ここから気ままに続けていきますので、のんびりお付き合いください!
張り切りすぎて9000文字になってしまいました…。次回からは5000文字目安で書くので今回はご容赦ください…!
8/9 段落の字下げをしたりと、全体的に見やすく整えました
世界には、誰もが一度は憧れる光景がある。
何十万人もの歓声が地鳴りのように響くスタジアム。巨大スクリーンに映る自分と相手、そしてその仲間たち。
50m×80mのフロントコートを挟んで雌雄を決する二人のポケモントレーナー。空を覆うほど巨大化したポケモン。
そして、勝者だけが見ることのできる――頂きの景色。
テレビ画面いっぱいに、二匹のポケモンが激しくぶつかり合う。
『――カメックス! ハイドロポンプ!』
『ウーラオス、かわしてインファイト!』
轟音とともに、スタジアムから大歓声が巻き起こる。
今から十年前の、セイラン地方リーグ・チャンピオンマッチ。
挑戦者・アイリと、チャンピオン・キョウカ。
地方中が息を呑んだ、伝説の一戦を、少年は頬杖をつきながら見つめていた。
「……やっぱり、かっけぇなぁ」
ハルジオン、十六歳。
画面の中で戦うのは、憧れの姉だ。
その少年の足元では、一匹のヨーテリーが楽しそうに尻尾を振りながら画面を見上げている。
「なぁ、ヨーテリー」
「きゃんきゃん!」
「俺たちもいつか、あの舞台に立とうな!」
ヨーテリーは元気よく一声鳴くと、ハルの膝へ飛び乗った。
幼い頃から一緒に過ごしてきて、とっても仲良し……のはずなんだが、決してボールには入ってくれなかった。
(でもボールに入ってくれないと、連れて行けないよなあ)
そんなことを思った、その時だった。
「ハルーーー!!」
勢いよく部屋の扉が開く。飛び込んできたのは、ボブカットの一人の少女。
「もう出発の時間だよ!……って、またその試合見てるの!?」
幼なじみのマカロンだった。彼女は勢いそのままにリモコンを奪い、無情にもテレビの電源をぶつりと消す。
「ちょっ! いいところだったのに!」
「いいところって……何百回と見てるでしょ!」
「いや他の試合も合わせたら千は超えるし!」
「回数はどうでもいいだろ……」
「いいからリモコン返せ!」
呆れたように「やれやれ」といった仕草をするマカロン。オーバーリアクション気味なのは、彼女の明るい性格ゆえなのだろう。
その後ろでは、騒がしいマカロンとは対照的な、もう一人の幼なじみが、俺とマカロンの取っ組み合いを覗いていた。
「ふふっ。二人とも、怪我するよ〜」
長い髪をポニーテールで一つにまとめた茶髪の少女――リナリアだ。俺のもう一人の幼なじみだ。
「おはよう、ハル」
「リナ、おはよう!」
「ハルは本当にアイリさんの試合が好きだね」
「あったりまえだろー! 俺の自慢の姉ちゃんよ!」
十年前のジムチャレンジでポケモンリーグへの挑戦権を獲得し、絶対王者・チャンピオンのキョウカをあと一歩のところまで追い詰めた天才――。
それが、俺の姉ちゃん、アイリなのである。
「まったく……今日は特別な日なんだから、少しは緊張しなさいよ」
マカロンが、取っ組み合いで乱れた服を払いながら言う。。
特別な日。
俺たちは今日、博士からポケモンをもらうことになっている。
これがどういうことなのか。
最初のポケモン図鑑が生まれた地だろうが、遠く離れた南の島々だろうが、ポケモンと人が共に生きる場所である限り、その意味は変わらない。
そう。今日は――
俺たち三人の旅立ちの日なのであった。
————————
母ちゃんに「いってきます!」と告げて、俺たちは外へ出る。
朝日に照らされた小さな町――オレンジタウンは、今日も穏やかだった。
港へ続く一本道。海風に揺れる草花に、小さな家々の煙突から漂う朝食の香り。
俺たちの住むミサキ島は、セイラン地方の玄関口。多くのトレーナーが、最初の一歩を踏み出す場所だった。
「今日で、この景色とも少しだけお別れか〜」
リナのその声には、少しだけ寂しさが滲んでいた。生まれ育った故郷を離れるのだから、心細くなるのも無理はない。
だけど、それ以上に俺の胸は期待で高鳴っていた。
「また帰ってくるさ」
リナを元気づけるつもりで、俺はニヤリと笑ってみせる。そして幼い頃からの夢を、高らかに宣言するのであった。
「チャンピオンになって!」
「おうおう、バカさだけはもう天下一だな!」
「マカロン、てめ〜!」
「なによ!」
マカロンがすかさず茶々を入れてきて、また喧嘩になりそうになった、その時だった。
「……ねえ」
リナが足を止めた。俺とマカロンも、その視線を追う。
そこにあったのは――
一本の大樹。
雲を突き抜けるほど高く、朝日に照らされたその姿は、まるで金色の光を纏っているかのようだった。
「今日も綺麗……」
リナが、うっとりと呟く。
「何度見ても、すっげえなあ。世界樹は」
「ほんと、どこからでも見えるよね」
世界樹。
セイラン地方に暮らす誰もが、幼い頃から見上げて育つ大樹だ。その巨大な姿は、この地方のどこにいても見ることができる。
「……って、痛えよっ!」
「こっちの台詞だから!」
いつの間にか、俺とマカロンは互いの頬をつねり合っていた。
「離せって!」
「あんたが先に離しなさいよ!」
「二人とも朝から元気だね〜」
リナが呆れたように笑う。
そんな調子で、俺たちは再び歩き始める。
しばらくすると、町並みの向こうが開けてくる。潮の香りが強くなった。聞こえてくるのは、人々の声と、船の汽笛。
そして――
「おお……!」
目の前に、活気あふれる港町・シオミシティが広がっていた。
漁船が並ぶ港。市場から飛び交う威勢のいい声。大陸本土へ向かう大型客船。俺たちの旅を乗せていく、その船もまた、港に静かに停泊していた。
「すげぇ……」
思わず言葉が漏れた。何百回とこの街に来ているはずなのに、今日の景色は、いつもより輝いて見えた。
胸が熱くなる。背筋がぞくりとする。武者震い――いや、それすら追いつかないほどの興奮が、全身を駆け巡った。
「ついに始まるんだ!」
俺は拳を握りしめる。
「俺たちの冒険が!!」
—————————
潮風の吹き抜ける港を抜けると、丘の上に白い壁と大きなガラス窓が印象的な建物が見えてきた。
セイラン地方唯一のポケモン研究所。
中で待っているのは、小さいときから顔を合わせているクスノキ博士だ。
――それなのに。
その扉に手をかけた瞬間、今まで感じたことのないドキドキに、全身が支配された。
「いよいよだね」
「緊張してきた……」
リナは胸の前で手を握り、マカロンは小さく息を吐いている。
二人もきっと、俺と同じようなドキドキを感じているのだろう。そのことが、なんだかとっても嬉しかった。
「俺はワクワクしかないけどな!」
「「ちょっと、バカは黙ってて!」」
二人から同時に突っ込まれてしまう。なんでだよ。
少しだけ息を整えたあと、俺たちは顔を見合わせ、そして三人揃って研究所の中へと入っていった。
「おぉ、来た来た」
白衣をまとった博士が、俺たちを見るなり目を細めた。穏やかな笑みを浮かべている。
その瞳には、長年ポケモンと向き合ってきた者だけが持つ、優しさと温かさが宿っていた。
「今日はよく眠れたかい?」
「全然! 楽しみすぎて、寝られなかった!!」
「だと思ったよ」
食い入るような俺の返事に、博士は優しく笑う。
「リナリアは?」
「私も、あまり……」
「マカロンは?」
「私はばっちり十時間寝ました!」
「お前のほうが緊張感ないじゃねえかー!」
マカロンは得意げに胸を張る。
「睡眠は大事だからね」
「そういう問題かよ!」
三者三様の返事に、博士は満足そうに頷いた。
そして、もう一つ。俺たちに問いかける。
「じゃあ、旅に出る準備はできているかい?」
「「「もちろんです!!!」」」
三人の声が、研究所いっぱいに響いた。
「そうかい、そうかい! その気持ちがあれば、十分だ」
そう言って、博士は研究所の奥へと歩いていく。俺たちも慌てて後を追った。
「さあ、おいで。ポケモンたちが、待っているよ」
その先にある扉の向こうから、かすかにポケモンたちの鳴き声が聞こえた気がした。
—————————
研究所の奥にある部屋。
その中央には、三つのモンスターボールが置かれていた。
「この子たちが、今日から君たちとともに世界を駆け抜けるポケモンだ」
博士が、一つ目のボールを手に取る。ボールが空中で勢いよく開いた。
赤い光が弾け、その中から現れたのは、青い体に大きな瞳を持つ小さなポケモン。
突然開けた世界に戸惑ったのか、辺りをきょろきょろと見回している。
「メッソンだーーー!」
あまりの感動に思わず声が漏れる。
「次の子、おいで」
二つ目のボールが開く。
そこから元気よく飛び出してきたのは、白い体に大きな耳を持つ、ウサギのようなポケモンだった。
「ニバッ!」
「かわいい……!」
リナが顔をほころばせる。
ヒバニーはそんなリナを気に入ったのか、元気いっぱいに研究所の中を駆け回り始めた。
「こらこら、落ち着きなさい」
博士が苦笑する。
「それじゃあ、最後」
三つ目のボールが開く。
赤い光の中から飛び出してきたのは、木の枝を楽しそうに振り回すポケモン。
「サルノリだ……!」
サルノリは手にした枝を楽しそうに叩きながら、ぴょんと博士の肩へ飛び乗った。
「さて、どの子と旅に出たい?」
俺たちは自然と顔を見合わせた。
不思議なことに、誰一人として迷う者はいなかった。
「俺は、こいつがいい」
一歩前へ出て、メッソンの前にしゃがみ込む。
「メッソン」
名前を呼ぼれたポケモンは、大きな瞳で俺を見つめていた。
「俺と一緒に、チャンピオンになろうぜ!」
メッソンはしばらくの間、少し不安そうに俺を見つめていた。
けれど、次の瞬間――
「メッ!」
小さく鳴いて、腕の中へ飛び込んできた。
「よっしゃ!」
「私は、この子かな」
リナがヒバニーへ手を伸ばす。
「よろしくね」
「ビニー!」
ヒバニーは嬉しそうに鳴くと、リナの周りをくるくると走り始めた。
「ふふっ。元気な子だね」
「それじゃあ、私は……」
マカロンがサルノリの前にしゃがむ。
「一緒に旅してくれる?」
サルノリは少しだけマカロンの顔を見つめた。
そして――
「ノリ!」
待ってましたと言わんばかりに、元気いっぱいに返事をした。
俺たちは、それぞれの相棒を見つめ、顔を見合わせて笑った。
博士はそんな様子を眺めながら、静かに頷いた。
「これで晴れて君たちは――ポケモントレーナーだな」
「やったー!!」
「よっしゃ! じゃあ次の船でジムチャレンジ開始だぜー!」
「ん?」
博士が首を傾げる。
「ジムチャレンジは、推薦状がなきゃできないぞ?」
「……え?すいせんじょう……?」
「なんですか、それ」
「その名の通り、著名人からの推薦状じゃ。セイラン地方のジムチャレンジは、ガラル同様、紹介がないと出来んのじゃよ」
「じゃあ博士、書いてくださいよ! 俺たちクスノキ博士の手伝いたくさんしてきたじゃん!!」
思わず身を乗り出して、博士に頼み込む。
「そうなんじゃがの……。ここで推薦状を書いてあげたいところなんだが……すまんの。わしからは渡せないんじゃよ」
「え?」
俺たちは顔を見合わせ、声を揃えて落単の声を漏らす。
「「「そんなあー!!!」」」
「ここまで来てそれ!?」
「ねえ博士、お願い!」
「私たち、頑張りますから!」
博士は腕を組んだまま、少しだけ意地悪そうに笑った。
「……冗談じゃよ。『わしからは』渡せない、と言ったじゃろ?」
「は?」
「え?」
「へ?」
博士は楽しそうに笑いながら、机の奥から一通の封筒を取り出した。
「実は、もう書いてくれた人がおるんじゃ」
白い封筒。
そこに並んでいた文字を見た瞬間、俺は固まった。
――クスノキ博士へ
「……姉ちゃん?」
「そう、アイリからの手紙じゃ」
博士は封筒を開ける。
「数日前に届いたものじゃ。代読するぞ」
そして、ゆっくりと手紙を開いた。
「クスノキ博士へ。お久しぶりです。セイラン地方を旅立ってから、もう十年になるんですね。博士はお元気ですか? あたしは相変わらず、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、元気にやっています」
「さて、今年はいよいよハルがポケモンをもらう年ですね。あの子のことだから、ポケモンをもらった瞬間に『ジムチャレンジに行きたい!』なんて言い出すんじゃないかな。いや、絶対に言いますね」
「もし案の定ごねてきたら、どうか行かせてあげてください。ハルは昔から、やると決めたら止まらないところがありますから」
「それと、ハルにはリナリアとマカロンという大切な友達がいます。三人一緒なら、きっと楽しい旅になると思います。二人の推薦状も同封するので、どうか三人とも行かせてあげてください」
博士が手紙をめくる。
「ハルはちょっとおっちょこちょいで、調子に乗るところもあります。でも、ポケモンのことになると誰より真剣です。リナリアは優しくて、周りをよく見られる子。マカロンは負けず嫌いで、見えないところでも努力できる子です」
「三人とも、まだまだ未熟です。でも、だからこそ、これからたくさんのものを見て、たくさんの人やポケモンに出会って、自分たちだけの宝物を見つけてほしいと思っています」
「博士。三人のこと、よろしくお願いします」
「そしてハル。もしこれを読んでいるのなら――姉ちゃんに勝ちにきなさい」
「三人といつかどこかで会えるのを、楽しみにしています」
アイリより
博士が読み終える。研究所に、静寂が流れた。
やがて博士は、封筒の中から三枚の推薦状を取り出した。
「ほれ。君たちの推薦状じゃ」
俺は推薦状を受け取る。
「姉ちゃん……」
自然と笑みがこぼれる。
「ちゃんと、見てくれてたんだな」
リナとマカロンも、それぞれ推薦状を胸に抱く。
「アイリさん、やっぱり優しいね」
「……なんか悔しいけど、嬉しいね」
博士は三人を見つめ、静かに頷いた。
「これは、君たちの未来への切符にすぎん。推薦状が君たちの未来を決めるわけではない。君たちの人生は、君たち自身のものじゃ。これから先、どんな道を選び、どこへ進むのか――それは自分たちの手で決めていきなさい。そして……わしから、もう一つ餞別じゃ。」
博士は三人の前に、それぞれ一台ずつポケモン図鑑を差し出した。
「これを、君たちに託そう。」
「ありがとうございます!クスノキ博士!!」
三人は顔を見合わせる。
それぞれの手には、相棒のモンスターボール。
そして、アイリから託された一枚の推薦状。
夢への扉は、今、確かに開かれた。
——————
研究所を出る頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。
「じゃあ、また明日の朝ね!」
「絶対遅刻しないでよ、ハル」
「しないって!」
「昨日も同じこと言ってたくせに」
マカロンがくすりと笑う。
「じゃあね、ハル」
「おう! また明日!」
二人と別れ、俺はメッソンをボールから出して、家への道を歩き始めた。
「……いよいよ出発か」
「メ?」
隣を歩くメッソンが、俺の顔を見上げる。
「俺たち、本当に旅に出るんだな」
「メッ!」
メッソンは嬉しそうに鳴くと、俺の足にぴたりと寄り添った。
「ははっ」
その小さな体を見下ろして、俺も笑う。
「楽しみなのは、お前も一緒だよな」
「メッ!」
夕焼けに染まった海の向こうには、まだ見たことのない世界が広がっている。
その先の世界を知れると思うと、体がピリピリと痺れた。
——————
「ただいまー!」
「おかえり、ハル」
キッチンから母ちゃんの声が返ってくる。
リビングへ入ると、母ちゃんはテーブルの上に夕食を並べていた。
「博士のところに行ってたの?」
「うん! 博士からポケモンもらってきた!」
「まあ」
母ちゃんが振り返る。俺の後ろから、ひょこっと青い顔が覗いた。
「この子が?」
「そう!」
俺は胸を張る。
けれど、メッソンは母ちゃんと目が合うと、少し緊張したようにハルの背中へ隠れてしまった。
「ふふっ。恥ずかしがり屋さんなのね」
母ちゃんがしゃがみ込み、目線を合わせる。
「この子をよろしくね、メッソン」
「メッ……」
「大丈夫だよ。母ちゃん、怖くないから」
「誰が怖いって?」
「言ってない!」
思わず二人で笑う。
その笑顔を見ていると、明日からここを離れるんだという実感が、ほんの少しだけ胸に刺さった。
「さあ、手を洗っておいで。ご飯にしよう」
「うん!」
————————
夕食を食べ終え、食器を片付けていると、母ちゃんがふと口を開いた。
「ねえ、ハル。ヨーテリーはどうするの?」
「え?」
「明日から旅に出るんでしょう?」
「もちろん連れていくけど……」
俺は少し考えてから、ヨーテリーと、腰につけたメッソンのモンスターボールを交互に見る。
「こいつボール入らりたがらないんだよなあ。」
「……そうねえ」
母ちゃんは何かを思い出したように、静かに立ち上がった。
「ちょっと待ってなさい」
そう言って、自分の部屋へ向かっていく。
しばらくして戻ってきた母ちゃんの手には、一つのモンスターボールと、一通の手紙があった。
「これ……」
「あなたに渡すように、アイリから預かっていたの」
「姉ちゃんから?」
母ちゃんが、手紙を差し出す。俺はゆっくりと封を開けて、少しばかり古びた中身に目を通してみる。
『ハルへ。もしもヨーテリーと一緒に旅をする日が来たら、このボールを使ってあげて。ボールに入りたがらないあの子でも、このボールならきっと快適に過ごせるわ。博士に頼んで作ってもらった特注品だぞ。姉ちゃんの偉大さに感謝しろ。』
「まったく……」
しばらく姉ちゃんの手紙とにらめっこをした後、俺は笑って口を開いた。
「こういうところが、ずるいんだよな。あの姉貴は」
俺は、モンスターボールを握りしめた。機械からは発することのない温かさを感じながら。
「ヨーテリー」
「くー……?」
「これからも、俺と一緒に来てくれるか?」
長年連れ添った友達は、迷うことなく俺の胸へ飛び込んだ!
「じゃあ、決まりだな」
モンスターボールをヨーテリーへ向ける。
「行こうぜ」
赤い光がヨーテリーを包み込む。そして、ゆっくりとボールの中へ吸い込まれていった。
――カチッ。
静かな音が、部屋に響く。俺はモンスターボールを両手で握りしめた。
「……よろしくな」
ずっと隣にいた友達が、今日から正式な相棒になった。
その重みを、ハルはしばらく噛みしめていた。
————————
「さてと……」
明日は、いよいよ旅立ちの日だ。
ベッドの上には、旅に持っていく荷物が並べられている。着替え、タオル、洗面用具。ポケモン図鑑に、少しばかりのお金、その他もろもろ。
そして、今日博士からもらったモンスターボール。
「これ、全部入るのか……?」
大きな鞄を前にひとり腕を組む。
「うーん……」
試しに服を詰め込んでみる。――入らない。
「……」
一度、全部取り出す。畳み直して、もう一度入れる。
「……入った!」
小さくガッツポーズをした。そのまま、次々と荷物を詰め込んでいく。
「よし。完璧」
明日の準備は万端だ。――そう思った。
——————
「ハル、もう家出るわよ〜?」
「ちょっと待ってー!」
翌朝。階下から母ちゃんの声が聞こえてくる。
「もう遅れるわよ」
「分かってるって!」
俺は慌てて鞄を背負った。
けれど、その鞄は思っていたよりずっと軽かった。
「……あれ?」
不思議に思って開けてみる。
すると、昨日自分が苦労して詰め込んだはずの荷物が、きれいに整理されていた。
服はきちんと畳まれ、細かなものは袋にまとめられている。
昨日は適当に詰め込んだだけだったはずなのに、必要なものがすべて、ぴったり収まっていた。
「……母ちゃん?」
ハルが階下へ降りると、母ちゃんはもう靴を履いて玄関で仁王立ちしていた。その姿に軽く吹き出しながら、口を開く。
「荷物、整理してくれたの?」
「ええ。あなたに任せていたら、必要なものまで置いていきそうだったから」
「そんなことしないって」
「そう?」
母ちゃんが笑う。
もう一度自分の鞄を見る。自分では気づかなかったものまで、旅に必要なものが、全部揃っていた。
いつの間に。
――いや、いつもそうだった。
自分が気づかないところで、母ちゃんはいつだって自分のことを考えてくれていたのだ。
「……ありがと」
「どういたしまして」
当たり前のことのように答える母ちゃん。その姿を見ていると、急に胸の奥が熱くなった。
今日から、自分はこの家を離れる。
ずっと一緒だった母ちゃんとも、毎日顔を合わせることはなくなる。
「……」
俺は俯いて、こっそり目元を拭った。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
顔を上げる。母ちゃんは笑った。その笑顔を見て、俺も笑った。
窓の外では、朝の光が海を照らしている。
出港の時は、もう、すぐそこまで来ていた。
——————
シオミシティの港には、朝早くから多くの人が集まっていた。
潮の香りを運ぶ風が吹き抜け、港には出航を知らせる汽笛が響いている。
「……すげぇ」
俺は港に停泊する大きな船を見上げ、呟いた。
昨日までは、ただ毎日眺めていただけの船。
けれど今日は違う。あの船が——マンタイン号が、俺をまだ見ぬ世界へ連れていく。
「ハルー!」
聞き慣れた声に振り返る。
「お待たせ!」
リナとマカロンが駆け寄ってきた。
「遅いぞ!」
「ハルが早すぎるんだよ!」
「いつもは遅れてくるくせに〜!」
三人で顔を見合わせ、そして、自然と笑った。
「……いよいよだね」
リナが、港の向こうに広がる海を見つめる。その言葉に、マカロンも頷いた。
「ずっと楽しみにしてたのに、いざとなると……ちょっと変な感じ」
「俺は楽しみで仕方ないけどな!」
俺は胸を張って、さっき感じたことを二人に話す。
「だって、この先にはまだ見たことのないポケモンも、街も、全部あるんだろ?」
「ハルらしいね」
リナが優しく笑ってくれる。
その楽しそうな雰囲気に、三人のポケモンたちも楽しそうに鳴き声を上げた。
「メッ!」
「バニー!」
「ノリノリ!」
俺は腰のモンスターボールに手を添え、もう一人の仲間を呼び出す。
「ヨーテリーも出てこい!」
「きゃんきゃん!」
「わっ! ヨーテリー」
「ついにボールに入ったの?」
「ああ!姉ちゃんのおかげでな!」
こうして三人と四匹で他愛もない話をしながら、出発の時を待つ。
そうしていると、旅への期待は膨らむばかりだった。
――どんなヤツと出会うんだろう。
――どんな場所に行くんだろう。
――どんな景色があるんだろう。
自分の知らない世界を。
いつか姉ちゃんが見た世界を。
そして――頂きの景色を。
この目で早く確かめにいきたい。そう思わずにはいられなかった。
『まもなく出港いたします! ご乗船のお客様は、お急ぎください!』
「ほら、行くよ!二人とも!」
普段は大人しいのに、興奮からかリナが俺たちの先を行く。俺はマカロンと顔を見合せて笑い、リナの後に続く。
三人は笑いながら、船へ向かって走り出した。
タラップを上り、甲板へ。そして、故郷を振り返る。
港の少し離れたところには、博士。
そして――その隣には、母ちゃんが立っていた。俺は、何も言わずにその姿を見つめた。
「……行ってきます」
小さな声。聞こえるはずもない。それでも母ちゃんは笑って、大きく手を振った。
「行ってらっしゃい、ハル!」
胸の奥に、こみ上げてくるものがあった。
そんな俺の気持ちも知らず、船員が最後の確認を終える。
そして――
汽笛が、港いっぱいに鳴り響いた。
ゴォォォォン――。
「うおおおお!」
船がゆっくりと動き始め、港が、少しずつ遠ざかっていく。
オレンジタウン。
シオミシティ。
そして、母ちゃんの姿。
「行ってきます!」
もう一度、叫ぶ。
「行ってきます、母ちゃん!」
——————
やがて船は港を離れ、青い海の上を進み始めた。
俺は甲板の手すりに手を置き、果てしなく広がる前方を見つめる。
「……ついに始まったんだ!」
「わ〜!船に乗ってる!!」
「ちょっとマカロン!今しんみりの雰囲気だったじゃん!」
リナとマカロンが繰り広げる漫才に俺は笑った。
「よし!」
拳を握る。
「行くぞ!」
潮風が、髪を大きく揺らす。
希望と大きな夢を胸に。
三人の少年少女は、最初の一歩を踏み出した。
――ここから、彼らの物語が始まる。
夢と、冒険と、ポケットモンスターの世界へ。
レッツゴー!
『ポケットモンスター セイラン』
To be continued……