『Devil May Cry』
郊外ホロウ。
黒い壁のような空間を抜けた先には、現実とはかけ離れた異様な景色が広がっていた。崩壊した建物、宙に浮かぶ瓦礫。紫色のエーテルが霧のように漂い、遠くではエーテリアスの咆哮が響いている。
その中を、一台の大型バイクが駆け抜けていた。
「ったく……」
キャバリエーレを駆るダンテは、前方を見据えながらアクセルを開ける。
「随分と派手に吹っ飛んだが……アキラたちは無事だろうな」
先ほどミサイルを受けてホロウへ飛び込んでいったトラック。その後を追い、ダンテもこの異常空間へと侵入していた。
しばらく進んだところで、ダンテの視界に二つの人影が映った。
「……ん?」
一人はアキラ。そしてもう一人は――星見雅。
「見つけたか」
ダンテは速度を落とす。しかし、すぐに眉をひそめた。
「……何だ?」
二人の様子がおかしい。
アキラは雅から少し離れた場所に立ち、何かを警戒している。そして雅は――。
「……。」
動かない。
彼女の手に握られている妖刀――無尾。その刀身から、赤い炎が噴き出していた。
「……!」
次の瞬間、ボッ! と赤い狐火が一気に膨れ上がる。雅の身体を包み込むように、幾つもの炎が渦を巻いた。
「星見さん!」
アキラが叫ぶ。
「星見雅さん!!」
「……っ!」
雅の瞳が見開かれる。
「これは……!」
彼女自身にも、何が起きているのか理解できていない。
狐火の中から、いくつもの声が響いた。
『斬れば楽になる……』
「……!」
『刀を慰めよ』
『斬れ』
それは一人の声ではなかった。幾重にも重なった男女の声――星見家、歴代当主たちの怨念。
雅が頭を押さえる。狐火がさらに激しく燃え上がった。
「星見さん!」
「来るな!」
「どうすればいい!?」
雅が苦しげに叫ぶ。
「鞘で……!」
彼女は手元の鞘へ視線を向けた。
「鞘で封じられるか!?」
「……やってみろ!」
「分かった!」
アキラは迷わなかった。そのまま狐火の中へ飛び込む。
「うおおおおっ!」
熱風が身体を叩く。皮膚が焼けるような熱さ。それでもアキラは前へ進み、無尾の鞘を掴んだ。
「星見さん!」
「……っ!」
「押し込む!」
アキラが刀を鞘へ戻そうとする。しかし――。
「ぐっ……!」
刀が動かない。まるで何かに押し返されているようだった。
「なんだこれ……!」
「無尾が……!」
雅も必死に刀を押さえる。
「私の力だけでは……!」
「なら――」
その時だった。
「手ぇ貸すぜ」
「……!」
炎の向こうから声が響いた。赤いコートが見える。
「ダンテ!?」
「話は後だ」
ダンテは狐火の中へ躊躇なく踏み込んだ。
「こういう厄介な奴は――二人で押し込めばいいんだろ?」
「助かる!」
ダンテがアキラの隣に立ち、鞘を掴む。
「いくぞ!」
「うおおおおおっ!」
二人が同時に力を込めた。
「ぐっ……!」
「ぬぅ……!」
刀が少しずつ鞘へ入っていく。だが、狐火は激しく抵抗する。
「ダンテ!」
「押せ!」
「分かってる!」
二人がさらに力を込める。
「――これで!」
ガキンッ!
最後の一押し。無尾が完全に鞘へ収まった。
瞬間――ボッ! と狐火が一気に消滅する。
「……。」
静寂。
雅がその場に立ち尽くしている。アキラは荒い息を吐きながら、その場に座り込んだ。
「……やったか?」
「……。」
ダンテは無尾を見つめる。
「どうやら収まったみたいだな」
だが――。
雅の視線がダンテへ向いた。その目には、明確な警戒が浮かんでいる。
「……貴様」
「あ?」
「なぜここにいる」
「アキラを追ってきた」
「……。」
雅は刀へ手を伸ばす。
「待ってくれ、星見さん」
アキラが立ち上がった。
「ダンテは敵じゃない。僕たちを助けてくれたんだ」
「……そうなのか?」
「そういうことだ」
ダンテは肩をすくめる。
「ま、依頼人が死んだら報酬も貰えねぇからな」
「……。」
雅はしばらくダンテを見つめていた。そしてようやく、刀から手を離した。
――その直後。
郊外ホロウエリア。座標も不明な地点。
「……。」
雅は瓦礫の上に腰を下ろしていた。アキラは少し離れた場所から彼女を見ている。
「こほん」
わざとらしく咳払いをする。
「星見さん、調子はどうだい?」
「……。」
雅がゆっくり顔を上げる。
「その質問をするのは、もう三度目だな。なんだ?」
「ああ、すまない……」
アキラは苦笑した。
「映画にしか出てこないような経験をしたものだから。あの奇妙な炎の旋風は、とうてい人体に無害なようには見えなかったし……」
「大事ない。心配は無用だ」
「そうか」
アキラは頷く。
「ただ、星見さん……毛先が燃えて、チリチリになってしまっているけれど?」
「……。」
雅の目が僅かに動く。
「……星見家は、代々くせっ毛なのだ」
「いや、明らかに――」
「私の心配は無用だと言っている」
雅は淡々と告げた。
「この程度、比にならない修羅場をいくつもくぐってきた」
「そうか……」
アキラは納得したように頷いた。
そして――。
「星見さん、まずい!」
「何っ!?」
「刀から火花が出ている!」
「……!」
雅が即座に無尾を見る。
「……。」
何もない。
「……。」
「……。」
アキラが笑った。
「ごめんよ、嘘だ」
「……。」
「明らかに動揺していたようだね」
「……笑えないな」
雅の眉間に皺が寄る。
「これは至って正常な反応だ!」
「分かったよ。僕はただ――」
「雅!」
ダンテが突然叫んだ。
「体から狐火が出ている!!」
「どこだ――!?」
雅が勢いよく立ち上がる。
しかし――。
「嘘だぜ」
「…………。」
ダンテはニヤリと笑う。
「これだけ立て続けに騙されるようでは……やはりさっきから、内心穏やかじゃないんだろ」
「……。」
雅の顔が引きつった。
「……貴様ら!」
「おっと」
「私を幾度も愚弄して、どういうつもりだ……?」
「うっ……!」
アキラが慌てて両手を上げる。
「誤解だ、僕はただ、君の助けになりたいと……! 他意はない!」
「……。」
「星見家の人間は、同じ間違いを三度犯さないと言ったね……」
アキラは少し真剣な顔になる。
「星見さん、さっきので三度目だ。これは事態が深刻だという証左だろう?」
「…………。」
雅は何も言わなかった。
だが、キツネの少女の目から、徐々に憤怒の色が抜けていく。やがてそれは、困惑とほんの少しの焦りに取って代わられた。
「……先ほど刀が制御を失ったとき」
雅が口を開く。
「お前たちは、なんの備えもなしに狐火の中へ飛び込んだな」
「……。」
「なぜだ?」
アキラは少し考える。
「出口の方向が算出できたのなら、私を置いて脱出することもできたはずだ。その手が後ろに回る憂いとも、それきりだったというのに」
アキラは静かに答えた。
「僕が星見さんのプロキシだからだ」
「……。」
「たとえ一時的な協力関係に過ぎないとしても、君を連れて脱出すると約束した以上は、必ず連れ出してみる」
ダンテが横から口を挟む。
「俺はただ依頼を遂行しているだけだぜ」
「……!」
雅は目を見開いた。
「……。」
そして再び、何かを考え込むように押し黙った。
しばらくして――雅は腰の無尾を抜いた。そして、自分たちの前へ差し出す。
「これは、星見の家に代々伝わる家宝だ」
アキラとダンテが刀を見る。
「歴代の当主に従い、勧善懲悪を成してきた」
雅は鞘を見つめる。
「……父上が鞘を誂えてくださってからこのかた、異常が起きたことはなかった。零号ホロウの核心エリアに深く踏み入った時でさえ、暴走することなど無かったのだ……」
雅の表情が僅かに曇る。
「故に、あれが起きた理由は見当もつかない。おそらくは外的な要因だろう。父上であれば何か知っているかもしれないが……ホロウを離れねば尋ねることもできまい」
雅は少し遠くを見る。
「それに今日、父上は市長と会っているはずだ。おおかた今頃は、自分のグラスに注がれたワインをジュースとすり替えるのに忙しいだろう……どのみち、だめだな」
アキラが無尾へ視線を向ける。
「その刀、少し見せてもらっていいだろうか?」
「……なんだ」
雅が眉を上げる。
「お前はプロキシであるだけでなく、刀匠の心得もあると?」
「そういうわけではないけれど……」
アキラは鞘へ視線を移した。
「その鞘、知能化されているだろう。君さえよければ、僕のほうで調べてもいい」
アキラは自分の目を指差す。
「僕の両目に入っているインプラントは、ある程度なら電子機器にアクセスできるんだ。メインの機能は依然としてだめだけどね。その鞘に手掛かりがあるかもしれないだろう?」
「……。」
雅は迷った。
やがて――。
「……さ、鞘だけなら」
少しだけ言葉に詰まりながら続ける。
「触れることを許そう……」
「ありがとう」
アキラは鞘を受け取った。
インプラントを起動すると、視界に大量の情報が流れ込んでくる。
「うーん……」
「どうだ?」
「この刀の知能データ構造……どこか見覚えがある」
「見覚えが?」
「なんというか……」
データを追いながら、アキラが呟く。
「まるで、ホロウ観測データが作る迷路のようだ……」
「……。」
「鞘の中に……何かを『閉じ込める』必要があったと……?」
雅が問う。
「修復の見込みはあるか?」
「データスタンドの演算パワーを、もう一度借りる必要がある」
アキラは周囲を見渡す。
「次の地点への近道がある。先に進もう」
こうして三人は、ホロウの奥へ進み始めた。
途中、幾度もエーテリアスが襲いかかってきた。
「来るぞ!」
ダンテがリベリオンを振り抜く。
――ズガァンッ!
エーテリアスが吹き飛ぶ。それでも三人は足を止めない。
目的は一つ。データスタンド。
そして――。
「……ここか」
最後のデータスタンド。その前には巨大な扉が立ちはだかっていた。だが、扉の前には大量のエーテリアスが蠢いている。
「来たな」
ダンテがエボニー&アイボリーを抜く。
「撃退するぞ!」
「はい!」
「心得た!」
銃声と斬撃がホロウ内に響き渡る。
最後のエーテリアスが倒れた。
「よし」
アキラが端末を操作する。
「開いた」
重い扉がゆっくりと開く。
だが――。
ピィィィィィッ!
突然、警報音が鳴り響いた。
「まさか警報が鳴るとは……!」
アキラが顔をしかめる。
「急ぐぞ」
雅が即座に答える。
「刀を受け取れ。敵の襲撃に気をつけろ」
アキラへ鞘を渡す。
「分かった」
アキラはデータスタンドへ向かった。
「星見さん、少し待っていてくれ。鞘のデータモジュールを調整してみるよ」
雅が問う。
「プロキシ、本当にそれを修理できると?」
「心配ご無用だ」
アキラは笑う。
「ここに来る途中、何度もシミュレーションをした。やってみせる」
端末へ手を伸ばす。
「とにかく、任せてくれ!」
アキラが作業を開始する。
データが次々と流れていく。
「……ここの構造を……」
「……。」
「違う。こっちだ」
インプラントが負荷を上げる。
「ぐっ……! ゴホゴホッ……!」
それでもアキラは手を止めない。
「よし……!」
最後のデータが接続される。
「これでうまくいくはずだ!」
「プロキシ!」
「星見さん! 刀を!」
アキラが立ち上がる。
「ゴホゴホッ……!」
雅が無尾を受け取る。
「礼を言う!」
その直後、複数のエーテリアスが接近してきた。
「敵は私たちに任せ、お前は早く隠れろ!」
「分かった!」
アキラはすぐに物陰へ身を隠す。
ダンテが肩を回し、二丁拳銃を構えた。
「さて……エーテリアス退治といくか!」
――ズダダダダダッ!!
銃声が響く。
雅も無尾を抜き放った。
「……!」
一閃。
エーテリアスが斬り裂かれる。
ダンテの銃弾が敵を吹き飛ばし、雅の刃が残った敵を切り伏せていく。
やがて――最後のエーテリアスが倒れた。
雅が刀を鞘へ収める。
「……。」
静かに息を吐く。
「出てきていいぞ、プロキシ」
物陰からアキラが顔を出す。
「刀が言うことを聞くようになった」
「……。」
しかし――アキラは動かなかった。
「プロキシ?」
雅が首を傾げる。
「どうした、プロキシ……!?」
「……。」
アキラの身体が僅かに揺れる。
「プロキシ!」
雅が駆け寄る。
「どうした!?」
「大丈夫……」
アキラは額を押さえる。
「ただ……急に頭がくらっとしただけだ」
「……。」
だが、それはただの立ちくらみではなかった。
視界が歪む。ホロウの景色がぼやけていく。
「……あれ?」
足元が揺れる。
「おい、アキラ」
ダンテが異変に気付く。
「……。」
アキラの意識が急速に遠ざかっていく。
「アキラ!」
雅が手を伸ばす。
しかし――届かない。
視界が暗くなる。
音が遠ざかる。