ヤン・ウェンリー少将が会議室に入った時、そこには帝国軍の軍服を着た若白髪の男が居た。年齢はおそらく三〇代前半と思われるその男は、ヤンの方を見てとりあえずの帝国軍式敬礼を送って来る。ヤンもまた、その男に対して同盟軍式の答礼を返すと、互いに頷いて自己紹介を始めた。
「はじめまして。自由惑星同盟軍第一三艦隊司令官、ヤン・ウェンリー少将です」
「これはご丁寧に。自分は銀河帝国軍イゼルローン要塞駐留艦隊参謀、オーベルシュタイン大佐です。元、ですが」
「元?」
「もはやイゼルローン要塞はありません」
「なるほど、そうでしたね。つい……。申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず」
彼らは会議室の椅子に座して、しばし待った。そしてその場に2人の男性が現れる。1人は新ローザコート軍総帥ディムライア・ベルクファスト最高元帥であり、いま1人はその主席副官、イアン・ハルナリオーク大佐であった。
「待たせて申し訳ない。言い訳をさせてもらえれば、フェザーン星系を調査した際に、問題が発生してな」
「問題、ですか?」
「我々は、全てのフェザーン人に対して星系からの退去を命じたのだが。銀河帝国でも自由惑星同盟でも、好きな方に好きなだけの財物を抱えて、逃げ出せ、とな。没収もしないし、フェザーンはこれより完全鎖国に入るため、ここに居ても商売で稼ぐのは不可能だと言ったのだが。
本気にしなかったフェザーン人が、幾ばくか居残った模様なのだ。既に計画は実行に移され、フェザーン回廊の中心部から半径600光年はワープ不能になっている。もはやフェザーンから外へも、フェザーンの外からも、入る事も出る事もできない。……帝国と同盟のワープ技術では、な」
ベルクファストは肩を
「だがまあ、これはある程度予想されていた事ではある。幾つかの解決策は、当初より策定されていた。まず1つ目は、我が国に帰化してもらう事だ。ただし正式な帰化が進むまで、対象者には凄まじい勉強をしてもらわねばならないだろうな。我が国、新ローザコートは直接民主制を敷いている」
「直接民主制!? あ、いえ失礼しました」
「まあ、驚かれるのも無理は無い」
そうベルクファストは苦笑いを浮かべつつ、言った。彼はヤンに向かい、頷く。彼は首元からケーブルを引き出しながら、今度は苦笑いではなく笑う。
「まあ、何にせよ直接民主制には様々な条件をクリアする必要性がある。最低でも脳にナノマシンを打ち込んで電脳化せねば、全体会議……『全国民全体会議』に
更に全国民が政治参加するために、参政権を持つ成人全てが最低限の知識……。帝国の平民に対し就学率が高い同盟市民ですらも、とうてい及ばないレベルの知識を持つ事が、国民の義務となっている。まあ、それを可能にする裏の事情もあるがね」
「「……」」
「で、だ。君たち『救助』した同盟軍と帝国軍についても、だ。正直我々は持て余していると言っていいだろう。何せ、完全鎖国を行うわけだからな。だから君たちが希望さえするならば、勉強はしてもらうが帰化を認める方針だ」
そして、しかし
「だが帰化を望まないならば。どうにかして同盟と帝国に帰ってもらわなければならん。それ故に、一度に300隻ずつになるが。ああいや、同盟側と帝国側に分割されるから、1度に150隻ずつか。我が軍の工作艦で曳航しつつ我々独自の超光速航行技術で、ワープ不可能域の外まで君たちの艦を運ぶ。そして自前のワープで帰ってもらう。
この時、可能であれば出て行かなかったフェザーン人の残りを、いっしょに連れて行ってもらえれば幸いだ。帰化を望まない者も多いだろう」
「……ベルクファスト総帥閣下」
「何かね? オーベルシュタイン大佐」
オーベルシュタインの眼が、チカチカと光を放つ。どうやら義眼の様だ、とヤンは思う。
「失礼、義眼の調子がおかしい様で」
「……こちらはサイバネティクス技術には一日の長どころではなく、貴君らからすると信じがたいレベルで進んでいる。よければ一生涯保つ義眼を用意するが」
「それは……。ご厚意はありがたく。ですが帝国軍の禄を
「まあ、それもそうか。ところで何か質問があるのかね」
そしてオーベルシュタインは、疑問を口に出す。
「閣下は銀河帝国と叛徒、いえ失礼、自由惑星同盟とを切り離すのを、人類のためとおっしゃいました。その心をお聞かせ願いたい。失礼ながら、閣下たちの力量を以てすれば、帝国と同盟を全て滅ぼし、その支配下に置く事も不可能ではないと見ました」
「……我々が欲しいのは、2つだ。まず人材。我々は量子
「「!!」」
その瞬間、ベルクファストの姿が変わる。輝くメカニックが
「まあ、機械の頭脳を持っているからこそ、ちょっと頑張る程度で必要な勉強はどうにかなるんだがね。まあ生身の身体に脳をナノマシン電脳化しただけの者には、ちょっと大変だが。そして我々が人材を欲しがっている理由だが。
子供が、生まれにくいんだ。
「それで、新たな人材のスカウトをしたい、と?」
「ああ、ヤン少将。まあ我々は死ぬ事はめったに無い。身体が死んでも、魂、クオリアをネットワークに逃がす事で、身体を作り直せば『生き返る』事も容易だ。だから何かの間違いでクオリアごと死なない限りは、人口減らんのだ。
だが人口増加率は低い。我々の根拠地は、たて・ケンタウルス腕の銀河中心を挟んだ観測不可能範囲領域にあるんだが。今の領域を維持するだけで精一杯でね。これ以上領域増やすのは、人類原種からスカウトしないとどうにもならない」
ここでヤンが、気づく。ベルクファストは人類原種と言った。つまり彼らは、人類を元にした種族という事か。
「総帥閣下、あなた方は人類を祖に持つのですね?」
「ああ。だがそれに関しては、後に回そう。1つ目の目的は、人類原種からの人材スカウト。もう1つの目的は、人類原種の保全だよ。君たちにとっては嫌な言い方だろうし、少しばかり語弊があると思うんだが。生物資源として、君たち人類の原種を保全したいのだ」
「確かに、嫌な言い方です」
「すまないな、ヤン少将」
「ですが、正しいかと。このまま両国に何か決定的なブレイクスルーでも発生しなければ、潰しあいの末に絶滅に至るやもしれません」
「「オーベルシュタイン大佐……」」
そしてオーベルシュタインは、静かな口調で言葉を
「……わたしは、ゴールデンバウム王朝銀河帝国を、憎んでいます」
「!」
「……」
「ルドルフ大帝の時代であれば、わたしは劣悪遺伝子排除法により命を落としていたでしょう。ですが今の時代に於いても、義眼に頼らざるを得ないこの身体は、周囲の蔑視と非難の
此度のイゼルローン要塞破壊と要塞駐留艦隊司令官死亡により、わたしは間違いなくその責を問われます。ことに、旗艦撃沈直前にあの愚か極まりないゼークト司令官を見捨て、自分だけシャトルで脱出したのは言い訳すら許されないでしょうな。仮に有力者を頼ったとても……」
オーベルシュタインの訥々とした台詞は、その無念を表しているかの様だった。ベルクファストは、一拍置いて口を開く。
「わたしは、このまま自由惑星同盟と銀河帝国を遮断すれば、銀河帝国はよほどの事が無いかぎり四分五裂して内乱の末に滅ぶと見ている」
「「!!」」
「自由惑星同盟という叛徒、いや外敵があったからこそ、どうにか形だけ
選民思想と贅沢に染まり、平民や農奴を
ベルクファストは、大きく
「予算とか資源とか、そういう物の残量と首を突き合わせても、正直帝国を救うのは考えたくも無い。そして軍事国家のトップであり、この国が直接民主制である以上は、国民の意思に逆らってまで帝国の民草を救うつもりも無い。
一方で見込みがかろうじてあるのは、自由惑星同盟だ。あちらはまだ、そこまで我が国が予算を掛けなくとも復興の見込みがある。特に帝国との接続を切ったこの状況でなら、な」
「ベルクファスト閣下」
「どうしたね、オーベルシュタイン大佐」
オーベルシュタインは、いつも通りの平然とした声で語る。だが、その声に熱が込められていたかの様に思うのは、気のせいだろうか。
「
「了解だ。ただ、帝国兵の帝国への帰還だけはしっかりやった後で、な」
「はっ!」
ヤンはこの様子を見て、言葉が出なかった。と言うか、オーベルシュタイン大佐の表層での抑揚などには出ない、しかし言葉の端々から滲み出る憎悪に、飲まれたと言ってもいい。そんなヤンに向かい、ベルクファストが声を掛ける。
「ヤン少将、先ほど君は、我々が人類を祖としているのでは、と問うたな」
「は、はい」
「その通りだ。我々は銀河連邦時代にワープに失敗、銀河連邦側から見れば行方不明になった移民船団の1つを祖としている。我々は、銀河の中心部を挟んだ反対側、観測不可能宙域にワープアウトした。そしてそこの場所、たて・ケンタウルス腕に生きるために入植を開始した。そして独自の科学技術を必死になって開発し続けて、人口も87億人を超える程度にまでになった。
まあ、内乱とかも乗り越えたがな。そして探査プローブがついに人類圏を再発見した。それから67年間、我々は諸君らを観察し続けたのだ。そして色々な事を知ったよ」
ヤン、そしてオーベルシュタインは書類束を渡される。そこにはフェザーン自治領が帝国と同盟に対し行っていた陰謀の数々、そして地球教が糸を引き、サイオキシン麻薬などを宇宙にばら撒いていた事などが書かれていた。ヤンの視線が険しくなる。
「これは」
「大丈夫だ。証拠映像などと共に、同盟には流してある。帝国は放置しているがね。同盟方面に逃走したフェザーン人は、少し可哀想かも知れないな」
「……」
「ヤン少将、君は同盟に帰還するかね」
「はい」
「そうか、ではどうか同盟を立て直してくれる事を願うよ」
「自分は、発言力はありませんが、ね。給料分の仕事は、します」
そしてフェザーン回廊から、残されていたフェザーン人の脱出と同盟軍、帝国軍の兵員の帰還が始まったのである。
*
ヤンは帰還を決めていたが、しかし六四〇〇隻の艦隊を、150隻ずつ工作艦に曳航させてワープ不可能域の外まで運び、そこで自力のワープで帰らせるというひたすら面倒くさい作業が終わるまでは、帰還する事は叶わない。いちおう艦隊の責任者であるが故に彼は最後の便まで残るのだ。まず彼は最初の便でムライ准将を帰還させ、同盟への報告を頼んだのである。
「フィッシャー准将、パトリチェフ大佐、貧乏くじを引いてもらって済まないね」
「いえいえ、わたしたちは最後の便で少将閣下と共に帰還しますよ」
「まったくとんでもない話ですなあ。元人類の
パトリチェフ大佐の軽口に、ヤンは嫌な予感を覚えた。そしてその予感は当たる。
「……お呼びでしょうか、ベルクファスト総帥閣下」
「お呼びに預かり、参りましてございます、総帥閣下」
「うむ。これを見て欲しいヤン少将もオーベルシュタイン大佐も」
そこには、2通の命令書の写しがあった。記載されている文章の片方の形式は、帝国軍の形式。もう片方は、同盟軍の形式である。
「……なるほど、想定中の最悪を取りましたな、我が祖国は」
「!? オーベルシュタイン大佐!? ……これは」
「ああ、同盟軍も帝国軍も、やってくれた。まあ帝国軍の方は予想の範囲内だったが。同盟軍は、幾つかの想定内にはあったが、可能性は低いと見ていたんだがね」
その命令書は、フェザーン回廊への出兵命令であった。正確には、そのうちの1通である。
「帝国軍の方が、早い。イゼルローン要塞を破壊した我々に対する懲罰行動との事だ。彼らは我々の事も、叛徒と呼んでいる」
「「……」」
「目的は、こちらが帝国軍艦船を曳航してワープ不可能域から可能域に運んでいる、工作艦を
オーベルシュタインが問う。
「どうなさいますか」
「帝国軍は1個艦隊。であるなら、FB型戦艦3個艦隊を以てして、迎撃にあたるよ。流石に工作艦は非武装ではないが軽武装だからな。相手はさせられん。一方的に負けはしないが、貴重な艦だ」
一方のヤンは、同盟軍形式の命令書写しを手に持って、凝視している。少しばかり、その手が震えている様に見えた。さもありなん、内容は同盟からの裏切りにもあたる物だからだ。
「同盟軍も、我々新ローザコートに対して攻勢に出る模様だ。フェザーン指導者たちは許しがたいが、フェザーンの一般人のため立ち上がるべきだ、との理由が1つ。そして同盟軍の第一三艦隊を拿捕し、未だその大半を開放していないという理由が1つ、だ。なんとしても、ヤン少将を奪還せねばならない、との事だ。
こちらも同盟軍艦船を曳航している工作艦を撃破し拿捕、まずはこちらの艦の秘密を探るらしい。その間は防戦に努めて。そしてリバースエンジニアリングによりこちらの超光速航行の秘密を掴んだら継続して自軍艦艇を改造、1個艦隊が完成したなら再度こちらに攻め込むとの事だ。我々はヤン少将を返さないとは言っていないし、連続して兵員は返しているし、そしてまだこちらには7割以上の第一三艦隊乗員が居るんだが。ムライ准将の説明を聞いたのだろうか、彼らは」
「リバースエンジニアリング、ですか」
「無理だな。例えて言うなら、火花送信機レベルの技術しか無い状況で、VLSIやWSI、SoCを手に入れて解析しようって言うのと同じだ」
そしてベルクファストは、少し遠い目をする。
「もしかしたら、同盟の復興はかなり遅くなるかもな」
「……誰なんでしょうね、この狂った作戦案を大真面目で出したのは」
「アンドリュー・フォーク准将とかいう参謀らしいが」
「……」
「ヤン少将には悪いが、手加減はできん。Q型戦艦三個艦隊で迎撃にあたり、
「……はい」
ヤンの頭の中からは、この色々と忙しかったが故か、惑星ハイネセンではそろそろ選挙の季節であると言う事が、すっぽりと抜けていたのであった。この同盟側の出兵は明らかに選挙の票目的であったのだ。
だがしかし、その出兵の情報は完全に新ローザコート側に抜かれている。情報戦で圧倒的な、致命的な敗北を喫していたのだ。
ヤンが必死に第一三艦隊兵員の帰還措置を処理している間に、惑星ハイネセンでは選挙の季節が来てしまいました。そしてフォーク。
フォークは頭のいい馬鹿なので、このままでは戦争で手柄を立てる機会がゼロになる事に気付きました。でも新ローザコートに喧嘩を売るのがヤバい事には気づいてません。ムライはきちんと報告したんですがねえ。見たい情報だけ見て、見たくない情報はスルーしたんでしょうな。
ヤン提督、もうユリアンの事を案じるしか無くなってます。どうにかユリアンの安全を確保したくて仕方ないです。