TS憑依ゼンゼ 作:TS好き
翌朝。
いつもより早く宿を出た。
今日の依頼先は、聖都シュトラールから少し離れた場所にある町だった。
依頼書によれば、町の外れにある古い街道で、夜になると魔法道具の明かりが次々に消えるらしい。
最初は魔法道具の故障だと思われていた。
ところが、交換しても数日で同じ現象が起きる。
しかも、明かりが消えるのは決まって夜だけで、昼間に調べても異常が見つからない。
町の人間が原因を調べようとしても、魔法道具そのものには問題がなく、周囲の魔力にも目立った異常はない。
そこで協会へ依頼が回ってきた。
馬車の中で依頼書を読み返しながら、窓の外を眺める。
街道沿いには畑が広がり、その向こうにはなだらかな丘が続いている。
聖都を離れると、人の数は一気に減る。
こうして外へ出ると、協会の中で本を読んでいるだけでは分からないことが多いと改めて感じる。
魔法は場所によって使われ方が違う。
同じ結界でも、街では侵入者を防ぐために使われ、村では家畜を守るために使われる。
魔法道具も同じだ。
研究者が想定した用途とは違う使い方をしている人間もいる。
そうした違いを知ることは、悪くない経験だった。
しばらくして、目的の町へ到着した。
規模としては大きくない。
石造りの家が街道沿いに並び、その先に小さな広場がある。
協会から来たことを伝えると、町の役人がすぐに案内してくれた。
「問題の場所はこちらです」
連れて行かれたのは、町の外れにある街道だった。
道の両脇に、一定間隔で魔法道具が設置されている。
夜になると自動的に明かりが灯る仕組みらしい。
「昨夜も消えたんですか?」
「はい。こちらの二つと、その先の三つが」
魔法道具へ近づく。
手を触れ、魔力を流して状態を確認する。
壊れてはいない。
術式も大きく崩れていない。
内部に残っている魔力も十分だった。
なら、問題は魔法道具そのものではない。
周囲を見回す。
「夜だけ?」
「はい」
「昼間は普通に使える?」
「問題ありません」
少し考えてから、髪を数本だけ動かした。
足元まで伸びた髪が地面すれすれまで降り、周囲へ広がっていく。
探知の術式を使う。
髪を通して地面、街道、魔法道具、その周囲にある魔力の流れを確認していく。
しばらくして、違和感を覚えた。
魔法道具ではない。
もっと遠い。
街道から少し外れ、丘の方向へ歩く。
「何か分かりましたか?」
「まだ」
歩きながら探知を続ける。
魔力そのものに異常があるわけではない。
ただ、一定の間隔で魔力が弱くなる場所がある。
それも、魔法道具が設置されている場所と妙に重なっている。
足を止める。
地面へ髪を数本伸ばす。
土の下へ魔力を通し、内部を探る。
しばらくして、地下に細い空洞があることが分かった。
空洞は街道の下を通り、さらに丘のほうへ続いている。
周囲を見回す。
「この下に何かある」
「地下に?」
「うん」
髪をさらに伸ばして調べる。
すると、空洞の途中に魔力を吸収している場所が見つかった。
ただし、強い魔力ではない。
普段なら気づかない程度の小さなものだ。
少し考える。
「たぶん、これ」
髪を地面へ潜らせ、土を少しずつ押し分ける。
やがて、小さな石のようなものが出てきた。
表面には古い術式が刻まれている。
魔力を吸収するための術式だ。
「昔の魔法道具ですね」
役人が驚いた顔をする。
「こんなところに?」
「たぶん、昔の街道設備」
刻まれている術式は古い。
今使われている魔法道具よりも効率が悪く、周囲から少しずつ魔力を吸い上げる構造になっている。
それが地下に残ったままになっていたらしい。
夜になると街道の魔法道具が一斉に魔力を使い始める。
その瞬間、地下の古い魔法道具が周囲から魔力を吸収する。
結果として、近くの明かりへ送られる魔力が足りなくなる。
原因はそれだった。
古い魔法道具を回収し、役人へ渡す。
処分するか、協会へ持ち込むかは町の判断になる。
こちらがやることは、原因を見つけるところまでだ。
帰りの馬車の中で、今回の依頼について記録していた。
魔法道具の故障ではなく、別の術式が魔力を奪っていた。
こういうこともある。
魔法使いとして活動するなら、目の前にある魔法だけを見るのではなく、その周囲まで調べる必要がある。
そんなことを考えていると、ふと別のことが頭に浮かんだ。
ゾルトラーク。
すでに覚えている魔法だ。
一般的な攻撃魔法とは違い、相手の魔力防御を貫くために作られた魔法で、現在では多くの魔法使いが使うようになっている。
普通に発動することもできる。
しかも、髪を媒体として使うこともできる。
髪を一本伸ばし、その先からゾルトラークを放つ。
それ自体は、もう特別な技術ではない。
訓練を重ねたことで、複数の髪を同時に動かし、それぞれからゾルトラークを放つこともできる。
十本。
二十本。
さらに増やすこともできる。
髪の本数だけなら、もっと増やせる。
つまり、すでに髪を使って大量のゾルトラークを撃つことができる。
ただし、それには一つ問題がある。
髪から撃っているように見えても、実際には一つずつゾルトラークを発動させている。
髪はあくまで術式を通すための媒体だ。
魔力を送り、術式を構築し、発動させる。
それを大量の髪へ同時に行っている。
だから、髪一本一本にゾルトラークそのものが保存されているわけではない。
そこまで考えたところで、窓の外へ視線を向けた。
「……待って」
今まで何度も考えてきたことだった。
髪は魔力を蓄えられる。
髪へ術式を組み込むこともできる。
髪を媒体として魔法を発動することもできる。
なら。
ゾルトラークの術式そのものを、髪へ組み込めないだろうか。
背もたれから身体を起こす。
もし髪一本に、あらかじめゾルトラークを発動するための術式を仕込めればどうなる。
毎回術式を構築する必要がなくなる。
必要な魔力を流す。
条件を満たす。
仕込んでおいた術式が起動する。
そうなれば、今までとは違う。
髪一本につき、一つのゾルトラーク。
十本なら十発。
百本なら百発。
足元まで伸びた髪は、一本一本を完全に独立した術式媒体として扱えるなら、その数は決して少なくない。
「……できるかもしれない」
問題は、術式を仕込むことと、術式を保存することは別だということだった。
今まで髪へ組み込んできた術式は、魔力を蓄えるものや、髪を動かすもの、状態を確認するものが中心だった。
ゾルトラークは違う。
攻撃魔法そのものだ。
術式を組み込んだ状態で安定させる必要がある。
さらに、発動してしまえば術式は消費される。
つまり、一度使った髪はもう一度魔力を流せば同じように発動できるのか、それとも術式そのものが崩れてしまうのか。
そこも試さなければ分からない。
そして、もっと重要な問題がある。
髪一本に仕込んだ術式が暴発した場合だ。
何百本もの髪へ攻撃魔法を仕込んで、それを不用意に起動させれば、自分自身が巻き込まれる。
失敗すれば危険だ。
だからこそ、慎重にやる必要がある。
記録帳を取り出す。
新しいページを開き、今日思いついたことを書き込んでいく。
――髪へゾルトラークの術式を組み込む。
――髪そのものを攻撃魔法の術式媒体として利用する。
――事前に術式を構築し、必要なときに魔力を流して発動できるか確認。
――一度発動したあと、再構築が可能か確認。
――複数同時発動時の安定性を確認。
――暴発防止のため、発動条件を限定する。
そこまで書いて、筆を止めた。
もし成功すれば、今までの戦い方そのものが変わる。
髪を使って魔法を放つことには、すでに慣れている。
けれど、それは自分自身が魔法を発動させているからこそ成立していた。
髪そのものに術式を持たせられるなら、話は別だ。
一度に扱える魔法の数という限界を、髪の本数まで引き上げられる可能性がある。
しかも、髪にはすでに魔力を蓄える術式がある。
蓄えた魔力を必要なときに取り出し、そのまま仕込んだ術式へ流すことができれば、発動時の魔力供給まで髪だけで完結させられるかもしれない。
そうなれば、必要なのは発動の合図だけになる。
何百本もの髪が、一斉にゾルトラークを放つ。
考えただけでも、かなり強力だ。
ただし。
「……まだ考えただけ」
実際にできるかどうかは、試してみなければ分からない。
記録帳を閉じる。
聖都へ戻ったら、まず一本だけで試す。
成功したとしても、すぐに数を増やすつもりはない。
一本。
それが安定したら二本。
二本が問題なければ五本。
そうやって少しずつ増やしていけばいい。
魔法は、思いついただけで完成するものではない。
理論を組み立て、実験して、失敗して、また修正する。
今までずっとやってきたことだ。
だから今回も同じだった。
窓の外へ視線を戻す。
夕暮れの空が赤く染まっている。
三級魔法使いになってから、まだそれほど時間は経っていない。
それでも、少しずつできることは増えている。
依頼を受ければ知らない魔法に出会える。
外へ出れば、協会では見つからない問題に遭遇する。
そして、そうした経験が新しい魔法の発想へ繋がっていく。
なら、今はそれでいい。
急いで一級を目指す必要はない。
まだ試していないことが多すぎる。
まずは一つ。
髪にゾルトラークを仕込めるか。
そこから始めよう。
馬車が聖都へ近づいていく。
もう一度、記録帳を開く。
最後の行へ、短く書き加えた。
――明日から実験開始。
それを確認してから、記録帳を閉じた。