下界の飯は悪くない   作:ボヤージュ500億

24 / 28
消えた食糧の行方

メフェリアが二つ目の揚げ魚を食べ終える頃、倉庫から新しい木箱が運び出された。

 

向かいに座るベイルもそれに気づき、声を潜める。

 

「また出てきました」

 

「うん」

 

メフェリアは皿へ手を伸ばしながら、通りの向こうにある倉庫を見た。

 

二人の男が木箱を抱え、停めてある荷車へ積んでいる。箱の側面には、ここからでも世界政府の管理印が確認できた。

 

先ほどから同じ作業を何度も繰り返している。

 

「今のでいくつ?」

 

「七つ目です」

 

「結構あるね」

 

「はい。確認できる番号からして、消失した物資の一部と見て間違いないかと」

 

それだけの量が市場の倉庫に隠されていた。

 

そして、わざわざどこかへ運ぼうとしている。

 

メフェリアは揚げ魚を一つ取る。

 

少し冷めていたが、衣はまださくっとしていた。中の白身魚も柔らかい。

 

「これ美味しい」

 

「お気に召しましたか」

 

「うん」

 

「それは何よりでございます」

 

ベイルはそう答えながらも、視線は倉庫から外さなかった。

 

やがて八つ目の木箱が荷車に積まれた。

 

男たちは倉庫の扉を閉めると、そのまま荷車を引いて移動を始める。

 

メフェリアは最後の揚げ魚を食べ、水を飲んだ。

 

「行こう」

 

「はい」

 

代金を置き、二人は店を出た。

 

 

荷車は市場の奥へ進んでいった。

 

メフェリアとベイルは距離を空けて後を追う。

 

市場の中心部に比べると人通りは少なく、店の代わりに倉庫や作業場が増えている。荷車の車輪が石畳を転がる音も、ここまで来るとはっきり聞こえた。

 

「港とは違う方に行ってる?」

 

「正面の港からは離れております」

 

「この先は?」

 

「運河がございます。市場の裏を通って、そのまま港の南側へ抜ける水路です」

 

メフェリアは前を行く荷車を見る。

 

「船も通れる?」

 

「小型のものであれば」

 

「じゃあ、船に積むのかもね」

 

「その可能性はございます」

 

しばらく進むと、建物の間から水面が見えてきた。

 

運河だった。

 

岸には荷物の積み下ろしに使う場所がいくつかあり、小型の商船や漁船が停泊している。

 

荷車はそのうちの一隻の前で止まった。

 

船から男が一人降りてくる。

 

荷車を引いてきた二人と何かを話し始めた。

 

メフェリアは足を止めた。

 

「何話してるんだろ」

 

「ここからでは少々……」

 

二人は積まれていた樽や木箱に紛れるようにして、少しだけ距離を詰める。

 

やがて男たちの声が聞こえてきた。

 

「今日の分はこれだけだ」

 

「少ねェな」

 

「仕方ねェだろ。上が急にうるさくなったんだよ」

 

「何かあったのか?」

 

「聖地から人が来たらしい」

 

その言葉に、ベイルの表情が変わった。

 

メフェリアも男たちを見る。

 

「誰だ?」

 

「知らねェよ。ただ役所の連中が朝から慌ただしい。しばらく大人しくしろって話だ」

 

「だったら今日は止めときゃよかっただろ」

 

「もう倉庫から出しちまったんだ。こいつだけ運んだら終わりだよ」

 

男が木箱を軽く叩く。

 

「次は?」

 

「連絡があるまで待て」

 

それ以上の話はなかった。

 

すぐに木箱が荷車から降ろされ、船へ積み込まれていく。

 

メフェリアが小声で聞いた。

 

「聖地から来た人って、私かな」

 

「おそらくは」

 

「もう知られてるんだ」

 

「……メフェリア宮のご到着を事前に知っていた者は、それほど多くございません」

 

「ベイルも知ってたよね」

 

「はい。お迎えの準備がございましたので」

 

「他には?」

 

「港の管理責任者と、庁舎の一部の者。それから――」

 

ベイルはそこで言葉を切った。

 

メフェリアにも、その意味は分かった。

 

市場の商人たちが知っているような話ではない。

 

「中にいるんだね」

 

「その可能性が高いかと」

 

世界政府の管理物資を持ち出し、記録から消す。

 

さらに聖地から人間が派遣されたことまで知っている。

 

内部の人間が関わっていると考える方が自然だった。

 

メフェリアは船へ移されていく木箱を見る。

 

東の海での一件と似ている。

 

だからこそ、シャムロックたちは今回の事件との繋がりを疑っているのだろう。

 

やがて最後の木箱が積み込まれた。

 

船員が綱を外し始める。

 

「出るみたい」

 

「追跡いたしますか?」

 

「うん。どこに持っていくのか見たい」

 

「では政府の船を手配いたします」

 

ベイルが動こうとしたが、メフェリアは止めた。

 

「普通の船の方がいいんじゃない?」

 

「と申しますと?」

 

「向こうは私が来たこと知ってるんでしょ。政府の船がついてきたら変じゃない?」

 

ベイルは少し考え、頷いた。

 

「仰る通りです」

 

「漁船とかない?」

 

「探してまいります」

 

「お願い」

 

ベイルが急いで離れていった。

 

メフェリアは一人残り、出航しようとしている船を見ていた。

 

その時だった。

 

「おい」

 

背後から声がした。

 

振り返る。

 

荷車を運んでいた男の一人が、少し離れたところに立っていた。

 

「さっきから何してやがる」

 

どうやら気づかれたらしい。

 

メフェリアは特に慌てなかった。

 

「見てた」

 

「何をだ」

 

「荷物」

 

男の顔から表情が消えた。

 

「……誰だ、お前」

 

「言わないと駄目?」

 

「質問してんのはこっちだ」

 

男がこちらへ近づいてくる。

 

腰には短剣が下がっていた。

 

メフェリアはそれを見る。

 

「そんなに見られたら困るの?」

 

「何?」

 

「ただ荷物を見てただけなのに」

 

男の足が止まる。

 

メフェリアは少し首を傾げた。

 

「やっぱり、見られたら困るものだった?」

 

「てめェ……」

 

男が短剣へ手を伸ばした。

 

刃が鞘から抜ける。

 

その直後。

 

甲高い金属音が響いた。

 

男の短剣が地面を転がる。

 

「……は?」

 

男は自分の手を見た。

 

メフェリアの右手には、すでにレイピアが握られていた。

 

細い切っ先が男の喉元で止まっている。

 

「動かないで」

 

男の額に汗が浮かんだ。

 

「いつ抜きやがった……」

 

「今」

 

「見えなかったぞ……」

 

「そう?」

 

男が僅かに後ろへ下がろうとする。

 

それに合わせて切っ先が動く。

 

「動いたら危ないよ」

 

男の足が止まった。

 

そこへベイルが戻ってくる。

 

「メフェリア宮、お待たせ――」

 

目の前の状況を見て言葉を止めた。

 

「見つかった」

 

「……そのようでございますな」

 

「船あった?」

 

「はい。漁師に一隻借りることができました」

 

「じゃあ行こう」

 

メフェリアはレイピアを下ろした。

 

男が僅かに息を吐く。

 

「この人、お願いしていい?」

 

「もちろんでございます。警備へ引き渡します」

 

「うん」

 

ベイルが近くにいた港の警備員を呼ぶ。

 

男は抵抗しなかった。

 

メフェリアはレイピアを鞘へ戻すと、運河の先を見る。

 

追っていた船はすでに離れ始めていた。

 

「急ごう」

 

「はい」

 

 

用意されたのは小さな漁船だった。

 

甲板には網や籠が置かれ、つい先ほどまで漁に出ていたらしく、潮と魚の匂いが残っている。

 

メフェリアは船へ乗り込んだ。

 

「これなら分からなそう」

 

「普段からこの周辺で漁をしている船だそうです」

 

「ちょうどいいね」

 

ベイルも続いて乗り込む。

 

漁師が船を出す。

 

運河を抜けると、一気に視界が開けた。

 

広い海。

 

少し離れたところに、先ほどの船が見える。

 

「まだいる」

 

「この程度の距離であれば見失うことはないでしょう」

 

「近づきすぎないでね」

 

「承知しました」

 

漁師が答える。

 

メフェリアは船首近くから前を見る。

 

風が緑色の髪を揺らす。

 

さっきまでいた市場が少しずつ遠くなっていった。

 

「どこに行くと思う?」

 

「この方角ですと、島の南側へ向かっているように見えます」

 

「何かあるの?」

 

「古い船着き場がございます。現在の港が整備される以前は商船にも使われておりました」

 

「今は?」

 

「ほとんど利用されておりません」

 

「倉庫とか残ってる?」

 

「いくつかは」

 

メフェリアは遠ざかる船を見る。

 

「じゃあ、そこかも」

 

しばらく追跡を続ける。

 

やがて島の南側が見えてきた。

 

岩場の間に古びた桟橋が伸びている。

 

その奥には、海沿いにいくつかの建物が残っていた。

 

前を行く船が進路を変える。

 

そのまま古い桟橋へ向かっていった。

 

「行ったね」

 

「はい」

 

ベイルの表情も険しくなる。

 

「現在、政府が使用している場所ではございません」

 

岸にはすでに何人かの人間が待っていた。

 

船が到着すると、すぐに木箱を降ろす準備を始める。

 

メフェリアはその様子を眺めた。

 

「ベイル」

 

「はい」

 

「あの人たち知ってる?」

 

ベイルも目を凝らす。

 

「少なくとも、私の管轄にいる政府職員ではございません」

 

「そう」

 

木箱が一つ、船から降ろされた。

 

それを男たちが倉庫へ運んでいく。

 

市場から消えた食料は、ここへ集められている。

 

けれど。

 

これが最後なのかは、まだ分からない。

 

「もう少し離れたところに船をつけて」

 

メフェリアが言った。

 

「上陸なさるおつもりですか?」

 

「うん。中を見たい」

 

「では私も参ります」

 

メフェリアはベイルを見る。

 

「危ないかもしれないよ」

 

「メフェリア宮をお一人で向かわせるわけにはまいりません」

 

少しだけ間を置いて、メフェリアは頷いた。

 

「じゃあ来て」

 

漁船は正面の船着き場を避け、少し離れた岩場へ向かった。

 

船を停め、メフェリアが岸へ降りる。

 

潮風の向こうに、古い倉庫が見える。

 

政府から消えた食料。

 

市場で安く売られていた品。

 

裏手の運河。

 

そして、ここへ運び込まれた木箱。

 

少しずつ道筋が見えてきた。

 

あとは、この先に誰がいるのか。

 

メフェリアは腰のレイピアを確かめると、倉庫の裏手へ続く道へ足を向けた。

 

「行こう」

 

「はい」

 

二人は見つからないよう距離を取りながら、古い船着き場へ近づいていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。