ポケットモンスター『セイラン』   作:きく。

2 / 4
ご覧いただきありがとうございます!
ここから気ままに続けていきますので、のんびりお付き合いください!
張り切りすぎて9000文字になってしまいました…。次回からは5000文字目安で書くので今回はご容赦ください…!

8/9 段落の字下げをしたりと、全体的に見やすく整えました


第一話『タビダチ×ト×ハジマリ』

 世界には、誰もが一度は憧れる光景がある。

 

 何十万人もの歓声が地鳴りのように響くスタジアム。巨大スクリーンに映る自分と相手、そしてその仲間たち。

 

 50m×80mのフロントコートを挟んで雌雄を決する二人のポケモントレーナー。空を覆うほど巨大化したポケモン。

 

 そして、勝者だけが見ることのできる――頂きの景色。

 

 テレビ画面いっぱいに、二匹のポケモンが激しくぶつかり合う。

 

 

『――カメックス! ハイドロポンプ!』

『ウーラオス、かわしてインファイト!』

 

 

 轟音とともに、スタジアムから大歓声が巻き起こる。

 

 今から十年前の、セイラン地方リーグ・チャンピオンマッチ。

 

 挑戦者・アイリと、チャンピオン・キョウカ。

 

 地方中が息を呑んだ、伝説の一戦を、少年は頬杖をつきながら見つめていた。

 

 

「……やっぱり、かっけぇなぁ」

 

 

 ハルジオン、十六歳。

 

 画面の中で戦うのは、憧れの姉だ。

 

 その少年の足元では、一匹のヨーテリーが楽しそうに尻尾を振りながら画面を見上げている。

 

 

「なぁ、ヨーテリー」

「きゃんきゃん!」

「俺たちもいつか、あの舞台に立とうな!」

 

 

 ヨーテリーは元気よく一声鳴くと、ハルの膝へ飛び乗った。

 

 幼い頃から一緒に過ごしてきて、とっても仲良し……のはずなんだが、決してボールには入ってくれなかった。

 

(でもボールに入ってくれないと、連れて行けないよなあ)

 

 そんなことを思った、その時だった。

 

 

「ハルーーー!!」

 

 

 勢いよく部屋の扉が開く。飛び込んできたのは、ボブカットの一人の少女。

 

 

「もう出発の時間だよ!……って、またその試合見てるの!?」

 

 

 幼なじみのマカロンだった。彼女は勢いそのままにリモコンを奪い、無情にもテレビの電源をぶつりと消す。

 

 

「ちょっ! いいところだったのに!」

「いいところって……何百回と見てるでしょ!」

「いや他の試合も合わせたら千は超えるし!」

「回数はどうでもいいだろ……」

「いいからリモコン返せ!」

 

 呆れたように「やれやれ」といった仕草をするマカロン。オーバーリアクション気味なのは、彼女の明るい性格ゆえなのだろう。

 

 その後ろでは、騒がしいマカロンとは対照的な、もう一人の幼なじみが、俺とマカロンの取っ組み合いを覗いていた。

 

 

「ふふっ。二人とも、怪我するよ〜」

 

 

 長い髪をポニーテールで一つにまとめた茶髪の少女――リナリアだ。俺のもう一人の幼なじみだ。

 

 

「おはよう、ハル」

「リナ、おはよう!」

「ハルは本当にアイリさんの試合が好きだね」

「あったりまえだろー! 俺の自慢の姉ちゃんよ!」

 

 十年前のジムチャレンジでポケモンリーグへの挑戦権を獲得し、絶対王者・チャンピオンのキョウカをあと一歩のところまで追い詰めた天才――。

 

 それが、俺の姉ちゃん、アイリなのである。

 

「まったく……今日は特別な日なんだから、少しは緊張しなさいよ」

 

 マカロンが、取っ組み合いで乱れた服を払いながら言う。。

 

 特別な日。

 

 俺たちは今日、博士からポケモンをもらうことになっている。

 

 これがどういうことなのか。

 

 最初のポケモン図鑑が生まれた地だろうが、遠く離れた南の島々だろうが、ポケモンと人が共に生きる場所である限り、その意味は変わらない。

 

 そう。今日は――

 

 

 俺たち三人の旅立ちの日なのであった。

 

 ————————

 

 母ちゃんに「いってきます!」と告げて、俺たちは外へ出る。

 

 朝日に照らされた小さな町――オレンジタウンは、今日も穏やかだった。

 

 港へ続く一本道。海風に揺れる草花に、小さな家々の煙突から漂う朝食の香り。

 

 俺たちの住むミサキ島は、セイラン地方の玄関口。多くのトレーナーが、最初の一歩を踏み出す場所だった。

 

 

「今日で、この景色とも少しだけお別れか〜」

 

 

 リナのその声には、少しだけ寂しさが滲んでいた。生まれ育った故郷を離れるのだから、心細くなるのも無理はない。

 

 だけど、それ以上に俺の胸は期待で高鳴っていた。

 

 

「また帰ってくるさ」

 

 

 リナを元気づけるつもりで、俺はニヤリと笑ってみせる。そして幼い頃からの夢を、高らかに宣言するのであった。

 

 

「チャンピオンになって!」

「おうおう、バカさだけはもう天下一だな!」

「マカロン、てめ〜!」

「なによ!」

 

 

 マカロンがすかさず茶々を入れてきて、また喧嘩になりそうになった、その時だった。

 

 

「……ねえ」

 

 

 リナが足を止めた。俺とマカロンも、その視線を追う。

 

 そこにあったのは――

 

 一本の大樹。

 

 雲を突き抜けるほど高く、朝日に照らされたその姿は、まるで金色の光を纏っているかのようだった。

 

 

「今日も綺麗……」

 

 

 リナが、うっとりと呟く。

 

 

「何度見ても、すっげえなあ。世界樹は」

「ほんと、どこからでも見えるよね」

 

 

 世界樹。

 

 セイラン地方に暮らす誰もが、幼い頃から見上げて育つ大樹だ。その巨大な姿は、この地方のどこにいても見ることができる。

 

 

「……って、痛えよっ!」

「こっちの台詞だから!」

 

 

 いつの間にか、俺とマカロンは互いの頬をつねり合っていた。

 

 

「離せって!」

「あんたが先に離しなさいよ!」

「二人とも朝から元気だね〜」

 

 

 リナが呆れたように笑う。

 

 そんな調子で、俺たちは再び歩き始める。

 

 しばらくすると、町並みの向こうが開けてくる。潮の香りが強くなった。聞こえてくるのは、人々の声と、船の汽笛。

 

 そして――

 

 

「おお……!」

 

 

 目の前に、活気あふれる港町・シオミシティが広がっていた。

 

 漁船が並ぶ港。市場から飛び交う威勢のいい声。大陸本土へ向かう大型客船。俺たちの旅を乗せていく、その船もまた、港に静かに停泊していた。

 

 

「すげぇ……」

 

 

 思わず言葉が漏れた。何百回とこの街に来ているはずなのに、今日の景色は、いつもより輝いて見えた。

 

 胸が熱くなる。背筋がぞくりとする。武者震い――いや、それすら追いつかないほどの興奮が、全身を駆け巡った。

 

 

「ついに始まるんだ!」

 

 

 俺は拳を握りしめる。

 

 

「俺たちの冒険が!!」

 

—————————

 

 潮風の吹き抜ける港を抜けると、丘の上に白い壁と大きなガラス窓が印象的な建物が見えてきた。

 

 セイラン地方唯一のポケモン研究所。

 

 中で待っているのは、小さいときから顔を合わせているクスノキ博士だ。

 

 ――それなのに。

 

 その扉に手をかけた瞬間、今まで感じたことのないドキドキに、全身が支配された。

 

 

「いよいよだね」

「緊張してきた……」

 

 

 リナは胸の前で手を握り、マカロンは小さく息を吐いている。

 

 二人もきっと、俺と同じようなドキドキを感じているのだろう。そのことが、なんだかとっても嬉しかった。

 

 

「俺はワクワクしかないけどな!」

「「ちょっと、バカは黙ってて!」」

 

 

 二人から同時に突っ込まれてしまう。なんでだよ。

 

 少しだけ息を整えたあと、俺たちは顔を見合わせ、そして三人揃って研究所の中へと入っていった。

 

 

「おぉ、来た来た」

 

 

 白衣をまとった博士が、俺たちを見るなり目を細めた。穏やかな笑みを浮かべている。

 

 その瞳には、長年ポケモンと向き合ってきた者だけが持つ、優しさと温かさが宿っていた。

 

 

「今日はよく眠れたかい?」

「全然! 楽しみすぎて、寝られなかった!!」

「だと思ったよ」

 

 

 食い入るような俺の返事に、博士は優しく笑う。

 

 

「リナリアは?」

「私も、あまり……」

「マカロンは?」

「私はばっちり十時間寝ました!」

「お前のほうが緊張感ないじゃねえかー!」

 

 

 マカロンは得意げに胸を張る。

 

 

「睡眠は大事だからね」

「そういう問題かよ!」

 

 

 三者三様の返事に、博士は満足そうに頷いた。

 

 そして、もう一つ。俺たちに問いかける。

 

 

「じゃあ、旅に出る準備はできているかい?」

 

「「「もちろんです!!!」」」

 

 

 三人の声が、研究所いっぱいに響いた。

 

 

「そうかい、そうかい! その気持ちがあれば、十分だ」

 

 

 そう言って、博士は研究所の奥へと歩いていく。俺たちも慌てて後を追った。

 

 

「さあ、おいで。ポケモンたちが、待っているよ」

 

 

 その先にある扉の向こうから、かすかにポケモンたちの鳴き声が聞こえた気がした。

 

—————————

 

 研究所の奥にある部屋。

 

 その中央には、三つのモンスターボールが置かれていた。

 

 

「この子たちが、今日から君たちとともに世界を駆け抜けるポケモンだ」

 

 

 博士が、一つ目のボールを手に取る。ボールが空中で勢いよく開いた。

 

 赤い光が弾け、その中から現れたのは、青い体に大きな瞳を持つ小さなポケモン。

 

 突然開けた世界に戸惑ったのか、辺りをきょろきょろと見回している。

 

 

「メッソンだーーー!」

 

 

 あまりの感動に思わず声が漏れる。

 

 

「次の子、おいで」

 

 

 二つ目のボールが開く。

 

 そこから元気よく飛び出してきたのは、白い体に大きな耳を持つ、ウサギのようなポケモンだった。

 

 

「ニバッ!」

「かわいい……!」

 

 

 リナが顔をほころばせる。

 

 ヒバニーはそんなリナを気に入ったのか、元気いっぱいに研究所の中を駆け回り始めた。

 

 

「こらこら、落ち着きなさい」

 

 

 博士が苦笑する。

 

 

「それじゃあ、最後」

 

 

 三つ目のボールが開く。

 

 赤い光の中から飛び出してきたのは、木の枝を楽しそうに振り回すポケモン。

 

 

「サルノリだ……!」

 

 

 サルノリは手にした枝を楽しそうに叩きながら、ぴょんと博士の肩へ飛び乗った。

 

 

「さて、どの子と旅に出たい?」

 

 

 俺たちは自然と顔を見合わせた。

 

 不思議なことに、誰一人として迷う者はいなかった。

 

 

「俺は、こいつがいい」

 

 

 一歩前へ出て、メッソンの前にしゃがみ込む。

 

 

「メッソン」

 

 

 名前を呼ぼれたポケモンは、大きな瞳で俺を見つめていた。

 

 

「俺と一緒に、チャンピオンになろうぜ!」

 

 

 メッソンはしばらくの間、少し不安そうに俺を見つめていた。

 

 けれど、次の瞬間――

 

 

「メッ!」

 

 

 小さく鳴いて、腕の中へ飛び込んできた。

 

 

「よっしゃ!」

「私は、この子かな」

 

 

 リナがヒバニーへ手を伸ばす。

 

 

「よろしくね」

「ビニー!」

 

 

 ヒバニーは嬉しそうに鳴くと、リナの周りをくるくると走り始めた。

 

 

「ふふっ。元気な子だね」

「それじゃあ、私は……」

 

 

 マカロンがサルノリの前にしゃがむ。

 

 

「一緒に旅してくれる?」

 

 

 サルノリは少しだけマカロンの顔を見つめた。

 

 そして――

 

 

「ノリ!」

 

 

 待ってましたと言わんばかりに、元気いっぱいに返事をした。

 

 俺たちは、それぞれの相棒を見つめ、顔を見合わせて笑った。

 

 博士はそんな様子を眺めながら、静かに頷いた。

 

 

「これで晴れて君たちは――ポケモントレーナーだな」

「やったー!!」

「よっしゃ! じゃあ次の船でジムチャレンジ開始だぜー!」

「ん?」

 

 

 博士が首を傾げる。

 

 

「ジムチャレンジは、推薦状がなきゃできないぞ?」

「……え?すいせんじょう……?」

「なんですか、それ」

「その名の通り、著名人からの推薦状じゃ。セイラン地方のジムチャレンジは、ガラル同様、紹介がないと出来んのじゃよ」

「じゃあ博士、書いてくださいよ! 俺たちクスノキ博士の手伝いたくさんしてきたじゃん!!」

 

 

 思わず身を乗り出して、博士に頼み込む。

 

 

「そうなんじゃがの……。ここで推薦状を書いてあげたいところなんだが……すまんの。わしからは渡せないんじゃよ」

「え?」

 

 

 俺たちは顔を見合わせ、声を揃えて落単の声を漏らす。

 

 

「「「そんなあー!!!」」」

「ここまで来てそれ!?」

「ねえ博士、お願い!」

「私たち、頑張りますから!」

 

 

 博士は腕を組んだまま、少しだけ意地悪そうに笑った。

 

 

「……冗談じゃよ。『わしからは』渡せない、と言ったじゃろ?」

「は?」

「え?」

「へ?」

 

 

 博士は楽しそうに笑いながら、机の奥から一通の封筒を取り出した。

 

 

「実は、もう書いてくれた人がおるんじゃ」

 

 

 白い封筒。

 

 そこに並んでいた文字を見た瞬間、俺は固まった。

 

 

――クスノキ博士へ

 

 

「……姉ちゃん?」

「そう、アイリからの手紙じゃ」

 

 

 博士は封筒を開ける。

 

 

「数日前に届いたものじゃ。代読するぞ」

 

 

 そして、ゆっくりと手紙を開いた。

 

 

 

「クスノキ博士へ。お久しぶりです。セイラン地方を旅立ってから、もう十年になるんですね。博士はお元気ですか? あたしは相変わらず、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら、元気にやっています」

 

「さて、今年はいよいよハルがポケモンをもらう年ですね。あの子のことだから、ポケモンをもらった瞬間に『ジムチャレンジに行きたい!』なんて言い出すんじゃないかな。いや、絶対に言いますね」

 

「もし案の定ごねてきたら、どうか行かせてあげてください。ハルは昔から、やると決めたら止まらないところがありますから」

 

「それと、ハルにはリナリアとマカロンという大切な友達がいます。三人一緒なら、きっと楽しい旅になると思います。二人の推薦状も同封するので、どうか三人とも行かせてあげてください」

 

 博士が手紙をめくる。

 

「ハルはちょっとおっちょこちょいで、調子に乗るところもあります。でも、ポケモンのことになると誰より真剣です。リナリアは優しくて、周りをよく見られる子。マカロンは負けず嫌いで、見えないところでも努力できる子です」

 

「三人とも、まだまだ未熟です。でも、だからこそ、これからたくさんのものを見て、たくさんの人やポケモンに出会って、自分たちだけの宝物を見つけてほしいと思っています」

 

「博士。三人のこと、よろしくお願いします」

 

「そしてハル。もしこれを読んでいるのなら――姉ちゃんに勝ちにきなさい」

 

「三人といつかどこかで会えるのを、楽しみにしています」

 

 アイリより

 

 博士が読み終える。研究所に、静寂が流れた。

 やがて博士は、封筒の中から三枚の推薦状を取り出した。

 

 

「ほれ。君たちの推薦状じゃ」

 

 

 俺は推薦状を受け取る。

 

 

「姉ちゃん……」

 

 

 自然と笑みがこぼれる。

 

 

「ちゃんと、見てくれてたんだな」

 

 

 リナとマカロンも、それぞれ推薦状を胸に抱く。

 

 

「アイリさん、やっぱり優しいね」

「……なんか悔しいけど、嬉しいね」

 

 

 博士は三人を見つめ、静かに頷いた。

 

 

「これは、君たちの未来への切符にすぎん。推薦状が君たちの未来を決めるわけではない。君たちの人生は、君たち自身のものじゃ。これから先、どんな道を選び、どこへ進むのか――それは自分たちの手で決めていきなさい。そして……わしから、もう一つ餞別じゃ。」

 

 

 博士は三人の前に、それぞれ一台ずつポケモン図鑑を差し出した。

 

 

「これを、君たちに託そう。」

「ありがとうございます!クスノキ博士!!」

 

 三人は顔を見合わせる。

 

 それぞれの手には、相棒のモンスターボール。

 

 そして、アイリから託された一枚の推薦状。

 

 夢への扉は、今、確かに開かれた。

 

——————

 

 研究所を出る頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。

 

 

「じゃあ、また明日の朝ね!」

「絶対遅刻しないでよ、ハル」

「しないって!」

「昨日も同じこと言ってたくせに」

 

 

 マカロンがくすりと笑う。

 

 

「じゃあね、ハル」

「おう! また明日!」

 

 

 二人と別れ、俺はメッソンをボールから出して、家への道を歩き始めた。

 

 

「……いよいよ出発か」

「メ?」

 

 

 隣を歩くメッソンが、俺の顔を見上げる。

 

 

「俺たち、本当に旅に出るんだな」

「メッ!」

 

 

 メッソンは嬉しそうに鳴くと、俺の足にぴたりと寄り添った。

 

 

「ははっ」

 

 

 その小さな体を見下ろして、俺も笑う。

 

 

「楽しみなのは、お前も一緒だよな」

「メッ!」

 

 

 夕焼けに染まった海の向こうには、まだ見たことのない世界が広がっている。

 

 その先の世界を知れると思うと、体がピリピリと痺れた。

 

——————

 

 

「ただいまー!」

「おかえり、ハル」

 

 

 キッチンから母ちゃんの声が返ってくる。

 

 リビングへ入ると、母ちゃんはテーブルの上に夕食を並べていた。

 

 

「博士のところに行ってたの?」

「うん! 博士からポケモンもらってきた!」

「まあ」

 

 

 母ちゃんが振り返る。俺の後ろから、ひょこっと青い顔が覗いた。

 

 

「この子が?」

「そう!」

 

 

 俺は胸を張る。

 

 けれど、メッソンは母ちゃんと目が合うと、少し緊張したようにハルの背中へ隠れてしまった。

 

 

「ふふっ。恥ずかしがり屋さんなのね」

 

 

 母ちゃんがしゃがみ込み、目線を合わせる。

 

 

「この子をよろしくね、メッソン」

「メッ……」

「大丈夫だよ。母ちゃん、怖くないから」

「誰が怖いって?」

「言ってない!」

 

 

 思わず二人で笑う。

 

 その笑顔を見ていると、明日からここを離れるんだという実感が、ほんの少しだけ胸に刺さった。

 

 

「さあ、手を洗っておいで。ご飯にしよう」

「うん!」

 

 

 ————————

 

 夕食を食べ終え、食器を片付けていると、母ちゃんがふと口を開いた。

 

 

「ねえ、ハル。ヨーテリーはどうするの?」

「え?」

「明日から旅に出るんでしょう?」

「もちろん連れていくけど……」

 

 

 俺は少し考えてから、ヨーテリーと、腰につけたメッソンのモンスターボールを交互に見る。

 

 

「こいつボール入らりたがらないんだよなあ。」

「……そうねえ」

 

 

 母ちゃんは何かを思い出したように、静かに立ち上がった。

 

 

「ちょっと待ってなさい」

 

 

 そう言って、自分の部屋へ向かっていく。

 

 しばらくして戻ってきた母ちゃんの手には、一つのモンスターボールと、一通の手紙があった。

 

 

「これ……」

「あなたに渡すように、アイリから預かっていたの」

「姉ちゃんから?」

 

 

 母ちゃんが、手紙を差し出す。俺はゆっくりと封を開けて、少しばかり古びた中身に目を通してみる。

 

 

『ハルへ。もしもヨーテリーと一緒に旅をする日が来たら、このボールを使ってあげて。ボールに入りたがらないあの子でも、このボールならきっと快適に過ごせるわ。博士に頼んで作ってもらった特注品だぞ。姉ちゃんの偉大さに感謝しろ。』

 

 

「まったく……」

 

 

 しばらく姉ちゃんの手紙とにらめっこをした後、俺は笑って口を開いた。

 

 

「こういうところが、ずるいんだよな。あの姉貴は」

 

 

 俺は、モンスターボールを握りしめた。機械からは発することのない温かさを感じながら。

 

 

「ヨーテリー」

「くー……?」

「これからも、俺と一緒に来てくれるか?」

 

 

 長年連れ添った友達は、迷うことなく俺の胸へ飛び込んだ!

 

 

「じゃあ、決まりだな」

 

 

 モンスターボールをヨーテリーへ向ける。

 

 

「行こうぜ」

 

 

 赤い光がヨーテリーを包み込む。そして、ゆっくりとボールの中へ吸い込まれていった。

 

 ――カチッ。

 

 静かな音が、部屋に響く。俺はモンスターボールを両手で握りしめた。

 

 

「……よろしくな」

 

 

 ずっと隣にいた友達が、今日から正式な相棒になった。

 

 その重みを、ハルはしばらく噛みしめていた。

 

 ————————

 

「さてと……」

 

 明日は、いよいよ旅立ちの日だ。

 

 ベッドの上には、旅に持っていく荷物が並べられている。着替え、タオル、洗面用具。ポケモン図鑑に、少しばかりのお金、その他もろもろ。

 

 そして、今日博士からもらったモンスターボール。

 

 

「これ、全部入るのか……?」

 

 

 大きな鞄を前にひとり腕を組む。

 

 

「うーん……」

 

 

 試しに服を詰め込んでみる。――入らない。

 

 

「……」

 

 

 一度、全部取り出す。畳み直して、もう一度入れる。

 

 

「……入った!」

 

 

 小さくガッツポーズをした。そのまま、次々と荷物を詰め込んでいく。

 

 

「よし。完璧」

 

 

 明日の準備は万端だ。――そう思った。

 

——————

 

「ハル、もう家出るわよ〜?」

「ちょっと待ってー!」

 

 

 翌朝。階下から母ちゃんの声が聞こえてくる。

 

 

「もう遅れるわよ」

「分かってるって!」

 

 

 俺は慌てて鞄を背負った。

 

 けれど、その鞄は思っていたよりずっと軽かった。

 

 

「……あれ?」

 

 

 不思議に思って開けてみる。

 

 すると、昨日自分が苦労して詰め込んだはずの荷物が、きれいに整理されていた。

 

 服はきちんと畳まれ、細かなものは袋にまとめられている。

 

 昨日は適当に詰め込んだだけだったはずなのに、必要なものがすべて、ぴったり収まっていた。

 

 

「……母ちゃん?」

 

 

 ハルが階下へ降りると、母ちゃんはもう靴を履いて玄関で仁王立ちしていた。その姿に軽く吹き出しながら、口を開く。

 

 

「荷物、整理してくれたの?」

「ええ。あなたに任せていたら、必要なものまで置いていきそうだったから」

「そんなことしないって」

「そう?」

 

 

 母ちゃんが笑う。

 

 もう一度自分の鞄を見る。自分では気づかなかったものまで、旅に必要なものが、全部揃っていた。

 

 いつの間に。

 

 ――いや、いつもそうだった。

 

 自分が気づかないところで、母ちゃんはいつだって自分のことを考えてくれていたのだ。

 

 

「……ありがと」

「どういたしまして」

 

 

 当たり前のことのように答える母ちゃん。その姿を見ていると、急に胸の奥が熱くなった。

 

 今日から、自分はこの家を離れる。

 

 ずっと一緒だった母ちゃんとも、毎日顔を合わせることはなくなる。

 

 

「……」

 

 

 俺は俯いて、こっそり目元を拭った。

 

「どうしたの?」

「……なんでもない」

 

 

 顔を上げる。母ちゃんは笑った。その笑顔を見て、俺も笑った。

 

 窓の外では、朝の光が海を照らしている。

 

 出港の時は、もう、すぐそこまで来ていた。

 

 ——————

 

 シオミシティの港には、朝早くから多くの人が集まっていた。

 

 潮の香りを運ぶ風が吹き抜け、港には出航を知らせる汽笛が響いている。

 

 

「……すげぇ」

 

 

 俺は港に停泊する大きな船を見上げ、呟いた。

 

 昨日までは、ただ毎日眺めていただけの船。

 

 けれど今日は違う。あの船が——マンタイン号が、俺をまだ見ぬ世界へ連れていく。

 

 

「ハルー!」

 

 

 聞き慣れた声に振り返る。

 

 

「お待たせ!」

 

 

 リナとマカロンが駆け寄ってきた。

 

 

「遅いぞ!」

「ハルが早すぎるんだよ!」

「いつもは遅れてくるくせに〜!」

 

 

 三人で顔を見合わせ、そして、自然と笑った。

 

 

「……いよいよだね」

 

 

 リナが、港の向こうに広がる海を見つめる。その言葉に、マカロンも頷いた。

 

 

「ずっと楽しみにしてたのに、いざとなると……ちょっと変な感じ」

「俺は楽しみで仕方ないけどな!」

 

 

 俺は胸を張って、さっき感じたことを二人に話す。

 

 

「だって、この先にはまだ見たことのないポケモンも、街も、全部あるんだろ?」

「ハルらしいね」

 

 

 リナが優しく笑ってくれる。

 

 その楽しそうな雰囲気に、三人のポケモンたちも楽しそうに鳴き声を上げた。

 

 

「メッ!」

「バニー!」

「ノリノリ!」

 

 

 俺は腰のモンスターボールに手を添え、もう一人の仲間を呼び出す。

 

 

「ヨーテリーも出てこい!」

「きゃんきゃん!」

「わっ! ヨーテリー」

「ついにボールに入ったの?」

「ああ!姉ちゃんのおかげでな!」

 

 

 こうして三人と四匹で他愛もない話をしながら、出発の時を待つ。

 

 そうしていると、旅への期待は膨らむばかりだった。

 

 ――どんなヤツと出会うんだろう。

 

 ――どんな場所に行くんだろう。

 

 ――どんな景色があるんだろう。

 

 自分の知らない世界を。

 

 いつか姉ちゃんが見た世界を。

 

 そして――頂きの景色を。

 

 この目で早く確かめにいきたい。そう思わずにはいられなかった。

 

 

『まもなく出港いたします! ご乗船のお客様は、お急ぎください!』

「ほら、行くよ!二人とも!」

 

 

 普段は大人しいのに、興奮からかリナが俺たちの先を行く。俺はマカロンと顔を見合せて笑い、リナの後に続く。

 

 三人は笑いながら、船へ向かって走り出した。

 

 タラップを上り、甲板へ。そして、故郷を振り返る。

 

 港の少し離れたところには、博士。

 

 そして――その隣には、母ちゃんが立っていた。俺は、何も言わずにその姿を見つめた。

 

 

「……行ってきます」

 

 

 小さな声。聞こえるはずもない。それでも母ちゃんは笑って、大きく手を振った。

 

 

「行ってらっしゃい、ハル!」

 

 

 胸の奥に、こみ上げてくるものがあった。

 

 そんな俺の気持ちも知らず、船員が最後の確認を終える。

 

 そして――

 

 汽笛が、港いっぱいに鳴り響いた。

 

 ゴォォォォン――。

 

 

「うおおおお!」

 

 

 船がゆっくりと動き始め、港が、少しずつ遠ざかっていく。

 

 オレンジタウン。

 

 シオミシティ。

 

 そして、母ちゃんの姿。

 

 

「行ってきます!」

 

 

 もう一度、叫ぶ。

 

 

「行ってきます、母ちゃん!」

 

——————

 

 やがて船は港を離れ、青い海の上を進み始めた。

 

 俺は甲板の手すりに手を置き、果てしなく広がる前方を見つめる。

 

 

「……ついに始まったんだ!」

「わ〜!船に乗ってる!!」

「ちょっとマカロン!今しんみりの雰囲気だったじゃん!」

 

 

 リナとマカロンが繰り広げる漫才に俺は笑った。

 

 

「よし!」

 

 

 拳を握る。

 

 

「行くぞ!」

 

 

 潮風が、髪を大きく揺らす。

 

 希望と大きな夢を胸に。

 

 三人の少年少女は、最初の一歩を踏み出した。

 

 ――ここから、彼らの物語が始まる。

 

 夢と、冒険と、ポケットモンスターの世界へ。

 

 レッツゴー!

 

 

『ポケットモンスター セイラン』

 

 To be continued……

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。