「内容を伝える」
シャムロックが書類を開いた。
誰も口を挟まない。
先ほどまでの緩い空気は消えていた。
五老星から神の騎士団への直接命令。
それだけで、全員が話を聞く理由としては十分だった。
「ここ最近、世界各地で政府が管理する物資の横流しが増えている」
シャムロックが言った。
軍子が僅かに眉を動かす。
シャムロックが資料を配る。
メフェリアも受け取った。
そこにはいくつもの国と島。
政府の施設。
港。
運搬船。
そして、消えた物資の種類が記されている。
「食料、医薬品、武器、建築資材。種類は様々だ」
キリンガムが紙をめくる。
「ずいぶん多いな」
「確認されているだけでこれだけだ」
「全部繋がってんのか?」
ソマーズが尋ねる。
「分からん」
「またそれかよ」
「証拠がない」
「まァ、そりゃそうだ」
ソマーズは椅子へ深く座り直した。
メフェリアも資料を見る。
一枚。
もう一枚。
そして。
「…………」
手が止まった。
「食料、多くない?」
シャムロックがメフェリアを見る。
「ああ」
資料には、食料品だけでもかなりの種類が記載されていた。
穀物。
干し肉。
魚。
果物。
乳製品。
砂糖。
香辛料。
「砂糖もある」
「そこに食いつくのかよ」
ソマーズが言う。
「大事でしょ」
「他にもあるだろ」
「肉も」
「そういう意味じゃねェよ」
キリンガムが横から資料を見る。
「酒は?」
メフェリアが少し下を見る。
「あった」
「お、あるじゃねェか」
「お前も同じじゃねェか」
ソマーズが呆れたように言った。
「酒は大事だろ」
「じゃあ砂糖も大事」
メフェリアが言う。
「まあ、そうだな」
「納得すんのかよ」
ソマーズが二人を見る。
軍子が資料を読みながら口を開いた。
「食料は売りやすい」
三人がそちらを見る。
「どこでも需要がある。大量でも捌きやすい」
「なるほど」
メフェリアが頷く。
「食べるために盗んでるわけじゃないんだ」
「横流しならな」
「でも最後は誰かが食べるよ」
軍子が一瞬だけメフェリアを見る。
「……それはそうだ」
「だよね」
「そこ納得するとこか?」
ソマーズが言う。
シャムロックが小さく息を吐いた。
「話を戻すぞ」
全員の視線が戻る。
「先日の東の海でメフェリアが発見した一件も、この中に含まれている」
メフェリアが資料を見る。
ゴア王国周辺で発見した密輸組織。
政府管理下の物資。
帳簿。
政府内部の協力者。
「私のやつ?」
「ああ」
「まだ何かあったの?」
「直接的な繋がりは確認されていない」
「じゃあ違うんじゃない?」
「手口が似ている」
シャムロックが別の資料を置いた。
「政府内部の人間を利用し、正規の運搬記録を書き換える。その上で物資の一部だけを別の場所へ流す」
軍子が資料に目を落としたまま言う。
「同じ人間が関与している可能性もある、と」
「ああ」
ソマーズが薄く笑う。
「海軍だけじゃなく俺らまで呼ばれた理由はそれか」
「政府内部の者が関わっている可能性がある以上、海軍だけに任せるわけにはいかん」
キリンガムが資料を持ち上げる。
「それで俺らを各地に飛ばすってわけか」
「そうだ」
メフェリアが顔を上げた。
「また?」
「まただ」
「帰ってきたばっかり」
「俺もだぞ」
キリンガムが言う。
「北の海から戻ったばっかだ」
「大変だね」
「お前もこれから行くんだろ」
「まだ聞いてない」
「たぶん行くぞ」
ソマーズが笑う。
「諦めろ、メフェリア」
「ソマーズは?」
「俺?」
「行くんでしょ?」
「そりゃまあ」
「じゃあ同じだね」
「俺はそんな嫌そうな顔してねェよ」
「私もしてない」
ソマーズがメフェリアを見る。
軍子も一度だけメフェリアを見る。
「しているな」
「…………」
メフェリアが軍子を見る。
「軍子まで」
「見れば分かる」
キリンガムが少し笑う。
「まあ、船は長ェからな」
「でしょ?」
「俺は寝るから気にならねェけど」
「私も寝るよ」
「じゃあ何が嫌なんだ?」
「起きてから暇」
「それは知らねェよ」
ソマーズが笑った。
シャムロックが手元の書類をまとめる。
「任務を割り振る」
全員の空気が再び仕事のものへ戻った。
「軍子」
軍子が顔を上げ、シャムロックへ視線を向ける。
「偉大なる航路前半だ。政府の管理倉庫から医薬品が消えている」
「了解した」
「ソマーズ」
「おう」
「西の海」
「また西かよ」
メフェリアがソマーズを見る。
「遠いね」
「お前、ちょっと嬉しそうだな」
「嬉しくないよ」
「じゃあ笑うな」
「笑ってない」
「笑ってんだろ」
「ソマーズ」
シャムロックが低い声で呼ぶ。
「分かってるって。西の海だろ」
「キリンガム」
キリンガムが顔を上げる。
「お前は今回は聖地に残れ」
「俺だけ?」
「ああ。別件を任せる」
「へェ。珍しいな」
メフェリアがキリンガムを見る。
「船乗らなくていいんだ」
「そうみてェだな」
「いいな」
「代わってやろうか?」
「代われるなら」
「無理だろ」
「じゃあ言わないで」
「お前が羨ましがったんだろ」
ソマーズが笑う。
「仲いいな、お前ら」
「普通」
メフェリアが答える。
「普通だな」
キリンガムも答えた。
「そうかよ」
そして。
シャムロックが最後の資料を手に取る。
「メフェリア」
メフェリアがそちらを見る。
「お前は偉大なる航路前半だ」
「…………」
「何だ」
「東の海より遠い?」
「近い」
メフェリアの表情が少しだけ明るくなる。
「ならいい」
「そこなんだな」
ソマーズが呆れる。
シャムロックが資料を差し出した。
メフェリアは受け取る。
島の名前。
港町。
人口。
世界政府加盟国。
知らない場所だった。
「ここ?」
「ああ」
「何がなくなったの?」
「食料だ」
メフェリアの目が資料へ戻る。
「食料?」
「ああ」
「何が?」
シャムロックが一瞬黙った。
「そこが気になるのか」
「調べるんでしょ?」
「そうだが」
「何がなくなったか分からないと調べられないよ」
シャムロックは少し間を置いた。
「小麦、塩漬け肉、チーズ、砂糖。それから果物だ」
「いっぱい」
「ああ」
「どのくらい?」
「政府が徴収した分だけでも、数十樽単位で消えている」
軍子がメフェリアの資料へ視線を向ける。
「かなりの量だな」
「一人じゃ食べられないね」
「そういう問題ではない」
「分かってる」
メフェリアは資料をめくる。
政府が管理する倉庫。
港。
商人。
輸送経路。
関係者。
そこまでは普通に読む。
そして。
ページの下。
島の概要。
主要産業。
名産品。
メフェリアの指が止まった。
「…………」
ソマーズが気づいた。
「おい」
「何?」
「今どこ読んでる?」
「島の情報」
「どこだよ」
「名産品」
「やっぱりかよ!」
メフェリアは気にせず読み続ける。
港町だけあって魚介類が豊富。
周辺の海で獲れる魚。
貝。
甲殻類。
内陸部では小麦と酪農も盛ん。
「パンある」
「そりゃ小麦作ってんならあるだろ」
「チーズも」
「さっき聞いただろ」
「魚もいっぱい」
メフェリアの目が少し明るくなる。
キリンガムが横から資料を覗く。
「港町なら魚はうまそうだな」
「でしょ?」
「朝獲れたやつがそのまま市場に並ぶんじゃねェか?」
「行きたい」
「任務で行くんだよ」
ソマーズが言う。
「同じでしょ」
「違ェよ」
「着いたら市場見てくる」
「仕事は?」
「するよ」
「先に?」
メフェリアが少し考える。
「お腹空いてたら食べてから」
「ほら見ろ!」
ソマーズが笑う。
軍子が資料を少し覗いた。
「果物を使った菓子もあるようだな」
メフェリアがすぐにそちらを見る。
「どこ?」
軍子がページの一角を指す。
「ここ」
港周辺で売られている焼き菓子。
その土地で採れる果実を煮詰め、生地に包んで焼いたものらしい。
「美味しそう」
「土産に買ってこいよ」
キリンガムが言う。
「キリンガムに?」
「俺にも」
メフェリアが軍子を見る。
「軍子は?」
軍子も資料の菓子を見る。
「私もか?」
「うん。いる?」
少しだけ間が空く。
「……美味しいなら」
「分かった」
ソマーズが笑う。
「お前も食いてェんじゃねェか」
「美味しいならと言った」
「同じようなもんだろ」
「違う」
「俺のも頼むわ」
ソマーズが続く。
メフェリアはソマーズを見る。
「ソマーズは西の海で何か買ってきて」
「あ?」
「交換」
「何でそうなる」
「私だけ買うのずるいでしょ」
「俺ァ別に頼んで――」
ソマーズが少し考える。
「……まあ、何かあったらな」
「美味しいやつね」
「注文多いな、お前」
メフェリアは少し笑った。
シャムロックが彼女を見る。
「遊びに行くんじゃないぞ」
「分かってる」
「本当に分かっているのか?」
「任務する」
「それから?」
「ご飯食べる」
「順番は守れ」
「お腹空いてたら?」
「…………」
シャムロックは数秒黙った。
「任務に支障が出ない範囲にしろ」
「分かった」
キリンガムがシャムロックを見る。
「許すんだな」
「止めても食う」
「なるほど」
メフェリアがシャムロックを見る。
「私のこと分かってきたね」
「嬉しくない」
ソマーズが笑った。
シャムロックは無視する。
「出発は二日後だ」
メフェリアが顔を上げる。
「明日休み?」
「準備を終えたなら好きにしろ」
「すぐ終わる」
「なら休め」
メフェリアの表情が明るくなった。
「やった」
軍子がそれを見る。
「今日一番嬉しそうだな」
「うん」
「否定しねェのかよ」
ソマーズが言う。
「だって休みだよ」
「二日後には任務だぞ」
「二日後でしょ」
「……まあ、そうだけどよ」
メフェリアは資料を閉じた。
新しい任務。
偉大なる航路前半。
政府が管理していた大量の食料が消えた港町。
誰が。
何のために。
どこへ運んでいるのか。
それを調べる。
そして。
魚。
チーズ。
焼きたてのパン。
果物を使った焼き菓子。
「…………」
少し楽しみになってきた。
シャムロックがメフェリアを見る。
「顔に出ているぞ」
「何が?」
「何でもない」
メフェリアはもう一度、手元の資料を見る。
最初は、帰ってきたばかりなのにまた任務かと思った。
船に乗るのも面倒だ。
それでも。
知らない島。
知らない街。
そして、まだ食べたことのない料理。
「二日後か」
メフェリアが小さく呟く。
今度はさっきほど嫌そうではなかった。
次の任務先では、何が食べられるだろう。
そんなことを考えながら。
メフェリアは資料を手に、席を立った。