『Devil May Cry』
郊外の空き地。
先ほどまで邪兎屋とアキラたちが集まっていた場所は、今や妙な緊張感に包まれていた。その原因は――対ホロウ特別行動部第六課。
星見雅、月城柳、浅羽悠真、そして蒼角。新エリー都でも名の知れた四人が、そこに揃っている。
そして彼らは、到着して早々に一つの要求を突きつけてきた。
「我々だけで話を聞かせてもらう」
――パールマンへの単独審問。
雅がそう告げると、柳、悠真、蒼角を含めた四人はパールマンを空き地の片隅へ連れていった。そこには机も椅子も、ましてや建物すらない。それでも四人の執行官がパールマンを取り囲んだだけで、まるで本物の取調室が出来上がったかのような圧力が生まれていた。
「ま、待て! 私はすでにすべて話したぞ!?」
「ええ。ですから、確認です」
柳が穏やかに微笑む。その笑顔が、逆に怖かった。
「最初から、もう一度お願いします」
「……。」
パールマンの顔が引きつる。
「……はい」
そして――しばらくして。
「ほんとにだいじょぶ?」
遠巻きにその様子を眺めていた猫又が、心配そうに呟いた。
空き地の片隅では、パールマンが泣いていた。
「うぅ……私は……私はただ……!」
しかし次の瞬間には、突然顔を上げる。
「いや、待て! あれは私の責任じゃない!」
「ハハハハハ! そうだ! 私は悪くない!」
かと思えば、今度は両手で顔を覆って、
「うわああああああん!!」
また泣き始める。
猫又は頬を引きつらせた。
「だるまのオッサン、さっきから泣いたり笑ったり忙しいぞ……あ、また地面に突っ伏して泣いてる……」
案の定、パールマンは地面に顔を伏せていた。
「うぅぅぅ……!」
「どんな質問されたら、あんなリアクションになるわけ……?」
「防衛軍の取り調べでも、似たようなものが見られるわ」
隣に立っていたアンビーが淡々と答える。視線の先には、パールマンを囲む四人の執行官。
「けど、道具を使わずに言葉だけであんな風にするなんて……」
アンビーは少し考える。
「……あの執行官たちは天才みたい」
その言葉に、アキラは苦笑するしかなかった。
「……否定はできないな」
少し離れた場所では、星見雅が腕を組んだまま審問の様子を見つめていた。彼女自身は一言も発していない。それでも、時折パールマンへ向ける視線だけで十分な圧力を与えている。
やがて、柳がパールマンへ何かを告げる。
パールマンは数秒間固まったあと、ゆっくりと立ち上がった。
「いやぁーっ!!」
ニコが両手を頭に乗せる。
「も、もう取り調べは終わったの!? 早いわねー、さすがは象だわ!」
「象?」
雅が振り返った。
「私はキツネだ」
「そこはどうでもいいのよ!」
ニコは即座に言い返す。
「それで、どうかしら? 本当に嘘じゃなかったでしょ?」
得意げに胸を張る。
「ヴィジョンの背後には黒幕がいて、それが何を隠そう、あのブリンガー次期総監なのよ!」
「貴方はブリンガー長官が犯罪に関与していると示唆しましたが……」
柳が眼鏡を押し上げた。
「ほら来た!」
「……あの証人が司法取引を求めて提供した情報は、現時点では『ほかに主犯がいる』ということのみです」
柳はあくまで淡々と説明する。
「この両者には、天と地ほどの開きがあります」
「……。」
ニコの眉がぴくぴくと動いた。
「あ~ら。専門的なご高説をどうもありがと、学級委員長さん」
「……。」
「でも、あんたの意味不明な説明じゃ、これからどうしたいかってのが一ミリも見えてこないわよ!」
「柳の専門的な語彙は、私にもよくわからない」
雅が口を挟んだ。
「おい、ボス」
悠真が小声で呟く。
「本人の前で言っちゃうんだ……」
しかし雅は気にする様子もない。
「だが、私は彼女の判断を無条件に信じることにしている。ヴィジョン事件の背後については、もっと踏み込んだ調査が要るだろう」
「ふっ……」
その瞬間、柳の口元がほんの僅かに緩んだ。
「ちょっと!」
ニコが即座に指を突きつける。
「あんたいま、こっそり笑ったでしょ!」
「……。」
「見えたわよ! 『勝った……』みたいな顔したの!!」
「メガネの位置を直しただけですが、なにか?」
「絶対ウソよ!」
「事実です」
「むかつく~~~!」
そんな二人のやり取りを眺めながら、猫又が鼻を鳴らした。
「へん! どうせあんた、学校でひとりもトモダチいなかったでしょ?」
「猫又!」
アキラが思わず声を上げる。
だが、悠真は吹き出した。
「ははは、わかるなあ~。副課長って絶対、先生に贔屓されてるタイプの委員長だったって」
「……浅羽隊員?」
柳の笑顔が消えた。
「はい?」
「後で書類を」
「……あ、はい」
「大量に」
「……。」
悠真の顔が引きつる。
「それは勘弁してほしいなあ……。」
その時だった。
「そこまでよ」
アンビーの声が響いた。
先ほどまでの軽い空気が、一瞬で消える。
アンビーは四人の執行官を見ていた。
「……?」
悠真が目を細める。
「私は、それ以上前に進むなと言ったの」
アンビーの視線が、周囲をゆっくりと巡る。
「十二時」
正面。
「九時」
左。
「六時……」
背後。
「あなたたちは明らかに、私たちを包囲するように移動してる。そういうの、気に入らないわ」
声は冷静だった。だが、そこには明確な警戒心があった。
「何も意図がないなら、私の死角に入るような真似はしないで」
沈黙。
先ほどまで口論をしていた誰もが、突然口を閉ざした。空き地を吹き抜ける風の音だけが聞こえる。
アンビーの冷静かつ厳格な声音が、周囲の雰囲気を一変させていた。
「へーえ……」
悠真が小さく笑う。
「鋭いんだね」
その金色の瞳が、ビリーへ向いた。
「ひょっとして、そこのメカちっくな彼がホルスターに手をかけてるのも……偶然じゃない感じかな?」
「……。」
ビリーの手は、確かに銃へ伸びていた。
「委員長の姉ちゃんが、その伸び縮みする柄を離したら……俺も手をおろすさ」
柳の手には、いつの間にか骸薙ぎが握られていた。伸縮自在の柄が、わずかに展開している。
「ちょ、ちょっと!」
ニコが慌てて両者を見る。
「どうしちゃったのよ、みんな……?」
そして雅へ振り返った。
「アンビーの言ってることは本当なの? ちょっと、お武家ギツネ! あんた、なに企んじゃってるワケ!?」
雅は静かに答えた。
「先ほど述べたように、ヴィジョン事件の背後については、もっと踏み込んだ調査が要る」
そして、視線を場の中央へ向ける。
「そして……我らが連行すべき証人は、パールマンだけではない」
空気が凍った。
新エリー都における当代最年少の虚狩り、星見雅。その凛とした視線が向けられた先に立っていたのは――アキラと、その隣にいる赤いコートの男。
ダンテ。
「……。」
アキラが瞬きをする。
「ん? 連行するって……僕をかい?」
ダンテは何も言わなかった。ただ、雅を見返している。その表情には、驚きも焦りもない。
柳が一歩前へ出る。
「ここで貴方にお会いすることも、我々にとっては想定外でした」
眼鏡の奥の瞳が、アキラを見据える。
「独立調査チームの責任者様」
一拍。
「いえ……プロキシ様とお呼びすべきでしょうか?」
「……。」
アキラの表情が固まった。
「……。」
ニコも固まる。猫又、アンビー、ビリーも同様だった。
ただし――ダンテだけは変わらない。
「ははっ」
悠真が肩をすくめた。
「民間人にしては大したスキルだと思ってたけど……『副業』で場数を踏んでたんだとしたら、まあ納得だよね」
金色の瞳がアキラを観察する。
「いや……零号ホロウのほうが副業って可能性もあるかな?」
「ちょっと!」
ニコが割って入る。
「こいつはヴィジョンの件とは無関係でしょ!?」
「パールマンの供述によると――」
柳は淡々と続けた。
「件の不祥事には、全体を通して『あるプロキシ』の関与があったとのことでした。工事を引き継いだ白祇重工に起こったことについても、我々の調べで同様にプロキシの介入が判明しています」
ニコの顔が引きつった。
「更には、治安局の証人護送にまつわる飛行船の件。そして郊外……たしか郊外はこのほど、彼らの伝統にまつわる重要な催事を行ったばかりだそうですね」
柳の視線がアキラを捉える。
「責任者様が再びこの地を訪れたのは、偶然でしょうか?」
「ぐ……」
ニコが歯を食いしばった。
「ぐぐぐ……!」
そして叫ぶ。
「偶然に決まってるでしょ!」
「ニコ……」
「あたしは何も知らないわよ! こいつとあたしたち邪兎屋は、それはもう昔なじみのお得意様同士なのよ! 本当に事件とは無関係だわ!」
ニコはアキラの肩を掴み、まるで自分の身を盾にするように前へ出た。
「ニコ、ちょっと……」
「安心して!」
突然、蒼角が胸を張った。
「いろいろ調べて大丈夫だったら、ふつうはちゃんとシャクホーするから! だからシッポがふたつのおねえちゃん、こわいカオしないで!」
「……。」
柳が目を細める。
「シッポが二つ……?」
「うん!」
蒼角は自信満々に頷いた。
「……なるほど」
柳は何かを納得したように頷く。
「そこは後で訂正しましょう」
「そこ!?」
ニコが叫んだ。
だが、雅は笑っていなかった。
「新エリー都は今、極めて稀な時期にある」
その声に、全員が静かになる。
「各役職の要たる方々が一堂に会しているのだ。何か起きた時には、都市運営の根幹が揺らぐだろう」
「もっちろん分かってるわよ!」
ニコが反論する。
「だからわざわざあんたを呼んで、黒幕探しを手伝ってもらおうとしたんじゃないの! どうして無関係な人間を巻き込まなきゃいけないワケ!?」
雅の目が細くなる。
「お前が我らに見せたのは、如何様にも形をとる陰謀の断片……そしてお前の主張する『真相』とは、その可能性の中の一パターンに過ぎない」
「だからって――!」
「都市の潜在的脅威は、何であれ徹底的に排除する」
雅の声が響く。
「それがH.A.N.D.の流儀だ」
「でも……!」
ニコが食い下がる。
「こいつは本当に、脅威でも悪人でもないんだってば!」
雅はニコを真っ直ぐ見た。
「除悪務本――『悪』たるを定むるは、我らをおいて他になし」
ニコの表情が強張る。
「たとえこの者が『悪』でなくとも、真相に迫る何かを持つ可能性がある。お前がそれを遠ざけようとするほど、私の疑念は確信へと傾く」
「……っ」
「我ら対ホロウ六課の支援が欲しくば――こちらに協力することだ」
雅の瞳が鋭く光る。
「邪兎屋のニコ」
その言葉には、冗談の余地など一切なかった。
虚狩り、星見雅。
その視線には、まるで威圧感そのものが具現化したかのような圧があった。普段は怖いもの知らずのニコですら、珍しく言葉を失う。
「……。」
ほんの短いあいだ、ニコの視線が泳ぐ。
やがて歯を食いしばると、雅の前に立ちはだかった。
「……考えが変わったわ」
「……。」
「今回はあたしの勘違いだった。だから、あんたたちの助けもいらない」
強がるように笑う。
「……なんて言ったら、回れ右してくれるかしら? 往復分の交通費くらいは持ったげるわよ」
「……。」
雅は静かにニコを見る。
「ニコ……私はもはや、H.A.N.D.に入りたての青二才ではないのだぞ」
「ちっ……」
ニコが顔を歪める。
「ものの分別がついてない頃のあんたは、そりゃあ可愛げがあったわよ……!」
ニコは一度だけ振り返った。
アキラ。
猫又。
アンビー。
ビリー。
そして――ダンテ。
「プロキシ……ごめん」
「ニコ?」
「あたしたちじゃ、たいした時間稼ぎにもならないかもだけど……」
拳を握りしめる。
「できるだけ遠くに――」
その瞬間だった。
「……!」
ダンテの目が鋭くなる。
誰よりも早かった。
ほんの僅かな空気の変化。
遠くから聞こえる、微かな音。
ダンテが振り向く。
「――伏せろ!」
「え?」
次の瞬間――。
パァン――!
乾いた銃声が、夜の郊外に響き渡った。
まるで夏の夜空に打ち上がる花火のような、短い音だった。