まのさば Restart 作:雪うさぎ
この作品はIFストーリーものです。
原作と舞台・登場人物は同じですが、物語の展開や出来事を大きく組み替え、原作とは全く異なるストーリーになるよう構成しています。
原作を知らない方でも楽しめるように書いているつもりですが、本編のネタバレを含みます。そのため原作未プレイの方の閲覧は非推奨とさせてください。
いつからソレが始まったのかは、どうにも良く覚えていない。けれども――きっと最初は、本当に小さなことが原因だったのだと思う。
外見のほんの僅かな違い。行動のちょっとしたずれ。些細な言葉遣いや、返事が少し遅れただけのこと。
誰も気に留めないような小さな亀裂が1つまた1つと広がり、いつしか決して埋められないくらいに大きくなって。
まるで教室の中で魔女狩りが始まったかのように、いつしかソレの標的にされていた。
吊し上げられて。晒されて。蔑まれて。嘲笑されて。罵られて。
やめて。やめてよ。
そう叫びたいのに喉の奥が干からびたように動かなくて。振り上げられた手に身体が竦み、まるで針で縫い留められているかのように足が一歩も動かなかった。
汚い。きもい。臭い。不愉快。
まるで、この世界に存在してはならない魔女であるかのように。ありとあらゆる醜い言葉が投げかけられる。
どうして嫌うの?
どうして、そこまで傷つけられるの?
何が悪かったの?どうすれば辞めてもらえるの?
悪意に晒され続け、心が軋んでいくのが分かる。
それでも、いつかは終わるものだと思っていた。
けれども――どれだけ時間が過ぎても、悪意が止むことは決してなくて。
唐突に1つの答えが胸の内に浮かび上がった。
――人を傷つけて泣いている姿を見て嗤ったり。大勢で人を囲んで逃げ道を塞ぎ、心を踏みにじる。
そんなことができる人々の方が、ずっと醜くて汚い。
だから――そう、もしも1つだけ願いが叶うのなら。
人を傷つけて笑う人々も、それを見ながら見て見ぬふりをした人々も。
そして誰よりも弱くて臆病な自分自身も――みんな■■■しまえばいいのに。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――――ッ……!」
喉の奥から、引き攣ったような呼吸が漏れた。
弾かれたように瞼を開く。久しく見ていなかった悪夢のせいか、息がうまく吸えない。胸の奥では心臓が壊れそうなくらいに暴れ、全身がじっとりと汗で濡れていた。
「……ゆ、め?」
掠れた声で呟く。
夢を見ていた。酷く嫌な夢を。
今までのことは全て忘れよう。一から全部やり直そうって。そう真新しい制服を前に決意して、昨夜は眠りについたはずだったのに。
「なんだか……とっても幸先が悪いなぁ」
胸の奥に残ったモヤモヤを追い出すように、小さく息を吐く。
しかし吸い込んだ空気は妙に湿っぽく、どこか淀んでいた。昨日、眠る前にちゃんと窓を開けて換気したはずなのに。
そのせいだろうか。頭も身体も酷く重い。
(だけど学校まで遠いし……そろそろ起きないと)
せっかく両親に我儘を言ってまで選んだ高校に、初日から遅刻するわけにはいかない。
とにかく着替えようと、勢いよく身体を起こしたものの。
「……え……?」
目に飛び込んできた光景に、思わず身体が止まってしまう。
昨夜、僕は確かに自分の部屋で眠ったはずだった。
それなのに目の前には見慣れた机も本棚も、カーテンもない。代わりに広がっていたのは、灰色にくすんだ古びた石壁で。
「ろ、牢屋……!? なんで!?」
ひっくり返った声で叫んでしまう。
辺りを見回しても、見間違いではない。
僕が先ほどまで眠っていたのは、古びた二段ベッドの下段だった。敷かれているのは薄汚れた布だけで、横には冷たい石壁が迫っている。
そして部屋の入口は、太い鉄格子によって閉ざされていて。
どう見ても――ここは牢獄だった。
「どうして……僕が……?」
胸の奥に冷たいものがじわりと広がっていく。
訳が分からない。
これは夢なのだろうか。さっきの悪夢から、まだ目を覚ませていないだけなのだろうか。
確かめるように寝台から降りると、僅かに足元がふらついた。
「わっ……」
何故か膝にうまく力が入らない。折れかけた身体を支えようとして、咄嗟に鉄格子へ手をかける。
触れた鉄は、驚くほど冷たかった。
掌に伝わる硬さも、指先に食い込む錆のざらつきもあまりに生々しくて。
夢だと思いたかった気持ちが、否応なく打ち砕かれていくのが分かった。
「ねぇ!ここ、どこなのかな……!?」
思わず鉄格子を掴んだまま、力いっぱいに揺らす。
「誰かいないの……ねぇ⁉」
張り上げた声が薄暗い廊下に反響し、そのまま奥の闇へと吸い込まれていく。
けれども返事は一切なくて。
「……そんな」
背筋に冷や汗が流れるのが分かった。
まさか本当に誰もいないのだろうか。それなら僕は一人で、誰にも気付かれぬまま閉じ込められるのだろうか。
怖くて涙が零れそうになってしまう。
けれども次の瞬間。
「何を考えていますの……⁉わたくしをこんな所に閉じ込めるだなんて!」
遠くから甲高い少女の叫びが聞こえた。
「少女監禁とか犯罪だよ!その……誰だか知らないけど人生終わっちゃうよ!」
「むぅ……ここ描くものない。ちょっと早く此処から出して欲しいかも」
それを皮切りに、続々と他の少女たちの声が響き始める。
(……良かった。僕だけじゃないんだ)
状況は何一つ分からない。それでも同じ境遇の誰かがいるというだけで、胸を締めつけていた恐怖が僅かに和らいだ。
けれども廊下の声は収まるどころか、次第に大きくなっていく。
僕も何か呼びかけた方がいいのだろうか。
そう考え、再び声を上げようとした、そのときだった。
「……静かにしてくれないか。どんな状況であれ、考えなしに騒ぐのは正しくない」
背後から、凛とした声が放たれる。
男性のように低い、それでいて澄んだ声。その響きには酷く覚えがあった。
「……っ!」
息を呑み、恐る恐る振り返る。
薄闇に閉ざされた牢屋の中。天井から降る淡い光に照らされて立っていたのは――かつて僕の幼馴染だった二階堂ヒロだった。
少し幼げだった容姿は、今では精巧な人形のように整っている。胸元までだった美しい黒髪も、今は腰のあたりまで伸びていた。
記憶の中の少女とは、随分と違って見える。
けれども、こちらを鋭く射抜く赤い瞳だけは、昔と何ら変わっていなかった。
その瞳に見据えられただけで、胸の奥が締めつけられる。
「……ヒロちゃん」
ようやく、その名前を口にする。
もう二度と出会わないと思っていた相手。
どうやらヒロにとっても、それは同じだったらしく。
彼女は今まで見たことがないくらいに大きく目を見開いていて。
「……桜羽エマ……?なぜ君もここに?」
何気なく名前を呼ばれて、心臓の鼓動が大きく跳ねた。
すぐに返事をしなければならない。そう思うのに、頭の中が真っ白で何も言葉が浮かばない。
「あ、あのね……ヒロちゃん」
それでも、どうにか声を絞り出そうとした次の瞬間。
――ブツン。
不気味な音を立てて、牢屋の入口上部に備えつけられていたモニターが突如として点灯する。
「ひっ……!」
薄暗い牢屋の中に、青白い光が広がった。
身体を竦ませながら見上げると、画面に映し出されていたのは、人間ではなく鳥を模したマスコットのような生き物だった。
大きく丸い瞳。鋭く尖った嘴。そして、頭部をすっぽりと覆う黒いフード。
何より異様だったのは、その頭が本来あるべき向きから90度傾いたまま、こちらを見つめていることだった。
(な、何……!? フクロウの化け物……!?)
思わず目を白黒させる僕と、警戒するように画面を見つめるヒロちゃんをよそに、その存在はゆっくりと口を開く。
「はじめまして。私……ゴクチョーと申します。この牢屋敷の管理をしているモノです」
画面越しに響く声は、ひどく優しげだった。
けれども、その柔らかな響きの奥には何処か得体の知れない不穏さがある。
「これから皆さんの状況について、お話ししますので……扉の鍵が開いたら、看守の後につづいてラウンジに集合してください」
どういうことなのか、咄嗟には理解できなかった。
牢屋敷。その管理者であるというゴクチョー。
そして――看守という存在。
「まぁ……抵抗は自由なんですが――命とか落としちゃうかもしれないので気をつけてくださいね。では」
ゴクチョーは、まるで世間話でもするかのような調子で最後の言葉を続ける。
そして点いたときと同じように、画面は再びブツンと音を立てて暗転した。
薄闇と静寂が、牢屋の中へ戻ってくる。
(命を落とすかもしれないなんて……嘘だよね?)
あまりにも非常識な言葉に、思わず思考がそこで止まってしまう。
そうしている間にも、鉄格子の向こうから重い金属音が響き、がちゃんと錠前が外れて。
ゆっくりと扉が開いていく。
それでも僕の足は、この状況についていけず、まるで縫われているかのように動かなかった。
「……この不可解な状況についての説明がなされるのなら、早く向かわないと」
それでも――ヒロはそう呟くと、恐れた様子もなく歩き始めてしまって。
「ま、待って……!」
その背中を追うように、僕は慌てて仄暗い牢屋の中から飛び出したのだった。