下界の飯は悪くない   作:ボヤージュ500億

21 / 28
横流し

「内容を伝える」

 

シャムロックが書類を開いた。

 

誰も口を挟まない。

 

先ほどまでの緩い空気は消えていた。

 

五老星から神の騎士団への直接命令。

 

それだけで、全員が話を聞く理由としては十分だった。

 

「ここ最近、世界各地で政府が管理する物資の横流しが増えている」

 

シャムロックが言った。

 

軍子が僅かに眉を動かす。

 

シャムロックが資料を配る。

 

メフェリアも受け取った。

 

そこにはいくつもの国と島。

 

政府の施設。

 

港。

 

運搬船。

 

そして、消えた物資の種類が記されている。

 

「食料、医薬品、武器、建築資材。種類は様々だ」

 

キリンガムが紙をめくる。

 

「ずいぶん多いな」

 

「確認されているだけでこれだけだ」

 

「全部繋がってんのか?」

 

ソマーズが尋ねる。

 

「分からん」

 

「またそれかよ」

 

「証拠がない」

 

「まァ、そりゃそうだ」

 

ソマーズは椅子へ深く座り直した。

 

メフェリアも資料を見る。

 

一枚。

 

もう一枚。

 

そして。

 

「…………」

 

手が止まった。

 

「食料、多くない?」

 

シャムロックがメフェリアを見る。

 

「ああ」

 

資料には、食料品だけでもかなりの種類が記載されていた。

 

穀物。

 

干し肉。

 

魚。

 

果物。

 

乳製品。

 

砂糖。

 

香辛料。

 

「砂糖もある」

 

「そこに食いつくのかよ」

 

ソマーズが言う。

 

「大事でしょ」

 

「他にもあるだろ」

 

「肉も」

 

「そういう意味じゃねェよ」

 

キリンガムが横から資料を見る。

 

「酒は?」

 

メフェリアが少し下を見る。

 

「あった」

 

「お、あるじゃねェか」

 

「お前も同じじゃねェか」

 

ソマーズが呆れたように言った。

 

「酒は大事だろ」

 

「じゃあ砂糖も大事」

 

メフェリアが言う。

 

「まあ、そうだな」

 

「納得すんのかよ」

 

ソマーズが二人を見る。

 

軍子が資料を読みながら口を開いた。

 

「食料は売りやすい」

 

三人がそちらを見る。

 

「どこでも需要がある。大量でも捌きやすい」

 

「なるほど」

 

メフェリアが頷く。

 

「食べるために盗んでるわけじゃないんだ」

 

「横流しならな」

 

「でも最後は誰かが食べるよ」

 

軍子が一瞬だけメフェリアを見る。

 

「……それはそうだ」

 

「だよね」

 

「そこ納得するとこか?」

 

ソマーズが言う。

 

シャムロックが小さく息を吐いた。

 

「話を戻すぞ」

 

全員の視線が戻る。

 

「先日の東の海でメフェリアが発見した一件も、この中に含まれている」

 

メフェリアが資料を見る。

 

ゴア王国周辺で発見した密輸組織。

 

政府管理下の物資。

 

帳簿。

 

政府内部の協力者。

 

「私のやつ?」

 

「ああ」

 

「まだ何かあったの?」

 

「直接的な繋がりは確認されていない」

 

「じゃあ違うんじゃない?」

 

「手口が似ている」

 

シャムロックが別の資料を置いた。

 

「政府内部の人間を利用し、正規の運搬記録を書き換える。その上で物資の一部だけを別の場所へ流す」

 

軍子が資料に目を落としたまま言う。

 

「同じ人間が関与している可能性もある、と」

 

「ああ」

 

ソマーズが薄く笑う。

 

「海軍だけじゃなく俺らまで呼ばれた理由はそれか」

 

「政府内部の者が関わっている可能性がある以上、海軍だけに任せるわけにはいかん」

 

キリンガムが資料を持ち上げる。

 

「それで俺らを各地に飛ばすってわけか」

 

「そうだ」

 

メフェリアが顔を上げた。

 

「また?」

 

「まただ」

 

「帰ってきたばっかり」

 

「俺もだぞ」

 

キリンガムが言う。

 

「北の海から戻ったばっかだ」

 

「大変だね」

 

「お前もこれから行くんだろ」

 

「まだ聞いてない」

 

「たぶん行くぞ」

 

ソマーズが笑う。

 

「諦めろ、メフェリア」

 

「ソマーズは?」

 

「俺?」

 

「行くんでしょ?」

 

「そりゃまあ」

 

「じゃあ同じだね」

 

「俺はそんな嫌そうな顔してねェよ」

 

「私もしてない」

 

ソマーズがメフェリアを見る。

 

軍子も一度だけメフェリアを見る。

 

「しているな」

 

「…………」

 

メフェリアが軍子を見る。

 

「軍子まで」

 

「見れば分かる」

 

キリンガムが少し笑う。

 

「まあ、船は長ェからな」

 

「でしょ?」

 

「俺は寝るから気にならねェけど」

 

「私も寝るよ」

 

「じゃあ何が嫌なんだ?」

 

「起きてから暇」

 

「それは知らねェよ」

 

ソマーズが笑った。

 

シャムロックが手元の書類をまとめる。

 

「任務を割り振る」

 

全員の空気が再び仕事のものへ戻った。

 

「軍子」

 

軍子が顔を上げ、シャムロックへ視線を向ける。

 

「偉大なる航路前半だ。政府の管理倉庫から医薬品が消えている」

 

「了解した」

 

「ソマーズ」

 

「おう」

 

「西の海」

 

「また西かよ」

 

メフェリアがソマーズを見る。

 

「遠いね」

 

「お前、ちょっと嬉しそうだな」

 

「嬉しくないよ」

 

「じゃあ笑うな」

 

「笑ってない」

 

「笑ってんだろ」

 

「ソマーズ」

 

シャムロックが低い声で呼ぶ。

 

「分かってるって。西の海だろ」

 

「キリンガム」

 

キリンガムが顔を上げる。

 

「お前は今回は聖地に残れ」

 

「俺だけ?」

 

「ああ。別件を任せる」

 

「へェ。珍しいな」

 

メフェリアがキリンガムを見る。

 

「船乗らなくていいんだ」

 

「そうみてェだな」

 

「いいな」

 

「代わってやろうか?」

 

「代われるなら」

 

「無理だろ」

 

「じゃあ言わないで」

 

「お前が羨ましがったんだろ」

 

ソマーズが笑う。

 

「仲いいな、お前ら」

 

「普通」

 

メフェリアが答える。

 

「普通だな」

 

キリンガムも答えた。

 

「そうかよ」

 

そして。

 

シャムロックが最後の資料を手に取る。

 

「メフェリア」

 

メフェリアがそちらを見る。

 

「お前は偉大なる航路前半だ」

 

「…………」

 

「何だ」

 

「東の海より遠い?」

 

「近い」

 

メフェリアの表情が少しだけ明るくなる。

 

「ならいい」

 

「そこなんだな」

 

ソマーズが呆れる。

 

シャムロックが資料を差し出した。

 

メフェリアは受け取る。

 

島の名前。

 

港町。

 

人口。

 

世界政府加盟国。

 

知らない場所だった。

 

「ここ?」

 

「ああ」

 

「何がなくなったの?」

 

「食料だ」

 

メフェリアの目が資料へ戻る。

 

「食料?」

 

「ああ」

 

「何が?」

 

シャムロックが一瞬黙った。

 

「そこが気になるのか」

 

「調べるんでしょ?」

 

「そうだが」

 

「何がなくなったか分からないと調べられないよ」

 

シャムロックは少し間を置いた。

 

「小麦、塩漬け肉、チーズ、砂糖。それから果物だ」

 

「いっぱい」

 

「ああ」

 

「どのくらい?」

 

「政府が徴収した分だけでも、数十樽単位で消えている」

 

軍子がメフェリアの資料へ視線を向ける。

 

「かなりの量だな」

 

「一人じゃ食べられないね」

 

「そういう問題ではない」

 

「分かってる」

 

メフェリアは資料をめくる。

 

政府が管理する倉庫。

 

港。

 

商人。

 

輸送経路。

 

関係者。

 

そこまでは普通に読む。

 

そして。

 

ページの下。

 

島の概要。

 

主要産業。

 

名産品。

 

メフェリアの指が止まった。

 

「…………」

 

ソマーズが気づいた。

 

「おい」

 

「何?」

 

「今どこ読んでる?」

 

「島の情報」

 

「どこだよ」

 

「名産品」

 

「やっぱりかよ!」

 

メフェリアは気にせず読み続ける。

 

港町だけあって魚介類が豊富。

 

周辺の海で獲れる魚。

 

貝。

 

甲殻類。

 

内陸部では小麦と酪農も盛ん。

 

「パンある」

 

「そりゃ小麦作ってんならあるだろ」

 

「チーズも」

 

「さっき聞いただろ」

 

「魚もいっぱい」

 

メフェリアの目が少し明るくなる。

 

キリンガムが横から資料を覗く。

 

「港町なら魚はうまそうだな」

 

「でしょ?」

 

「朝獲れたやつがそのまま市場に並ぶんじゃねェか?」

 

「行きたい」

 

「任務で行くんだよ」

 

ソマーズが言う。

 

「同じでしょ」

 

「違ェよ」

 

「着いたら市場見てくる」

 

「仕事は?」

 

「するよ」

 

「先に?」

 

メフェリアが少し考える。

 

「お腹空いてたら食べてから」

 

「ほら見ろ!」

 

ソマーズが笑う。

 

軍子が資料を少し覗いた。

 

「果物を使った菓子もあるようだな」

 

メフェリアがすぐにそちらを見る。

 

「どこ?」

 

軍子がページの一角を指す。

 

「ここ」

 

港周辺で売られている焼き菓子。

 

その土地で採れる果実を煮詰め、生地に包んで焼いたものらしい。

 

「美味しそう」

 

「土産に買ってこいよ」

 

キリンガムが言う。

 

「キリンガムに?」

 

「俺にも」

 

メフェリアが軍子を見る。

 

「軍子は?」

 

軍子も資料の菓子を見る。

 

「私もか?」

 

「うん。いる?」

 

少しだけ間が空く。

 

「……美味しいなら」

 

「分かった」

 

ソマーズが笑う。

 

「お前も食いてェんじゃねェか」

 

「美味しいならと言った」

 

「同じようなもんだろ」

 

「違う」

 

「俺のも頼むわ」

 

ソマーズが続く。

 

メフェリアはソマーズを見る。

 

「ソマーズは西の海で何か買ってきて」

 

「あ?」

 

「交換」

 

「何でそうなる」

 

「私だけ買うのずるいでしょ」

 

「俺ァ別に頼んで――」

 

ソマーズが少し考える。

 

「……まあ、何かあったらな」

 

「美味しいやつね」

 

「注文多いな、お前」

 

メフェリアは少し笑った。

 

シャムロックが彼女を見る。

 

「遊びに行くんじゃないぞ」

 

「分かってる」

 

「本当に分かっているのか?」

 

「任務する」

 

「それから?」

 

「ご飯食べる」

 

「順番は守れ」

 

「お腹空いてたら?」

 

「…………」

 

シャムロックは数秒黙った。

 

「任務に支障が出ない範囲にしろ」

 

「分かった」

 

キリンガムがシャムロックを見る。

 

「許すんだな」

 

「止めても食う」

 

「なるほど」

 

メフェリアがシャムロックを見る。

 

「私のこと分かってきたね」

 

「嬉しくない」

 

ソマーズが笑った。

 

シャムロックは無視する。

 

「出発は二日後だ」

 

メフェリアが顔を上げる。

 

「明日休み?」

 

「準備を終えたなら好きにしろ」

 

「すぐ終わる」

 

「なら休め」

 

メフェリアの表情が明るくなった。

 

「やった」

 

軍子がそれを見る。

 

「今日一番嬉しそうだな」

 

「うん」

 

「否定しねェのかよ」

 

ソマーズが言う。

 

「だって休みだよ」

 

「二日後には任務だぞ」

 

「二日後でしょ」

 

「……まあ、そうだけどよ」

 

メフェリアは資料を閉じた。

 

新しい任務。

 

偉大なる航路前半。

 

政府が管理していた大量の食料が消えた港町。

 

誰が。

 

何のために。

 

どこへ運んでいるのか。

 

それを調べる。

 

そして。

 

魚。

 

チーズ。

 

焼きたてのパン。

 

果物を使った焼き菓子。

 

「…………」

 

少し楽しみになってきた。

 

シャムロックがメフェリアを見る。

 

「顔に出ているぞ」

 

「何が?」

 

「何でもない」

 

メフェリアはもう一度、手元の資料を見る。

 

最初は、帰ってきたばかりなのにまた任務かと思った。

 

船に乗るのも面倒だ。

 

それでも。

 

知らない島。

 

知らない街。

 

そして、まだ食べたことのない料理。

 

「二日後か」

 

メフェリアが小さく呟く。

 

今度はさっきほど嫌そうではなかった。

 

次の任務先では、何が食べられるだろう。

 

そんなことを考えながら。

 

メフェリアは資料を手に、席を立った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。