第三十一話
「火事場の馬鹿力」
20XX年9月18日
朝のニュース
交通情報、天気、そしていつものように「キヴォトス症候群」の新規確認者数の報告
もう誰も特別驚くことはなくなっていた
精々が「前よりも少し増えたね」と思う程度にはその現象は慣れていった
埼玉県 午後三時
住宅街の交差点
「危ない!」
急にブレーキ音が鳴りタイヤが悲鳴を上げる
ボールを追いかけた五歳の男の子にトラックが迫る
間に合わない
現場をみていた人達はそう思った。
その瞬間歩道にいた女性、いや変様者が駆け出した
四か月前に変様した三十五歳の会社員
頭上には淡い光輪制服の上にパーカーを羽織っている
彼女、彼は考えずに子供に向かって走リ出した
子供を抱き上げ転がりトラックは目の前を通り過ぎる
静寂の中、子供達が助かったのをその場にいた人達は少しの間の後に判明していった。
「大丈夫!?」
周囲の人が駆け寄る
男の子は泣いていたが擦り傷だけであった
助けた人も起き上がり膝をさする。
「痛たた……」
救急車が呼ばれ病院に運ばれる
検査は骨折なしで軽い打撲のみ
医師はレントゲンを見る
「……運が良かったですね」
彼女も苦笑する
「本当に」
ここまではよくある事故だった
翌日、防犯カメラ映像を警察が確認していた
交通事故として確認
しかし担当警察官が動画を止める
「……もう一回」
再生してスローで確認する
女性は歩道から飛び出す
男の子までは映像からではかなりの距離があるように見える
しかし到達時間は数秒に満たない。
「……」
担当者は首をひねる
「遠近感か?」
別の警察官も映像を見る
「広角レンズですかね」
「だろうな」
その場ではそれ以上話は進まなかった
しかしその事故現場で違和感を強く持つ人物がいた。
トラックの運転手であった
事故未遂後、警察から取り調べを受けた時に疑問に思うことがあったのだ。死人はでなかったがそれにしても自分に対して厳重注意のみであったのが不思議であった その時は自分自身もこれ以上問題が出ないように黙ってはいたがとあることがあったのだ
彼女、変様者が子供を助ける時、何とか無事に済んだように思われたが実はそうではなかったのだ。運転席ではドンッとかなり重い音が鳴り何かがぶつかる感覚があった。その時運転席は「やっちまった」と思ったのだが不思議なことに子供も彼女も無事だったのだ 死人がでなかったことから運転手は警察から言われるがままに「はい」と答えていたのだが不思議に思っていた。
そして後日そのトラックを動かそうとしたら故障して動かなかった 調べて見るとエンジンに謎の大きな負荷がかかり内部部品が壊れていたのだ その事故で一番被害が出たのはトラックだけであった
国立感染症研究所
数日後事故資料が届く。
秋山は何気なく映像を再生する
「……」
再生を止めもう一度流す
「教授」
教授が近寄る
「見てください」
二人で画面を見る
「速いな」
「はい」
「距離を測りました」
資料
約九・四メートル
その距離を一瞬で詰めたのだ
教授は黙って映像を見ている
教授は腕を組む。
「火事場の馬鹿力か…?」
秋山は頷く
「その説もあります」
「アドレナリンが出たとしてもこんなにもなるものか?」
「わかりません だだ…」
「だだ?」
「身体能力が普通の人間でないとしたら……」
「秋山君、まだそのことについては判明していない」
まだ それで終わるがこの記録は今後の変様者の身体能力のデータの参考のひとつとなるのであった
匿名掲示板
【Part10】俺たちまだ戻らないんだけど
702 :風吹けば名無し
今日のニュース見た?
703 :風吹けば名無し
見た
704:風吹けば名無し
凄かったな
705 :風吹けば名無し
どんなニュース?
706 :風吹けば名無し
トラックに引かれそうな子供を助けたやつ
707 :風吹けば名無し
あーあれか
708 :風吹けば名無し
なんかどっかで見たな
709 :風吹けば名無し
なんでそんな話題になっとるん?
710 :風吹けば名無し
助けたのが変様者だったならか?
711:風吹けば名無し
多分そう
712 :風吹けば名無し
いや助ける動作が凄かったからやろ
713 :風吹けば名無し
見ればわかる
714 :風吹けば名無し
格好良かった
715 :風吹けば名無し
判断が早い!
716 :風吹けば名無し
マジでそれな
717 :風吹けば名無し
子供と状況見てからの決断が早すぎる
718 :風吹けば名無し
よくあそこまで動けるよな
719 :風吹けば名無し
火事場の馬鹿力ってやつか
720 :風吹けば名無し
俺は決断力と判断力の方が凄いと思うけどな
721 :風吹けば名無し
俺だったらオロオロしとる
722 :風吹けば名無し
度胸も凄いよな
723 :風吹けば名無し
普通あの距離だったらヤバいと思った瞬間に無理って思うよ
724 :風吹けば名無し
結構な距離あったけどそれでも互いに無事なのも話題になってる
725 :風吹けば名無し
まあでもああいう時って何でもできるから
726 :風吹けば名無し
することと無事なのは別なんだよなあ
727 :風吹けば名無し
でもよく見たらトラックにぶつかってね?
728 :風吹けば名無し
気のせいでしょ
729 :風吹けば名無し
カメラの角度でそうみえるだけや
730 :風吹けば名無し
そうか?
731 :風吹けば名無し
ぶつかってたら無事じゃ済まないってそれいち
732 :風吹けば名無し
そうだよ(便乗)
話題はそれで終わる
誰も疑わない
神奈川県
悠人はそのニュースを見ていた
美咲も一緒だった
「すごかったな」
「うん」
「俺だったら動けない」
美咲は少し考えて言う。
「……私も」
その時だった
美咲のスマートフォンが床へ落ちる
反射的に手を伸ばす
誰でもやる動作である
そしてスマートフォンが床へ着く前に指先が届き落ちる前にキャッチした
「ナイスキャッチ」
「えへへ」
しかしその動作で二人ともそれがどれほど速かったのか、そして反応するまでの速さについて深く考えもしなかった。
秋山の研究ノート
9月18日
交通事故映像を解析
火事場の馬鹿力、アドレナリン、色々説明はできる
私は今日「説明できる」という言葉を三回書いた
それは、自分自身を納得させるためだったのかもしれない。
とある匿名掲示板
281 名無しでお送りします
今日ちょっと凄いことできた
282 名無しでお送りします
何?
283 名無しでお送りします
コップ落としたけど落ちる前に取れた
284名 無しでお送りします
反射神経いいじゃん
285 名無しでお送りします
へ〜すごいね
286 名無しでお送りします
それで?
287 名無しでお送りします
それだけ
288 名無しでお送りします
しょ〜もな
289 名無しでお送りします
草
290 名無しでお送りします
いや自分でも「今どうやって取った?」ってなったくらい凄かったんや 前までだったら普通に反応でかなんかったのに
291 名無しでお送りします
まあ気持ちはわからんでもない
292 名無しでお送りします
たまにあるよなそれ何でできたってやつ
293 名無しでお送りします
それ起きると得した気持ちになるよな
294 名無しでお送りします
まあたまたま運がよかっただけでしょ
295 名無しでお送りします
でも最近そういうの増えてる気がする
296 名無しでお送りします
そうか?
597 名無しでお送りします
そんなのどこで頻繁的に聞くんだよw
298 名無しでお送りします
たまたまだろ
20 名無しでお送りします
そうかなぁ
その日の夜秋山は事故映像をもう一度再生した
停止、再生、停止、フレーム送り
女性の足は確かに地面を蹴っていた
特別な光も衝撃波もない
ただその動作と反応速度が異様に凄かった
そして秋山は、初めて「身体能力(保留)」フォルダの中に、新しい文書を作成した。
「反射・瞬発力について(仮説)」
まだ仮説でしかない。
しかし、そのファイル名を入力する手は、以前より少しだけ迷わなくなっていた。
今更ですが投稿間隔が極端に減ると思われます すいません