悪魔も泣き出す新エリー都   作:オムライスα

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Wanna know the name?

『Devil May Cry』


第二十一話 妖刀

 

 

 郊外ホロウ。

 

 黒い壁のような空間を抜けた先には、現実とはかけ離れた異様な景色が広がっていた。崩壊した建物、宙に浮かぶ瓦礫。紫色のエーテルが霧のように漂い、遠くではエーテリアスの咆哮が響いている。

 

 その中を、一台の大型バイクが駆け抜けていた。

 

「ったく……」

 

 キャバリエーレを駆るダンテは、前方を見据えながらアクセルを開ける。

 

「随分と派手に吹っ飛んだが……アキラたちは無事だろうな」

 

 先ほどミサイルを受けてホロウへ飛び込んでいったトラック。その後を追い、ダンテもこの異常空間へと侵入していた。

 

 しばらく進んだところで、ダンテの視界に二つの人影が映った。

 

「……ん?」

 

 一人はアキラ。そしてもう一人は――星見雅。

 

「見つけたか」

 

 ダンテは速度を落とす。しかし、すぐに眉をひそめた。

 

「……何だ?」

 

 二人の様子がおかしい。

 

 アキラは雅から少し離れた場所に立ち、何かを警戒している。そして雅は――。

 

「……。」

 

 動かない。

 

 彼女の手に握られている妖刀――無尾。その刀身から、赤い炎が噴き出していた。

 

「……!」

 

 次の瞬間、ボッ! と赤い狐火が一気に膨れ上がる。雅の身体を包み込むように、幾つもの炎が渦を巻いた。

 

「星見さん!」

 

 アキラが叫ぶ。

 

「星見雅さん!!」

 

「……っ!」

 

 雅の瞳が見開かれる。

 

「これは……!」

 

 彼女自身にも、何が起きているのか理解できていない。

 

 狐火の中から、いくつもの声が響いた。

 

『斬れば楽になる……』

 

「……!」

 

『刀を慰めよ』

 

『斬れ』

 

 それは一人の声ではなかった。幾重にも重なった男女の声――星見家、歴代当主たちの怨念。

 

 雅が頭を押さえる。狐火がさらに激しく燃え上がった。

 

「星見さん!」

 

「来るな!」

 

「どうすればいい!?」

 

 雅が苦しげに叫ぶ。

 

「鞘で……!」

 

 彼女は手元の鞘へ視線を向けた。

 

「鞘で封じられるか!?」

 

「……やってみろ!」

 

「分かった!」

 

 アキラは迷わなかった。そのまま狐火の中へ飛び込む。

 

「うおおおおっ!」

 

 熱風が身体を叩く。皮膚が焼けるような熱さ。それでもアキラは前へ進み、無尾の鞘を掴んだ。

 

「星見さん!」

 

「……っ!」

 

「押し込む!」

 

 アキラが刀を鞘へ戻そうとする。しかし――。

 

「ぐっ……!」

 

 刀が動かない。まるで何かに押し返されているようだった。

 

「なんだこれ……!」

 

「無尾が……!」

 

 雅も必死に刀を押さえる。

 

「私の力だけでは……!」

 

「なら――」

 

 その時だった。

 

「手ぇ貸すぜ」

 

「……!」

 

 炎の向こうから声が響いた。赤いコートが見える。

 

「ダンテ!?」

 

「話は後だ」

 

 ダンテは狐火の中へ躊躇なく踏み込んだ。

 

「こういう厄介な奴は――二人で押し込めばいいんだろ?」

 

「助かる!」

 

 ダンテがアキラの隣に立ち、鞘を掴む。

 

「いくぞ!」

 

「うおおおおおっ!」

 

 二人が同時に力を込めた。

 

「ぐっ……!」

 

「ぬぅ……!」

 

 刀が少しずつ鞘へ入っていく。だが、狐火は激しく抵抗する。

 

「ダンテ!」

 

「押せ!」

 

「分かってる!」

 

 二人がさらに力を込める。

 

「――これで!」

 

 ガキンッ!

 

 最後の一押し。無尾が完全に鞘へ収まった。

 

 瞬間――ボッ! と狐火が一気に消滅する。

 

「……。」

 

 静寂。

 

 雅がその場に立ち尽くしている。アキラは荒い息を吐きながら、その場に座り込んだ。

 

「……やったか?」

 

「……。」

 

 ダンテは無尾を見つめる。

 

「どうやら収まったみたいだな」

 

 だが――。

 

 雅の視線がダンテへ向いた。その目には、明確な警戒が浮かんでいる。

 

「……貴様」

 

「あ?」

 

「なぜここにいる」

 

「アキラを追ってきた」

 

「……。」

 

 雅は刀へ手を伸ばす。

 

「待ってくれ、星見さん」

 

 アキラが立ち上がった。

 

「ダンテは敵じゃない。僕たちを助けてくれたんだ」

 

「……そうなのか?」

 

「そういうことだ」

 

 ダンテは肩をすくめる。

 

「ま、依頼人が死んだら報酬も貰えねぇからな」

 

「……。」

 

 雅はしばらくダンテを見つめていた。そしてようやく、刀から手を離した。

 

 ――その直後。

 

 郊外ホロウエリア。座標も不明な地点。

 

「……。」

 

 雅は瓦礫の上に腰を下ろしていた。アキラは少し離れた場所から彼女を見ている。

 

「こほん」

 

 わざとらしく咳払いをする。

 

「星見さん、調子はどうだい?」

 

「……。」

 

 雅がゆっくり顔を上げる。

 

「その質問をするのは、もう三度目だな。なんだ?」

 

「ああ、すまない……」

 

 アキラは苦笑した。

 

「映画にしか出てこないような経験をしたものだから。あの奇妙な炎の旋風は、とうてい人体に無害なようには見えなかったし……」

 

「大事ない。心配は無用だ」

 

「そうか」

 

 アキラは頷く。

 

「ただ、星見さん……毛先が燃えて、チリチリになってしまっているけれど?」

 

「……。」

 

 雅の目が僅かに動く。

 

「……星見家は、代々くせっ毛なのだ」

 

「いや、明らかに――」

 

「私の心配は無用だと言っている」

 

 雅は淡々と告げた。

 

「この程度、比にならない修羅場をいくつもくぐってきた」

 

「そうか……」

 

 アキラは納得したように頷いた。

 

 そして――。

 

「星見さん、まずい!」

 

「何っ!?」

 

「刀から火花が出ている!」

 

「……!」

 

 雅が即座に無尾を見る。

 

「……。」

 

 何もない。

 

「……。」

 

「……。」

 

 アキラが笑った。

 

「ごめんよ、嘘だ」

 

「……。」

 

「明らかに動揺していたようだね」

 

「……笑えないな」

 

 雅の眉間に皺が寄る。

 

「これは至って正常な反応だ!」

 

「分かったよ。僕はただ――」

 

「雅!」

 

 ダンテが突然叫んだ。

 

「体から狐火が出ている!!」

 

「どこだ――!?」

 

 雅が勢いよく立ち上がる。

 

 しかし――。

 

「嘘だぜ」

 

「…………。」

 

 ダンテはニヤリと笑う。

 

「これだけ立て続けに騙されるようでは……やはりさっきから、内心穏やかじゃないんだろ」

 

「……。」

 

 雅の顔が引きつった。

 

「……貴様ら!」

 

「おっと」

 

「私を幾度も愚弄して、どういうつもりだ……?」

 

「うっ……!」

 

 アキラが慌てて両手を上げる。

 

「誤解だ、僕はただ、君の助けになりたいと……! 他意はない!」

 

「……。」

 

「星見家の人間は、同じ間違いを三度犯さないと言ったね……」

 

 アキラは少し真剣な顔になる。

 

「星見さん、さっきので三度目だ。これは事態が深刻だという証左だろう?」

 

「…………。」

 

 雅は何も言わなかった。

 

 だが、キツネの少女の目から、徐々に憤怒の色が抜けていく。やがてそれは、困惑とほんの少しの焦りに取って代わられた。

 

「……先ほど刀が制御を失ったとき」

 

 雅が口を開く。

 

「お前たちは、なんの備えもなしに狐火の中へ飛び込んだな」

 

「……。」

 

「なぜだ?」

 

 アキラは少し考える。

 

「出口の方向が算出できたのなら、私を置いて脱出することもできたはずだ。その手が後ろに回る憂いとも、それきりだったというのに」

 

 アキラは静かに答えた。

 

「僕が星見さんのプロキシだからだ」

 

「……。」

 

「たとえ一時的な協力関係に過ぎないとしても、君を連れて脱出すると約束した以上は、必ず連れ出してみる」

 

 ダンテが横から口を挟む。

 

「俺はただ依頼を遂行しているだけだぜ」

 

「……!」

 

 雅は目を見開いた。

 

「……。」

 

 そして再び、何かを考え込むように押し黙った。

 

 しばらくして――雅は腰の無尾を抜いた。そして、自分たちの前へ差し出す。

 

「これは、星見の家に代々伝わる家宝だ」

 

 アキラとダンテが刀を見る。

 

「歴代の当主に従い、勧善懲悪を成してきた」

 

 雅は鞘を見つめる。

 

「……父上が鞘を誂えてくださってからこのかた、異常が起きたことはなかった。零号ホロウの核心エリアに深く踏み入った時でさえ、暴走することなど無かったのだ……」

 

 雅の表情が僅かに曇る。

 

「故に、あれが起きた理由は見当もつかない。おそらくは外的な要因だろう。父上であれば何か知っているかもしれないが……ホロウを離れねば尋ねることもできまい」

 

 雅は少し遠くを見る。

 

「それに今日、父上は市長と会っているはずだ。おおかた今頃は、自分のグラスに注がれたワインをジュースとすり替えるのに忙しいだろう……どのみち、だめだな」

 

 アキラが無尾へ視線を向ける。

 

「その刀、少し見せてもらっていいだろうか?」

 

「……なんだ」

 

 雅が眉を上げる。

 

「お前はプロキシであるだけでなく、刀匠の心得もあると?」

 

「そういうわけではないけれど……」

 

 アキラは鞘へ視線を移した。

 

「その鞘、知能化されているだろう。君さえよければ、僕のほうで調べてもいい」

 

 アキラは自分の目を指差す。

 

「僕の両目に入っているインプラントは、ある程度なら電子機器にアクセスできるんだ。メインの機能は依然としてだめだけどね。その鞘に手掛かりがあるかもしれないだろう?」

 

「……。」

 

 雅は迷った。

 

 やがて――。

 

「……さ、鞘だけなら」

 

 少しだけ言葉に詰まりながら続ける。

 

「触れることを許そう……」

 

「ありがとう」

 

 アキラは鞘を受け取った。

 

 インプラントを起動すると、視界に大量の情報が流れ込んでくる。

 

「うーん……」

 

「どうだ?」

 

「この刀の知能データ構造……どこか見覚えがある」

 

「見覚えが?」

 

「なんというか……」

 

 データを追いながら、アキラが呟く。

 

「まるで、ホロウ観測データが作る迷路のようだ……」

 

「……。」

 

「鞘の中に……何かを『閉じ込める』必要があったと……?」

 

 雅が問う。

 

「修復の見込みはあるか?」

 

「データスタンドの演算パワーを、もう一度借りる必要がある」

 

 アキラは周囲を見渡す。

 

「次の地点への近道がある。先に進もう」

 

 こうして三人は、ホロウの奥へ進み始めた。

 

 途中、幾度もエーテリアスが襲いかかってきた。

 

「来るぞ!」

 

 ダンテがリベリオンを振り抜く。

 

 ――ズガァンッ!

 

 エーテリアスが吹き飛ぶ。それでも三人は足を止めない。

 

 目的は一つ。データスタンド。

 

 そして――。

 

「……ここか」

 

 最後のデータスタンド。その前には巨大な扉が立ちはだかっていた。だが、扉の前には大量のエーテリアスが蠢いている。

 

「来たな」

 

 ダンテがエボニー&アイボリーを抜く。

 

「撃退するぞ!」

 

「はい!」

 

「心得た!」

 

 銃声と斬撃がホロウ内に響き渡る。

 

 最後のエーテリアスが倒れた。

 

「よし」

 

 アキラが端末を操作する。

 

「開いた」

 

 重い扉がゆっくりと開く。

 

 だが――。

 

 ピィィィィィッ!

 

 突然、警報音が鳴り響いた。

 

「まさか警報が鳴るとは……!」

 

 アキラが顔をしかめる。

 

「急ぐぞ」

 

 雅が即座に答える。

 

「刀を受け取れ。敵の襲撃に気をつけろ」

 

 アキラへ鞘を渡す。

 

「分かった」

 

 アキラはデータスタンドへ向かった。

 

「星見さん、少し待っていてくれ。鞘のデータモジュールを調整してみるよ」

 

 雅が問う。

 

「プロキシ、本当にそれを修理できると?」

 

「心配ご無用だ」

 

 アキラは笑う。

 

「ここに来る途中、何度もシミュレーションをした。やってみせる」

 

 端末へ手を伸ばす。

 

「とにかく、任せてくれ!」

 

 アキラが作業を開始する。

 

 データが次々と流れていく。

 

「……ここの構造を……」

 

「……。」

 

「違う。こっちだ」

 

 インプラントが負荷を上げる。

 

「ぐっ……! ゴホゴホッ……!」

 

 それでもアキラは手を止めない。

 

「よし……!」

 

 最後のデータが接続される。

 

「これでうまくいくはずだ!」

 

「プロキシ!」

 

「星見さん! 刀を!」

 

 アキラが立ち上がる。

 

「ゴホゴホッ……!」

 

 雅が無尾を受け取る。

 

「礼を言う!」

 

 その直後、複数のエーテリアスが接近してきた。

 

「敵は私たちに任せ、お前は早く隠れろ!」

 

「分かった!」

 

 アキラはすぐに物陰へ身を隠す。

 

 ダンテが肩を回し、二丁拳銃を構えた。

 

「さて……エーテリアス退治といくか!」

 

 ――ズダダダダダッ!!

 

 銃声が響く。

 

 雅も無尾を抜き放った。

 

「……!」

 

 一閃。

 

 エーテリアスが斬り裂かれる。

 

 ダンテの銃弾が敵を吹き飛ばし、雅の刃が残った敵を切り伏せていく。

 

 やがて――最後のエーテリアスが倒れた。

 

 雅が刀を鞘へ収める。

 

「……。」

 

 静かに息を吐く。

 

「出てきていいぞ、プロキシ」

 

 物陰からアキラが顔を出す。

 

「刀が言うことを聞くようになった」

 

「……。」

 

 しかし――アキラは動かなかった。

 

「プロキシ?」

 

 雅が首を傾げる。

 

「どうした、プロキシ……!?」

 

「……。」

 

 アキラの身体が僅かに揺れる。

 

「プロキシ!」

 

 雅が駆け寄る。

 

「どうした!?」

 

「大丈夫……」

 

 アキラは額を押さえる。

 

「ただ……急に頭がくらっとしただけだ」

 

「……。」

 

 だが、それはただの立ちくらみではなかった。

 

 視界が歪む。ホロウの景色がぼやけていく。

 

「……あれ?」

 

 足元が揺れる。

 

「おい、アキラ」

 

 ダンテが異変に気付く。

 

「……。」

 

 アキラの意識が急速に遠ざかっていく。

 

「アキラ!」

 

 雅が手を伸ばす。

 

 しかし――届かない。

 

 視界が暗くなる。

 

 音が遠ざかる。

 

 

 

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