どうしても8000文字くらいになってしまいますね……。
書いていると、つい「あれも入れたい、これも入れたい」となって、気づけばこの文字数。
まあ、楽しく書けているのでよしとしましょう。
それでは、第三話スタートです!
ひと時の特別な時間を過ごしたマンタイン号に別れを告げ、私たちはセイラン地方の大陸部にある港街――ハマナシティへと降り立っていた。
「あ〜ら、よっと!」
船酔いにも慣れたとはいえ、波に揺られるのはやっぱり落ち着かなかったのか、ハルが変なことを言いながら真っ先に船から飛び出してくる。
……あらよっと!といいながら、船から降りたのはもしかしてギャグのつもりなのだろうか。
「……ねえ、それなに?」
「なんか分かんないけど言いたくなっちゃった」
「ヨットじゃないから成り立ってないし、お父さんみたいで嫌だからやめて」
「なんだよ、リナさん。反抗期かよ〜」
船上での塩らしさはどこへやら、すっかり軽口を叩けるところまで回復したようだ。面倒事を起こされると困るので、いつもあれくらい可愛いと助かるのにな。
「というか、どうしてこの街に来たんだ?」
「まさか博士の話聞いてなかったの……?」
「いやー聞いてたよ。……こんくらい」
そういってハルは、親指と人差し指で「ちょっとだけ」と、量を表現してみせる。いや、あれほぼくっついてないか……?
「『毎年ジムチャレンジの受付は、ハマナシティでやっているんじゃよ』……って、博士が説明してくれてたでしょ? なんで聞いてないのよ」
「いや〜、メッソンと仲良くなるのに夢中で」
「そんなとこだろうと思った」
ハルとマカロンのお母さんに頼まれて、小さい時から二人のおもりはしていたけれど、最近の二人のフルパワーときたら、島にいた頃を超えている。
だから今日は、日が出ているうちに、順調に受付を済ませて、明日からの冒険に備えてゆっくり休みたいのだ。
……はなからそんな願いが叶うとは、まったく思っていなかったけれど。
そんな淡い希望は、無情にも、上陸三秒で打ち砕かれることとなる。
「あ〜ら、よっと!」
「え?」
振り返ると、船から港への階段を下りてきていたはずのマカロンが、宙を舞っていた。
「ちょっと、マカロン!?」
ドンッ!
「いった〜! ちょっと、ハル、なにすんのよ!」
「こっちのセリフだ!!!」
着地に失敗した――というより、たぶん最初からハルめがけて飛び降りてきたのだろう。
ほんと、どうしてこんなに危ないことをするのか、私にはあまり理解ができなかった。
「おい、マカロン! 飛び降りるなら、人がいない方に飛べよ!」
「だってちゃんと地面に着地したら絶対ジーンって来るじゃん!」
「だからって俺をクッションにするな!」
「そもそも受け止めてくれればよかったでしょー!」
……また始まった。
船の中でもさんざん騒いでいたというのに……。この二人の底なしの元気に付き合っていたら体がもたない。
私は二人のやり取りを眺めながら、小さくため息をついた。
「二人とも、ここ港だからね? 他の人もいるんだから、あんまり騒いじゃダメだよ、わかった?」
「だってこいつが……!」
「ちがうよハルが〜!」
「わかった?」
「「わかりました……」」
ハルのお母さん直伝の笑顔の圧で、二人に反省を促す。
ただでさえ、手綱を握るのは一苦労だというのに――もしかして、これから先ずっと私一人で二人の面倒を見ていかなければならないのだろうか。
……やめよう。今から先のことを考えても仕方がない。
忘れろ、忘れろ。
「じゃあ、さっそくハマナシティ観光といきますかー!! わたし、このアイス食べたーい!」
「海鮮料理屋の『ナマズン』も絶品だって、クスノキ博士が言ってたぞ!」
「えっ、なにそれ! そっちも行きたい!」
「じゃあ、両方行くか!」
「うん!」
二人は顔を見合わせると、また楽しそうに笑った。
「ねえ」
「なあ」
不意に、二人が同時にこちらを振り向く。
「「リナはどこに行きたい?」」
「……!」
思わず、目を丸くする。
普段はケンカばっかりのくせに、こういうところだけは、妙に息が合っているんだから。
「……ふふっ」
小さく笑って、私は二人の隣に並んだ。
騒がしくて、落ち着かなくて――。
そんな二人に振り回される時間も、案外心地よい。
そんなことを思いながら、私はハマナシティの街中へと歩き出した。
——————
海から吹いてくる風に乗って、焼き魚やパン、甘い菓子の香ばしい匂いが漂い、あちこちから店員や客の楽しそうな声が聞こえてくる。
目の前に広がっていたのは、ミサキ島のシオミシティとは、まったく異なるものだった。
色鮮やかな看板を掲げた店が通りの両側にずらりと並び、店先には木の実やポケモンの道具、アクセサリーなんかが所狭しと並べられている。
大通りから一本路地に入っても、小さな店や工房が軒を連ねていた。
「すっげぇ……」
街のあちこちに買い物を楽しむ人や働くポケモンの姿があり、大きな船が何隻も停泊する港からは、次々と荷物が運び込まれる。
街全体が生きているかのように、絶えず動き続けていた。
ここがセイラン地方最大の港湾都市にして、地方内外から人と物が集まる商業の中心地・ハマナシティ。俺たちが今まで暮らしてきた島とは、まるで違う。世界の大きさを感じさせるような場所だった。
「本当に、大陸に来たんだ……!」
「おのぼりさん全開なのやめてよ、わたしまで恥ずかしいじゃん」
「そうはいうけど、マカロン! おまえも驚いただろ!」
「わたしはシオミシティ育ちのシティガールだからね! 別にこれくらいの都会、どどど、どうってことないんだけど?」
「おー、そうかー。声震えてんぞー」
「震えてないし!」
「はいはい、二人とも」
リナにたしなめられ、俺たちはようやく歩き出す。せっかくここまで来たんだ。受付だけしてこの街とはバイバイなんてもったいない。
そういうわけで俺たちは、ジムチャレンジの受付へ向かう前に、少しだけハマナシティを見て回ることにした。
「おお! 木の実がたくさん!」
最初に俺たちの目に飛び込んできたのは、店先にずらりと並んだ木の実たちだった。島で食べたことのあるものから、初めて見るものまで多種多様だ。
「へえー、こんなに種類あるんだな」
「ねえハル! いくつか買っとこうよ!」
「ありだね、そうしよっか!」
「サルノリたちでも食べられるし、キャンプにも使えるもんね」
「うんうん!あと美味しそう!!」
……あ、自分用が本命なんですね。
リナさんが美味しく楽しめるように、味の癖がなさそうなものをいくつか購入し、俺たちは再び歩き始める。
次に見つけたのは、アクセサリーを扱う店だった。正直俺は立ち寄るつもりはなかったのだが……。
「ねえ、リナちょっと見に行こ!」
「うん!」
女子二人が『でんこうせっか』のごとき速さで、ショーケースに駆け寄っていた。
「見て〜、これめっちゃ可愛い!」
「ほんとだ〜、すごく綺麗だね!」
二人が綺麗な宝石に夢中になっていると、店の奥から声が飛んできた。
「お嬢ちゃんたち。アクセサリーを探しているのかい?」
声をかけてきたのは、店の奥にいた男だった。宝石商という言葉からは想像もつかないほど、たくましい筋肉を携えている。腕なんて俺の二倍くらいありそうだ。
「そうなんです! 特にこれ! めっちゃ可愛くないですか?」
マカロンが目を輝かせながら指差したのは、淡い翡翠色の石が嵌め込まれたペンダントだった。透明感のある石が店の明かりを受けて、キラキラと輝いている。大きさは親指の先ほどしかないが、その小さな石の中には、まるで光そのものが閉じ込められているようだった。
「おお、それか! 嬢ちゃん、お目が高いね〜」
店主が嬉しそうに笑う。
「そいつは、ちょっと変わった石を使ってるんだ」
「変わった石?」
「ああ。元々は、ポケモンが使う石だったんだがな。一流の職人が丁寧に削って、こうしてアクセサリーに仕立てたのさ」
「へえ〜!」
マカロンはますます興味津々といった感じだ。
……まさか買うつもりじゃないだろうな。
「この石は見た目も綺麗だろ? 昔から旅人たちにも人気でね。お守りとして買っていく人も多いんだ」
店主がペンダントを手に取る。
「どうだい、お嬢ちゃん。気に入ったんなら、旅のお守りにでも?」
「んー……」
マカロンはペンダントをじっと見つめる。
そして――。
「よっしゃ、買ったー!」
「まじかよ!?」
思わず叫んでしまった。
こいつ、買い物に関しても迷うという概念がないのか!?
流石にまずいと思ったのか、リナも慌てて口を挟む。
「ちょっと待った、マカロン! まだ旅は始まったばかりだよ? この先もっと欲しいものが見つかるかもしれないのに、本当にこれでいいの?」
さすがリナさん。どうやらマカロンにお財布を握らせておくのは危険だと判断したらしい。すかさず説得に入っている。
「だって、これ可愛いんだもん!」
「いや、まあ……そうだけどさ」
リナさんの勢いが止まる。あんなに嬉しそうな顔をされてしまうと、これ以上強く言う気にはなれなかったのだろう。
すると、その様子を見ていた店主が、豪快に笑った。
「はっはっは! いいじゃないか。気に入ったんなら、それが一番さ」
「そういうものなのでしょうか」
「ああ! 旅のお守りなんてのはな、見ればちょっと元気が出る、それくらいで十分なんだよ!」
なるほど。一理あるな。
だったら俺も、何かひとつくらい買ってみるか。そう思って、財布に手を伸ばした――そのとき。
スッ。
不穏な気配を感じて顔を上げる。
リナが、こちらを振り返っていた。そして――
ニコッ。
……。
よく考えたら、俺にはお守りなんて必要ないな。うん。そんな気がしてきた。キット、ソウダ。
俺は苦笑いを浮かべながら、そっと財布をポケットにしまった。
「それにな、このペンダントを作ったのがあまり儲け話に興味のないじいさんでね」
店主はそう言うと、いたずらを思いついた子どものように、ニヤリと笑った。
「見たところ、お前さんたちはジムチャレンジャーだろ? だったら餞別だ! そのじいさんから仕入れたときの値段、そのままで売ってやるよ!」
「ほんと! 店主さん、太っ腹ー!」
「はっはっは! 旅立ちの日くらい、ちょっとくらい得したっていいだろ!」
「ありがとう! 伊達にお腹が出てるわけじゃないね!」
「そうだろう……って、やかましいわ!」
そんなやり取りをしながら、マカロンは嬉しそうに財布を取り出すと、ペンダントをもう一度眺めてから、店主へ差し出す。
「じゃあ、これください!」
「おう! 毎度あり!!」
店主は豪快な声を響かせながら、代金を受け取る。
その隣では、リナが申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げた。
「すみません。ありがとうございます」
「いいんだ、いいんだ! 気にするな!」
店主は手をひらひらと振りながら笑う。
その顔には、商売人というより、旅立つ子どもたちを見送る近所のおじさんのような温かさが浮かんでいた。
「それより、これから始まるジムチャレンジ……俺はお前さんたちの盛り上がる試合を楽しみにしているぞ!」
「任せてください!」
マカロンが胸を張る。
その目には、さっきまでペンダントを眺めていたときとは違う、勝利の星の輝きを宿していた。
「絶対、見てる人みんなにワクワクしてもらえるようなバトルを届けます!」
そう言って、マカロンは満面の笑みを浮かべ、その笑顔を見て、店主も満足そうに頷いた。
「おう! 楽しみにしてるぞ!」
ひとしきり話を終えると、マカロンは手元のペンダントに目を落とした。
そして、嬉しそうにそれを持ち上げ、さっそく首にかけた。胸元で揺れる翡翠の石が、陽の光を受けて淡く輝いている。
「どう? 似合う?」
「うん! すごく可愛いよ!」
「リナありがと〜!」
マカロンは嬉しそうに笑うと、ペンダントを指先でつまみながら、今度は俺の方に振り返った。
「ねえねえ、ハルは? どう? 可愛い?」
(……こういうの、なんて答えればいいんだよ)
真正面から聞かれて、俺は一瞬言葉に詰まる。彼女は期待するような目でこっちを見ていた。
「まあ……悪くないんじゃないか?」
と、できるだけ平静を装って答える。
「なにその言い方!」
マカロンが俺の肩を小突く。
「痛っ! 褒めただろ!」
「全然褒められた気がしないんだけど!」
「じゃあ、なんて言えばいいんだよ!」
「『めっちゃ可愛い!』でしょ!」
「自分で言うなよ!」
「だってハルが言わないんだもん!」
「……ったく」
俺はため息をつきながら、もう一度マカロンを見る。
淡い翡翠色の石が、胸元で小さく揺れている。……似合ってると思う。
でも、それを正直に口にするのはなんだか恥ずかしくて――。
「……でも、まあ」
「ん?」
「その……似合ってるとは思う……ぞ」
今度はちゃんと伝えた。
マカロンが、ほんの一瞬だけ目を丸くする。
「……ほんと?」
「ああ」
「……そっか」
さっきまでの勢いが嘘みたいに、マカロンが小さく笑った。
「……ありがと」
その笑顔に、なぜだか俺まで少しだけ照れくさくなって、思わず視線を逸らす。
「もう〜!」
照れ隠しのように、マカロンがまた俺の肩を小突いてきた。
「痛っ! だからなんで殴るんだよ!」
「なんとなく!」
「理不尽すぎるだろ!」
「二人とも!」
呆れた声が飛んできた。
見ると、リナが腰に手を当ててこちらを睨んでいる。
「買ったばかりなんだから、喧嘩して壊したりしないでよ?」
「「はーい」」
俺たちは揃って返事をすると、顔を見合わせる。そして、どちらからともなく吹き出した。
その後、俺たちは、あれこれと店を覗いたり、食べ歩きをしたりしながら、ハマナシティの大通りを歩いていった。
気がつけば、太陽も少しずつ傾き始めている。
「そろそろ受付行ってみるか!」
「だね!」
「いっきましょ〜う!」
「おい、ふざけんなよ!!!」
街の喧騒をかき消すような怒鳴り声が、少し先から響いてきた。
声のした方を見ると、少し先にある店の前に、数人の男たちがたむろしている。そのうちの一人が、店員に詰め寄っているようだった。
「だから、何度言えば分かるんだよ!」
「で、ですが……それは元々そういう商品でして……」
「知るかよ!」
男は苛立ちをぶつけるように、店員の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。
「ひっ……!」
店員の顔が引きつる。
周囲からは、小さなどよめきが起こった。けれど、誰も男たちのもとへ近づこうとはしない。視線を逸らす者。足早にその場を離れる者。遠巻きに様子を見守る者。
――みんな、関わりたくないのだ。そう思うのも無理はない。
男たちは見るからにガラが悪く、とてもじゃないが気軽に声をかけられる雰囲気ではなかった。
「……何やってんだ、あいつら」
いてもたってもいられなくて、俺は店の方へ歩き出していた。しかし――。
「ハル……」
その腕を、リナが掴む。
「やめとこうよ。あんな怖い人たち、危ないよ」
「でも――」
リナは俺の腕を掴んだまま、店の方へ視線を向ける。
「……あの人が困ってるのは分かるよ。私だって、助けてあげたい」
「……」
「でも、ハルまで怪我したら嫌だよ」
その言葉に、俺は思わずリナを見る。
「私たち、まだこの街に来たばかりなんだよ。何が起こるかも分からないし……」
リナの声には、いつもの落ち着いた調子がなかった。
「だから……お願い。やめよう?」
確かに、リナの言うことは正しい。わざわざ危ないことに首を突っ込む必要なんてない。俺たちはジムチャレンジをしに、この街へ来たんだ。
それでも――。
俺はもう一度、店員さんの方を見る。
怯えた顔。助けを求めるような目。
……あんな顔を見て、見なかったことになんてできるのか?
俺は一度、リナの顔を見た。心配そうに見つめる、その目。本気で心配してくれているのが分かる優しい目。
「……ごめん、リナ」
リナの手に、そっと自分の手を重ねる。
「心配してくれてるのは分かってる」
「だったら……」
「でも——!」
俺はもう一度、店員の方を見る。
「あの人を見捨てて、何もなかったことにはできないよ」
「ハル……」
「大丈夫。無茶はしないから」
そう言って、リナの手をゆっくり離す。
「……ごめんな」
背中から、リナの小さな声が飛んでくる。
「ハル……!」
俺は拳を握り、男たちの前へ歩いていった。
「おい」
男たちがこちらを振り向く。
「……あ?」
「離せよ。その人、嫌がってるだろ」
男をまっすぐ睨みつける。相手の方が、ずっと大きい。近くで見ると、余計に怖かった。さっきまで遠くから見ていたときには気づかなかった、鋭い目つき。低く響く声。胸ぐらを掴んでいる、その太い腕。
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
(逃げた方がいい)
頭の中に、そんな考えが一瞬だけ浮かんだ。
(俺なんかが出ていったところで、何ができる?)
店員さんが、怯えた顔でこちらを見ていた。……怖い。正直、今すぐこの場から離れたい。
それでも、見て見ぬふりをするなんてことはできなかった。
困っている人がいる。
勇気を出す理由なんて、それだけで十分だった。
己を奮い立たせ、男たちに待ったをかけようとした――そのとき。
「「やめろよ」」
俺の横で、まったく同じ言葉が重なった。
「……ん?」
俺と男たちが、一斉に声のした方を見る。
そこには、俺と同年代の青年が立っていた。
赤い髪に、俺より少しだけ高い背。けれど、そんなことよりも目を引いたのは――
その表情だった。めちゃくちゃ楽しそうに、笑っている。
……なんで?
こんな状況だというのに、目の前の青年はまるで面白いものでも見つけたみたいに、俺を眺めていた。
「おまえ、でっかい大人相手に、よく言ったなー!」
青年が、まるで昔からの友達にするかのように、俺の肩をポンと叩いた。
突然のことに、俺は思わず目を瞬かせる。
「……は?」
「自分よりずっと大きな相手に、怖がりもせず立ち向かう! くぅ〜、俺は感動した!」
青年は大げさに胸元を押さえ、心の底から感動したとでも言いたげな顔をする。
……なんなんだ、こいつ。
「いや、怖がってないわけじゃ……」
思わず口をついて出た言葉に、青年の眉がぴくりと動いた。
「おっ?」
「……なんでもない」
俺が視線を逸らすと、青年は一瞬きょとんとしたあと、すぐに口元を緩めた。
「ははっ! そういうところもいいな、おまえ!」
「だから、あんまバシバシ叩くなよ! 痛いだろ!」
さっきから遠慮なく叩かれる肩を押さえながら睨むと、青年は「あっ」と声を漏らした。
「わりいわりい!」
そう言いながらも、まったく悪びれる様子はない。
むしろ、俺の反応が面白いとでも言うように、ケラケラと笑っている。
……本当に、調子の狂うやつだ。
だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「ところで、おまえ名前は?」
青年がふと思い出したように尋ねる。
「ハルジオン。ハルでいいよ。そういうおまえは?」
「俺か?」
青年は待ってましたとばかりに胸を張った。その顔には、妙な自信と、隠しきれない楽しさが浮かんでいる。
「俺はヒイロ! よろしくな、ハル!」
この世の全てを照らす太陽みたいな笑顔だった。
「……おい」
男が低い声を漏らす。さっきまでの苛立ちを隠そうともせず、舌打ちをひとつ鳴らした。
「なんだお前ら。二人揃って俺たちに文句つけようってのか?」
その言葉を聞いた瞬間、ヒイロの笑顔が、ほんの少しだけ引き締まる。変わらず笑っているけれど、さっきまでの軽々しい雰囲気は、もうそこにはなかった。
「そういうことだ」
短く言い切る。
そして、一歩。俺の前から、男のほうへと踏み出した。
その背中が、さっきよりもずっと大きく見えた。ヒイロは自分より大柄な男に見下ろされてもなお、少しも怯む様子を見せなかった。
むしろ――。
「困ってる奴がいるのに、見て見ぬふりなんてできねえだろ?」
まっすぐな目だった。冗談でも、強がりでもない。本気でそう思っている目。
男の眉間に、深い皺が刻まれた。
「それに――」
ヒイロは腰に下げたモンスターボールへ、ゆっくりと手を添える。その目には強い正義の光が宿っていた。
「悪を倒してこそのヒーローだ!!」
「……っ!」
「さあ、かかってこいよ!」
どこまでも楽しそうで、それなのに、一歩たりとも退くつもりがない、まるで、これから始まる戦いさえも楽しんでいるかのような笑顔に、俺は思わず息を呑む。
「俺たちが相手してやる!」
「……てめぇら、どこまでも俺たちをコケにする気かァ!?」
男が顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。握り締めた拳が震え、怒鳴り声が周囲に響き渡る。
「たかがガキ二人で、調子に乗りやがって……! ヒーロー気取りだか、なんだか知らねえが、現実ってもんを教えてやるよ!」
男はそう吐き捨てると、腰に手を伸ばし、モンスターボールを掴む。
カチリ。
小さな金属音が響いた。直後――。
「おい、野郎ども!」
男が声を張り上げる。
それに応えるように、周囲にいた男たちが一斉に動いた。腰元へ伸びる手。次々と取り出されるモンスターボール。
白と赤のボールが、夕陽を受けて一瞬だけ光を弾いた。
「こいつら、まとめてやっちまえ!!」
「「「うおおおおおおお!!!」」」
地面を揺らすような怒号が響き渡る。その声に押されるように、周囲の男たちが一斉にポケモンを繰り出した。
「おうおう、大変なことになっちまったな」
まるで他人事のように、ヒイロが笑う。
「おまえ、なにしてんだ! わざわざあんな啖呵切らなくたっていいだろ!」
「わりいわりい!」
ヒイロは悪びれもせず頭を掻く。
そして――俺のほうへ振り向いた。
「んでよ、ハル!」
「なんだよ!」
「ここで会ったのも何かの縁だ!」
ヒイロがニッと笑う。その笑顔を見ていると、不思議と胸の奥から力が湧いてくる気がした。
「俺たち二人で、あいつらぶっ飛ばすぞ!」
「――おう!」
俺も笑い返して、モンスターボールを強く握りしめた。
目の前には、俺たちを取り囲む大勢の男たち。
こんな明らさまな大ピンチだというのに。
俺の胸は期待で高鳴っていた。
ヒイロとなら、何か面白いことが起こる。そんな確信にも近い予感を感じながらーー。
そして次の瞬間。
「行くぞ!」
俺たちは、同時に相棒を繰り出したのだった。
To be continued ……
読了ありがとうございます!
《裏話》
【あらよっと】
その後のツッコミまで含めてお約束ですね。
初めてアーカラ島に着くシーンは、いろんなキャラが出迎えてくれて、豪華さを感じたのを覚えています。
【マカロンのペンダント】
ひとかけらですが、ポケモンの進化石が使われているみたいです。
【ヒイロ】
明るくて、真っ直ぐで、どこか「ヒーロー」を思わせる少年。
そして、彼の相棒は一体誰なのでしょう……?
それでは、また次回!