銀河の歴史、ページを引き裂く者   作:雑草弁士

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第1話 惑星デスペラン

 宇宙歴七九六年四月、自由惑星同盟第一三艦隊司令官ヤン・ウェンリー少将は、旗艦の艦橋(ブリッジ)で口を阿呆の様にあんぐりと開けていた。いや、彼だけではない。艦隊首脳部のフィッシャー准将、パトリチェフ大佐、あろうことか堅物で有名なムライ准将ですらも、同様に唖然と口を開けたまま凍り付いていたのだから。

 

 

「……これは、予想外だな」

「司令官! ヤン少将! 今回の任務に使う鹵獲艦から、シェーンコップ大佐から通信です!」

「ああ、繋いでくれ」

 

 

 すぐにシェーンコップ大佐の声が、回線から聞こえる。

 

 

『少将閣下、これは閣下の予想の内に入っていた事態でしょうか?』

「いや、流石にこれは無い。と言うか、あの惑星サイズの要塞……。動いているから、おそらくは機動要塞と言うべきなんだろうけど。同盟があんな物を持っていたなんて事は知らないし、私に知らされていなかったとしても、私たちのイゼルローン要塞攻略作戦とタイミングを合わせて、イゼルローン攻撃を行う意味が分からない。

 そして仮に銀河帝国の物だとしても、そうなれば何故イゼルローンを攻撃しているのか、不明すぎる。イゼルローン要塞駐留の艦隊司令と要塞司令が2人共謀して反乱を起こしたという情報も入っていないし、そういう事が起きない様にあまり2人の司令官の仲は良くない者を選んでいるんじゃないかって話もある。実際、仲は良くないらしいし、我々の作戦だって……。それを計算に入れた物だったからなあ」

 

 

 そう、『計算に入れた物だった』だ。過去形だ。今、第一三艦隊の作戦遂行をチェックするために、隠密裏に先行していた斥候(ピケット)艦から送られて来ている映像には、銀河帝国と自由惑星同盟との数少ない宇宙空間航行可能領域である、イゼルローン回廊を護る帝国の要塞、イゼルローン要塞が映っていた。そして、第一三艦隊の目的は、この半個艦隊しか無い寄せ集めの艦隊を以てして、難攻不落のこの要塞を陥落せしめる事であったのだ。

 うん、過去形だ。斥候(ピケット)艦から送られてきた映像には、イゼルローン要塞がそれよりもはるかに大型、優に可住惑星サイズはある、しかも自由に動く機動要塞から凄まじい攻撃を受けている様子が映し出されている。あまりにも大きさが違い過ぎた。かたや直径60km、かたや直径15,000kmだ。どうあがいても、イゼルローン要塞に勝ち目は無い。

 

 

『えーと、当艦と言いますか、我々ローゼンリッターはどうすればよろしいか?』

「こうなってはもう無理だ。当初の作戦計画は放棄。艦は捨てるのはもったいないし、また後日何かに使えるかも知れないから、敵味方識別(IFF)の信号だけ変えてこっちに合流してくれ」

『了解です。正直、今からでもあの要塞の生き残った方に突入して、帝国兵を装って敵司令官を拿捕しろとか言われたらどうしようかと、悩んでおりましてね』

「さすがにそれは言わないよ。味方を無為に死なせる気は無いんだ」

『……了解。流石、ですな』

「え?」

 

 

 通信は切れた。ヤンは深く溜息を吐く。

 

 

「正直、完全に予想外だ。戦略も戦術も、奇策も詐術も、完全に崩壊した。とりあえず、戦闘に巻き込まれない距離で観測と情報収集を……」

「あっ!」

 

 

 艦橋(ブリッジ)の誰かが叫んだ。全員が目を見張る。イゼルローン要塞の要塞主砲、雷神の鎚(トール・ハンマー)が撃たれたのだ。……だが機動要塞の方は、わずかにも傷が付かない。そして機動要塞からの砲火で、イゼルローン要塞は大きく傷付いて行く。

 そしてまた、艦橋(ブリッジ)のあちこちから悲鳴の様な声が響いた。

 

 

「ああっ!」

「ぶ、ぶつかるぞ!」

 

 

 そう、機動要塞はそのまま直進すると、イゼルローン要塞に衝突したのである。いや、イゼルローン要塞が機動要塞に落下した、と言った方がイメージ的には正しいかも知れない。次の瞬間、イゼルローン要塞は一瞬で爆散し、砕け散った。

 しかしそれを為した機動要塞は、傷一つ負っていない。小惑星レベルのイゼルローン要塞と、地球型惑星レベルの機動要塞とでは勝負にならないのは確かなのだが、望遠レンズでもその一見なめらかな表面に、クレーターの1つも出来ていないのだ。

 

 艦橋(ブリッジ)メンバーが、呟く。

 

 

「……化け物」

 

 

 そうだ。化け物に等しい。あまりにも技術レベルが違い過ぎる。普通、惑星に対し直径60kmの天体が落下したら、巨大クレーターが生成されて地上は核の冬になる。だが、あの機動要塞はかけらも傷を負っていないのだ。

 

 

「し、司令官。ヤン司令官。斥候(ピケット)艦から、撤収許可を求めて来ています。作戦の前段階で誘き出した帝国軍の艦隊が戻って来た模様で、このままだと発見されかねないと」

「あ、ああ。うん。これはどうしようもない。許可を出してくれ。可能な限りの速度で戻る様に伝えてくれ。斥候(ピケット)艦が戻り次第、全速力で逃げるとしよう。あれはもう、どうしようも無い」

「アレと、コンタクトを取る事は試みないのですか?」

 

 

 必死で精神を再構築したムライが訊ねる。まあ軍人として、最低限の情報収集はしないといけないのだろう。だがヤンは(かぶり)を振る。

 

 

「アレはまず確実に、同盟でも帝国でもない第三者だ。であるならば我々の様な武装艦、それも艦艇数六四〇〇、兵員七〇万の数で押し寄せてコンタクト? 相手の気持ちを考えると、やめておいた方がよさそうだよ。

 せっかくここイゼルローン回廊が、帝国じゃない第三者の手に落ちたんだ。非武装の外交船で、外交官に頑張ってもらうべきだと思うね。それが給料分の仕事ってものだろう、お役人の、さ」

「ヤン司令官! 少将閣下! あの惑星型機動要塞から、我々と帝国軍両方に対し、通信が入っています!」

「そうだよなあ……。技術レベルが違い過ぎるし、これだけ離れてても見つかるよな」

 

 

 ヤンは天を仰いで、右掌で両目を覆った。

 

 

 

*

 

 

 

 ヤンはどうにか気を取り直し、通信に応じる。

 

 

「こちら自由惑星同盟軍第一三艦隊司令官、ヤン・ウェンリー少将です」

『こちらは新ローザコート軍総帥ディムライア・ベルクファスト最高元帥。まあ、大層な肩書だが、あまり気にしないでもらいたい。同盟の第一三艦隊が既にここに来ていた、か。こちらの遅延工作は、失敗したのかな』

「遅延工作ですか? 何やら不穏な単語が飛び出して来ましたね、ベルクファスト……総帥、でよろしいでしょうか」

『構わない。そちらには少々申し訳ない仕儀になった。正直な話、こちらの作戦を遅らせるわけにも早めるわけにも行かなかったのでな。それでそちらの動きを一日でも二日でも遅めようと思ったのだが』

「……そうでしたか。運が無いというか、こちらは予想より早く、しかも脱落者無しで現地到着したもので」

『「……」』

 

 

 ベルクファストは、こめかみを押さえた。頭痛をこらえているかの様だ。ヤンも、何か頭痛がする。

 

 

『そう、か。自由惑星同盟とは可能な限り事を構えたくは無かったのだが、少し難しくなったかもしれんな』

「それは……」

『それはともかくとして。貴艦隊については、このやむを得ない仕儀について、心より申し訳なく思うと共に、こちらとしては『救助』の手を差し伸べるのもやぶさかではないが?』

「救助?」

 

 

 ベルクファストの言葉に、ヤンは不穏な物を感じた。と、その時である。センサー系を統括している艦橋(ブリッジ)要員が、叫んだ。

 

 

「……んだと!? もう一度確かめろ!」

「何度もやってます! 超空間の位相がどうしてもズレてしまうんです! 航路算定できません!」

「どうした!」

「や、ヤン少将! 司令官! 申し訳ありません! 斥候(ピケット)艦と鹵獲艦合流が済み次第、即座に撤退行動に移るため、ワープの航路算定をしていたのですが」

 

 

 そこへベルクファストの声が被る。

 

 

『ワープは、できない。物理的に、な』

「「「「「「!?」」」」」」

『我々新ローザコートは、自由惑星同盟と銀河帝国の連絡を断つために、イゼルローン回廊ともう1つ、フェザーン回廊を占拠した。そして自由惑星同盟と銀河帝国のワープ技術では回廊を突破できぬ様に、人工的にワープ不可能領域を形成した。それは回廊中心より半径600光年』

「ろ、600光年」

 

 

 それだけの距離をワープ機関に頼らずに航行するとなると、とても人の一生では足りないだろう。つまりヤンたちは否が応でもこの新ローザコートと名乗る勢力に救助してもらうしか無いのだ。

 

 

「銀河帝国と、自由惑星同盟とを、遮断する、と?」

『その通りだ』

「何のために」

『人類のために、だ。難しい事は諸君らを救助した後、ゆっくりと話そう。とりあえず誘導ビーコンに従い、機動要塞『惑星デスペラン』へ向かい、解放した大型艦艇用ハッチより内部に進入するように。

 それと、今しがた降伏させた銀河帝国軍イゼルローン要塞駐留艦隊の残存兵力も救助するので、そちらとは戦端を開かないでもらいたい。正直、敵旗艦の司令は駄目だったな。圧倒的差があるのに、武人の名誉だとか騒いでこちらに突撃しようとして来た。旗艦だけ狙って撃沈したよ』

 

 

 ヤンは疲れた様に言う。

 

 

「まあ、そう言う感じのは、同盟にも帝国にも多いですし……。時間をいただけませんか」

『こちらへの収容にかかる時間も含めて、12時間以内で収めて欲しい。他にも銀河帝国軍要塞駐留艦隊の生き残りも収容し、全艦を格納次第に『我々の技術で』フェザーン回廊に空間転移する予定なのでね。こちらには小型の要塞を幾つか置いておく程度で済ますつもりだ』

「了解しました。こちらでの意思統一が取れ次第、この回線でよろしいでしょうか? 連絡いたします」

『なるべく急いでくれたまえ。それでは』

 

 

 通信は切れた。ヤンは溜息を吐く。そして艦橋(ブリッジ)に居る艦隊首脳部の面々に、問いかけた。

 

 

「さて、どうしようか。彼の言う事が本当ならば、『救助』とやらに応じるしか無いんだが」

「そうですな。とりあえず航路算定は不可能で……」

「ヤン司令官! フィッシャー准将!」

「どうした!」

「今の通信を聞いていて、パニックになった駆逐艦が1隻、ワープを試みた模様です! ですが超空間突入どころか、ワープ機関そのものが稼働しなかった様で」

 

 

 艦橋(ブリッジ)要員の報告に、ヤンはじめ艦隊首脳部は(かぶり)を振る。

 

 

「寄せ集めの艦隊の、悪いところが出たな」

「とりあえずその艦の指揮要員は、なんらかの罰則適用が必要ですが」

「後にしようムライ准将。不幸中の幸い……。幸い? とりあえず、新ローザコート軍の言っている事は本当らしい事がわかった。……皆が生きるためだ。『救助』を受け入れ……。いや、依頼しよう」

「ですなぁ……」

 

 

 こうして自由惑星同盟軍第一三艦隊は、結成以来一戦もすることなく新ローザコート軍の機動要塞『惑星デスペラン』に収容された。そして『惑星デスペラン』はイゼルローン回廊中央部に直径が20,000kmはあろうかという円環状のワープゲートを設置し、それを潜り抜ける事でフェザーン回廊へと撤退して行ったのである。

 

 

 

*

 

 

 

 フェザーン回廊。イゼルローン回廊と並ぶ自由惑星同盟と銀河帝国を繋ぐ、わずかな航行可能宙域である。いや、『であった』、だ。かつてここは、同盟と帝国の均衡を取って双方をコントロールし、双方を裏から支配しようとしている特殊な国家、フェザーン自治領が存在していた。ここは名目上は銀河帝国の自治領であったが、事実上の独立国家として成立していた。

 フェザーン自治領は地球教という宗教組織により牛耳られていた。地球教はかつて人類圏の母星であった地球を神聖視する宗教であり、その一部というよりも事実上本体である過激派閥が、かつての人類圏のリーダー的立場を地球に取り戻そうと画策していたのだ。その手段は、フェザーン自治領を通じての経済的乗っ取り、そしてサイオキシン麻薬の販売流通など犯罪行為、更には政治家の取り込みなど、軍事的侵攻以外のあらゆる方法である。

 

 だがここフェザーン回廊は今、機動要塞『惑星デスペラン』を中心とする軍事国家、新ローザーコートが占領下に置いていた。と言うよりも、政治を完全に乗っ取り、新ローザコートの軍事経済圏に完全に組み込まれ、フェザーン自治領は完膚なきまでに併合されていたのだ。

 新ローザコート軍総帥ベルクファストは、(おもむろ)に言葉を発する。

 

 

「エミリア、フェザーン回廊制圧作戦を任せてしまって申し訳無いな」

「はっ! いえ、問題ありません。Q型戦艦三個艦隊三八四〇〇隻、FB型戦艦三個艦隊三八四〇〇隻があればどうとでも」

「……そうか。わたしの次席指揮官として、頼りにしているぞ」

「はっ!」

 

 

 ベルクファストは遠い過去の事を一瞬だけ想う。かつて自分の副官であり、そして自身の無様な過ちによって喪われた、エミリアの事を。このエミリアに出会った時、彼女の生まれ変わりかとすら思った。しかし、このエミリアは軍政両面でのサポートをする副官としてではなく、軍事司令官として自分の次席に立ち、支えてくれている。

 同一視するのは、彼女にとって失礼にあたるな、とベルクファストは思う。そして今の自分の副官であるイアンに向かい、言った。

 

 

「救助したヤン少将と、同じく救助した暫定的にイゼルローン駐留艦隊残存兵力を(まと)めているオーベルシュタイン大佐との会談をセッティングしろ。それとフェザーン自治領政府が行っていた、自由惑星同盟への経済的侵略、各議員や議長への贈賄工作、憂国騎士団などの反社会勢力への援助と指示にサイオキシン麻薬供給、地球教との癒着と地球教の正体の情報、複数の回線で証拠付きで送信開始だ」

「は、了解しました。……ヤン少将、オーベルシュタイン大佐との会談の前に、『全体会議』が入っておりますが」

「そうか。準備しよう」

 

 

 そしてベルクファストの姿が変わる。顔の造りそれ自体はさほど変化しない。しかしその躯体は、輝くメカニックと、人間型をしてはいるが微妙に人間とは異なるプロポーションに変化する。明らかに、機械の身体であった。彼は近場の端末に歩み寄ると、首元からケーブルを引き出して接続する。エミリアやイアンも、それに倣った。

 やがて三十分強の時間が経過し、ベルクファストたちは端末から離れる。少々疲労の色が見て取れるが、その表情にははっきりとした意思が宿っていた。

 

 

 

*

 

 

 

 機動要塞『惑星デスペラン』に与えられた一室で、ヤンはひたすら考えていた。どうにかして、『救出』された第一三艦隊の面々を、自由惑星同盟に帰さねばならない。それに自分も帰らねば。彼の脳裏には、彼の被保護者であるユリアン・ミンツの姿が浮かんでいた。彼が帰らなければ、誰が彼の学費や生活費を支払うのか。このままではトラバース法により押し付けられた奨学金に、ユリアンは手を付けざるを得なくなるだろう。

 そうなってしまっては、彼の行きつく先は軍人だ。出来得るならば、ヤンはユリアンを軍人にさせたくなかった。しかしこのままでは、彼はMIAと判断されてしまうのは目に見えている。彼はベレー帽を手に取り、くしゃくしゃに丸めて潰し、苛立ちを噛み殺した。

 

 本来の歴史では、彼はイゼルローン要塞を帝国軍から味方の損害なしで奪取し、それにより圧倒的な名声を得るはずだった。しかしながら現状の彼は、これまでの戦歴で英雄的な立場には居たがまだ中途半端な存在である。そして今彼は、形の上では『救助』されたとは言え、言わば捕らわれの身である。もっとも彼は、名誉や名声などクソくらえとも思っていたが。

 圧倒的な技術力と戦力で、フェザーン回廊とイゼルローン回廊をワープ不可能宙域で封鎖した新ローザコート。そしてそれに捕らわれた同盟軍第一三艦隊。この先の未来は、不透明であった。




ちょっと実験作です。早期にイゼルローン回廊とフェザーン回廊を完全封鎖して、帝国と同盟を切り離したらどうなるか。いちおうプロットはありますが、ちょっと不安定なので書いている途中にプロット変更あるかもです。

ヤン提督、『救助』の美名の元に鹵獲されました。オーベルシュタイン、『救助』の美名の元に鹵獲されました。なんとなく『鹵獲』って単語を使いたい様相です。

でもって、両回廊を封鎖するのでフェザーンには退場してもらいます。フェザーンの悪事、とりあえず同盟には思いっきり流します。帝国に関しては、うーん。

両回廊を封鎖する勢力として、第三勢力を仕立てました。シュヴァルツシルトな人たちです。まあガワだけなんですがね。あと、彼らマシナリー化してます。理由は必要だったから。全人口87億人ちょっとによる、直接民主制を実現するために。誤字じゃないです。直接民主制です。とんでもねー。軍事国家ですけど、軍事独裁政権じゃないです。
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