下界の飯は悪くない   作:ボヤージュ500億

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ワ…ワンピースって設定膨大なんだな…


剣士

風が吹いた。

 

古びた牧場の柵が軋み、伸び放題になった草が波のように揺れる。

 

メフェリアと男は、互いに剣を構えたまま動かなかった。

 

距離は十歩ほど。

 

男は長い外套をまとい、顔の下半分を布で隠している。腰から抜いた剣は片刃で、使い込まれた跡があった。

 

その立ち姿に隙はない。

 

メフェリアは細いレイピアの切っ先を向けたまま、男を見ていた。

 

「…………」

 

強い。

 

見聞色を使わなくても分かる。

 

ラッカ島やベルネ島で相手にした者たちとは、明らかに違った。

 

男が先に動いた。

 

一歩。

 

地面を蹴る。

 

速い。

 

一瞬で間合いが消え、剣が横薙ぎに振るわれた。

 

メフェリアはレイピアで受ける。

 

甲高い音。

 

火花が散った。

 

「……!」

 

後ろで見ていた政府役人たちが息を呑む。

 

男は止まらない。

 

刃を滑らせ、角度を変える。

 

二撃目。

 

メフェリアは身体を逸らす。

 

三撃目。

 

レイピアで弾く。

 

四撃目。

 

頬のすぐ横を刃が通り過ぎた。

 

緑色の髪が数本、宙を舞う。

 

男が距離を取る。

 

メフェリアは自分の髪を見る。

 

「…………」

 

それから男を見た。

 

「髪切れた」

 

「戦ってる最中に気にすることか?」

 

「気にするよ」

 

「そうかよ」

 

男が再び踏み込んだ。

 

剣が振り下ろされる。

 

メフェリアは半歩ずれてかわし、そのまま懐へ入った。

 

レイピアを突く。

 

男が剣で受ける。

 

金属音。

 

今度は男の身体が後ろへ滑った。

 

「……重いな」

 

「そう?」

 

「その細い剣で出す威力じゃない」

 

メフェリアは自分のレイピアを見る。

 

「普通だと思うけど」

 

「お前の普通を基準にするな」

 

「よく言われる」

 

男の目がわずかに細くなった。

 

次の瞬間。

 

再び二人が動いた。

 

剣とレイピアがぶつかる。

 

一度。

 

二度。

 

三度。

 

乾いた金属音が、人気のない牧場に連続して響く。

 

男の剣は速い。

 

そして正確だった。

 

メフェリアの首。

 

肩。

 

手首。

 

確実に動きを止められる場所を狙ってくる。

 

だが。

 

届かない。

 

メフェリアは最小限の動きで刃をかわし、受け流していく。

 

男が低い姿勢から斬り上げる。

 

レイピアで受ける。

 

その瞬間。

 

男が蹴りを放った。

 

「……!」

 

メフェリアは腕で受けた。

 

衝撃。

 

小柄な身体が数歩後ろへ滑る。

 

「メフェリア宮!」

 

役人が声を上げる。

 

「大丈夫」

 

メフェリアは受けた腕を見る。

 

少し痛い。

 

久しぶりだった。

 

東の海へ来てから、まともに攻撃を受けたのは。

 

男が剣を構え直す。

 

「余所見する余裕があるのか?」

 

「あるよ」

 

「そうか」

 

男が踏み込む。

 

「なら、これはどうだ」

 

速度が上がった。

 

「…………」

 

メフェリアの瞳が細くなる。

 

猫のような縦長の瞳孔。

 

振り下ろされる剣。

 

今度は避けない。

 

レイピアを合わせる。

 

ガァン!

 

先ほどまでとは違う、重い音が響いた。

 

男の腕が跳ね上がる。

 

「な――」

 

メフェリアはそのまま懐へ踏み込んだ。

 

柄を男の腹へ叩き込む。

 

「ぐっ!」

 

身体が折れる。

 

続けて蹴り。

 

男が後方へ飛ぶ。

 

地面を転がり、古い柵へ激突した。

 

木材が砕ける。

 

「…………っ」

 

男はすぐに立ち上がった。

 

口元を拭う。

 

血が滲んでいる。

 

「なるほどな」

 

メフェリアが首を傾げる。

 

「なに?」

 

「神の騎士団ってのは、全員こんななのか?」

 

「知らない」

 

「仲間だろうが」

 

「強い人多いよ」

 

「……そういう意味じゃない」

 

男がため息をついた。

 

メフェリアはレイピアを構え直す。

 

その顔には、先ほどまでの眠そうな雰囲気が少しだけ薄れていた。

 

「まだやる?」

 

「当然だ」

 

男も剣を構える。

 

「ここで捕まるわけにはいかない」

 

「じゃあ逃げれば?」

 

「追うだろ」

 

「うん」

 

「なら同じだ」

 

「そっか」

 

短いやり取り。

 

次の瞬間。

 

二人は同時に地面を蹴った。

 

刃が交差する。

 

男が剣を振るう。

 

メフェリアは身体を沈める。

 

頭上を刃が通過する。

 

そのまま一歩。

 

男の懐。

 

レイピアを持っていない左手が、男の胸元へ触れた。

 

「…………!」

 

男の表情が変わる。

 

離れようとした。

 

遅い。

 

ドンッ!

 

衝撃が走った。

 

男の身体が大きく吹き飛ぶ。

 

地面を何度も転がり、牧場の壁へ叩きつけられた。

 

「がっ……!」

 

剣が手から離れる。

 

メフェリアはゆっくり近づいた。

 

男は起き上がろうとしたが、身体に力が入らない。

 

目の前でメフェリアが止まる。

 

レイピアの切っ先が向けられた。

 

「終わり?」

 

「…………」

 

男は自分の剣を見る。

 

数歩先。

 

届かない。

 

しばらくして、力を抜いた。

 

「……ああ」

 

メフェリアもレイピアを下ろした。

 

「じゃあ捕まえるね」

 

「普通、もう少し何か聞かないのか?」

 

「捕まえてから聞けばいいでしょ」

 

「…………」

 

男は妙な顔をした。

 

「合理的なのか適当なのか分からんな、お前」

 

「よく言われる」

 

政府役人たちが近づいてくる。

 

男の剣を回収し、手を拘束する。

 

その間、メフェリアは壊れた柵の近くに落ちていたものへ目を向けた。

 

小さな革袋。

 

先ほど吹き飛ばされた際に、男の外套から落ちたらしい。

 

「これ何?」

 

拾い上げる。

 

「メフェリア宮、お待ちください」

 

役人が受け取った。

 

中を確認する。

 

数枚の紙。

 

硬貨。

 

そして。

 

一枚の小さな札。

 

役人の表情が変わった。

 

「これは……」

 

「なに?」

 

メフェリアが横から覗き込む。

 

札には鳥を模した紋章と、一つの数字が刻まれていた。

 

「見覚えが?」

 

「いえ。ただ、こちらを」

 

役人が紙を一枚取り出す。

 

簡単な取引記録だった。

 

日時。

 

荷の量。

 

金額。

 

その下に。

 

一つの地名。

 

「ローグタウン……」

 

メフェリアが読む。

 

役人が頷いた。

 

「二日後の日付です」

 

「取引?」

 

「おそらく」

 

メフェリアは拘束された男を見る。

 

「そこで誰と会うの?」

 

男は答えない。

 

「東の仲介人?」

 

一瞬。

 

ほんの一瞬だけ。

 

男の目が動いた。

 

メフェリアはそれを見逃さなかった。

 

「そうなんだ」

 

「……何も言ってないぞ」

 

「顔に出た」

 

「…………」

 

男が黙る。

 

役人が紙を確認していく。

 

「メフェリア宮。どうやら、この男はローグタウンで何者かと接触する予定だったようです」

 

「東の仲介人?」

 

「可能性は高いかと」

 

ようやく。

 

次の道が見えた。

 

メフェリアは少し考える。

 

「じゃあ次、ローグタウン?」

 

「はい。ただし、この男への尋問と、商会から押収した資料の確認が必要です。出航は早くても明日の朝になるでしょう」

 

「そっか」

 

メフェリアは空を見る。

 

まだ午後。

 

日が沈むまでは時間がある。

 

「…………」

 

何かを思い出した。

 

「メフェリア宮?」

 

「今日もう仕事ない?」

 

「確認作業は我々が行いますので、ひとまずは」

 

「ほんと?」

 

役人は嫌な予感を覚えた。

 

「……何をなさるおつもりでしょうか」

 

メフェリアは答えなかった。

 

代わりに。

 

懐から取り出す。

 

ベルネ島の観光案内。

 

丁寧に折り畳まれていた。

 

開く。

 

指を滑らせる。

 

そして。

 

ある場所で止まった。

 

「ここ」

 

役人が見る。

 

港町。

 

『ベルネ牧場直営店 濃厚ソフトクリーム』

 

「…………」

 

「行っていい?」

 

役人は空を見た。

 

次に時計を見る。

 

最後に、メフェリアを見る。

 

期待している。

 

非常に分かりやすく。

 

「……船へ戻る時間までには、必ずお戻りください」

 

「うん」

 

即答。

 

「それから、護衛を――」

 

「行ってくる」

 

「お待ちください!」

 

メフェリアはすでに歩き始めていた。

 

先ほどまで強敵と剣を交えていた人物とは思えないほど、足取りが軽い。

 

拘束された男が、その後ろ姿を見る。

 

「…………」

 

そして役人を見る。

 

「あれ、本当に神の騎士団なのか?」

 

役人は少しだけ考えた。

 

「間違いなく」

 

「そうか……」

 

男は納得できていない顔をしていた。

 

 

夕方。

 

ベルネ島の港町。

 

「…………!」

 

メフェリアは白いソフトクリームを食べていた。

 

一口。

 

濃厚なミルクの甘さ。

 

もう一口。

 

「美味しい」

 

今日一番満足そうな顔だった。

 

その横では、同行させられた政府役人が時計を確認している。

 

「メフェリア宮」

 

「なに?」

 

「あと十五分です」

 

「分かってる」

 

「先ほども同じことを仰っていました」

 

「まだ十五分あるよ」

 

「そういう問題では――」

 

メフェリアの視線が止まった。

 

役人もその先を見る。

 

店頭の看板。

 

『数量限定 チーズタルト』

 

「…………」

 

「メフェリア宮」

 

「まだ十五分」

 

「…………」

 

役人は何も言えなかった。

 

翌朝。

 

世界政府船はベルネ島を離れる。

 

次なる目的地は、ローグタウン。

 

海賊王ゴールド・ロジャーが生まれ。

 

そして。

 

処刑された町。

 

だが。

 

今のメフェリアが知っているのは。

 

そこに『東の仲介人』へ繋がる手掛かりがあるということだけだった。

 

そして同じ頃。

 

東の海のどこかでは。

 

一人の少年を乗せた小舟が、波に揺られながら進んでいる。

 

二人はまだ。

 

互いの存在すら知らない。

 

それぞれの航路が交わる日は。

 

まだ少し先のことだった。

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