第八話
「相談窓口」
20XX年6月12日
公式確認例:56
推定確認例:79
六月梅雨、雨
今日も世界は静かだった。
厚生労働省 感染症対策課
午前九時
課長が資料を机へ置く
「……もう隠せないな」
誰も返事をしない。
56例
公式に確認されている数だがまだ少ない
しかし確認されている規模を考えると全国に散らばりすぎている。
「相談窓口を作ります。
「一般向けですか」
「いや」
課長は首を振る。
「まず医療機関向けだ」
数日後全国の病院へ一通の通知が送られる。
原因不明形態変化症例について
類似症例を確認した場合、所定様式により速やかに報告してください
現時点では感染性疾患を示す証拠はありません。
ニュースにはならない
病院だけが知る通知だった。
東京都 ○○大学附属病院
診察室
「先生」「はい」
診察室へ入ってきた少女
受付票には男性 34歳
医師はもう驚かなかった
「今日はどうされました。」
「……特に」
少女は苦笑する。
「戻る方法は見つかりました?」
医師は静かに首を横へ振る。
「……申し訳ありません」
「そうですよね」
カルテには
症状、睡眠、食欲、異常なし。
体力、正常、血液、正常。
MRI、正常。
「……」
医師は最後の質問をする
「生活に困っていることはありますか」
少女は少し考えた
「服ですね」
「服?」
「全部ぶかぶかです」
「ああ……」
「あと靴」
医師は小さくメモを取った。
衣類サイズの変化による生活障害あり。
それはこの現象で初めて記録された「生活上の問題点」だった
匿名掲示板
【Part2】俺たちまだ戻らないんだけど
1 :スレ主
スレ立て
2 :風吹けば名無し
建て乙
3 :風吹けば名無し
乙〜
4 :風吹けば名無し
ほんとに続いたwww
5 :風吹けば名無し
とりあえずおめ
6 :風吹けば名無し
Part2で草
7 :風吹けば名無し
まだまだ続けるつもりで草
8 :風吹けば名無し
スレ主だけでなく見る方も見るのが悪い定期
9 :風吹けば名無し
草じゃないんだよなぁ
10 :風吹けば名無し
ほんそれ
11 :風吹けば名無し
嘘じゃなかったら笑い事ではないんだよなぁ
12 :風吹けば名無し
まだ様子見段階や
13 :15歳
今日また病院
14 :風吹けば名無し
おっ
15 :風吹けば名無し
前の人か
16 :風吹けば名無し
例の誕生日の人や
17 :風吹けば名無し
進展あった?
18 :風吹けば名無し
なんかわかった?
19 :15
特になし
20 :二人目
俺も
21 :風吹けば名無し
そっかぁ…
22 :風吹けば名無し
まあそんな異常なんかすぐわかるわけないもんな
23 :風吹けば名無し
それはそう
24 :風吹けば名無し
むしろ解ってたまるか
25 :風吹けば名無し
その病気?が本当ならな
26 :風吹けば名無し
そういえばその病気になったみんな何県?
少し間が空く
今までなら誰も答えなかっただろう
だが……
31 :3
北海道。
33: 二人目
宮城。
36 :風吹けば名無し
福岡。
37 :風吹けば名無し
埼玉。
39 :スレ主
東京。
・
・
・
と公表していない人も含めて書き始めたのだ
「こんなに離れてるのか」
誰かが書いた
誰も否定はしなかった
むしろ共感する感想であった。
国立感染症研究所 午後五時
秋山
日本地図に刺した赤いピンは十八本。
北海道
青森
宮城
埼玉
東京
神奈川
愛知
大阪
広島
福岡
・
・
・
規則性なし
海沿いでもない
都市部でもない
田舎でもない
「……」
教授が後ろから覗く
「どうだ」「分かりません」
「感染じゃない」「はい」
「遺伝でもない」「はい」
「なら……」
教授は地図を見る
「これは何なんだ」
秋山は答えられない
埼玉県 朝倉海斗
下校中での信号待ち
向かい側から少女が見えた
制服、光輪……
「……」
相手も気付く
目が合う
見知らぬ人
二人とも何も言わない
時が経ち信号が青になる。
2人はすれ違う。
その時一瞬だけ相手が小さく会釈した
海斗も返した
それだけ。
周囲の人間は誰も気にしない
見た目だけだと女子高生同士が会釈した。
ただそれだけの光景だった
だが二人だけは知っていた。
「この人も自分と同じだ」
インターネットニュース
とある小さな記事が上がる
「原因不明の身体変化症例、国内で十数例確認」
コメント欄
「珍病かな?」
「感染しないなら別に」
「コスプレと区別つかない」
「可愛いからいいじゃん」
「どうせフェイクニュース」
閲覧数 523
翌日には圏外
まだ世間も軽い問題、そして自分には関係ないことだと思っていた。
東京都 深夜
佐々木は寝る前に鏡を見る
そこには光輪がついた少女
もう見慣れた顔であった。
「……」
ふと一か月前の自分の写真を見る。
スーツ姿で三十歳の男。
「俺だった」
写真の中の自分を見ても、もう少しだけ現実感が薄れている。
「ちゃんと俺なのに」
スマートフォンを閉じる
部屋の電気を消して眠りにつく。
その頃日本のどこかで十四歳の少女が誕生日を迎えていた。
家族に祝われケーキを食べ笑い合う。
「もうすぐ高校生だね」
父親がそう言う。
少女は笑って頷いた。
その家には誰も知らない
来年の誕生日の朝に何が起こるのかを。
そして翌日、国立感染症研究所のデータベースには新たな報告が追加される。
誰にも見られないまままた一人一人と静かに世界は変わっていた。