした。

 

その時だった。

 

「メフェリア」

 

低い声が呼び止める。

 

足が止まる。

 

メフェリアが振り返った。

 

ウォーキュリー聖だった。

 

シャムロックも足を止める。

 

「何でしょうか」

 

ウォーキュリー聖は厳しい表情のまま、メフェリアを見る。

 

「今回の働き、トップマンの名に恥じぬものだった」

 

メフェリアが僅かに目を瞬いた。

 

五老星として任務の評価を下すだけなら、先ほどすでに済んでいる。

 

わざわざ呼び止めてまで、トップマンの名を出すとは思っていなかった。

 

「……ありがとうございます」

 

「だが、一度の働きで驕るな」

 

「はい」

 

「神の騎士団に名を連ねる以上、次も相応の働きをせよ」

 

「分かりました」

 

ウォーキュリー聖はそれ以上何も言わなかった。

 

「下がれ」

 

「はい」

 

メフェリアはもう一度頭を下げる。

 

今度こそ、シャムロックとともに部屋を出ていった。

 

扉が閉じる。

 

室内には再び五老星だけが残った。

 

ウォーキュリー聖は何事もなかったかのように、次の書類へ手を伸ばす。

 

他の四人も何も言わない。

 

ただ、それだけだった。

 

*

 

廊下。

 

メフェリアはシャムロックの隣を歩いていた。

 

「終わった」

 

「ああ」

 

「思ったより早かった」

 

「余計なことを話さなかったからな」

 

「ちゃんとできたでしょ」

 

「一応な」

 

「一応?」

 

「ゴア王国の国王について『普通だった』はないだろう」

 

「普通だったよ」

 

「もういい」

 

二人は歩き続ける。

 

少しして、メフェリアが口を開いた。

 

「シャムロック」

 

「何だ」

 

「最後の、珍しくない?」

 

「何がだ」

 

「ウォーキュリー聖」

 

シャムロックは少しだけメフェリアを見る。

 

「トップマンの名のことか」

 

「うん」

 

メフェリアは前を向く。

 

ウォーキュリー聖とは、幼い頃から何度も顔を合わせている。

 

同じトップマン家。

 

けれど、一般的な家族のような距離ではない。

 

血縁そのものも近くはなく、メフェリアにとってウォーキュリー聖は何より先に五老星だった。

 

「褒められた」

 

「そうだな」

 

「珍しい」

 

「なら覚えておけ」

 

「何を?」

 

「次も同じ働きをしろと言われただろう」

 

「そっち?」

 

「他に何がある」

 

メフェリアは少し考える。

 

「別に」

 

「なら終わりだ」

 

「うん」

 

メフェリアもそれ以上考えるのをやめた。

 

「帰る?」

 

「お前はな」

 

「シャムロックは?」

 

「仕事が残っている」

 

「大変だね」

 

「誰の報告書を処理していると思っている」

 

「私?」

 

「そうだ」

 

「頑張って」

 

「他人事だな」

 

メフェリアは少し笑った。

 

「じゃあ帰るね」

 

「待て」

 

「なに?」

 

「明日は騎士団の招集がある」

 

メフェリアの足が止まった。

 

「みんな来るの?」

 

「マリージョアにいる者はな」

 

「じゃあ、いない人もいるんだ」

 

「任務中の者まで呼び戻すほどの話ではない」

 

「何かあるの?」

 

「明日話す」

 

「今教えて」

 

「明日だ」

 

「なんで?」

 

「そう決まっている」

 

「ちょっとだけ」

 

「駄目だ」

 

「けち」

 

シャムロックは無視して歩き出した。

 

メフェリアはその背中を見る。

 

「…………」

 

明日は神の騎士団の招集。

 

現在マリージョアにいる者たちが集まる。

 

それぞれが別々の任務を抱えているため、騎士団の顔ぶれが一堂に会する機会はそう多くない。

 

久しぶりに顔を合わせる者もいるだろう。

 

何の話なのか、少しだけ気になった。

 

けれど――

 

「メフェリア」

 

少し先からシャムロックが呼ぶ。

 

「何?」

 

「そっちは出口じゃない」

 

メフェリアは自分が歩こうとしていた方向を見る。

 

違った。

 

「…………」

 

何事もなかったように方向を変える。

 

シャムロックが呆れたように見ている。

 

「何?」

 

「何でもない」

 

二人は廊下を歩いていく。

 

明日は、久しぶりの騎士団の招集。

 

その場で何を告げられるのか。

 

この時のメフェリアは、まだ知らなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。