『Devil May Cry』
しばらくして――。
ホロウエリアの外。
郊外の、とある荒野。
地面に横たわっていたアキラの身体から、急速な侵蝕によって生じていた痺れが、少しずつ抜けていく。
ぼんやりとしていた意識も、徐々にはっきりしてきた。
そして――。
「どうだ、起きたか……?」
聞き覚えのある声が聞こえる。
「おお……!」
ビリーだった。
「アキラが目を開けたぜ!」
続いて、別の声が響く。
「アキラが目を覚ましたぜ!」
ダンテの声だった。
「ぜー……ぜー……」
その横では、ニコが荒い息を吐きながら膝に手をついている。
「ようやくのお目覚めね! 死ぬほど疲れたわ……」
「アンビー、委員長、あんたたちは平気?」
「ふぅ……私は平気」
アンビーが軽く息を整える。
「猫又、そこのケースに水が入ってるから、持って来て」
「分かったにゃ!」
猫又が駆け出していく。
その声を聞いた瞬間――。
「お兄ちゃん!!」
今度は、聞き慣れた少女の声。
「やっと目が覚めたんだね!」
リンがアキラの顔を覗き込む。
「気分はどう? 目はまだ痛む? 体のほかの場所は平気?」
「……リン?」
アキラはゆっくりと目を開いた。
そして、何度か瞬きをする。
「おや……」
視界を確認する。
「目のメイン機能が回復している……?」
「本当!?」
リンが身を乗り出す。
「まだ頭痛とめまいがするけれど……」
アキラは身体を起こそうとする。
「それとなぜか、みぞおちが痛くて、頬と口の周りがヒリヒリする……」
「そりゃまあ、色々あったからな」
ダンテが苦笑する。
「むしろ、その程度で済んでるのが奇跡だぜ」
「……そうなのか?」
「俺が見た限りじゃ、かなり危なかった」
ダンテは腕を組む。
「あと少し遅かったら、冗談抜きで笑えないことになってたかもしれねぇ」
「……。」
アキラは周囲を見回す。
「僕は……ホロウから出られたのか?」
そして、小さく呟く。
「夢ではなく?」
「夢なんかじゃないわよ」
ニコが腰に手を当てる。
「あんたはもう、とっくにホロウの外よ!」
「そうか……」
アキラは安堵の息を吐いた。
「よかった……」
「もしこれで意識がはっきりしなかったら、あんたの片割れがあたしをホロウに蹴り込んでたわね!」
「おいおい」
ダンテが苦笑する。
「ニコ、お前……相変わらず怖ぇこと言うなぁ」
「うるさいわね!」
ニコが睨む。
「それくらい心配だったってことよ!」
その時――。
アキラの耳元から、機械的な声が響いた。
『おかえりなさい、マスター』
「フェアリー?」
『私がイアスを通して、貴方様の眼部知能インプラントを調整しました』
「そうだったのか……」
『対ホロウ六課責任者、星見雅があなたをホロウから連れ出したのは、約三十分前のことです』
「三十分……」
『その時点で検査した結果、貴方様は致死量寸前のエーテルエネルギーに暴露しており、部分的な侵蝕症状を発症していました』
アキラの表情が固まる。
『ホロウ離脱後も拒絶反応が進行して合併症を引き起こし、深刻な心肺停止状態に陥る可能性があったため、邪兎屋と対ホロウ六課により専門的な蘇生措置が試みられ――』
「そ、そのへんでいいってば!」
ニコが慌てて遮る。
「とにかく命の危機だったから、緊急でやることやっただけよ! 以上!」
そしてアキラを指差す。
「戻ったらすぐ病院に行って、ちゃんとした侵蝕治療を受けなさいよね!」
「分かってるよ」
アキラは苦笑する。
「ニコ……」
「何よ?」
「六課の人たちと、仲直りしたみたいだね?」
「仲直りっていうか……」
ニコは気まずそうに視線を逸らす。
「まあ……色々あったのよ」
「そう言えば――」
アキラは周囲を見回す。
「星見さんは?」
そして、心配そうに続けた。
「あの人は無事だっただろうか?」
その時だった。
背後から、凛とした声が響いた。
「私に心配は無用だ」
アキラが振り返る。
そこには、いつものように落ち着いた表情を浮かべた雅が立っていた。
「今度こそな」
「星見さん!」
「さすがですねえ、課長!」
浅羽悠真が笑う。
「侵蝕でぶっ倒れた人を抱えて大立ち回り……それで自分には、侵蝕のしの字もないんですから」
「俺もいたけどな」
ダンテが横から口を挟む。
「お前も随分と余裕だったな」
雅がダンテを見る。
「俺は丈夫なんでね」
ダンテは肩をすくめる。
「それに、目の前で死にかけてる奴を放っておく趣味もない」
「……。」
「それに依頼の途中だったからな」
ダンテはニヤリと笑う。
「途中で依頼人を死なせちゃ、俺の腕にも傷がつく」
「相変わらず、口が減らないな」
雅が小さく息を吐いた。
「褒め言葉として受け取っとくぜ」
ダンテが笑う。
その時、月城柳が浅羽へ問いかけた。
「浅羽隊員、捕虜から自白は引き出せましたか?」
「吐くには吐きましたけど……たいした情報は」
悠真は頭を掻く。
「唯一、裏付けが取れたのは、僕らの推測が正しかったってことくらいですかね」
「待ってくれ」
アキラが眉をひそめる。
「何の話だい? 全然ついて行けていないんだ」
「じゃあ、あたしが説明するわ」
ニコが腕を組む。
「あんたの車がホロウに落ちたあと……重武装の傭兵集団に囲まれて、そっちに対処せざるを得なかったの」
「その最中に、六課の三人が現れたというわけです」
柳が補足する。
「悪いヨーヘイたちは、わたしたちを追いかけてて――」
蒼角が身振りを交えながら説明する。
「わたしたちはボスを追いかけてたの! ボスはホロウにドーンしちゃったけど、ちょうどジャトヤのおねーさんたちがホーイされてたんだよ!」
「ええ」
ニコが頷く。
「とにかく切羽詰まってたから、その場は共闘して傭兵どもを撃退したわ」
「その後、あたしたちはあんたを探す準備を始めた」
「ちょうどそこへ、六課にお武家ギツネから通信があったのよね」
ニコが雅を見る。
「『あんたが一緒にいて、めちゃくちゃヤバイ状態だ』って!」
「……。」
「それで、あたしたちが慌てて駆け付けた頃には――」
ニコの顔が少し真剣になる。
「あんたは地面に倒れて、ぴくりともしてなかったわ」
そして雅を見る。
「その時のお武家ギツネといったら、もう……」
「それは言わなくていい」
雅が即座に遮った。
「あーら……」
ニコがニヤニヤする。
「柄にもなく恥ずかしがっちゃってるワケ?」
「……もし喋ったら」
雅の声が低くなる。
「お前が行っていた蘇生処置について、何もかもこの場で話す」
「げっ……!」
ニコの顔が引きつる。
「分かったわよ!」
そして咳払い。
「とにかく、あたしたちは大急ぎであんたを助けて、今に至るってカンジね」
「それと、お武家ギツネいわく、あんたの逮捕は保留らしいわ」
「事情がちゃんとハッキリするまでは、引き続き共同戦線ってことだな」
ダンテが言う。
「少なくとも今は、俺たちの敵じゃないってわけだ」
「そういうことだ」
雅が頷く。
アキラは少し安心したように息を吐いた。
「それなら……」
しかし、先ほどの会話を思い出す。
「待った」
アキラが柳を見る。
「さっき、捕虜がどうのと言っていたのは何の話だい?」
ニコの表情が曇った。
「あたしたち、ケンカを吹っ掛けてきた奴らから情報を引き出さないといけないのよ」
「なんたって……」
柳が静かに続ける。
「ヴィジョン・コーポレーションの一件の重要参考人であり、司法取引を求めていた証人――パールマンですが」
「彼はあなたと同じ車に乗っていました」
「……!」
アキラの表情が変わる。
「車が破壊され、貴方がホロウに転落した一方で――」
柳の声が重くなる。
「彼は我々を襲撃した一団によって、連れ去られたのです」
「パールマンが……?」
アキラは拳を握った。
ホロウから脱出できた。
それだけでも大きな出来事だった。
だが――。
パールマンは、まだ敵の手の中にいる。
「ぬかったわ……」
ニコが悔しそうに呟く。
「結局はめられちゃうなんて……」
「パールマンもさらわれちゃったし、とっとと連中の行き先を聞き出さないと」
そしてアキラを見る。
「プロキシ、この辺りはもう安全じゃないわ」
「特にあんたは侵蝕されてるんだし……」
ニコはきっぱりと言った。
「ひとまず、六分街に戻って休んでて!」
「でも、パールマンが――」
「尋問はお武家ギツネたちに任せときましょ」
「捕虜が口を割るのも、もう時間の問題だわ」
「みんな……」
パイパーが遠くを見ながら口を開く。
「もう、あんまし時間はないかもだぜい」
「何?」
「うちの大将曰く、傭兵の一団がこっちに向かってるらしいからなあ」
「はぁ!?」
ニコが叫ぶ。
「もう追手が来てるワケ!?」
「慌てなさんなって、ニコ」
パイパーはいつもの調子で続ける。
「うちの大将から、もひとつ伝言だあ」
そして、にやりと笑った。
「『郊外で好き勝手するなんざ、オレ様が許さねえ』ってさ」
「何人来ようと……」
パイパーは拳を握る。
「段ボールに詰めて、着払いで送り返してやるぜい」
「ハハッ!」
ダンテが笑う。
「いいねぇ。その送り返し作業、俺も手伝おうか?」
「おうよ!」
パイパーが笑う。
「任せな」
ダンテはエボニー&アイボリーを軽く確認する。
「ただし――」
ニヤリと笑う。
「段ボールに詰める前に、ちょっとばかり痛い目は見てもらうけどな」
「……それ、着払いで済むの?」
アキラが苦笑する。
「さあな」
ダンテは肩をすくめる。
「送り先が地獄にならないようには、努力してやるよ」
「それ、逆じゃない?」
「細かいことは気にすんな」
そのやり取りを見ていたビリーが、少し躊躇いながらニコへ近づいた。
「ニ、ニコの親分!」
「なーにモジモジしてんのよ」
ニコが振り返る。
「シーザーたちを手伝いたいってんでしょ?」
「ううっ!」
ビリーの目が輝く。
「さっすがニコの親分! 俺のこと分かってるぜ!」
そして拳を握る。
「安心してくれ! スターライトナイトの名にかけて、親分に恥をかかせたりはしねぇ!」
「いいわ」
ニコが頷く。
「それじゃ、手分けして行動するわよ!」
「カリュドーンの子は追手を頼んだわ」
「おう!」
パイパーたちが頷く。
「それと、あたしとアンビー、猫又は近くの敵を引き付ける」
ニコはアキラを見る。
「その間にプロキシの車が街へ戻れるように援護する」
「分かった」
アンビーが頷く。
「任せて」
「まかせるにゃ!」
猫又も拳を握る。
「プロキシ……」
ニコが改めてアキラを見る。
「あたしたちのことは心配しないで」
「こっちが片付いたら連絡するわ!」
「……分かった」
アキラは頷く。
「みんなも気をつけて」
「そっちこそ!」
ニコが叫ぶ。
「絶対に無茶するんじゃないわよ!」
「分かってるよ」
ダンテがアキラの肩を軽く叩く。
「無茶するなよ」
「ダンテ?」
「さっきみたいに倒れられちゃ、追いかける俺たちが大変なんでな」
「……善処するよ」
「善処じゃなくて、ちゃんと休め」
ダンテは笑う。
「今回の依頼で一番難しい仕事かもしれねぇけどな」
「休むことが?」
「そういう奴ほど、休めって言われた瞬間に何か始めるからな」
「……否定できないな」
「だろ?」
ダンテは笑った。
「アキラ、パールマンのことは俺たちも忘れちゃいねぇ」
「……うん」
「無事に帰ってこられたんだ。今はそれで十分だ」
ダンテはキャバリエーレへ向かう。
こうして、アキラは仲間たちに見送られながら六分街へ戻ることになった。
◇
六分街。
「ただいま……」
ビデオ屋の扉を開け、アキラが店内へ入る。
「お兄ちゃん!」
リンがすぐに駆け寄ってきた。
「本当に大丈夫?」
「うん……まだ少し頭が重いけどね」
「絶対に無理しないでよ?」
「分かってる」
アキラは苦笑する。
「今日はもう休むよ」
「本当?」
「ああ」
「約束だからね!」
「分かったよ」
リンがようやく安心したように笑う。
「……長い一日だったな」
ホロウからの大脱出。
それは事件の終わりではなかった。
むしろ――。
ここからが、本当の始まりだった。