第二十一話
「欄外」
20XX年2月27日
変様者の数だけ見れば今はまだ少ない
けれど行政にとっては「前例」が積み重なるには十分な人数だった。
東京都 区役所
住民課 朝九時
窓口に一人の女性が来る
見た目は十五歳ほどだか頭上には白い光輪が付いている
「住所変更をお願いします」
職員は本人確認書類を受け取る
運転免許証
健康保険証
マイナンバーカード
……そして学生証
いつもの光景だ
職員は慣れた手つきで学生証を返す
「こちらは本人確認書類としては使用できませんのでお返しします」
女性は苦笑する。
「やっぱりですか」
「申し訳ありません」
「まあ普通はそうですよね」
二人とも笑う。
そのやり取りは三か月前には存在しなかった。
厚生労働省
内部通知
キヴォトス症候群患者対応について(第三版)
変更点。
・本人確認は変様前の公的身分証を優先すること
・学生証は参考資料として扱うこと
・容姿による年齢判断を避けること
短い文章だった
しかし
「容姿による年齢判断を避けること」
その一文だけは何度も推敲された
神奈川県
とあるコンビニ
とある変様者がアルコール類のドリンクを持ってレジへ行く
店員はバーコードを通し一瞬だけその人物を見る
そしてすぐに保険証を見る。
生年月日を確認
「ありがとうございました」
それを見ていた悠人と美咲はその光景について話していた
「前なら普通に止められてたのにね」
「ああ」
「今はちゃんと確認して対応してくれる」
「そうだね 見た目だけで判断されなくなってきた」
少し前までは見た目だけで未成年だと思われ一部のサービスを受けるのにかなり時間がかかったり受けることができなかったのがあたり前だった
しかし今は違う。
確認して対応する
それが当たり前になった
匿名掲示板
【Part6】俺たちまだ戻らないんだけど
214 :風吹けば名無し
今日役所行った
215 :風吹けば名無し
役所かー
216 :風吹けば名無し
変様したらやり取り面倒くさそう
217 :風吹けば名無し
実際そうやで
218 :風吹けば名無し
前の人変様者でちょっと揉めてたの見たことある
219 :風吹けば名無し
本人確認が大事やからしゃーない
220 :風吹けば名無し
ならまた揉めたの?
221 :風吹けば名無し
法制度追いついてるの?
222 :風吹けば名無し
今の日本じゃむりやろ
223 :風吹けば名無し
基本民間に投げやりだからな
224 :風吹けば名無し
全然 思ったよりもスムーズに進んだ 自分もびっくり
225 :風吹けば名無し
え、そうなの
226 :風吹けば名無し
対応早いな
227 :風吹けば名無し
たまたまじゃね?
228 :風吹けば名無し
まあ偏見ない人とか色々状況あるから
229 :風吹けば名無し
向こうが慣れてた感じだった
230 :風吹けば名無し
早いな
231 :風吹けば名無し
まあいつまでももめられても困るからな
232:風吹けば名無し
それでも早くね?
233 :風吹けば名無し
ガコンッが早い
234 :風吹けば名無し
「適応した」ということか…
235 :風吹けば名無し
「学生証は参考ですね」って言われた
236 :風吹けば名無し
そうなんだ
237 :風吹けば名無し
やっぱ学生証は持っといたほうがええな
238 :風吹けば名無し
というか無くすな
239 :風吹けば名無し
マニュアルとかできたんだろうな
240 :風吹けば名無し
良いことなんだけどやっぱアレよね
241 :風吹けば名無し
言いたいことはわかる
242 :風吹けば名無し
適応されてくのはあたり前なんやけどね
243 :風吹けば名無し
必要なことと感情は別
244 :風吹けば名無し
良いことなんだけど、 何か寂しい。
北海道
村上は銀行へ来ていた
順番待ちで番号が呼ばれるまで椅子に座っていた
そして呼ばれる
「村上様〜」
窓口へ向かう
新人行員が少し戸惑う
名札、顔、年齢。
一瞬だけ視線が泳ぐ
すると隣のベテラン行員が、さな声で言う。
「そのままでいいの」
新人は頷く
「失礼しました」
通帳を返す
村上はお礼を言う
「ありがとう」
帰り際、ベテラン行員が深く頭を下げた
「ご不便をお掛けして申し訳ありません」
村上は少し考えてから答えた。
「あなたは悪くないですよ 私もまだ鏡を見るたび驚きますから」
国立感染症研究所
午後五時
秋山はある資料を見つめていた
全国自治体から寄せられた質問
「証明写真は撮り直す必要がありますか」
「戸籍写真は変更すべきですか」
「免許証は更新できますか」
「年金受給者証は」
「介護保険証は」
どれも法律に書かれていない
書かれているはずがない。
秋山はため息をつく
教授がコーヒーを置く
「難しいか」
「はい」
「法律は」
教授は静かに窓を見る
「昨日までの世界を書くものだからな」
写真店
証明写真コーナー
「次の方どうぞ」
七十歳の男性だか姿は十五歳の少女
カーテンが閉まり撮影が始まる
そして数分後
機械から写真が出てくる
「……」
本人は写真を見て笑った
「ずいぶん若く写ったな」
店員も笑う
「そうですね」
二人とも笑ったあと少しだけ黙る
どちらも何と言えばいいのか分からなかった。
秋山の研究ノート
2月27日
役所も
銀行も
病院も
写真店も
その他の機関も少しずつ対応を覚えている。
それは患者にとって良いことだ
間違いなく良いことだ
それなのに私は今日役所の窓口で「いつもの対応ですね」と自然に言った職員を見て少しだけ寒気を覚えた。
人間はどんなことにも慣れる
その能力は文明を作った。
同時に異常を日常へ変えてしまう。
深夜・匿名掲示板
982 :風吹けば名無し
今日さまた変様者の対応が変わってると思った
983 :風吹けば名無し
まあ良くも悪くも変わるだろそれは
984 :風吹けば名無し
初期と比べたら認知され始めたからな
985 :風吹けば名無し
慣れってのもこええなぁ
986 :風吹けば名無し
なにかあったの?
982 :風吹けば名無し
コンビニで本人確認された時の対応が慣れてきとった
983 :風吹けば名無し
そりゃ接客業なら尚更じゃね?
984 :風吹けば名無し
いや、でも常連がそうなったらビビリはしない?
985 :風吹けば名無し
所詮他人事であったらねぇ
986 :風吹けば名無し
まあ変様者が出て来てからそれなりに時間は経っとるから
986 :風吹けば名無し
でも俺まだ変様者見てないから何とも言えん
987 :風吹けば名無し
まあ数的には生で見た人がいなくても不思議ではないな
988 :風吹けば名無し
「まだ」ね
989 :風吹けば名無し
怖いこと言うな
990 :風吹けば名無し
偏見とか差別されるよりは良かったじゃん
991 :風吹けば名無し
いや、それでも思う所はある
992 :風吹けば名無し
そうなん?
993 :風吹けば名無し
なに
982 :風吹けば名無し
店員が一回も驚くことがなくなった
983 :風吹けば名無し
そりゃ何回もお前の相手してりゃそうなるだろ
984 :風吹けば名無し
今時ならねぇ
985 :風吹けば名無し
いや、他のバイトの子とかも普通に対応してきてちょっとビビる
986 :風吹けば名無し
あ〜確かにソレそれらば理解できる
987 :風吹けば名無し
若い世代の方がそういうのには強そうだよな
988 :風吹けば名無し
よおジジイ
989 :風吹けば名無し
草
990 :風吹けば名無し
急に刺してくるじゃん
991 :風吹けば名無し
もうスレも終わりか
992 :風吹けば名無し
ちょっと速度下げろお前ら
993 :風吹けば名無し
ホイ次スレやで
・https:………
994 :風吹けば名無し
たておつ
995 :風吹けば名無し
乙〜
996 :風吹けば名無し
まあ時間の流れは残酷だということで
997 :風吹けば名無し
俺らより世界の方が先に慣れていくのかもな
998 :風吹けば名無し
それはある
999 :風吹けば名無し
まあ否応なしにも慣れていかなアカンのやけども
1000 :風吹けば名無し
まあそういう俺も今日変様したんやけどな
1001 :風吹けば名無し
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窓の外では二月の冷たい雨が静かに降っていた。
世界はまだ現代の日本のままだった。
けれどその世界の「欄外」には少しずつ新しい注意書きが書き足され始めていた。