TS憑依ゼンゼ 作:TS好き
試験会場へ向かう列へ加わった。
前に並んでいる受験者たちは、誰もがそれなりに緊張しているようだった。小声で何かを確認し合っている者もいれば、目を閉じて精神を落ち着かせている者もいる。中には周囲を観察するように視線を動かし、他の受験者の力量を測ろうとしている魔法使いもいた。
そんな様子を眺めながら、特に何をするでもなく列が進むのを待つ。
三級試験。
これまで資格というものを必要としてこなかったゼンゼにとって、初めて受ける正式な試験になる。
だからといって、特別な感慨があるわけではない。
魔法を使えるようになったことを証明するためではなく、今の自分がどの程度の位置にいるのかを確認するために来たのだから、必要以上に気負う理由はなかった。
やがて列の先にある扉が開き、係員が受験者を一人ずつ中へ案内していく。
順番が近づくにつれて、前方にいた受験者が一人、また一人と姿を消していった。
そして、ついに順番が来る。
「次の方、どうぞ」
「はい」
扉を抜けると、そこには広めの部屋が用意されていた。
中央には長机が並び、その向こう側には三人の魔法使いが座っている。いずれも協会の職員らしく、手元には受験者の資料と思われる書類が置かれていた。
中央に座る男性がこちらへ目を向ける。
「受験番号を」
「三級試験、受験番号二十七です」
「確認しました」
書類へ視線を落としたあと、男性は改めてこちらを見る。
「名前をお願いします」
「ゼンゼです」
「……ゼンゼ」
名前を確認するように呟いたあと、男性の視線が足元へ落ちた。
そこから背中を伝って伸びる髪を見て、ほんの少しだけ眉が動く。
「髪が長いですね」
「そうですね」
「戦闘に使うと聞いていますが?」
「使います」
「なるほど」
それ以上は聞かれなかった。
事前に提出した資料に、魔法についてある程度記載されているのだろう。
「では、最初の確認を行います。三級魔法使いとして必要とされる基礎的な知識と、魔法に関する判断能力を確認します」
「分かりました」
「試験中、分からない問題があった場合は無理に答える必要はありません。ただし、問題によっては知識そのものではなく、回答へ至るまでの考え方を確認します」
つまり、単純な暗記試験ではないらしい。
用意された席へ座った。
紙が配られる。
試験開始の合図とともに、一斉に受験者が問題へ目を落とした。
こちらも最初の問題から順番に確認していく。
魔力操作に関する基礎。
術式を構築する際の注意点。
魔法を使用した際に起こり得る魔力の乱れ。
簡単な結界術式の読み取り。
どれも、これまで勉強してきた内容から大きく外れてはいない。
むしろ、知識そのものよりも、魔法をどう扱うかという判断を問う問題が多かった。
例えば、同じ出力の魔法を使用する場合、術式を簡略化する代わりに発動速度を優先するか、それとも発動までの時間を犠牲にして魔力消費を抑えるか。
正解は一つではない。
状況によって選択が変わるからだ。
問題文を読みながら、その条件ならこちらを選ぶ、と判断して答えを書き込んでいく。
しばらくすると、周囲から紙をめくる音が聞こえ始めた。
最初は静かだった部屋にも、少しずつ焦りのようなものが混じっていく。
特に気にせず、最後の問題まで進めた。
そして、最後の問題で手が止まった。
そこには一つの術式が描かれていた。
見覚えのない術式ではない。
ただし、完成された術式ではなかった。
途中で意図的に一部分が欠けている。
問題文には、その術式を完成させた場合に起こる現象と、術式の一部を変更した場合に発生する可能性のある問題について説明せよ、と書かれていた。
しばらく図を眺める。
欠けている部分を埋めるだけなら簡単だ。
でも、それでは問題の意図に答えたことにはならない。
この術式は魔力を一方向へ流す構造になっている。
そのままなら発動自体には問題がないが、一定以上の魔力を流した場合、終端部分へ負荷が集中する。
つまり、出力を上げれば術式が壊れる可能性がある。
ならば別の場所へ循環経路を作ればいい。
その考えを答案へ書き込んだ。
しばらくして終了の合図が鳴る。
「そこまでです。筆記用具を置いてください」
ペンを置いた。
周囲では安堵したような息がいくつも漏れる。
採点のため、答案が回収されていく。
席を立ち、次の試験会場へ移動するよう指示を受けた。
廊下へ出ると、先ほどまでの静けさが嘘のように感じられた。
別の部屋から魔法の発動音が響いている。
火が燃える音。
風が壁を叩く音。
何かが砕ける音。
どうやら、すでに実技試験が始まっているらしい。
案内されたのは、協会の施設内に設けられた訓練場だった。
広い。
天井も高く、周囲の壁には魔法による損傷を防ぐための結界が張られている。
中央には何も置かれていない。
係員が受験者たちへ説明を始める。
「ここからは実技試験になります。内容は三つです。魔力操作、魔法の制御、そして実戦を想定した判断能力を確認します」
受験者の表情が引き締まった。
「なお、相手を負傷させることを目的とした試験ではありません。必要以上の攻撃は禁止します。試験官が危険と判断した場合、その時点で中止します」
なるほど。
純粋な殺し合いではない。
当然といえば当然だ。
資格試験なのだから、相手を殺せるかどうかを見る必要はない。
最初の試験は魔力操作だった。
指定された位置へ魔力を送り、一定時間維持する。
簡単な内容に見えるが、魔力の量だけで押し切ることはできないよう調整されている。
指定された場所へ魔力を流し、必要な量だけを維持した。
「次」
係員が淡々と告げる。
続いて魔力を複数の場所へ同時に送る試験が行われた。
ここで少しだけ考える。
ゼンゼにとっては、髪を扱う訓練のほうが遥かに難しい。
複数の髪へ別々の命令を出しながら、魔力の流れを維持することを繰り返してきたからだ。
その経験が、そのまま役に立った。
指定された複数の魔力反応を同時に維持する。
どれか一つへ集中しすぎないように全体を均等に見る。
数十秒。
問題なく終了した。
「合格圏内です」
係員が小さく呟く。
その言葉には特に反応せず、次の試験へ進む。
そして最後に残ったのが、実戦形式の試験だった。
目の前に一人の魔法使いが立つ。
年齢は二十代後半くらいだろうか。
装備は簡素で、杖も持っていない。
「相手は私が務めます」
「分かりました」
「制限時間は五分。どちらかが戦闘継続不能と判断された場合、そこで終了します」
「はい」
「では、始めます」
その言葉と同時に、相手の魔力が膨らんだ。
速い。
反射的に身体を横へずらす。
直後、立っていた場所を風の塊が通り抜けた。
地面が削れる。
なるほど。
初手から様子を見るつもりはないらしい。
髪へ魔力を通した。
足元まで伸びた髪が一斉に浮き上がる。
正面にいる相手の視線が変わった。
「……これが噂の」
その呟きは聞こえたが、返事はしない。
髪の数本を前方へ伸ばす。
相手が動いた。
右。
それに合わせて髪の軌道を変える。
避けられた。
なら、次。
別の髪を横から回す。
今度は相手が後ろへ下がった。
さらに一本。
逃げ道を塞ぐ。
相手はそこで初めて、こちらの狙いに気づいたようだった。
髪そのものの速度だけで追い込むのではない。
複数の髪を別々の役割に割り当て、相手が動ける場所を少しずつ減らしていく。
これは、ここ数年の訓練で身につけた戦い方だった。
自分自身が相手より速いとは限らない。
だったら、相手の動ける場所を減らせばいい。
一本が攻撃し、二本が逃げ道を塞ぎ、さらに後方の髪が相手の動きを追う。
相手が魔法を放つ。
前方の髪を束ね、防御へ回した。
風の魔法が髪へぶつかる。
数本が弾かれた。
だが、後ろに残した髪が動く。
相手が気づいて振り返る。
その瞬間には、すでに髪の先端が相手の首元で止まっていた。
「そこまで!」
試験官の声が響いた。
「勝敗はつきました。ゼンゼさん、魔法を解除してください」
「分かりました」
髪を戻し、流していた魔力を止める。
試験官がこちらへ歩いてきた。
「かなり特殊な戦い方ですね」
「そうですか?」
「攻撃そのものより、相手の行動を制限することを優先していました」
「そのほうが楽なので」
「なるほど」
試験官は少し考えるようにこちらを見る。
「ただ、一つ気になったことがあります」
「何でしょう?」
「最後の一撃です。あのまま攻撃することもできたはずでは?」
「できます」
「それでも止めた」
「試験なので」
試験官が少しだけ目を細める。
「……合理的ですね」
「そうでしょうか」
「ええ」
それ以上は何も言わなかった。
実技試験を終えると、別室へ案内された。
そこには先ほどの試験官とは別の協会職員が待っていた。
「本日の試験は以上です」
「結果は?」
「正式な結果は後日通知します」
「そうですか」
「ただ、少しだけお伝えしておきます」
職員が手元の資料へ目を落とす。
「今回の試験で、あなたの魔法に関して評価が分かれています」
「何が?」
「髪を使った魔法です」
やっぱりそこか。
「珍しいから?」
「それもありますが、単純に珍しいだけではありません。あの精度で複数の対象を同時に操作するには、かなり高い魔力操作能力が必要です」
「そうなんですね」
「それに、魔法の使い方が少し独特です」
「独特?」
「普通なら、自分の得意な魔法を中心にして、それを強化する方向へ進む人が多い。しかしあなたの場合は、状況に応じて魔法の役割を細かく変えている」
少し考えた。
確かにそうかもしれない。
髪を武器にする。
それだけなら単純だ。
でも、武器だけにする必要はない。
探知にも使える。
防御にも使える。
術式の媒体にもできる。
魔力の貯蔵にも使える。
だから、使えるものは全部使う。
「そのほうが便利なので」
「……そういう考え方をする魔法使いは、あまり多くありません」
職員は苦笑した。
「結果が出るまで少し時間がかかります。今日は宿へ戻って構いません」
「分かりました」
部屋を出る。
廊下を歩きながら、今日の試験を振り返った。
筆記については問題ない。
魔力操作も、これまでの訓練を考えれば当然の結果だった。
実戦についても、特に困ることはなかった。
ただ、最後の戦いで一つだけ気になることがある。
相手の魔法。
風の魔法を使っていた。
威力は十分だったし、動きも悪くなかった。
けれど、知っている魔法使いたちとは少し違う。
原作を知っているからといって、この世界の魔法使いすべてを知っているわけではない。
当然のことなのに、改めて実感した。
知っているのは、あくまで物語として描かれた部分だけだ。
そこに描かれていない魔法使いがいる。
描かれていない魔法がある。
そして、知らない技術も当然存在する。
その事実は、思っていたよりも重要だった。
原作を知っているからといって、未来をすべて知っているわけではない。
なら、これから先も自分で学び続けるしかない。
宿へ戻る道を歩きながら、足元まで伸びた髪を軽く持ち上げた。
試験結果がどうなるかは、まだ分からない。
けれど、少なくとも今日の試験で一つだけ確認できた。
今の自分は、ただ魔法を覚えただけの子供ではない。
正式な資格を得られるかどうかを判断される程度には、魔法使いとして戦えるところまで来ている。
それが分かっただけでも、今回の試験を受けた意味はあった。
あとは結果を待てばいい。
宿へ戻ったら、今日の試験で使った魔法を記録しておこう。
特に、髪を複数の役割へ分けて動かしたときの魔力消費は確認しておきたい。実戦になると、訓練とは違って相手の動きへ合わせて細かな修正が必要になるため、思っていた以上に魔力を使っている可能性がある。
そう考えながら歩いていると、ふと協会の建物を振り返った。
結果がどうなるかは分からない。
ただ、もし三級の資格を得られたのなら、次は何をするか。
それを考えるのは、結果が出てからでいい。
今はまず、今日の試験で見つかった問題を一つずつ整理することにしよう。
そう決めて、再び宿へ向かって歩き始めた。
お気に入りや感想などたくさんしてくださりありがとうございます。
出来るだけ気をつけているのですが、もし、これまでの話やこれからの話で、◯話では〜〜だったのに、描写してないのに◯◯話では〜〜ではなくなっているみたいな矛盾があったら教えてくれると嬉しです。