まのさば Restart   作:雪うさぎ

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第11話

 

 牢屋敷の大きな扉を抜けると、朝の冷たい空気が頬を撫でた。

 

「……わ」

 

 昨日も見た景色。

 

 けれど。改めて外へ出てみると、やっぱり牢屋敷の中とはまるで別世界みたいだった。

 

 澄み切った青空。遥か遠くまで広がる森。その合間を彩るように、色とりどりの花々が咲き誇っている。

 

「エマさん。こっちです」

 

「うん」

 

 メルルちゃんは僕の手を握ったまま、嬉しそうに笑っていた。

 

「今日は、あっちの花畑に行こうと思ってるんです」

 

「昨日見えたところ?」

 

「はい。あの辺りなら探しているものも沢山生えていると思うので」

 

「そっか」

 

「……それに」

 

「ん?」

 

「…………」

 

 何故かメルルちゃんは少しだけ頬を赤らめ、僕から視線を逸らしてしまって。

 

「メルルちゃん?」

 

「な、何でもないです」

 

「?」

 

 繋がれた手が、ほんの少し強く握られる。

 

「……行きましょう。エマさん」

 

「うん」

 

 そして。そのまま僕はメルルちゃんに手を引かれながら、花畑へと続く道を歩き始めたのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……着きました」

 

「わぁ……」

 

 森を抜けた先には、昨日遠くから眺めていた花畑が一面に広がっていた。

 

 淡い黄色。白。青。赤。

 

 色とりどりの花が朝の風に揺れ、その度に甘い香りがふわりと漂ってくる。

 

「近くで見ると、もっと綺麗だね」

 

「……はい」

 

 そう答えるメルルちゃんの声は、どこか弾んでいた。

 

「今日は天気も良くて、良かったです」

 

「そうだね。これならハーブも探しやすそう」

 

「…………」

 

「メルルちゃん?」

 

「……はい」

 

 返事はするものの。メルルちゃんは僕の手を握ったまま、なかなか動こうとはしなかった。

 

「ハーブ。探さないの?」

 

「え、えっと……」

 

 メルルちゃんが繋いだ手へ視線を落とす。

 

「そ、その……せっかく2人きりなので」

 

「……あ」

 

 その言葉に込められた好意に気づいて、思わず苦笑してしまう。

 

「そっか」

 

「……すみません」

 

「謝らなくていいよ」

 

 むしろ。そんな風に思ってくれていることが、とても嬉しかったものの。

 

「でも。まずはハーブを集めよう」

 

 このままこうしている訳にもいかなくて。少し名残惜しく感じながらも、絡めていた指をゆっくりと解いた。

 

「……あ」

 

「それが終わったら。ゆっくりしようね」

 

「……!」

 

 一瞬だけ寂しそうにしていたメルルちゃんだったけれど。そう告げると、その表情がぱっと明るくなり。

 

「……はい!」

 

 そのまま花畑の奥へと駆け出して。

 

「エマさん。こっちです!」

 

「わ、分かったから! そんなに急がなくても!」

 

 僕は慌ててその後を追う。少し先で待っていたメルルちゃんに追いつくと、そのまま二人で花々の間を縫うように奥へと進んでいく。

 

「この辺りが良さそうです」

 

 色とりどりの花を避けながら進んでいくと、メルルちゃんは陽の良く当たる場所で足を止めて。

 

「それで、どれを採ればいいの?」

 

「えっと……今日はこれを集めようと思ってるんです」

 

 そう言いながらしゃがみ込むと、メルルちゃんは細長い葉を持つ小さな草へ手を伸ばして。葉を一枚摘み取って差し出してくる。

 

「……わ」

 

 受け取った葉を顔へ近づけてみると。

 

 爽やかで。それでいて柔らかな香りが鼻を抜けた。

 

「良い匂い」

 

「ですよね? 強すぎなくて、落ち着く香りなんです」

 

「うん」

 

 もう一度。その香りを嗅いでみる。

 

「……なんだか」

 

「はい?」

 

「メルルちゃんみたいな感じだね」

 

「…………」

 

 そう告げると。メルルちゃんの動きが、ぴたりと止まった。

 

「わ、私みたい……ですか?」

 

「うん。何というか……すっごく安心する香りだから」

 

「……っ!」

 

「メルルちゃんと一緒にいる時も……いっつもこういう気持ちだなって」

 

「…………」

 

 そう続けると、メルルちゃんの頬はみるみるうちに真っ赤に染まって。

 

「エ、エマさんは……ズルいです!」

 

「ええ!?」

 

「そういうことを、急に言うからです!」

 

「褒めただけなのに!?」

 

「それがズルいんです!」

 

「うぅ……も、もういいです! 早く探してしまいましょう!」

 

 顔を真っ赤にして抗議しているのに、その口元は嬉しそうに緩んでしまっていて。

 

 メルルちゃんは誤魔化すようにぷいっと顔を逸らすと、急に手際よくハーブを摘み始めた。

 

「ぼ、僕も手伝うよ」

 

「……お願いします」

 

 その姿を見ながら、僕も見様見真似で採取を始めて。

 

 それから程なくして、僕たちは必要な分のハーブを集め終えたのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ふぅ……」

 

 採取を終えた僕たちは、花畑の端に生えていた大きな木の下で休んでいた。

 

 頭上には枝葉が大きく広がり、朝の陽射しを柔らかく遮ってくれている。風が吹くたびに葉がさわさわと揺れていて。木々の隙間から零れた光が、足元でゆらゆらと揺れていた。

 

「結構集まったね」

 

「はい。これだけあれば十分だと思います」

 

 メルルちゃんの隣には、さっき摘んだハーブが綺麗にまとめて置かれている。

 

「このハーブは、このままヒロちゃんに渡すの?」

 

「いえ。まずは一度乾かそうと思っています」

 

「乾かすんだ」

 

「はい。小さな袋に入れて、匂い袋を作ろうかなって」

 

「なるほどね」

 

 乾かしたハーブを袋に詰めて、香りを持ち歩けるようにするらしい。

 

「ヒロちゃん。ちゃんと使ってくれるかな」

 

「そう言われてみると……少し心配ですね」

 

「だよね」

 

 思わず二人で苦笑してしまう。

 

 ヒロちゃんのことだから。

 

『そんなものは必要ない』

 

 なんて言って最初は受け取ってくれないかもしれない。

 

「でも。何とか渡してみよう」

 

「はい」

 

 すんなり受け取ってくれるかは分からない。それでも少しでもヒロの気持ちを落ち着かせられるのなら、試してみる価値はあると思う。

 

 そう考えながら小さく笑うと、メルルちゃんもまた柔らかな笑顔で頷いた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 それからは特に何かするわけでもなく。僕たちは2人並んで花畑を眺めていた。

 

 朝の風が気持ちよく、まるで花の香りに包まれているような感じがして。さっきまで一生懸命ハーブを探していたせいか、こうして座っているだけで眠くなってしまいそうだった。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

 そんな心地よさに、いつの間にか少し微睡みかけていた時だった。

 

 不意に隣から、遠慮がちな声が聞こえてきて。そちらに顔を向けると。

 

「…………」

 

 メルルちゃんが自分の膝の上で、両手の指をもじもじと絡ませていた。

 

「どうしたの?」

 

「そ、その……」

 

 何度か何かを言いかけては、恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。

 

 やがて。意を決したように僕の方を見て。

 

「また……手を握ってもいいですか?」

 

 おずおずと、そんなことを尋ねてきた。

 

「……あ」

 

 そういえば。ハーブを集める前に、終わったらゆっくりしようと約束していた。

 

 きっとメルルちゃんは、そのことを覚えていたのだろう。

 

「もちろん」

 

 僕は笑いながら、メルルちゃんの方へ手を差し出した。

 

「はい」

 

「……!」

 

 メルルちゃんの顔が、ぱっと明るくなる。

 

 そして。差し出した僕の手を両手で包み込むと、ぎゅっと大切そうに握ってきた。

 

「…………」

 

 そのままメルルちゃんの顔を見ると。

 

「……えへへ」

 

 そこには隠しきれないくらい幸せそうな笑顔が浮かんでいた。

 

 僕と手を繋いでいる。ただそれだけのことなのに。

 

 メルルちゃんは大切な宝物でも手に入れたみたいに、どうしようもなく嬉しそうな表情を浮かべていて。

 

「…………」

 

 そんな顔を見ているうちに。ずっと心の片隅に引っかかっていた小さな疑問が、ふと頭をもたげた。

 

「…………」

 

「エマさん?」

 

「あ、あの……メルルちゃん」

 

「はい?」

 

 言うべきか迷う。

 

 せっかくこんなに嬉しそうにしてくれているのに。こんなことを聞けば、少し嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。

 

 それでも。

 

 今のメルルちゃんを見ていると、どうしても聞かずにはいられなかった。

 

「メルルちゃんは……どうして」

 

「……?」

 

「そこまで僕のことを大切にしてくれるのかな?」

 

「…………」

 

 口にした途端。それまで幸せそうに緩んでいたメルルちゃんの表情が、僅かに固まった。

 

「僕も……メルルちゃんのことは大好きだよ」

 

「……!」

 

「一緒にいると安心するし。こうやって手を繋いでいられるのも、すっごく嬉しい」

 

 そして何よりも。

 

「初めて会った時から、ずっと優しくしてくれたし……命まで助けてくれて。すっごく感謝してる」

 

「……でも」

 

 僕とメルルちゃんが出会ってから、まだ一週間も経っていないし。一緒に過ごした時間だって、それほど長いわけじゃない。

 

 それなのに僕は怪我を治してもらったり。心配をかけたり。振り返ってみれば、メルルちゃんに助けてもらってばかりで。

 

「でも僕は……メルルちゃんに何も返せてないと思うんだ。むしろ助けてもらってばっかりで」

 

「だから……もし僕のことを気遣って無理してくれてるなら――」

 

 そう口にした瞬間。僕の手を包んでいたメルルちゃんの指に、ぎゅっと力が込められて。

 

「メルルちゃん?」

 

「…………」

 

 顔を上げると。いつの間にかメルルちゃんは俯いていた。

 

 その様子が気になって。少し身体を傾け、そっと顔を覗き込む。

 

「……え」

 

 思わず声が漏れた。メルルちゃんの表情が、さっきまでとはまるで違っていた。

 

 少しだけ目を見開いて。唇をきゅっと結んで。その瞳には今にも零れそうな涙まで浮かんでいる。

 

「メ、メルルちゃん……?」

 

「……無理なんてしてません」

 

「え?」

 

「そんな風に言わないでください……」

 

 今にも泣き出してしまいそうな声だった。

 

「私がエマさんを大切にしたいって思うのは……私がそうしたいからなんです」

 

「優しくしなきゃとか。助けなきゃとか……そんなことを思ってるわけじゃなくて」

 

 そこで一度言葉を切ると、メルルちゃんは僕の手を包んだまま、ぎゅっと胸元へと引き寄せて。

 

「……私にとって必要だから。エマさんを助けているんです」

 

「……ぇ」

 

「そ、その……私は誰かに離れていかれるのが……とっても怖いんです」

 

「1人になるのが怖くて仕方なくて……だからエマさんと一緒にいたいと思ったんです」

 

 ぽつりぽつりと。

 

 胸の奥に隠していたものを一つずつ取り出すみたいに、メルルちゃんは言葉を続けていく。

 

「エマさんは凄く優しくて。あんなに酷いことされたり、とっても痛い目にあっても……ヒロさんから決して離れようとしませんでした」

 

「…………」

 

 あの時のことを思い出しているのだろうか。メルルちゃんの指先に、また少しだけ力が籠もった。

 

「だから……思ったんです」

 

「臆病で心配性で。不安になると泣いてばかりな私だけど……エマさんなら。こんな私でも受け入れて、ずっと一緒にいてくれるんじゃないかって」

 

 最後の方は、ほとんど縋るような声になっていた。

 

「…………」

 

 僕は何も言えないまま、その様子を見つめていた。

 

 メルルちゃんが、どうして僕をこんなにも大切にしてくれるのか。ずっと疑問だった。

 

 でも。ようやく少しだけ、その理由が分かったような気がした。

 

「……そっか」

 

 何と答えればいいのか、すぐには分からなかった。

 

 ただ。メルルちゃんが今口にした気持ちは、不思議なくらい僕にもよく分かるような気がして。

 

「……僕も誰かに離れられるのが……すっごく怖いんだ」

 

「……え?」

 

 そう言うと。メルルちゃんが、ゆっくりと顔を上げる。

 

「みんなに嫌われるのが怖いから……明るく振る舞ったり。誰かには、なるべく優しくするようにしてて」

 

「…………」

 

「だから……きっとメルルちゃんが思ってくれてるほど、僕は優しくなんてないと思う」

 

 人に優しくしたい。誰かを助けたい。その気持ちが嘘なわけじゃない。

 

 だけど。その奥にはきっと。誰かに嫌われたくない。誰かに置いていかれたくない。そんな自分勝手な気持ちだって混ざっている。

 

「……でも。それでもいいなら」

 

「……え?」

 

「ずっとメルルちゃんの側にいさせて欲しいな」

 

「…………」

 

 そう告げると。メルルちゃんの瞳が大きく揺れて。

 

「……っ」

 

 次の瞬間。

 

「わっ……!」

 

 メルルちゃんの身体が、勢いよく僕の胸へ飛び込んできた。

 

「メ、メルルちゃん?」

 

「……はい。ずっと私の側にいてくださいね」

 

 震えていた声が、今度は嬉しさを堪えるように弾んでいて。

 

 僕の背中へ腕を回し。もう離さないと言わんばかりに、ぎゅっと抱きしめてくる。

 

「……もう」

 

 その様子に思わず苦笑してしまうものの。離れてほしいとは、少しも思わなくて。

 

「…………」

 

 僕もそっと腕を回し、その小さな身体を抱きしめる。

 

 すると。さっきまで微かに震えていた身体から、少しずつ力が抜けていくのが分かって。

 

 僕はメルルちゃんが自分から離れてくれるまで。何も言わず、その温もりを確かめるように静かに抱きしめ続けたのだった。

 

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