――ムコウ辻
ムコウ辻――村の西にある三叉路。本来なら辻とは十字形に交わる道を意味するが、ここでは三つの道に掲示板を加えた四つが十字を形作っている。そのためか、
夕日が村を赤く染める頃、二人はムコウ辻へ辿り着いた。まず目についたのは、掲示板の前に立つリンの姿。彼女は苛立ちを隠そうともせず、片足を小刻みに揺すっていた。
「遅いわよ!」
「ご、ごめんね」
開口一番。怒りをぶつけてきたリンに、コマコは慌てて謝った。
「それにしても⋯⋯こんなところで集合なんて、珍しいね」
「アメに、大切な話があるのよ」
「大切な話……?」
「そう、とっても大切な話よ! 私についてきてちょうだい」
ムコウ辻からさらに西へ。有無を言わせず連れて行かれたのは、打ち捨てられた畑⋯⋯庭? とにかく、そんな感じの場所だった。
敷地は雑草や岩、枯れ木などで荒れ放題。そこにぽつんと建つ小屋も、最大限好意的に表現するなら、趣深い。ありのままに言うなら、ただのボロ小屋。……なんでこんなところに連れて来られたんだろう?
「えっと⋯⋯リン? こんなところに来てどうするの? アメのお家を、探すんじゃないの?」
「家を探しているんでしょ? ほら、約束通り! ここが今日から、あなたの家よ!」
コマコも同じ疑問を抱いたようで、おずおずと尋ねると、リンは待っていましたとばかりに胸を張り、得意げに告げた。
「えぇ!? 家ってアメの帰る場所でしょ?」
てっきり、アメの家族を探してきたのだと思っていたコマコは、何かの間違いではないかと、リンと小屋を目だけで何度も往復する。よりにもよって、こんなボロ屋をアメの家だなんて⋯⋯。
「⋯⋯はぁ? もしかしてコマコ⋯⋯言い伝えを忘れてるのかしら?」
「⋯⋯えっ?」
「この子はきっと、あの口伝で伝わる神隠しで消えた子よ」
「⋯⋯そんな、まさか」
「神に取られた子はいつか、山から帰ってくる。その時は約束の土地に住まわすようにって⋯⋯」
しかし、言い伝えと聞いたコマコは、また別の意味で信じられないという表情を浮かべた。アメが山から下りてきたのは事実だけど⋯⋯。半信半疑――というにはいささか疑が強すぎるが――のコマコに対して、リンはある種の確信を伴ってアメへと向き直る。
「ね、あなたもこの土地に住むために戻ってきたのでしょう?」
「⋯⋯」
「私たち、
「ちょっと⋯⋯?」
「古いっていうより、これはボロいっていうんじゃ⋯⋯」
中にまでは入り込んでいないようだが、一本の木が裏手から建物を侵食し、屋根の上には枝葉が大きく張り出している。そのうえ、夕暮れ時だからか。夜行性のカラス型ポケモン――くらやみポケモンのヤミカラスが三羽、しきりに「カー、カー」と鳴いている。⋯⋯美化するにしても、これが素敵は流石にない。それくらい、ほとんど記憶のないアメにもわかった。
「それに見て! 自然豊かな庭もついてるわよ」
「荒れ果ててるだけじゃ⋯⋯」
「うんうん」
物は捉えようである。
「アメ、ここは自由に使っていいわ。よかったわね!」
「リンの大切な話ってこのことだったんだね⋯⋯」
「いえ、大切な話ってのはこれからよ!」
「?」
⋯⋯え? これから? じゃあ、大切な話って⋯⋯? アメは耳先をぴんと持ち上げる。
「コンノ! 来て!」
その呼び声に応じ、音もなく物陰から歩み寄ってきたのは、ネコの獣人めいた長身痩躯のポケモンだった。両腕のツメと左の耳飾りが暗紫色で、それ以外の体は紫がかった白。まるで鉤爪を装備した暗殺者のような佇まいをしている。*1
「どうもォ、村長秘書のコンノと申します。ワタシ、見ての通りのオオニューラでして。いやァ、災難ですねぇ。こんなクソ田舎に人が来るとは⋯⋯」
「いいから早く、例の件を伝えてちょうだい」
「ハイハイ、えーっと⋯⋯計算したところによると⋯⋯」
自分の村をクソ田舎扱いされたのが気に障ったらしい。リンが不機嫌そうに本題へ入るよう促すと、コンノはぺらりと紙切れを広げた。⋯⋯んん? 難しい漢字と数字が、上から下までびっしりと書き込まれている。
「まず敷金と礼金⋯⋯それから、水道・光熱費、公助会費、自治会費、図書館の負担金、除雪協力費、保険料、土地の借金料金、家と設備代に、さっきの食事代⋯⋯全て合わせて、456800ポケになりますネ!」
「ええっ!!」
「よ、よんじゅうごまん……!?」
おそるおそる、カバンの中へと手を伸ばす。内ポケットから財布を取り出し、そっと開いた。そこに入っているのは――当然25ポケ。どう考えても、456800ポケには届かない。
「いくら口伝で伝わる約束とはいえ、タダで土地を手に入れようだなんて、そんな都合の良い話、ないでしょう?」
「この子、神隠しから戻ってきたんだよ! お、お金なんて持ってるわけないでしょ!」
懸命にアメを庇うコマコだったが、リンもコンノも涼しい顔を崩さない。
「それは⋯⋯困りますねェ。払えるものがないとは⋯⋯」
「でもアメ、大人の社会は、あなたに想像できないほど厳しいの。それを教えるのも村長の役割だと思うから⋯⋯ごめんなさい、この家と土地は没収ね。食事代だけ払ってちょうだい」
しおらしく謝るわりに、リンはちっとも申し訳なさそうにしていない。波導使いは他者の発する波導から考えや動きを読み取ることができる。村に来てからは、むやみに人の心へと触れるのはよくないと意識して抑えていたが――波導を使わずとも、彼女の本心は容易に察せられた。
「⋯⋯野宿、しかないかなぁ⋯⋯」
「アメ!? この辺りには危険なポケモンもいるんだよ! 外で寝るだなんて⋯⋯」
「じゃあ、あなたの家に泊めればいいんじゃない?」
そう口にするリンの波導には、薄っすらとだが悪意の赤が混じっていた。
「⋯⋯この子が物取りをしないとは断言できないけど、ね」
「まァ、不安であれば、目を離すときだけ縛っておけばいいのでは?」
「そんな⋯⋯かわいそうだよ」
大人たちの言葉に滲む悪意に、コマコは一歩、後ずさる。リンたちは、なんでこんなひどいことを平気で⋯⋯。コマコが今、どんな気持ちなのか。アメにもひしひしと伝わってきた。
「⋯⋯まあ、私たちも鬼ではないわ。あなたがこの村に、少しの間だけでも置いてほしいと思うのなら⋯⋯ひとつ、条件があるの」
「⋯⋯条件?」
「アメ⋯⋯ここに住みたいのなら、あなたが本当の意味で
一度息を整えると、リンの瞳にこれまでにない真剣味が差した。たぶん、これが本題――混じり気のない青色が、厳しく試すようにこちらを見据える。
「⋯⋯ええ!? アメはただ帰る家を探しているだけで⋯⋯」
「帰る場所がわからないんでしょう? だったら、ここにいるしかないわよね?」
「⋯⋯」
「でも、何者かもわからない子を、何もせずに村に置いておくことはできない」
「そんな⋯⋯じゃあ、アメは⋯⋯どうすればいいの⋯⋯。本当の意味で村の一員になるって、どうやって?」
コマコの言う通りだった。お金の問題は別として、「村の一員になる」というのは、具体的には何をすればいいんだろう? 村で暮らすこと? 村のみんなと仲良くすること? それとも、リンと約束すればいい? うーんと悩む二人へ、リンは優しく、しかし残酷に言い放つ。
「アメ、口約束はいらないわ。ここに居たいのなら行動で、村の一員になりたいという気持ちを示しなさい。この荒れ地の庭を片付けて手入れをし、命が根付くまで育てること。そして、村の役に立つ場所にするのよ」
「ここの?」
「ええ。この場所を村に恵みを返せる庭に育てると約束するなら、この庭と家を貸してあげるわ。どうかしら、あなたにできる?」
雑草の隙間に小さな花が咲いている。岩の陰では若葉が陽の光を求めて枝先を広げ、枯れ木の根本にも、鮮やかな緑がぽつぽつと覗いていた。手入れをする者がいなくても、庭のあちこちで新しい命が芽吹いている。
⋯⋯ここを命でいっぱいにする。花を咲かせ、木を育てて、野菜や果物を実らせる。村のみんなが喜んでくれるお庭にする。それくらいなら、私にもできるかなぁ⋯⋯。
「リ、リン⋯⋯! こんな子どもに労働なんて⋯⋯」
「あなたも働いてるじゃない? 働くのに年齢は関係ないわ」
「そ、それは⋯⋯だけど⋯⋯!」
コマコはくちばしを開いては閉じ、開いては閉じる。幾度かそれを繰り返したあと、力なく俯いた。⋯⋯ダメだ、否定できない。コマコ自身、若い身空で毎日せっせと働いている。反論が喉元で止まったまま、とうとう黙り込んでしまう。
「アメ、もう一度言うわね。この荒れた庭を片付けて、世話をしなさい。あなたの手で、命が根付くまで育てて、村の役に立つ場所にするの。それが、あなたがここにいてもいい理由になる。あなたを、村の一員として認めてあげる。⋯⋯悪くない条件でしょう?」
いずれにせよ、選択肢はふたつにひとつ。野宿か、ここに住むか。アメが選んだのは――
「⋯⋯うん。やってみる」
「それでは交渉成立ということで、この素晴らしい家と庭を受け取ってちょうだい!
くるくるくるくる楽しそうに踊り回るリン。可憐な容姿も相まって傍からすれば愛らしく映るかもしれないが、散々脅された身としては、”つるぎのまい”や”りゅうのまい”もかくやという物々しさを覚えずにはいられなかった。
「なんて好条件なんでしょうねェ⋯⋯ちゃんと感謝して働いてくださいヨ」
「さて、話も大方まとまったから、私たちはもうおいとましましょう。仕事の内容もまた明日、伝えに来るわ! 契約書も巻かないとね」
そう締めくくり、歩き出してから数歩――リンはわざとらしく「あっ!」と声を上げた。
「そうだ! その家、寝床がないのだった! はい、これを使って」
いったい、どこから取り出したのか。エスパータイプのキルリアらしく”テレポート”でも使ったのだろうか⋯⋯。どさっ、と虚空から落ちてきたのは、寝台も布団も枕もすべてダンボールで作られた、貧相な一組のベッドだった。
「うん、これでぐっすり眠れるわね。⋯⋯コンノ、今のベッドも支払金額に加えて」
「はい、しめて456850ポケになりました。良心的価格のベッドでよかったですねぇ!」
えぇ⋯⋯? 50ポケくらい、おまけしてくれてもいいのに⋯⋯。
「それじゃあ。おやすみアメ、暖かくして寝なさい」
「アナタ、運がイイですね。リンさんの気まぐれに感謝してくださいヨ」
今度こそ帰っていく大人たちに、アメとコマコは二人して白い目を向ける。最後の最後まで抜け目のない人たちだった。ベッド代まで請求額に足していくのだから、もはや感心するしかない。
「大変なことになっちゃったね⋯⋯」
「⋯⋯うん」
「リンはああやって言うけど、きっと、無茶なことはやらせないよ。⋯⋯多分だけど」
「たぶんなんだ⋯⋯」
いつの間にか、空はもう夜の色へと変わり始めていた。春先の夜風はまだまだ冷たく、暗がりを縫うように、ヤミカラスや、こうもりポケモンのズバットたちがバサバサと飛び交っている。
「じゃあ、私も帰るね。おやすみ、アメ。また明日」
「うん、また明日」
とりあえず、今日はもう素敵なベッドを置いて寝よう。案の定、傷みきった畳の上にダンボールベッドを放り投げ、布団へ潜り込むと、頭までくるまるようにしてアメは眠りについた。
名前 :アメ
性別 :メス
種族 :リオル
レベル:Lv.6
タイプ:かくとう
特性 :せいしんりょく / いたずらごころ / ???
持ち物:――
元ネタ:【ほの暮しの庭】より『アメ』
カバン(容量12個)
・25ポケ
・オレンの実
ポケモン紹介
名前 :コンノ
性別 :オス
種族 :オオニューラ
タイプ:かくとう / どく
特性 :プレッシャー
備考 :リンの秘書
元ネタ:【ほの暮しの庭】より『コンノ』