第二十三話
「記録更新」
20XX年4月11日
春 新学期
入学式、桜はもう散り始めていた
変様者は二百人に届こうとしている
それでもテレビでは今日も芸能ニュースが流プロ野球の開幕戦が話題になっていた
世界はまだ世界のままだった。
神奈川県 県立高校
体育館
新年度最初の体力測定
「次、反復横跳び」
「はい」
美咲も列へ並ぶ
教師は少し迷う
「……いつも通りでいいからね」
「はい」
笛が鳴る
二十秒が経ち終了
教師は記録を見る
「……」
教師は記録を見直す
「先生?」
「いや、何でもない」
書き間違えたかと思った
見直すが先ほど見たのと同じだった。
なんと全国トップレベルの記録だった
しかし美咲本人は肩で息をしながら笑う。
「疲れたぁ……」
本気で疲れている
無理をしている様子もない
教師は首を傾げる
「昔、運動部だった?」
「帰宅部です」
「……そうか」
それ以上何も言えなかった
教員室
放課後
「今年の一年生すごいな」
体育教師が記録用紙を見せる
「この子」
「変様者?」
「うん」
「偶然じゃないの?」
「だと思うんだが」
誰もそこで"身体能力が変化した"とは結び付けなかった
匿名掲示板
【Part7】俺たちまだ戻らないんだけど
58 :風吹けば名無し
体育で自己ベスト出た
59 :風吹けば名無し
おお凄いじゃん
60 :風吹けば名無し
体育嫌いやわ
61 :風吹けば名無し
まあ自己ベストくらいなら
62 :風吹けば名無し
やる気あるなぁ
63 :風吹けば名無し
おめ
64 :風吹けば名無し
最近そういう報告増えたな
65 :風吹けば名無し
また変様者案件か?
66 :風吹けば名無し
いやぁなんとも
67 :風吹けば名無し
前から運動できたんじゃね?
68 :風吹けば名無し
むしろ苦手だった
69 :風吹けば名無し
へえそうなん
70 :風吹けば名無し
運動下手な方がベストは更新しやすいんじゃ
71 :風吹けば名無し
まあそういうのはあるか
72 :風吹けば名無し
いや、運動が下手だから更新できないんだよ
73 :風吹けば名無し
そもそもやる気ない
74 :風吹けば名無し
>>73てめえには聞いてねえよ
75 :風吹けば名無し
やはりアドレナリン万能説…!
76 :風吹けば名無し
またそれか
77 :風吹けば名無し
困ったときのそれやめろ
78 :風吹けば名無し
まあ調子がよかっただけとちゃうん
79 :風吹けば名無し
どれくらい良くなったかにもよるからな
80 :風吹けば名無し
偶然だろ。
話題はすぐ流れた
北海道
村上は病院へ通院していた
膝の定期検査
医師がレントゲンを見る
「変化ありません」
「そうですか」
「痛みは?」
「少し減りました」
「運動のおかげですね」
そう結論付け、診察は終わる
帰り道
病院の自動ドアが故障していた
業者が困っている
「重くて動かせないな」
村上は何気なく言う
「手伝いましょうか?」
二人で持とうとする
業者が位置を直している間に村上は少しだけ持ち上げた。
「あ」
業者が驚く
「あ、ありがとうございます!」
「いやいや」
本人は気付いていない
業者は「意外と力ある人だ」
そう思っただけだった。
国立感染症研究所
午後六時
秋山の机
全国から届く生活調査に新しい項目が追加されていた。
「以前より重い物を持ちやすくなったと感じますか?」
回答
「はい」
「少し」
「変わらない」
「分からない」
集計途中で「はい」「少し」が思ったより多い。
教授が結果を見る
「……主観調査だ」
「はい」
「これだけでは論文にはならない」
「分かっています」
しかし秋山は初めてノートではなくパソコンのフォルダに一つの名前を作った
身体能力(保留)
今まで存在しなかったフォルダだった。
東京都
引っ越し会社のアルバイトの青年は変様して三週間経った
先輩が笑う
「無理すんなよ」
「大丈夫です」
冷蔵庫を運ぶ
階段を二階、三階へと登る
先輩は途中で息を切らすが青年は額に汗を浮かべながらも最後まで支え続ける
休憩中、スポーツドリンクを飲む
「いやぁ疲れました」
先輩は笑う
「でもお前意外と体力あるな」
青年も笑う
「最近自分でもそう思います」
それだけだった
秋山の研究ノート
4月11日
変様者は自分を「強くなった」と表現しない
「少し楽」
「少し疲れにくい」
「前より持ちやすい」
その程度である
もし本当に身体能力が変化しているなら本人が最も気付いていない
最後に一文
人間は自分の日常を基準に世界を理解する
昨日より少し軽い程度なら人は世界より先に「自分の勘違い」を疑う
深夜・匿名掲示板
412 :風吹けば名無し
今日体育祭の準備してた
413 :風吹けば名無し
もうそんな時期か
414 :風吹けば名無し
体育祭いや
415 :風吹けば名無し
ワイも運動は嫌いや
416 :風吹けば名無し
この引きこもりどもがよお
417 :風吹けば名無し
ここにいる時点で引きこもり定期
418 :風吹けば名無し
おつ
419 :風吹けば名無し
準備が特に面倒なんだよなぁ
420 :風吹けば名無し
わかる
421 :風吹けば名無し
で、お前はなにやったの準備
422 :風吹けば名無し
自分はテント運ぶ係になった
423 :風吹けば名無し
大変そうやな
424 :風吹けば名無し
運ぶ人が二人以上確実にいるやつ
425 :風吹けば名無し
あの金属の棒重いんよなあ
426 :風吹けば名無し
単純に痛い
427 :風吹けば名無し
シートも地味に面倒なやつ
428 :風吹けば名無し
皆大変そうやなぁ
429 :風吹けば名無し
片付けも考えると憂鬱なる
430 :風吹けば名無し
なんだお前ら文句しかないじゃないか!
431 :風吹けば名無し
大抵嫌いな人は多いんやないの?
432 :風吹けば名無し
まあそこは人によるとしか
433 :風吹けば名無し
皆大変そうやな
まあ俺普通に一人で部品全部持てたんやけどなw
434 :風吹けば名無し
なんだお前変様者かよ
435 :風吹けば名無し
そこで判断するのかよ
436 :風吹けば名無し
最近の定説だと変様者=力持ちやからな
437 :風吹けば名無し
まあ流れからするとそうなるやろ
438 :風吹けば名無し
よくわかったな俺が変様者だってことw
439 :風吹けば名無し
そういうとこは変様者いいよなぁ
440 :風吹けば名無し
その代償がブルアカモブ化はデカすぎる
441 :風吹けば名無し
その方向性はデリケートやからあまり触れるな
442 :風吹けば名無し
なりたくてなったわけではないからな誰も
443 :風吹けば名無し
まあそういう自分も変様者なんだが
444 :風吹けば名無し
ワイも
445 :風吹けば名無し
自分は変様してそもそも参加できない立場や
446 :風吹けば名無し
まあ変様すると確かに体調は前と比べて良くなってるような気はするんよ
447 :風吹けば名無し
言おうか迷ってたが確かに身体能力は今のほうがええ
448 :風吹けば名無し
最近そういう話多くない?
449 :風吹けば名無し
でも俺は測ると記録普通なんだよな
450 :風吹けば名無し
じゃあ気のせいじゃね?
誰も結論は出さない。
けれど「気のせい」という言葉は以前より少しだけ説得力を失い始めていた
その頃研究所のサーバーには新しく作られたフォルダが静かに保存されていた。
「身体能力(保留)」
まだ誰も開かない
まだ誰も証明できない
だがこの状態を解明することは避けられないであろう