『Devil May Cry』
――あの後。
シンダーグロー・レイクで起きた一件は、郊外を揺るがす大事件となった。
瀕死の状態だったポンペイに対し、ダンテはわずかに魔力を流し込んだ。エーテル侵蝕そのものを治すことはできなかったが、進行を遅らせることには成功した。そしてポンペイをキャバリエーレに括り付け、そのままホロウの外へ運び出した。
ほどなくして到着したカリュドーンの子たちへ、ダンテはその場で起きたすべてを伝えた。
ルシウスとモルスによる裏切り。エーテル重合触媒によるシンダーグロー・レイクの結晶化。そして、このままでは火の湖が完全に失われ、郊外の人々の生命線が断たれてしまうこと。
それを聞いたシーザーは、火打石を手に取った。
そして――バイクに跨ったまま、火の湖へ飛び込んだ。
走り屋は自由だ。この場所が駄目になったのなら、別の場所へ移ればいい。
だが、この土地でしか生きられない者たちもいる。
だからこそ、シーザーは自らの命を賭けた。
初代覇者がそうしたように、シンダーグロー・レイクへ飛び込み、大爆発を引き起こしたのだ。
その光景を見たルーシーは、膝から崩れ落ちた。
そして、ただ愕然と涙を流した。
――だが。
その直後、上空に空間の裂け目が現れた。
その裂け目から、一台のバイクが勢いよく飛び出してくる。
「うおおおおおおおおっ!!」
シーザーだった。
誰もが何が起きたのか理解できなかった。だが、彼女は生きていた。
後の調査によれば、炎の噴出口の下には何十年もの間、空間の裂け目が存在していたらしい。初代覇者もまた、その裂け目を通って帰還したのだという。
しかし当時の人々は、エーテルや空間の裂け目について詳しい知識を持っていなかった。そのため、初代覇者の生還は――。
「太陽と炎の神の加護」
そう語り継がれることになった。
一方、ポンペイは一命を取り留めた。
だが、この事件をきっかけに覇者を引退することを決めた。そしてシーザーは、ポンペイが最初にゴールしたという事実を尊重し、自らを正式な覇者とは名乗らなかった。
代わりに――『覇者代理』。
そう名乗ることになった。
ルシウスとモルスの行方は、未だ分かっていない。
しかし、イアスが記録していた視覚データによって、二人の企みと悪行は郊外中に知れ渡った。少なくとも、彼らが何をしようとしていたのかを隠すことは、もうできなかった。
――そして、それから数日後。
ダンテは、新エリー都にある自分の事務所へ戻っていた。
「……。」
事務所の中は静かだった。
いつものように雑然とした室内。その中央に置かれた長机の上には、ダンテの武器が並べられている。
コヨーテA。
アグニ&ルドラ。
アストラル。
ケルベロス。
そして床には、巨大な魔具――キャバリエーレ。少し離れた場所にはスパイラルも立て掛けられている。
ダンテは椅子に座り、それらを眺めていた。
「……増えたな」
改めて見ると、随分な数だった。
以前から持っていた武器に加え、郊外での一件によってアグニとルドラまで戻ってきた。
ダンテは腕を組み、しばらく考える。
そして。
「……どれを売るか」
その時だった。
――バァン!!
勢いよく事務所の扉が開いた。
「ダンテー!」
「……。」
ダンテが顔を上げる。
そこに立っていたのはシーザーだった。その後ろにはオルペウス。そして、オルペウスの機械仕掛けの尾の先には、赤い銃身を持つ竜頭型のデバイス――鬼火が取り付けられている。
「お邪魔するであります、ダンテさん」
オルペウスが軽く頭を下げる。
『おい、貴様!』
「……。」
『どうして何の連絡も入れずに郊外へ行った!?』
ダンテはしばらく鬼火を見る。
「聞いてる」
『なら返事をしろ!』
「分かったよ」
『その返事が気に入らん!』
「……面倒くせぇな」
「姉さん、落ち着いてくださいであります」
オルペウスが慌てて宥める。
『私は落ち着いている!』
「どう見ても怒ってるけどなぁ……」
シーザーが苦笑すると、鬼火の3Dの目が鋭く吊り上がった。
『貴様は黙っていろ!』
「なんで俺まで!?」
『貴様もあの時、無茶をしただろう!』
「いや、それは……」
シーザーが気まずそうに目を逸らす。
どうやら、ここに来るまでの道中、三人で色々と話をしていたらしい。
「……まあ、否定できないな」
「まったく」
オルペウスが小さくため息を吐いた。
「お二人とも、無茶をしすぎであります」
『その通りだ!』
鬼火が大きく口を開く。
ダンテは少しだけ目を細めた。
鬼火の口調は相変わらず荒い。だが、その奥にあるものが何なのか、ダンテにも分かっていた。
「悪かったよ。次からは連絡する」
『……分かればいい』
オルペウスがほっとしたように笑う。
「よかったであります」
その時、オルペウスの視線が部屋の中央へ向いた。
「……あれ?」
長机の上に並べられた武器。そして床に置かれたキャバリエーレ。
オルペウスが目を丸くする。
「武器が……ずいぶん増えましたね」
「ああ」
シーザーも机へ近づく。
「すげぇな……。こんなに持ってたのか?」
「最近増えた」
「それは分かるんですけど……」
オルペウスは並べられた武器を眺めた。
「どうして、こうして並べているのでありますか?」
ダンテは少し考えた。
そして、平然と答える。
「どれを質屋に売ろうか悩んでる」
「…………」
シーザーが固まった。
オルペウスも固まる。
鬼火も固まった。
そして――アグニとルドラまでもが固まった。
「……質屋?」
「質屋でありますか?」
『……質屋?』
「そう」
ダンテは何でもないことのように頷いた。
鬼火の目が細くなる。
『おい。まさか貴様……』
「最近、懐が寂しくなってきてな」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
シーザーとオルペウスが同時に叫んだ。
『!?』
鬼火まで驚きの声を上げる。
しかし――その直後だった。
「ダンテ!」
「我らを質屋に売るというのか!?」
長机の上から、突然二つの声が響いた。
「「…………」」
シーザーとオルペウスが凍りつく。
「……え?」
シーザーがゆっくりと振り返る。
オルペウスも目を見開いたまま、机の上を見る。
「……い、今……」
「喋った……でありますか?」
『……。』
鬼火も無言だった。
赤い銃身の先にある3Dの目が、ゆっくりとアグニとルドラへ向く。
『武器が……喋っただと?』
鬼火の目が大きく見開かれる。
「しかも二つ……」
オルペウスの尻尾が驚きのあまりピンと伸びた。
「ダンテ」
シーザーが恐る恐る尋ねる。
「……今の、武器から聞こえたよな?」
「聞こえたな」
「……」
「……」
三人が同時にアグニとルドラを見る。
刀に刻まれた二つの顔が、きょとんとしたように瞬きをする。
「どうした?」
ルドラも首を傾げる。
「何かおかしいのか?」
「「いやいやいやいや!!」」
シーザーとオルペウスが同時に叫んだ。
「喋ったぁぁぁぁぁ!?」
「喋る魔具でありますかぁぁぁぁぁ!?」
『貴様ら、落ち着け!』
鬼火が怒鳴る。
だが。
「いや、お前も驚いてるだろ!?」
シーザーが鬼火を指差す。
『……』
鬼火の目が左右に泳ぐ。
『……驚いてなどいない』
「めちゃくちゃ驚いてるじゃねぇか!」
『黙れ!』
「というか、隊長!」
オルペウスも思わず声を上げる。
「鬼火隊長も喋る武器であります!」
『私は例外だ!』
「何が例外なんだ!?」
『うるさい!』
そんな三人をよそに、アグニとルドラは至って真剣な顔で話し続ける。
「それよりもダンテ!」
「我らの話を聞いているのか!?」
「お前らな……」
ダンテは頭を掻いた。
「こいつらはアグニとルドラだ」
「よろしく!」
「よろしく頼む!」
「……」
シーザーはアグニとルドラを見つめた。
「……魔具なんだよな?」
「ああ!」
「その通り!」
「……剣なのに?」
「剣だからこそだ!」
「なるほど……?」
シーザーは腕を組む。
「いや、分からん」
オルペウスも困惑したように首を傾げた。
「私も、さっぱり分からないであります……」
『私もだ』
鬼火がぼそりと呟く。
「隊長も!?」
『うるさい!』
「おいおい……」
ダンテは呆れながら三人を見る。
「そんなに驚くことか?」
「驚くに決まってるだろ!」
シーザーが即答する。
「今まで普通の武器だと思ってたものが、いきなり喋り始めたんだぞ!?」
「しかも二本であります!」
「我らは二人で一つだからな!」
「そうだ!」
「だから二本なのに二人なのだ!」
「……」
シーザーの表情がさらに困惑する。
「……なんだか余計に分からなくなってきた」
「同感であります」
オルペウスも頷く。
鬼火はアグニとルドラをじっと見つめる。
『……貴様ら』
「なんだ?」
『武器なのに、ずいぶんとうるさいな』
「「何だと!?」」
アグニとルドラが同時に反応する。
『事実だろう』
「我らはお喋りが好きなのだ!」
「言葉とは心と心を繋ぐものだからな!」
『……』
鬼火が少し黙る。
そして。
『……気が合いそうで気に入らんな』
「なんだそれは!?」
「失礼な奴だ!」
「お前も十分うるさいけどな」
ダンテが横から口を挟む。
『貴様は黙っていろ!』
「はいはい」
ようやくシーザーが我に返った。
「……待てよ」
そして、机の上に並ぶ武器を改めて見る。
「じゃあ、これも喋るのか?」
シーザーがケルベロスを指差す。
「こいつは?」
「喋らねぇ」
「これは?」
アストラルを指差す。
「喋らねぇ」
「キャバリエーレは?」
「喋らねぇな」
「じゃあ、なんでこいつらだけ……」
「昔からこうなんだよ」
ダンテが答える。
「昔から……」
シーザーはアグニとルドラを見る。
二人は誇らしげに胸を張った。
「我らは特別なのだ!」
「そう! 選ばれし魔具だからな!」
「……」
シーザーは数秒黙った。
そして。
「……ダンテ」
「ん?」
「やっぱり、こいつら売らない方がいいんじゃないか?」
「なんでだ?」
「こんなの質屋に持っていったら、絶対店員が腰抜かすぞ」
「……」
ダンテは少し考える。
オルペウスも頷いた。
「私もそう思うであります」
『私もだ』
鬼火が大きく口を開く。
『絶対に質屋などに持っていくな!』
「なんでだ?」
『なんでだ、だと!?』
鬼火の目が大きく見開かれる。
『こんな強力な武器を質屋になど持っていくな!』
ダンテは小さく息を吐いた。
「まあ……」
そして、椅子の背もたれに身体を預ける。
「しばらくは持っとくか」
「本当か!?」
シーザーが笑う。
「よかったな!」
「……」
アグニとルドラが顔を見合わせる。
「よかったな、ルドラ!」
「うむ、アグニ!」
「我らは売られずに済んだ!」
「実にめでたい!」
「……」
ダンテは苦笑する。
「しばらくはな」
『しばらく!?』
「……」
『おい、ダンテ!』
「はいはい」
事務所に鬼火の怒鳴り声が響くのであった。