TS憑依ゼンゼ 作:TS好き
ここまで年齢を曖昧にしてきましたが、この話の時点でゼンゼは10歳ぐらいです。
宿へ戻ると、部屋に入るなり机へ向かった。
今日の試験について忘れないうちに記録しておくためだ。
紙を広げ、筆を取る。
まず書き始めたのは、実戦試験で感じた問題だった。
相手の魔法を見てから対応するまでの時間には十分な余裕があった。髪を複数の方向へ動かす操作にも大きな問題はない。ただ、同時に扱う本数を増やすほど、それぞれの軌道を細かく修正するための負担が増えていく。
単純な攻撃だけなら問題ない。
けれど、相手が複数になった場合や、広範囲の魔法を使ってきた場合には、今のやり方では無駄が多い。
一本ずつ意識して操作するのではなく、もっと大きな単位で制御する必要がある。
そこまで書いてから、少し考える。
これまでの訓練では、髪を一つの群れとして扱う方法を中心にしていた。右側を攻撃、左側を防御、後方を探知というように役割を決め、それぞれの集団をまとめて動かすことで操作の負担を減らしている。
ただ、それでも戦闘中には細かな修正が必要になる。
なら、髪そのものへ簡単な判断をさせることはできないだろうか。
もちろん、髪に意思を持たせるわけではない。
もっと単純なものだ。
一定の条件を満たした場合だけ、決めておいた動きをする。
例えば、前方から一定以上の魔力反応が近づいた場合には防御へ回る。指定した範囲へ敵が入れば拘束用の髪が動く。攻撃対象が移動した場合には、あらかじめ決めた範囲内で軌道を修正する。
術式による条件付け。
それ自体は特別な考え方ではない。
実際、協会の資料にも似たような研究はあった。
ただし、対象が髪となると話は変わってくる。
髪は一本一本が非常に小さく、そこへ複雑な術式を組み込めば維持するための負担が増える。しかも大量に扱うことになるため、一つの術式を複雑にするより、単純な命令を複数の髪へ分散させたほうが効率はいい。
そこまで考えたところで、筆を止めた。
「……これは後でいいな」
今すぐ試す必要はない。
まずは今日の試験で得られた情報を整理するほうが先だ。
紙を一枚めくり、次に魔力消費について書き始める。
思っていたより大きな消費はなかった。
ただ、髪を防御へ回した瞬間に一時的な負荷が増えている。攻撃と防御を同時に行う場合、魔力そのものよりも操作の切り替えに意識を使っていることも分かった。
なら、そこを改善すればいい。
研究することはいくらでもある。
試験に合格したとしても、そこで終わりではない。
むしろ、これからのほうが面白い。
そう考えながら記録を終えた頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。
筆を置き、椅子の背もたれへ身体を預ける。
今日は疲れた。
試験そのものより、普段とは違う環境で長時間集中していたことのほうが大きいのかもしれない。
ベッドへ移動し、そのまま横になる。
足元まで伸びた髪が床へ広がった。
それを見ながら、ふと思う。
三級魔法使いになったとして、その先はどうするのか。
答えはまだ決まっていない。
将来的に一級魔法使いになる。
それは原作の知識から分かっている。
ただ、そこへ至るまでの道筋については、原作では細かく描かれていない。
少なくとも、何をして、どんな経験を積んで一級まで進んだのかは知らない。
だから、これから先は自分で決めるしかない。
そんなことを考えているうちに、眠気が強くなってきた。
今日はもういい。
結果が出るまでは、しばらく普段通りに過ごそう。
そう考えて目を閉じた。
それから数日後。
朝食を終えたところで、宿の主人から声をかけられた。
「ゼンゼさん、協会から手紙が届いていますよ」
「私に?」
「はい」
差し出された封筒を受け取る。
表には大陸魔法協会の印が押されていた。
封を切り、中の紙を取り出す。
内容を目で追う。
そして、最後まで読み終えてから紙を折りたたんだ。
「どうでした?」
宿の主人が興味深そうに尋ねてくる。
「合格」
「おお、それはおめでとうございます」
「ありがとう」
特別嬉しいわけではない。
ただ、これまで積み重ねてきたものが一つの形になったという意味では、悪い気分ではなかった。
手紙をしまい、朝食の続きを食べる。
すると、向かいに座っていた家族がこちらを見る。
「三級魔法使いになったのか」
「うん」
「これで正式な資格を持つことになるな」
「そうみたい」
「これからどうする?」
その質問に、少しだけ考えた。
すぐに答えは出なかった。
三級になったからといって、急いで何かをする必要はない。
むしろ、今まで通り魔法を研究しながら、自分に足りないものを探したほうがいい。
「しばらくは、このまま勉強する」
「聖都に残るのか?」
「まだ決めてない」
協会の資料室は便利だ。
ここで得られる知識は多いし、魔法使いとして正式な資格を得たことで、以前より閲覧できる資料の範囲が広がる可能性もある。
それに、三級魔法使いになったことで新しい選択肢も増えた。
ただ、一つ気になることがあった。
試験を受ける前とは、周囲からの見られ方が変わっている。
協会からも、これまでとは違った話が来るかもしれない。
それが少し面倒だった。
魔法を学びたいだけなのだ。
肩書きが欲しかったわけではない。
とはいえ、取得してしまったものを返す必要もない。
使えるものなら使えばいい。
そう考えていた日の午後、協会からもう一度呼び出しがあった。
指定された部屋へ入ると、試験のときに対応した職員が待っていた。
「突然呼び出してしまってすみません」
「何かありますか?」
「三級試験の結果について、少しお話があります」
「合格はしましたけど」
「はい。そこではありません」
職員は苦笑しながら書類を一枚取り出した。
「試験官から、あなたについて一つ提案がありまして」
「提案?」
「協会の訓練施設を、今後も使用してみないかという話です」
黙って相手を見る。
「三級の資格を取得したことで、利用できる施設や資料の範囲が広がりました。あなたは研究だけでなく実戦能力も高いので、協会としても今後の成長を見てみたいそうです」
「……それは、私に何かしろということ?」
「いえ。強制ではありません。ただ、ここで訓練を続けるのであれば、協会としても便宜を図ることができます」
なるほど。
悪い話ではない。
今まで使っていた訓練場より設備が整っているなら、研究にも使える。
特に、髪を使った魔法の実験では広い場所が必要になることが多い。
「使っていいなら、使います」
「では、手続きをしておきます」
話はそれだけだった。
部屋を出る。
廊下を歩きながら、少しだけ考えた。
三級魔法使いになったことで、何か劇的に変わったわけではない。
魔法が急に強くなったわけでもないし、これまで積み重ねてきた技術が別物になったわけでもない。
ただ、今までより少しだけ自由に動けるようになった。
それだけだ。
なら、その環境を利用すればいい。
まずは新しい訓練場を見てみよう。
それから、協会で閲覧できるようになった資料も確認する。
そして、今まで研究してきた髪の魔法をさらに発展させる。
三級という資格を得たことで、ようやく次の段階へ進む準備が整った。
それからしばらくの間、聖都での生活を続けた。
以前と変わらない毎日だったが、少しずつ活動の幅は広がっていった。
協会の訓練施設では、実戦を想定した魔法の訓練を行う。
資料室では、これまで閲覧できなかった資料へ目を通す。
宿へ戻れば、その日に得た知識を整理し、必要なものだけを研究へ取り入れる。
そして、その合間には髪の訓練を続ける。
ただ、三級試験を終えてから、以前よりも戦い方そのものを意識するようになっていた。
試験では一人の相手だけだった。
けれど、実際の戦闘ではそうとは限らない。
相手が二人なら。
三人なら。
遠距離から攻撃されたら。
魔力を探知されにくい場所から奇襲されたら。
髪を封じられたら。
考えるほど、対策すべきことが増えていく。
その中でも特に気になったのが、髪を使えない状況だった。
戦い方は髪に大きく依存している。
だからこそ、それを封じられた場合にどうするかを考えておく必要がある。
一般的な魔法も使える。
けれど、髪を使うときほど自由には戦えない。
なら、弱点を補う方法を考えるべきだ。
協会の資料室へ向かい、別の棚を探し始めた。
目的は一つ。
髪を使わずに戦うための魔法を増やすこと。
それは、今までとは少し違った方向の研究だった。
髪をさらに強くするのではない。
髪が使えないときでも戦えるようにする。
そうしておけば、結果的に髪を使った戦い方にも余裕が生まれる。
棚から一冊の本を取り出した。
そこに書かれていたのは、身体強化と魔力操作についての研究だった。
以前ならすでに知っている内容として流していたかもしれない。
けれど今は、別の視点から読める。
髪を動かすために身につけた魔力操作を、身体そのものへ応用する。
攻撃魔法を強化するのではなく、自分自身の動きを速くする。
そうすれば、髪を使えない状況でも最低限の戦闘能力を維持できる。
本を開き、ゆっくりと読み始めた。
三級魔法使いになったばかりでも、まだ先は長い。
そして、その先に一級魔法使いという場所がある。
そこへ辿り着くまでに、どれだけの時間がかかるのかは分からない。
ただ、急ぐ必要はなかった。
一つずつ覚えて、一つずつ試していけばいい。
そうして積み重ねたものが、いつか未来の自分へ繋がる。
そんなことを考えながら、次のページをめくった。