第十九話
「十五歳ではない朝」
20XX年1月14日
雪が積もっていた
日本各地で成人式が行われ、ニュースでは晴れ着姿の新成人
笑顔と笑い声のある朝だった。
千葉県
佐藤家 朝六時
食卓
「今日だね」
母親が言う
息子――
健太は、今日で十五歳になる
「大丈夫だよ」
父親が笑う
「確率的にはちょっとしかないんだから。」
「うん、そうだよね」
健太も笑う
そうだ、結果は分からない
変様しない人の方が圧倒的に多い
神経質になる必要はない
そう思っていた。
午前七時
母親が健太の部屋をノックする
「健太、起きてる?」
「うん、今起きた」
返事が返ってくる
母親は胸を撫で下ろした。
「……よかった」
ドアが開く。
そこには昨日と変わらない健太が立っていた。
「ほら、大丈夫だった」
健太が笑う
母親も泣き笑いになる。
「本当に良かった……」
2人が安心した
その瞬間だった
二階からドンッと何かが落ちる音がした
「……なんだ?」
父親の寝室だった
駆け上がるとドアは少しだけ開いていた
「お父さん?」
母親が開ける
部屋の中
ベッドの横に見知らぬ少女が床に座り込んでいた
白い光輪が頭上についていた
そして寝間着は大きすぎて肩からずり落ちている
少女は呆然とした顔でゆっくり振り返る。
「……母さん」
その声は五十二年間聞き続けた夫の声のはずだった
誰も泣かなかった
泣くことすら忘れて呆然としていた
匿名掲示板
【Part5】俺たちまだ戻らないんだけど
602 :風吹けば名無し
十五歳の息子は無事だった
603 :風吹けば名無し
無事に誕生日むかえたか
604 :風吹けば名無し
おめでとう
605 :風吹けば名無し
おめ
606 :風吹けば名無し
それはめでたいな
607 :風吹けば名無し
良かったじゃん
608 :風吹けば名無し
やっと普通に祝える人がこのスレにも出たか
609 :風吹けば名無し
暗い報告する人ばかりやったからなw
610 :風吹けば名無し
ここで流れを変えていけ
611 :風吹けば名無し
まあ無事に朝迎えたんならええんとちゃう?
612 :風吹けば名無し
父親が変様した
613 :風吹けば名無し
まあ毎回嘆く声ばかり見るのも飽きてきとったからたまには普通の報告もね
614 :風吹けば名無し
あーあー
615 :風吹けば名無し
え?
616 :風吹けば名無し
そ、そう来たか〜
617 :風吹けば名無し
やっぱりな♂
618 :風吹けば名無し
ああ、今回も駄目だったよ
619 :風吹けば名無し
父の年齢いくつ?
620 :風吹けば名無し
この始末
621 :風吹けば名無し
52歳
622 :風吹けば名無し
結構な歳だな
623 :風吹けば名無し
ふうんまだ若いな
624 :風吹けば名無し
マジか
625 :風吹けば名無し
その年で変様するってかなりキツイぞ
626 :風吹けば名無し
年齢で張り合うな
627 :風吹けば名無し
醜い争い
628 :風吹けば名無し
十五歳じゃないのか
629 :風吹けば名無し
前からそうだったじゃん
630 :風吹けば名無し
スレ主の存在を忘れてませんか?
631 :風吹けば名無し
いや、今までも高齢者いたろ
632 :風吹けば名無し
スレ主 ←そうだったwww
633 :風吹けば名無し
あのさぁ…
634 :風吹けば名無し
わかりきってることを忘れるなよ
635 :風吹けば名無し
分かってたけどいざ自分の目の前で起きるとキツい
その日のスレッドは十五歳の話題から「年齢」に変わった。
国立感染症研究所
秋山は新しい症例報告を読む
症例◯◯◯
五十二歳 会社員 男性
睡眠中変様
健康状態良好
「……」
教授が資料を見る
「家族は?」
「十五歳の息子さんを警戒していたそうです」
「そうか」
教授は静かに目を閉じる
「人間は規則を見つけると安心する」
「そうですね」
「だから十五歳だけを見てしまった」
秋山は頷く。
十五歳は始まり得る年齢だった。
終わる年齢ではない
北海道
村上 恒一
七十八歳 元教師
一人暮らし
半年前に変様した
朝、雪かきをしている
近所の人が声を掛ける。
「寒いですねぇ」
「そうですね」
女子高生の姿ではある
しかし雪かきの手際は四十年以上雪国で暮らした老人そのものだった。
腰の使い方、スコップの入れ方、休憩するタイミング……
何一つ変わらない。
「無理はするなよ」
近所の老人が言う。
「ありがとう」
「でも君の方が若そうに見えるな」
二人とも笑う。
しかしその笑いが止むと少しだけ沈黙が流れた。
「……変な時代だ」
「ええ、本当に」
それだけは真のこもった言葉だった
病院 診察室
「困っていることはありますか?」
医師が尋ねる
村上は少し考えた。
「眼鏡ですね」
「眼鏡?」
「度が合わなくなりました 身体が変わりましたから」
「ああ……ではそうですね作り直しましょう」
「ありがとうございます」
カルテには静かに一行だけ追加された
眼鏡再作成
変様による視力の変化現象。
初の症例による確認
しかし診療内容はどこにでもある眼科のやり取りだった。
秋山の研究ノート
1月14日
今日七十八歳の症例に面会した
「何が一番困りますか」と尋ねた。
回答
「町内会の人が脚立に乗るなとうるさい」
秋山は思わず笑ってしまった
理由を尋ねる
老人は少し照れくさそうに答えた。
「見た目が女子高生だから みんな危ない危ないって」
少し間を空けて続ける。
「三十年脚立に乗ってきたんだけどねぇ…」
秋山はノートに書く
人は姿を見て判断する
しかし人生は姿の中には入っていない。
深夜
匿名掲示板
901 :風吹けば名無し
今日親父がなった
901:風吹けば名無し
また父親か
902 :風吹けば名無し
油断するとこれやな
903 :風吹けば名無し
なんか今回たち悪いわ
904 :風吹けば名無し
まあ俺達ではどうしようもないが
905 :風吹けば名無し
明日は我が身
906 :風吹けば名無し
やめて
907 :風吹けば名無し
おっ大丈夫か大丈夫か?
908 :風吹けば名無し
実際自分の父親がTSされたらただただキツくない?
909 :風吹けば名無し
誰だってそうだろ
910 :風吹けば名無し
お前の父親の様子どう?
911 :風吹けば名無し
本人は案外元気
912 :風吹けば名無し
元気そうならよかったな
913 :風吹けば名無し
お袋さんは?
914 :風吹けば名無し
あー確かにそれ気になる
915 :風吹けば名無し
長年のパートナーが少女になるとか頭こわれる
916 :風吹けば名無し
「お父さん、お味噌汁こぼさないでね」とか普通に日常して会話してた
917 :風吹けば名無し
強いな
918 :風吹けば名無し
長年の経験ってやつや
919 :風吹けば名無し
流石やな
920 :風吹けば名無し
俺は違うと思う
普通にするしかないんだ
その一文には誰も反論しなかった
変様者が一定数を超えても世界はまだ終わっていない。
だから人々は今日も朝食を作り、学校へ行き、仕事へ向かう。
普通でいようとすることがこの世界で最も静かで最も強い抵抗になり始めていた。