「夏休み…ですか?」
東京某所、765プロ控室。
茹だるような暑さが続くある日。彼女--如月千早はその提案にやや困惑の顔を見せていた。
それは隣にいるもう一人--二階堂千鶴もまた同様で。
「そうですわ。私たちの公演が無事に終わったということは、裏を返せばこれから沢山色々な申し出が来るという事。その機を逃すのは…」
「スランプ抱えてるのに仕事渡したって80%も出せないと思うんだ。一度リフレッシュも兼ねて、ちゃんと休む時間を渡したい」
眼前の男…彼女たちのプロデューサーはそう言って手元から切符を取り出す。
その言葉にぐうの音も出ない二人。無理もない、薄々本人たちも察していた。「調子が上がってこない」と。
この半年から1年、ずっと全国行脚という名のライブツアーを駆け抜けてきた。大きい所で言えば千早は年始の武道館ソロ、そして7月の合同ライブ。千鶴は3月の公演サポートに5月の主演公演。そして、今はどちらとも終わってからさほど時間が経っていない。
「元々どこか一度落ち着いたタイミングで休みを渡そうと思っていたんだ。社長に言われたのも大きいけど、俺自身もどこかで休もうと思ってたしね。そのタイミングが来た、ってだけだよ」
「…理由は分かりました。休むことも確かに大切ですから。しかし…」
「私たちが休んでも大丈夫ですの?公演もまだまだ続いていきますし、それに…」
「心配には及ばない。青羽さんや律子がうまくまとめてくれている。むしろ『休んでくれないと皆気を遣っちゃいますよ!』って怒られたくらいだから…」
「「あぁ…」」
脳裏に情景がありありと浮かぶ。あの律子や美咲さんの事だ、相当我慢していたのだろう。
ならばその好意に甘えるとしよう。しかし…
「…どうして沼津なんですの?」
切符の到着駅。そこに書かれていた地名。
その問いかけに対して彼はこう話す。
「東京から一番近い、デジタルデトックスができる場所だからさ」
「えぇ〜〜っ!!!??」
「コラ!声が大きい!」
「あはは。でもまぁ、そう言いたくなる気持ちは分かるかなぁ…」
同日、静岡県沼津市の旅館『十千万』。
かの文豪太宰治も愛した古豪に、耳をつんざく様な大声が響いた。
姉二人に嗜められた声の主は高海千歌。この旅館の娘にして、高海三姉妹の末っ子。そして…昨年度のスクールアイドルフェスの覇者、『Aqours』の実質的なリーダー。
すっかり知名度が高くなった彼女だが、地元では相変わらず「元気な末っ子」として可愛がられている。
「…本当に、ウチに泊まりに来るの?」
「ええ。私も俄には信じ難いし、志満姉も同じ。取り次いだフロントに『聞き間違いじゃないかもう一度確認して』って折り返したくらいだもの」
「昔からたまにお忍びで有名人が来るとはお父さん達から聞いてはいたのだけれど…まさか本当だった、とはねえ」
「最近は大体そういうのは淡島のホテルオハラ行くからねえ…このレベルの有名人が来るのって久々じゃないかな…千歌?」
ただならぬ様子の妹を見つめる志満と美渡。当の本人はパンクしそうな脳をフル回転させていた。
「(如月千早さんと二階堂千鶴さんがウチに泊まりに来る!!!どうしようどうしよう!!粗相が無いようにしないと!でもサインも貰いたい…あとみんなに知らせちゃ迷惑だよね!でもでも…うわぁ〜ッッッ!!)」
「こりゃ重症だな…」
「あらら…」
「それで、私たちに相談しに来た、と?」
「うん…」
数日後、スクールアイドル部室。夏休み中ということもあり人気のない校内にあって、千歌のもたらしたその話題は俄に部室内を騒然とさせていた。
「如月千早さんって、あの武道館ソロ公演を二日間満席にしたあの千早さんよね?…本当に来るんだ…」
「芸能人の夏休み、って感じなのかなあ。二階堂さんも多分そうだろうし」
お互いに思案を巡らせるのは、千歌の友人にして同じスクールアイドルの渡辺曜と桜内梨子。梨子に関しては元々東京にいた事もあり、それなりにこの手の話題には明るい。
「この前お姉ちゃんにライブの映像を見せてもらったんだけど、その…」
「ひたすら圧倒されてたねぇ…凄かったずら…」
「あれこそが民衆を導くセイレーン。ヨハネもインスピレーションを受けた…」
「善子ちゃんずっと『うわぁ…』って声しか出てなかったずら」
「善子じゃなくてヨハネ!ずら丸もお菓子の手が止まってたじゃないの!」
ワーキャーと感想を振り返るのは千歌たちの後輩、黒澤ルビィと国木田花丸、そして津島善子(ヨハネだってば!)。
ちなみにルビィの言う「お姉ちゃん」とはすでに卒業済の黒澤ダイヤのこと。現在は同級生だった松浦果南、小原鞠莉と共に夏休みで帰省中。
曰く「凄いアイドルの、凄いライブに立ち会いましたわ…」と、若干語彙力を崩壊させた姉から今後の参考にと勧められライブを鑑賞していたのだ。
「夏休みだから旅館を手伝えって言われたけど…あんな凄い人たちの相手なんて出来るのかなあ…秋の予選まで練習したいのに、余計に集中出来なさそうだよ…」
「あはは…。でも、芸能人とはいえオフなんだし大丈夫じゃないかな」
「オフだからこそだよ!もしも失敗すれば…」
脳裏に浮かぶ姉2人の修羅の顔。想像の世界でネガティブになる千歌を横目に、梨子はそういえば、と問いかける。
「お二人の到着っていつなの?」
「えっと……」
ひいふうみいと指折りする千歌、そして…
「今夜だあああああ!!??」
再び絶叫が部室内に響いたのだった。
知識は今のところアニメ1・2期+劇場版履修程度。
これからぼちぼちと増やしていこうと思いますので、暖かく見守っていただければと。