――???*1
やがて、森の外が見えてきた――いや、正確には境界というべきか。木々が途切れた先で、景色が唐突に二つへ分かれる。鬱蒼とした森に覆われたこちら側と、温かな木漏れ日が差し込むあちら側。陽の光の降り注ぐ向こう岸がすぐそこに見えるのに、間を隔てる谷は底が見えない。覗き込んでも闇が広がっているばかりで、どこまで続いているのかさえわからない。彼岸と此岸とを遮る三途の川――その代わりに、深い奈落が口を開けているかのようだった。
「⋯⋯」
極めつけに、両岸を繋ぐものは一本の倒木だけ。長い年月を雨風にさらされたのか、幹はすっかり腐り果て、表面には苔まで生えている。力を入れなくても、足を置いた途端に崩れ落ちてしまいそうなほど脆く見えた。
だけど――他に行く道はどこにもない。森の外へ行きたいなら、あの倒木を渡るしかない。⋯⋯怖い。すごく怖いけど。恐怖と不安を押し殺し、震えそうになる脚に力を込める。
「っ⋯⋯!」
リオルの平均体重は約20kg。人間でいえば5~6歳児の平均ほどしかない。なのに、足をひとつ下ろすたび、倒木はミシミシと軋みを上げる。半ばまで来たあたりで――メリッ! 嫌な音が響いた。
一か八か、このまま落ちるくらいなら――リオルは体を前へ傾ける。次の一歩で倒木を蹴り、脚のバネを使って跳び出した。
「!?」
バキィッ!! 盛大な破砕音とともに、真っ二つに折れた倒木が谷底へと崩れ落ちていく。辛うじて反対岸へ転がり込んだリオルは、すぐに体を起こして後ろを振り返った。⋯⋯もう、そこには何もない。もし、あとほんのちょっとでも遅れていたら⋯⋯冷たい汗が頬を伝う。きっと、自分も倒木と一緒に大地の顎へ飲み込まれていただろう。
「……危なかった」
コロボーシと戦ったときよりも、ずっと命の危険を感じた。戦うことならできる。波導だって使える。でも、空を飛ぶことはできない。自分はエスパータイプのポケモンではないのだから。
それはともかく。どうやら、思っていたよりもかなり高い場所にいるらしい。森の外へ続く斜面には石段があり、その先には石畳と土が入り混じった舗装路が伸びている。ずいぶんと放置されていたようで、あちこちに草まで入り込んでいた。
「……よし。がんばろう」
注連縄らしきものが巻かれた大樹や、木々の緑を映し出す静かな湖。美しい自然に目を奪われつつ斜面を降りていくと、木製のバリケードが行く手を遮った。傍らには、大きく「立入禁止」と書かれた赤い看板まで置かれている。
なるほど、道理で荒れているはずだ。誰も使わないのなら、整備する者も当然いない。でも。使われなくなったから荒れたのか。それとも――荒れてしまったから、使われなくなったのか。
「わっ……いたっ!」
不意に地面のくぼみに足を取られ、リオルは前のめりに転んでしまう。幸い、大した怪我ではない。擦りむいた箇所へ”いやしのはどう”を当てていると――ざっ、ざっ、と反対側の道から足音が聞こえてきた。
「⋯⋯えっ」
羽毛のほとんどはベージュ色で、脚の付け根や顔の周りは白い。胸の部分には、双葉のような緑色の模様がある。丸っこい体をしたフクロウ型ポケモン――くさばねポケモンのモクロー。彼、あるいは彼女は、ただでさえ大きな目をさらに見開き、なんだか驚いているようだった。
「⋯⋯誰? ど、ど、どうして⋯⋯こんなところに、子どもが⋯⋯?」
「えっと⋯⋯その⋯⋯」
「君、どこから来たの? なんでこんなところに⋯⋯」
何と答えればいいのかわからず困っていると、モクローは心配そうな顔で、また尋ねてきた。
「ご両親は? 迷子になっちゃったの?」
「⋯⋯わかんない」
本当に、これ以外に答えようがない。いまリオルに言えるのは、それが精一杯だった。
「うう⋯⋯どうしよう⋯⋯」
「オーイ、なんかあったのか?」
もうひとり。モクローの後ろから、別のポケモンがこちらへ歩いてきた。
「キ、キスケさん! 大変なの! この子が急に、山の中から出てきたの」
「⋯⋯⋯⋯!?」
キスケ。モクローにそう呼ばれたのは、リオルを逞しい大人へと成長させたような姿のポケモンだった。両手の甲の突起物はトゲ状に大きくなり、胸にもひとつ、白いトゲが増えている。後頭部には、リオルには一対しかない黒い房が左右に二つずつ、合計四つ生えていた。
穏やかな表情をしていたキスケは――リオルを目にした瞬間、ぴたりと動きを止める。数秒の沈黙。それからモクローを押しのけ、すさまじい剣幕で詰め寄ってきた。
「⋯⋯て、てめぇは! なんで帰ってきたんだ!?」
「? 私のこと、知ってるの?」
「この子ね⋯⋯どうしてここにいるのか、なにも覚えてないらしくて⋯⋯」
「覚えてねえだと⋯⋯?」
何も言わず、キスケは掌をかざす。すると、波導が体の内側へ入り込んできた。これって――同じ波導使いであるリオルには、それが自分の波導を辿り、深く探っているのだとわかった。
「⋯⋯。⋯⋯てめぇ、名前は?」
「アメ」
「⋯⋯アメ?」
キスケはすっと腕を下ろし、二、三歩ほど後ろへ下がる。
「⋯⋯⋯⋯なるほど」
「キスケさん⋯⋯? なにか知ってるの?」
「人違いかもしれないが、昔、村から消えたやつに、そっくりなんだよ」
「⋯⋯えっ、ほんとに!?」
「⋯⋯ああ、尋ね人のチラシに、載ってたのを見たような気がする」
尋ね人のチラシに載っていた。ということは――その村に、自分のことを知っている人がいるかもしれない。自分が誰なのか。どこから来たのか。どうして何も覚えていないのか⋯⋯。
「君、やっぱり迷子だったんだね。だったら尋ね人のチラシを見れば、君がどこの子かわかるかも」
「とはいえ昔だからな⋯⋯チラシがまだあるかどうかは、わからんが⋯⋯コマコ。俺は先に戻ってリンに伝えてくる。てめぇは、そいつを連れてこい」
「あ⋯⋯うん!」
踵を返し、来た道を戻っていくキスケを見送ったモクローは、戸惑いながらも頷き、遠慮がちに右の翼を差し伸べてきた。閉じていると見えない翼の付け根の緑色がちらりと顔を覗かせる。
「じゃ、じゃあアメ⋯⋯行こっか」
「うん」
歩き出そうと一歩踏み出しかけたところで、モクローは何かに気づいたように「あ」と小さく声を漏らして足を止めた。
「そういえば⋯⋯君に聞いてばっかりで、自己紹介もしてなかったね。私、モクローのコマコっていうの。そこの
コマコがあまりにも嬉しそうに笑うものだから、つられてリオル――アメも笑ってしまう。⋯⋯ちょっと楽しみ。早く行ってみたいな。コマコの隣へ並び、差し出された翼を握り返す。
「さあ、一緒に行こう」
――
道なりに進んでいくと、じきに一本の橋へ辿り着いた。川幅はそれほど広くないものの、対岸へ渡るにはここを通るしかないらしい。ローブシンが建築に関わっているのだろうか。木や石などの自然物ではなく、コンクリートらしき建材を組み合わせて造られている。
橋のたもとには、ふたつの影があった。片方は先ほど別れたばかりのキスケ。そして、もう片方は――白いスカートを履いた少女のようなポケモン。
「キスケさんが言ってた神隠しの⋯⋯? まさか⋯⋯本当に⋯⋯?」
「だから言い伝え通りにあの土地を⋯⋯そのあとはてめぇの良きように⋯⋯」
「なるほどね⋯⋯悪くないわ」
何やら小声で話していた二人は、アメたちの足音を聞きつけたのか、揃って振り向いた。
「お、来たぜ」
とだけ告げて、キスケはまたひとり、どこかへと去っていく。それを見送ることもなく、もう一方のポケモンはコマコに呆れ顔で話しかけた。
「聞いたわよ、コマコ。また拾い物をしたんだって」
「あの⋯⋯リン、その⋯⋯」
「ついに迷子まで拾ってくるなんてね⋯⋯」
「う⋯⋯うう⋯⋯」
なんとなく思っていたが、コマコは気が弱いみたいだ。何も言い返せずに、翼を丸めて縮こまっている。⋯⋯そんなに怖い人なのかな。この人には悪いけど、少しだけ警戒してしまう。
「そして、あなたがコマコに拾われたアメね?」
「うん」
コマコへ向けていた面持ちのまま、白スカートのポケモンはアメへ向き直り――
「ようこそ
――それまでの態度が嘘のような、満面の笑みで言い放った。
「聞いたわよ! 帰る場所がわからなくて、困っているんでしょう? ふふ、辿り着いたのが、この村で良かったわね! もう、何も心配しなくていいのだから!」
踊るようにくるりと一回転。左腕を胸の前に、右腕を横へ伸ばすという謎のポーズを決める白スカートのポケモン。ニコニコしているのに、安心感よりも圧迫感を覚えるのは気のせいだろうか。それとも、彼女(?)に気後れするコマコを見ていたからか。
「あ、あの⋯⋯リン⋯⋯」
「ああっ! まずは自己紹介ね! 私はキルリアのリンよ! この
「村長……?」
思わず首を傾げてしまう。リンは自分とほとんど身長が変わらない。村長というからには、もっと大きくて、もっと偉そうなポケモンだとばかり⋯⋯。見た目や雰囲気だけなら、キスケのほうがよっぽど村長っぽい。
「リン、あの⋯⋯アメは、自分の素性とかがわからなくて困っていて⋯⋯だから私たちで、アメの帰る場所を探してあげられないかな?」
「まあまあ、コマコ。そんなに急がなくてもいいわ。アメも混乱していることでしょう。まずはご飯でも食べて、落ち着きましょ」
――茶碗亭
リンに案内されたのは、村の入口から数えて二軒目の建物。古びたその軒先には、これまた年季の入った看板が掛けられている。達筆な文字で「茶碗亭」。アメには難しくて読めなかったが、リンの言葉と――何より、中から漂ってくる美味しそうな匂いから、ここがごはん屋さんだろうということくらいは想像できた。
⋯⋯ぐう。小さく鳴った音に、アメは恥ずかしそうに俯く。目を覚ましてから動きっぱなしだったこともあって、もうお腹はペコペコだった。
「それにしても驚きっスねぇ。山から突然、子どもが現れるなんて⋯⋯」
灰色の体色と、音叉状の二本の大角。店主の名前はロッカク。アヤシシのロッカク。二本角だがロッカクだ。”サイコキネシス”で包丁や鍋を自在に操り、切る、焼く、煮る、盛りつける――料理の一切を超能力だけでこなしていく。まさに、エスパータイプならではの職人芸だった。
「ハイ、どうぞ。スペシャルDXおこさまカレー~金粉盛り~」
「わぁ……!」
ゴージャスなお皿には、ツヤツヤのお米がこんもりと盛られ、具材がごろごろ入ったカレーが湯気を立てている。二本のエビフライに、半分に割ったリンゴまで添えられ、お米のてっぺんにはおもちゃみたいな旗がちょこんと立っていた。仕上げに振りかけられた黄金色の粉が、自分は特別な一皿だと誇らしげに輝いている。
「ありがとう、ロッカク。私にツケておいて」
「おや珍しい。了解っス」
大人たちのやり取りをよそに、アメの視線はカレーへ釘付けになっていた。早く食べたい。けれど、勝手に食べるのはよくない気がして、二人の話が終わるのをそわそわと待っている。
「じゃあ私は、アメの家について手筈を整えてくるわ。その間、コマコはアメに、村を案内してあげれば?」
「うん、そうするね」
「それじゃあ夕方に、辻で集合しましょう」
最後に一言。
「アメ、またあとでね」
「またね」
そう言ってリンは席を立ち、軽く手を振りながら、ひと足先に茶碗亭を出ていく。対して、ようやく手が空いたロッカクはアメに顔を向けた。まだかなまだかな~、と瞳を輝かせる姿に、「やれやれ」と肩をすくめる。
「ほら、アメさん。召し上がってくださいな。冷めちゃうっスよ」
「アメ、ゆっくり食べていいからね」
「いただきます!」
両手を合わせて一礼。スプーンを持つと、アメは夢中になってカレーを頬張り始めた。
名前 :アメ
性別 :メス
種族 :リオル
レベル:Lv.6
タイプ:かくとう
特性 :せいしんりょく / いたずらごころ / ???
持ち物:――
元ネタ:【ほの暮しの庭】より『アメ』
カバン(容量12個)
・25ポケ
・オレンの実
ポケモン紹介
名前 :コマコ
性別 :メス
種族 :モクロー
タイプ:くさ / ひこう
特性 :えんかく
元ネタ:【ほの暮しの庭】より『コマコ』
名前 :キスケ
性別 :オス
種族 :ルカリオ
タイプ:かくとう / はがね
特性 :ふくつのこころ
元ネタ:【ほの暮しの庭】より『キスケ』
名前 :リン
性別 :メス
種族 :キルリア
タイプ:エスパー / フェアリー
特性 :テレパシー
元ネタ:【ほの暮しの庭】より『リン』
名前 :ロッカク
性別 :オス
種族 :アヤシシ
タイプ:ノーマル / エスパー
特性 :おみとおし
元ネタ:【ほの暮しの庭】より『ロッカク』