TS憑依ゼンゼ 作:TS好き
翌朝、聖都シュトラールの魔法協会にある訓練施設には、まだ人の姿がほとんどなく、朝特有の冷たい空気が残る訓練場へ入って扉を閉めると、その音が広い室内へ静かに響いた。
周囲に誰もいないことを確認してから、足元まで伸びた長い髪をゆっくりと広げる。普段なら訓練場の中央まで伸ばしておけば十分だが、今日の目的は戦闘訓練ではなく、昨夜から考えていた新しい術式の実験であるため、必要以上に髪を広げる必要はない。
昨夜、記録帳へ書き込んだ内容をもう一度確認する。
髪へ術式を組み込むこと自体は、すでに何度も成功している。魔力を蓄える術式、髪を一定の方向へ動かす術式、周囲の状態を読み取る探知術式、そして髪そのものの状態を確認するための術式など、これまで研究してきたものはすでに実用段階まで持っていくことができていた。
問題は、そこへ攻撃魔法を組み込めるかどうかだった。
ゾルトラークは、これまで扱ってきた補助術式とは根本的に性質が違う。単純に術式を髪へ刻み込めば済むものではなく、発動に必要な魔力、魔力を術式へ流す経路、術式そのものが成立するための構造、そして発動した瞬間に発生する魔力の流れまで、すべてを髪一本の中で成立させなければならない。
しかも、ゾルトラークは発動すれば術式そのものが攻撃魔法として外へ放たれるため、髪の内部だけで完結する補助術式とは違い、少しでも構造を間違えれば術式が崩れるだけでは済まない可能性もある。
だからこそ、まずは失敗しても問題のない規模から始める必要があった。
一本の髪を指先へ持ち上げ、そこへ慎重に魔力を流していくと、いつも使っている魔力蓄積の術式が正常に反応し、髪の内部へ入った魔力が一定量ずつ蓄えられていく。
ここまでは問題ない。
続いて、もう一つの術式を組み込む。髪の内部に魔力を通す経路を作り、必要なときだけ蓄積した魔力が指定した術式へ流れるよう調整していくと、こちらも問題なく成立したため、髪を軽く動かして術式に乱れがないことを確認する。
それなら、次の段階へ進める。
ゾルトラークの術式を構成し、空中へ魔力を集めるときとは違って、今度は髪そのものを術式の一部として扱いながら、魔力の流れを一本の髪へ沿わせ、その内部へ攻撃魔法の構造を組み込んでいく。
最初の段階では問題なかった。術式の外形は維持できているし、魔力の流れも安定している。
なら、このまま定着させればいい。
そう考えた瞬間だった。
組み上げていた術式が、まるで糸を切ったように崩れた。魔力が霧散し、髪の内部から消えていく。髪そのものに傷はない。暴発したわけでもない。ただ、術式だけが維持できず、その場で消えてしまった。
「……やっぱり無理か」
静かな訓練場へ自分の声だけが響く。
失敗だった。けれど、完全な失敗ではない。どこまでなら術式を成立させられるのか、そしてどの段階で崩れるのかが分かっただけでも、研究としては十分な結果だった。
記録帳を開き、新しいページへ今回の結果を書き込む。
――術式の構築自体は可能。 ――魔力の流れも維持できる。 ――定着段階で術式が崩壊。 ――攻撃魔法の術式構造を髪へ固定する工程に問題あり。
そこまで書いてから筆を止め、少し考える。
単純に術式を小さくすればいいわけではない。ゾルトラークの術式を縮小すれば必要な魔力も減るが、それでは当然、攻撃魔法としての威力まで落ちてしまう。逆に術式をそのまま維持しようとすれば、髪一本へかかる負荷が大きくなりすぎる。
なら、術式そのものを分解する必要がある。発動に必要な構造をいくつかに分け、それぞれを髪へ組み込んだうえで、実際に発動するときだけ一つの術式として完成させる。それなら可能性はある。
ただし、それでは「髪にゾルトラークを保存する」という最初の発想とは少し違ってくる。完成した術式を保存するのではなく、発動直前まで未完成の状態で維持し、必要なときに最後の部分だけを完成させるという考え方になる。その方法なら、髪の内部へ常に完全な攻撃魔法を保持させる必要がなくなるため、術式そのものにかかる負荷も抑えられるかもしれない。
すぐに試したいところだったが、そこで一度手を止めた。攻撃魔法を扱う以上、実験は慎重に進める必要がある。髪へ大量の魔力を流して無理やり術式を成立させたところで、髪そのものが危険になるような方法では意味がない。そもそもの目的は髪を傷めることではなく、長期間にわたって使える術式媒体を作ることなのだから、必要なのは魔力の量を増やすことよりも、少ない魔力で安定して動く仕組みを作ることだった。
そこまで考えたところで、別の可能性が浮かんだ。
ゾルトラークそのものを保存する必要はない。発動に必要な魔力と、術式を構築するための補助構造だけを髪へ用意しておけばいい。そして発動するとき、最後の部分だけを外部から補えばいい。つまり、髪一本を小さな魔法陣のように扱う。普段は何も起こさず、必要なときに魔力を流せば術式が完成し、その瞬間にゾルトラークを放つ。
「……こっちのほうがいい」
今度は新しい考えを記録帳へ書き込む。
――完全保存ではなく、発動補助型へ変更。 ――術式の一部を髪へ定着。 ――蓄積魔力を発動時の供給源として利用。 ――最後の術式構築のみ外部から行う。
書き終えると、すぐに実験へ戻る。
一本の髪へ魔力を流し、まずは魔力蓄積の術式を起動させる。ここまでは問題なく、続いて術式を固定するための補助構造を組み込むが、こちらも安定している。その状態から、今度はゾルトラークの一部だけを組み込んでいく。慎重に魔力を流し、術式の構造を一つずつ髪の内部へ定着させていくと、先ほどとは違い、途中で崩れることなく形を保ったまま残った。
髪の内部に術式の一部が存在している。魔力を止めても消えない。髪を軽く動かしても、術式は維持されたままだ。
「……成功」
少なくとも、第一段階は成功した。ただし、これだけでは攻撃魔法を撃つことはできない。術式はまだ未完成だからだ。
そこで外部から魔力を流し、最後の構造を組み立てていく。魔力が髪の内部を通り、すでに組み込まれていた術式と接続した瞬間、それまで分かれていた構造が一つへ繋がり、術式全体が完成した。
けれど、ここではまだ発動させない。訓練場の中で不用意に攻撃魔法を放つ必要はなく、今確認したいのは術式が完成した状態をどれだけ安定して維持できるかだけだった。
数秒。十秒。三十秒。術式は崩れない。魔力の流れも安定している。さらに時間を置き、一分が経過しても問題は起きなかった。
ここまで確認して、ようやく髪を通常の状態へ戻す。術式を解除すると、髪そのものにも異常はなく、焦げた跡も傷んだ様子も見当たらない。
記録帳へ結果を書き込む。
――部分定着に成功。 ――発動直前まで術式を維持可能。 ――完成後も一定時間は安定。 ――実際の発射試験は安全確認後に実施。
まだ完成ではない。けれど、昨日までとは明らかに違う。可能性が見えた。それだけでも十分だった。
午後になり、少し離れた場所へ木製の標的を用意する。今度こそ、一本だけで仕込んだ術式が本当にゾルトラークを生み出せるのかを確かめる番だった。
髪の内部へ蓄えられた魔力を少しだけ引き出し、術式へ流していく。魔力が髪の中を通り、未完成だった術式が徐々に繋がっていく。一度停止し、術式の各部分が正常に維持されていることを確認してから、最後の構造へ魔力を通した。
髪の先端へ魔力が収束する。
そのまま発動。
ゾルトラークが一直線に放たれ、標的の中央を正確に撃ち抜いた。標的が大きく削れ、訓練場に乾いた音が響く。髪そのものに目立った損傷はなく、術式も崩れていない。念のため、続けてもう一度同じ手順を試したが、結果は同じだった。発動そのものだけでなく、繰り返し使えることまで確認できたことで、この術式をようやく一つの完成した技術として扱えるところまで来たと判断できる。
なら、次へ進める。
訓練場を出る頃には、昼を少し過ぎていた。
三級魔法使いになってから、まだそれほど時間は経っていない。それでも、できることは少しずつ増えている。一級魔法使いになるという目標は変わらないが、そのために一気に強くなる必要もない。これまで積み重ねてきた研究を一つずつ形にしていけば、いつかそこへ届く。
足元へ伸びた髪の一本が、歩くたびに静かに揺れる。その中には、今日はじめて完成した術式が一つだけ残っている。ほんの小さな可能性。それでも、昨日までは存在しなかったものだった。
どちらに転んでも、研究は前へ進む。
翌日からは、一本で確認できた術式を、どこまで数を増やしても保てるのかを試すことになった。一本なら問題なくても、二本、五本、十本と数を増やしたときに術式同士が干渉しないとは限らないし、さらに複数の髪を別々の方向へ動かしながら、それぞれ異なるタイミングで魔法を発動させるとなれば、必要になる魔力制御の精度は大きく変わってくる。
だから、一つずつ数を増やしていく。
まずは二本。隣り合った髪へ同じ構造を組み込み、二つの標的をそれぞれ右と左に置いて、同時に魔力を流した。二本の髪の先端へ同時に魔力が集まり、ほぼ同時に二発のゾルトラークが放たれ、それぞれ別の標的へ命中した。
成功。しかし、一本のときにはなかった問題がすぐに見つかった。二本を同時に発動させると、ほんの僅かだが発動のタイミングに差が生まれる。術式が崩れているわけでも、魔力そのものが不足しているわけでもない。ただ、自分から二本の髪へ送る魔力のタイミングが完全には揃っていない。一本なら気にする必要もなかった僅かな誤差が、複数本を扱うことで目立つようになっていた。
ならば、魔力を送る経路そのものを独立させればいい。二本それぞれへ別々の発動経路を作り、片方へ送った魔力がもう片方の術式へ影響しないように構造を調整する。何度か発動を繰り返しながら修正していくと、二本の髪はほぼ同時に魔法を発動できるようになった。
次は五本。五本の髪へ同じ構造を組み込み、正面、右、左、そして上方の二本にそれぞれ別の標的を割り当てる。順番に魔力を流していくと、五発のゾルトラークがそれぞれ異なる方向から別々の標的へ向かって飛び、すべて命中した。
ただ、五本になると、魔力供給だけではなく髪そのものの動きも意識しなければならなくなる。一本ずつを直接操作しようとすると、どうしても判断が遅れる。ならば、髪を一つずつ操作するのではなく、それぞれに最低限の命令だけを与えて、細かな調整は術式へ任せたほうがいい。
そこで、追尾術式の構造を見直す。標的を探知する。移動方向を判断する。髪の先端を標的へ向ける。そして、一定範囲に入ったところで照準を維持する。すべてを自分が直接操作するのではなく、髪自身に任せられる部分を増やしていく。
最初は一本だけで試した。訓練場を歩きながら標的を動かしても、髪は自分の身体とは別に標的を追い続ける。こちらが右を向けば髪も右へ向き、左へ歩けば左へ回り込み、途中で標的が急に方向を変えても、追尾術式がその変化を検知して照準を修正する。
そこまでできるようになったところで、二本へ増やす。二本の髪にそれぞれ別の標的を割り当て、自分は訓練場を歩き回る。標的同士が交差しても、それぞれの髪は別々の標的を追い続け、そこへ発動命令だけを与えると、二発のゾルトラークがほぼ同時に別々の標的へ突き刺さった。
次は五本。五つの標的がそれぞれ別の方向へ動き始める中、自分は訓練場を走り回った。身体を動かしていても、髪の照準は崩れない。これなら使える。
ただし、ここでもう一つ問題が出た。追尾を続けるだけでも、髪へ少しずつ魔力を供給し続ける必要がある。一本なら無視できる程度の消費でも、五本、十本と増えれば無視できない。
そこで、追尾術式そのものを変更した。常に標的を追い続けるのではなく、照準が正常な状態ではほとんど魔力を使わず、標的が一定以上動いたときだけ補正を行う構造にする。追尾が遅れる。修正する。今度は魔力消費が増える。また調整する。そうして繰り返すうちに、少しずつ効率と精度の両方が安定していった。
昼を過ぎる頃には、五本程度ならかなり余裕を持って運用できるようになっていた。十本へ増やしても、低速の標的なら問題ない。高速で動く標的を十本すべてで追わせると、まだ照準に僅かな遅れが出るものの、以前のように一本ずつ意識して操作する必要はなくなっている。髪はそれぞれ独立して標的を追い、自分は全体の状況を確認しながら発動の判断だけを行えばいい。
そして、さらに本数を増やす。十本、二十本。二十本になったところで、さすがに訓練場の空間が狭く感じられるようになった。
足元に広がった髪が一斉に持ち上がり、それぞれが別の方向へ伸びていく。正面へ十本。左右へ五本ずつ。残りは上方へ回す。攻撃する髪。探知する髪。防御に備える髪。待機する髪。すべてを攻撃へ回す必要はない。むしろ、必要なときに必要な髪だけを動かすほうが効率がいい。
一本の髪が標的を追っている間、別の髪が周囲を探知し、さらに別の髪が主人公の周囲を旋回して防御に備える。標的が攻撃範囲へ入った瞬間だけ、攻撃用の髪が発動する。一発。別方向から二発。さらに時間差をつけて三発。標的が回避した直後、その進行方向へ別の髪が先回りし、そこへゾルトラーク。命中。撃った髪はすぐに引き戻し、術式を再構築して待機へ戻る。攻撃、回収、再構築、再攻撃。その一連の動作が、少しずつ自然に繋がっていく。
ここまで来ると、研究の中心は単純な同時発動数ではなくなっていた。重要なのは、髪一本一本を独立した術式媒体として扱い、それぞれへ異なる役割を与えながら、全体として一つの戦闘体系を成立させることだった。
そして、その段階まで来たところで、訓練場でできることと実戦でできることを分けて考える必要があると気付く。どれだけ訓練用の標的を相手に安定して戦えても、魔物は決められた軌道を動いてくれるわけではない。こちらを攻撃してくる。逃げる。遮蔽物を利用する。仲間と連携する。こちらが予想していなかった動きをする。だから、本当に必要なのは技術そのものだけではなく、相手の動きを読むための経験だった。
そんなある日、魔法協会へ新しい依頼が届いた。
「魔物の討伐?」
受付で依頼書へ目を通す。
「はい。町の近くにある森で低級魔物が何度か目撃されています。数はそれほど多くないようですが、最近になって街道へ近づくようになったそうです」
「分かった」
依頼を受ける。今回の目的は討伐だけではない。ここまで訓練してきた術式が、実際の魔物を相手にしても同じように機能するのか、それを確かめることも今回の重要な目的だった。
町へ到着し、案内役とともに森へ入る。しばらく進んだところで、前方の茂みが僅かに揺れた。すぐに探知用の髪が反応する。魔力反応は五つ。しかも、そのうちいくつかはこちらへ向かってきている。
足元の髪が静かに広がる。前方へ数本。左右へ数本。残りは周囲の警戒へ回す。
やがて茂みから魔物が飛び出した。最初の一体が地面を蹴った瞬間、前方に待機していた髪の一本が標的を捉え、その進行方向を予測しながら照準を合わせる。発動。ゾルトラークが飛び、魔物の身体を正確に貫いた。
続いて二体目が横から回り込む。左右へ展開していた髪の一本が即座に標的を捉え、魔物が攻撃へ移るより先にゾルトラークを放つ。こちらも命中した。
残った三体が同時に襲いかかってくる。その瞬間、複数の髪がそれぞれ別の標的へ散った。一本は正面の魔物。二本は左右へ分かれた魔物。さらに別の髪が後方へ回り込み、逃走経路を塞ぐ。正面へ一発。右へ時間差で二発。左の魔物が一度攻撃を避けた直後、別方向からもう一発。
魔物が倒れる。静かになった森の中で、髪がゆっくりと戻ってくる。
すべての術式を確認する。発動に問題はない。術式も崩れていない。髪そのものにも損傷はない。
しかし、訓練場では分からなかったこともあった。魔物は標的のように一定の軌道を動かないため、単純な追尾だけでは対応できない場面がある。逃げ道を予測しなければならない。遮蔽物を利用された場合は、探知用の髪から得た情報をもとに別の髪を回り込ませる必要がある。そして何より、すべての髪を攻撃へ回してしまうと、周囲の状況を把握できなくなる。だからこそ、役割分担が重要になる。探知する髪。攻撃する髪。防御に備える髪。そして、状況に応じて役割を切り替える髪。訓練場で別々に練習していた技術が、実戦では一つの流れとして繋がっていた。
依頼を終えて町へ戻り、協会へ報告書を提出する際には、実戦で確認できたことを一つずつ記録した。
――複数本による同時発動は問題なし。 ――個別の発射方向も問題なし。 ――発動タイミングの調整も可能。 ――髪そのものの操作とゾルトラークの同時使用にも問題なし。 ――探知用の髪から得た情報を攻撃用の髪へ反映することも可能。 ――ただし、魔物の行動を予測する段階では、まだ経験不足による判断の遅れがある。
そこだけは術式を改良するだけでは解決できない。必要なのは、実際の戦闘経験だった。
宿へ戻った夜、記録帳を開いて今日の戦闘を振り返りながら、最後の行へ一つだけ書き加える。
――実戦でも使用可能。
筆を置く。
一本から始まった研究は、二本、五本、十本、そして二十本へと増えていったが、重要だったのは単純に発射できる魔法の数が増えたことではない。一本の髪に一つの役割を与え、それぞれを独立した術式媒体として扱えるようになったことで、攻撃、探知、防御、拘束、補助といった複数の行動を同時に行えるようになったことこそが、今回の研究で得られた最大の成果だった。
もちろん、まだ完成ではない。魔物の動きを読むには経験が足りないし、より強力な魔物を相手にした場合でも同じように対応できるかは分からない。それでも、少なくとも一つだけは確認できた。実験室でできるだけの魔法ではなく、実際の戦闘で使える魔法になった。
それなら、ここから先は依頼を受けながら磨いていけばいい。髪の本数を増やす。術式を改良する。攻撃だけでなく防御にも使う。そして、何よりも魔物の動きを読む。魔法を強くするだけではなく、魔法をどう使えば戦いそのものを有利にできるのかを覚えていく。
まだ三級魔法使い。一級魔法使いになるまでには、長い時間が残っている。だからこそ、焦る必要はなかった。知らない魔法を覚え、知らない敵と戦い、失敗したら原因を考えて修正する。その繰り返しを続けていけばいい。
窓の外へ視線を向けると、夜の聖都が静かに広がっていた。机の上には閉じたばかりの記録帳があり、その隣には今日使った術式を書き留めた紙が何枚も積まれている。
まだ先は長い。けれど、その長い時間を使って、自分にしかできない魔法を少しずつ作っていけばいい。
足元へ伸びた髪の一本が、風もないのに僅かに揺れる。その先端へ淡い魔力が灯り、すぐに消えた。
次の依頼では、今日とは違う魔物が待っているかもしれない。飛ぶ魔物かもしれない。地中へ逃げる魔物かもしれない。防御魔法を使う相手かもしれない。あるいは、髪そのものが届かない距離から攻撃してくる相手かもしれない。
そのとき、自分がどこまで対応できるのか。それを確かめるためにも、まだまだ経験が必要だった。
記録帳を閉じる。そして翌日から、研究の内容は少しずつ変わっていくことになる。髪だけに頼るのではなく、通常の魔法を鍛える。防御魔法を覚える。相手の行動を読む。髪に与える役割を増やす。そうやって一つずつ弱点を潰していけば、いつかは今よりもずっと完成された戦い方になる。
今はまだ、その途中だった。