第六話
「同じ朝」
20XX年5月18日
公的確認例:12
朝六時
日本のどこかで十二人目が目を覚ます。
誰にも見られず、誰にも気付かれず
静かに
北海道 札幌市
午前六時〇二分
会社員 遠藤 恒一(42)
昨日までの自分を覚えている
寝る前に歯を磨き布団へ入る
そしてスマートフォンで匿名掲示板を読んだ。
「助けて」
そう書き込んでから眠った
目が覚めた しかし身体は変わったままだった。
「……戻ってない」
少しだけ、期待していた
夢だったのではないかと。
鏡を見る。
少女
見覚えのない制服
白い光輪
変わらない。
遠藤はため息をつき制服を脱ぎ買ってきたジャージへと着替えた。
少しだけ袖を折る
昨日より手際が良かった
それが嫌だった。
匿名掲示板
【Part1】俺、まだキヴォトス生徒なんだけど
498 :スレ主
おはよう
499 :風吹けば名無し
おっはー!
500 :二人目
おはよう
501 :3
もう朝か
502 :風吹けば名無し
おは
503 :風吹けば名無し
スレも折り返しです
504 :風吹けば名無し
もう500超えか
505 :風吹けば名無し
お前ら毎日いるなw
506 :風吹けば名無し
二人目兄貴もオッスオッス
507 :風吹けば名無し
まだこのスレ続いてんの
508 :風吹けば名無し
また増えたらしいな
509 :風吹けば名無し
日課になってきた
509 :3
今日も戻ってなかった
510 :風吹けば名無し
昨日増えたんやって?
511 :風吹けば名無し
まあそうなった奴が集まる所になってきてんじゃね?
512 :二人目
俺も
513 :スレ主
私も
暫く一分ほど誰も書き込まなかった。
その沈黙は変異者達にとって不思議と居心地が悪くなかった。
521 :3
初めて安心した
522 :風吹けば名無し
そもそも元に戻るもんなのそれ
523 :風吹けば名無し
わかんね
524 :スレ主
分かる
525 :風吹けば名無し
現象であって病気ではないんやない?
526 :風吹けば名無し
どう見るかだ(サム8並感)
527 名前:二人目
俺だけじゃなかった
画面の向こうには顔も名前も知らない誰かがいる
だが誰もが同じ朝を迎えている
その事実だけが少しだけ救いだった。
国立感染症研究所 午前九時四十五分
研究員 秋山
机の上には十二件の症例ファイル
彼は一枚ずつ読み返していた。
症例1
三十歳 会社員 東京都
症例2
十五歳 高校生 宮城県
症例3
十八歳 大学生 愛知県
症例4
五十一歳 会社員 福岡県
症例5
二十一歳 専門学生 大阪府
・
・
・
以降、全員起床時に変様。
目撃者なし
防犯カメラなし
録画成功例なし。
秋山はペンを止める
「……」
「また?」
後ろから教授が声を掛ける
「はい」
「共通点は?」
「ありません」
「何も?」
「……一つだけ」
教授は椅子へ腰掛ける
秋山は資料を差し出した。
全症例共通事項
・睡眠中に変様
・目撃例なし
・録画成功例なし
・身体機能正常
・十五歳未満ゼロ
教授は何度も読み返した
「録画成功例なし?」「全員朝には変わっています」
「監視カメラは?」「寝室を撮影していた人もいました」
「結果は?」「夜中二時までは本人の確認ができていました。次にはフレームが飛び朝でした」
「……」「撮影は切れていません」
教授はゆっくり眼鏡を外した。
「つまり……」「変わる瞬間が映っていません。」
部屋が静まり返る。
東京都 佐々木
昼休み コンビニでレジへ並ぶ
前にはサラリーマン
後ろには主婦
誰ももう彼、いや彼女を見ない。
店員だけが一瞬社員証を見て
「あ、どうぞ」
と微笑んだ。
佐々木は店を出る
歩きながら思う。
「……慣れるの、早いな」
たった一か月
最初は様々な視線で見られていた。
今では少し珍しい人
それくらいになっている。
匿名掲示板
また自己報告で変異した人が訪れていた
611 :風吹けば名無し
今日病院行った
612 :風吹けば名無し
変様した人?
613 :風吹けば名無し
さっきの奴か
614 :風吹けば名無し
うん
615 :風吹けば名無し
何て言われた?
611 :風吹けば名無し
「原因不明です」
612 :風吹けば名無し
ほなコスプレやろうなあ…
613 :風吹けば名無し
草
614 :風吹けば名無し
その返しやめろ
615 :風吹けば名無し
テンプレ化するな
616 :風吹けば名無し
草草の草
620 :風吹けば名無し
www
621 :風吹けば名無し
ファーーーwww
622 :風吹けば名無し
当人としては笑えないんだよ
623 :風吹けば名無し
まあホンマならそうやろうな
624 :風吹けば名無し
戻る見込みは?
625 :風吹けば名無し
医者がお手上げならどうしようもなくね?
626 :風吹けば名無し
公式に発表ない限りワイは信じへんで
627 :風吹けば名無し
分からない
628 :風吹けば名無し
そっかあ
629 :風吹けば名無し
仕事どうするの?
630 :風吹けば名無し
明日も行く
631 :風吹けば名無し
偉いな
632 :風吹けば名無し
俺だったら休むわ
633 :風吹けば名無し
そもそも働いてない
634 :風吹けば名無し
ニートのワイには無関係な悩みだった
635 :風吹けば名無し
働けニートども
636 :風吹けば名無し
草
637 :風吹けば名無し
ゴミ野郎共がよぉ
638 :風吹けば名無し
変化してても行かないと生活できない
そう、例え身体が変異していたとしても働かないと生活出来ないのがこの社会である。
だからその言葉に、「草」と返す者はいなかった。
千葉県 午後十一時五十八分
小学六年生 佐藤 美咲(12)
ベッドへ入る
母親が部屋の明かりを消す
「おやすみ」「おやすみ」
ドアが閉まる
静かな夜彼女は眠りにつく。
翌朝 七時
母親が起こしに来る
「美咲ー、朝よ」
ドアを開ける
ベッドの上でまだ眠っている娘
いつもと同じ寝顔
母親は安心して部屋を出る
「早く起きなさいよー」
ドアが閉まる
七時十二分
美咲は目を覚ます
眠そうに身体を起こし鏡を見ることもなく制服へ着替え始める。
ランドセルを背負い一階へ降りてくる。
母親は朝食を並べながら振り返る。
「ほら、早……」
言葉が止まる。
美咲は……
昨日までと何一つ変わっていなかった。
母親は胸を撫で下ろす
そしてその日国立感染症研究所へ送られる新たな報告書には
「15歳未満:変様例なし(観察継続)」
という一文が改めて追記されることになる。
「15歳の誕生日を迎えた朝」こそがこの現象の境界線であることを証明することはまだできていなかった。