第十話
「誕生日の翌朝」
20XX年7月4日
推定確認例:124
午前六時三十分
埼玉県
郊外の住宅街
昨日まで十四歳だった少女、三浦 結衣はまだ眠っていた。
部屋には小さなぬいぐるみ
机には誕生日にもらった文房具
昨夜食べたケーキの箱はまだリビングに置かれたままだった
家族にとっては何の変哲もない誕生日だった
午前六時五十八分
目覚まし時計が鳴る。
ピピピピ──
布団が少し動く
結衣は眠そうに腕を伸ばしアラームを止める
「……ねむ」
身体を起こす。
その瞬間、何かが違う。
髪が肩へ落ちる
「……?」
まだ寝ぼけているのだろうか
ベッドから降りる
パジャマの袖が長く感じる
「……あれ」
昨日買ってもらったばかりのパジャマだった
サイズを間違えるはずがない
胸がざわつく
ゆっくりと部屋を出る
廊下の姿見には見知らぬ少女
見知らぬ制服、白い光輪
結衣は動かなかった。
「……」
昨日掲示板のまとめサイトを読んでいた
『十五歳の朝』
『起きたら変わっていた』
「うそ……」
声が震える
「うそだよね」
鏡の少女も同じように唇を震わせた
一階
母親が朝食を作っている。
「結衣ー?」
返事が出来ない
「起きてる?」
階段を上る
「どうしたの〜?」
「待って!!」
母親は階段の上がりきる前で止まる
その声は昨日までより少し高かった
そして数分後に母親の前に少女があらわれた。
そう、見知らぬ制服の少女
母親は一瞬娘だと分からなかった
「……」
「……お母さん」
声と喋り方だけは娘だった
母親は何も言えずゆっくり抱き締めた。
「大丈夫」
それしか言えなかった
国立感染症研究所
午前十時
秋山の机に一本の電話
「はい」『埼玉県立中央病院です』
「症例報告でしょうか」『はい』
「年齢は」『十五歳』
秋山は無言でメモを書く
『昨日、誕生日を迎え、本日朝に変様を確認』
ペンが止まる
「……」
「ありがとうございます」
電話を切る
深呼吸をして机の引き出しから付箋を取り出す。
そこには以前書いた文字
仮説B
十五歳到達後から発生可能
その横へ赤いペンで丸を書く
そして一言だけ
「症例により支持」
教授が部屋へ入る
「どうした」
秋山は資料を差し出した
教授は読み終え静かに息を吐く
「……偶然ではないな」
初めて教授がそう口にした。
匿名掲示板
【Part2】俺たちまだ戻らないんだけど
577 :風吹けば名無し
今日十五歳の妹がなった
578 :風吹けば名無し
マジそれ?
579 :風吹けば名無し
妹いるのうらやま
580 :風吹けば名無し
また誕生日にか
581 :風吹けば名無し
え?
582 :風吹けば名無し
妹ということは女か
まあ当たり前のことだがw
583 :風吹けば名無し
そっか男ばかり意識してたが女となるのかこの病気?
584 :風吹けば名無し
いや釣りでしょ
585 :風吹けば名無し
まあ設定通りなら女もそれにかかるよな
586 :風吹けば名無し
誰得だよww
587 :風吹けば名無し
釣りじゃない
588 :風吹けば名無し
無いって言われても今回のパターンはなぁ…
589 :風吹けば名無し
>>586少なくとも今よりは可愛くなるやろ
590 :風吹けば名無し
写真は?証拠は? はよ
しばらくして写真、学生証、生年月日
昨日……十五歳
そして例の制服姿の少女(ヘイロー)
・
・
・
602 :風吹けば名無し
うわマジか
603 :風吹けば名無し
確かに本物っぽい
604 :風吹けば名無し
女でもなるんだ
605 :風吹けば名無し
また十五歳か
606 :風吹けば名無し
妹を心配する兄貴の鑑として個人情報をさらす人間の屑
607 :風吹けば名無し
男よりもまだ以前の雰囲気あるか…?
608 :風吹けば名無し
いや、どうだろう 言われんとわからんでこれ
609 :風吹けば名無し
少なくとも俺は比較元ないと別人としか全く思えん
610 :風吹けば名無し
これは面倒だな
611 :風吹けば名無し
偶然?
612 :風吹けば名無し
また誕生日に?
614 :風吹けば名無し
皆マジに受け取りすぎだってw
614 :風吹けば名無し
偶然なら出来すぎ
616 :風吹けば名無し
どうせ釣り
617 :風吹けば名無し
でもなんか気持ち悪くなってきた
皆のレスはこれまでの雰囲気とは違った
初めて住人たちが現象そのものへ恐怖を感じ始めた。
東京都 佐々木
夜、掲示板を眺める
「十五歳」
また一人自分たちは増えている
静かに誰にも知られず……
スマートフォンを閉じる
窓の外の住宅街でどの家も灯りが点いている
あの家にも、この家にも、十五歳はいるのだろう
来月、再来月、一年後……
何人が「こちら側」へ来るのだろう。
秋山の研究ノート
7月4日
十五歳誕生日翌朝の症例を確認
仮説Bを支持
依然として十五歳未満の発症例なし
発症条件の一つである可能性が高い。
最後まで書いたあと秋山はノートを閉じる
ふと窓の外を見る
病院帰りの人々
仕事帰りの会社員
部活動へ向かう高校生
何も変わらない日常
しかし……その中にはもう昨日まで普通だった人が混じって歩いている
見分けは付かない
いや、見分けは付く
頭上の光輪だけが夕暮れの街灯の下で静かに揺れていた。
油断すると失踪する
それが投稿者です