悪魔も泣き出す新エリー都   作:オムライスα

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Wanna know the name?

『Devil May Cry』


第二十三話 星見雅

 

 

――デビルメイクライ。

 

新エリー都の一角に構えられた、悪魔退治を生業とする便利屋。その事務所の中は、いつも通りだった。

 

壁際には武器が立てかけられ、ソファには読みかけの雑誌。そして中央の机では、ダンテが椅子に座り、腕を組んでいた。

 

頭の中にあるのは、今日起きた一連の事件。

 

パールマン。武装した傭兵。ホロウ。そして――星見雅。

 

「……妙だな」

 

ダンテは天井を見上げる。

 

今回の事件には、何か引っかかるものがある。

 

最初は単なる護衛任務だった。しかし蓋を開けてみれば、車両は襲撃され、ホロウへ落下。その中では妖刀が暴走し、アキラは侵蝕によって倒れた。

 

さらに、ホロウから脱出した直後にはパールマンが武装集団に拉致されている。

 

「一つの事件にしちゃ、役者が多すぎるぜ」

 

ダンテは腕を組み直す。

 

「しかも、まだ何か隠れてやがる……」

 

その時だった。

 

――ドォォォォォンッ!!

 

突然、事務所の入口が爆発した。

 

轟音と共に扉が吹き飛び、破壊された扉がダンテ目掛けて飛んでくる。

 

「おっと!」

 

ダンテは反射的に机を脚で蹴り飛ばした。机が盾となって飛来した扉を受け止め、木片が床へ散らばる。

 

「……ったく。今日はどうして、こう物騒なんだ?」

 

壊れた入口の向こうから、複数の武装した男たちが姿を現した。

 

軍用装備に身を包み、防弾アーマーを着込んだ男たち。その手には銃器が握られている。一斉に銃口がダンテへ向けられた。

 

「動くな!」

 

「大人しく武器を捨てろ!」

 

「我々と一緒に来てもらう!」

 

「…………。」

 

ダンテは無言で彼らを見る。

 

「聞こえなかったのか! 大人しくついてこい!」

 

それでもダンテは答えなかった。

 

ただ、ゆっくりと歩き始める。

 

「おい! 止まれ!」

 

銃口が一斉にダンテを追う。

 

だが、ダンテが向かった先は敵ではなかった。

 

部屋の隅に置かれていた、新品のジュークボックス。

 

「何をしている!」

 

ダンテは答えず、ジュークボックスの前で立ち止まる。そして、何事もなかったかのようにボタンを押した。

 

カチッ。

 

次の瞬間、重厚なギターサウンドが事務所内に響き渡る。ロックな曲が流れ始めた。

 

「……何?」

 

反乱軍の一人が呆気に取られる。

 

ダンテは曲に合わせるように、足先を小さく動かした。

 

「何をしている……?」

 

ダンテは振り返り、ニヤリと笑う。

 

「知らねぇのか? 音楽は戦いを盛り上げるんだぜ」

 

「撃て!」

 

反乱軍が一斉に発砲する。

 

ダンテは身体を僅かに傾けながら弾丸をかわし、腰からエボニー&アイボリーを抜いた。

 

しかし、銃口が向いた先は敵ではない。

 

天井だった。

 

「……まずは一曲目だ」

 

――ズダンッ!

 

放たれた弾丸が、天井のシーリングファンの結合部を正確に撃ち抜く。

 

ギギギギ……。

 

シーリングファンが大きく揺れた。

 

「な……?」

 

「ま、まずい!」

 

――ガシャァァァン!!

 

巨大なシーリングファンが天井から落下し、反乱軍の中央へ直撃した。

 

「うわぁぁぁっ!」

 

「避けろ!」

 

――ドォン!!

 

数人の男たちがまとめて吹き飛ばされる。

 

「ぐあっ!」

 

「うおおっ!?」

 

「な、なんだこいつ……!」

 

残った反乱軍が慌てて銃を構える。

 

ダンテは口元を吊り上げた。

 

「さて……」

 

――ズダダダッ!

 

エボニー&アイボリーが火を噴く。正確な射撃によって、男たちの武器だけが次々と弾き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

「銃が!」

 

「くそっ!」

 

一人が銃を捨て、ダンテへ突っ込んでくる。

 

「遅いって」

 

ダンテは一歩踏み込み、その拳をアーマーへ叩き込んだ。

 

――ドゴッ!!

 

「ぐあっ!」

 

防具越しにも強烈な衝撃が伝わり、男の身体が浮き上がる。そのまま腕を掴み、床へ叩きつけた。

 

――ドゴォン!!

 

「ぐ……」

 

男はそのまま気絶した。

 

「次!」

 

背後から別の男が殴りかかってくる。

 

ダンテは振り返りもしない。伸びてきた腕を掴み、そのまま投げ飛ばす。

 

――ドゴォン!!

 

男の身体が机へ叩きつけられ、動かなくなった。

 

そして、残ったのは一人だけだった。

 

「ひっ……!」

 

男は銃を捨て、両手を上げる。

 

「ま、待ってくれ! 俺は降参する!」

 

ダンテが歩み寄る。

 

「もう戦わない! だから――」

 

ダンテは銃を下ろした。

 

「そうか」

 

男が安堵した、その瞬間。

 

「今だ!」

 

懐からピストルを抜く。

 

――ズダンッ!

 

しかし、引き金が引かれるより早く、エボニー&アイボリーの弾丸がピストルだけを撃ち抜いた。

 

「な――」

 

床へ落ちた拳銃を見つめる男。

 

ダンテの銃口から、僅かに煙が立ち上っている。

 

「降参した奴が、いきなり撃つか?」

 

「ひっ……!」

 

「それ、反則だぜ」

 

――ドゴッ!!

 

最後の一人も床へ沈んだ。

 

事務所に静寂が戻る。

 

流れ続けるロック。床に倒れた反乱軍。そして、完全に破壊された入口。

 

ダンテは壊れた扉を眺めた。

 

「……修理代、高そうだな」

 

小さくため息を吐いた、その時だった。

 

ポケットから着信音が鳴る。

 

「ん?」

 

ダンテは緊急用の携帯を取り出した。

 

「もしもし?」

 

『ダンテ!』

 

聞き慣れた声。パエトーン兄妹だった。

 

「おう。どうした?」

 

『そっちは大丈夫!?』

 

「大丈夫……とは言いにくいな」

 

ダンテは壊れた入口を見る。

 

「ちょっと風通しが良くなった」

 

『……風通し?』

 

「ドアがなくなった」

 

『えぇ!?』

 

「まあ、死人は出てない」

 

『それならよかった……って、よくないよ!』

 

リンの声が聞こえる。

 

『何があったの!?』

 

「襲撃者のお客さんが来たんだよ。歓迎パーティーはもう終わったけどな」

 

『襲撃者!?』

 

「ああ。そっちは?」

 

『その……』

 

アキラが少し言葉を濁す。

 

『僕たちのほうも、色々あったんだ』

 

ダンテは表情を引き締めた。

 

「何があった?」

 

アキラから語られたのは、Random Playで起きた出来事だった。

 

あの後、店には「選挙期間中のパトロール」という名目で治安官が押しかけてきたという。

 

だが、兄妹が窮地に陥ったその時、フェアリーから救援信号を受けた朱鳶と青衣が現れた。

 

そして、こうなれば事情を説明しないわけにはいかなかった。

 

『朱鳶さんは、僕たちがこんなことをしていたって知って……かなりショックを受けていたよ』

 

「まあ……そりゃそうだろうな」

 

ダンテは苦笑する。

 

「親しいと思ってた相手に秘密があったんだ。驚くのも無理はない」

 

『でも、雅さんに免じて今日いっぱいの調査を認めてくれた』

 

「星見雅に?」

 

『うん』

 

「へぇ……随分と信頼されてるじゃねぇか、あのお嬢さん」

 

『それで、雅さんたちはパールマンの奪還に成功したんだけど――』

 

アキラの声が重くなる。

 

『ホロウの出口で、ブリンガーたちが待ち受けていた』

 

「……ブリンガーか」

 

『パールマンと一緒に現れた六課に対して、犯罪加担の疑惑を向けてきたらしい』

 

「面倒な話になったな」

 

『柳さんが、「我々は雅の独断専行を止めようとしていただけである」と主張して……』

 

「……つまり?」

 

『結果として、雅さんだけが逮捕された』

 

ダンテは目を細めた。

 

「星見雅だけが?」

 

『うん』

 

「他の連中は?」

 

『パールマンは白祇重工に匿われることになった』

 

「なるほどな」

 

ダンテはゆっくりと息を吐く。

 

「で、今は?」

 

『さっき連絡があってね。雅さんを乗せた車両が特定できたらしい』

 

「……!」

 

『だから、その車両を追ってほしい』

 

ダンテはしばらく黙った。

 

そして、口元を僅かに吊り上げる。

 

「なるほど。事務所を襲ってきた連中、パールマンを拉致した武装集団、それに逮捕された星見雅……。どうやら全部、繋がってきたみたいだな」

 

『ダンテ……』

 

「分かった。俺が追う」

 

『本当に大丈夫?』

 

「心配すんな。ちょうど今、暇になったところだ」

 

『……その言い方、すごく不安なんだけど』

 

「気にするな」

 

ダンテは倒れている反乱軍を一瞥した。

 

「それに、あのお嬢さんには借りがある」

 

『借り?』

 

「こっちの話だ」

 

ダンテはエボニー&アイボリーを戻し、背中のリベリオンを背負い直す。

 

「とにかく、雅を連れた車両を追う。何か分かったら連絡しろ」

 

『分かった。気をつけて』

 

「そっちもな」

 

通話を切る。

 

ダンテは携帯をポケットへしまうと、もう一度壊れた事務所の入口を見た。

 

「……修理は後回しだな」

 

事務所の外へ出る。

 

そこにはキャバリエーレが待っていた。

 

ダンテは跨るとエンジンを始動させる。

 

――ヴォォォォン!!

 

低いエンジン音が街へ響き渡った。

 

「待ってろよ、雅」

 

アクセルを捻る。

 

「今度は俺が、追いかける番だ」

 

キャバリエーレが走り出す。

 

壊れたデビルメイクライ事務所の扉を残して、ダンテは星見雅を乗せた車両を追い、新エリー都の街へと消えていった。

 

 

――

 

 

# 第二十五話 妖刀の炎

 

 携帯に送られてきた座標をもとに、ダンテはキャバリエーレを飛ばしていた。街中を抜け、指定された場所へ近づくにつれて、周囲の様子が妙になっていく。道路には避難する市民の姿があり、その向こうにはエーテリアスの姿まで見える。そして、その中心には――異様な光景が広がっていた。

 

「……なんだ、ありゃ」

 

 ダンテがブレーキをかける。

 

 そこにいたのは、星見雅だった。

 

 雅の身体から、先ほどとは比べ物にならないほど濃い狐火が噴き上がっている。赤々と燃える炎は彼女の周囲を渦巻き、その瞳には普段の冷静さがない。周囲には朱鳶と、イアスを通じて感覚同期しているアキラ。そして避難しきれず、その場に残ってしまった大勢の市民がいた。

 

「星見さん……!」

 

 アキラの声が響く。

 

「雅!」

 

 朱鳶も必死に呼びかけるが、雅は反応しない。

 

 ただ、手にした無尾を握りしめている。刀身からは、まるで意思を持っているかのように炎が噴き出していた。

 

「……まずいな」

 

 ダンテの表情が険しくなる。

 

 あの刀を見た瞬間、嫌な予感がした。

 

 次の瞬間――雅が刀を振り上げた。

 

「危ない!」

 

 朱鳶が身構える。

 

 だが、その間に赤い影が飛び込んだ。

 

 ――ガキィィィンッ!!

 

 激しい金属音が響き、雅の無尾をダンテのリベリオンが受け止めた。

 

「……!」

 

 朱鳶が目を見開く。

 

「あなたは!」

 

「下がってな、嬢ちゃん!」

 

 ダンテは刃を押し返しながら言う。

 

「こいつは俺が引き受ける。市民を頼む」

 

「ですが……!」

 

「早く!」

 

「……分かりました!」

 

 朱鳶が市民の避難誘導へ回ったのを確認すると、ダンテは雅の刀を弾き、そのまま身体を捻った。

 

「よっと!」

 

 ――ドンッ!!

 

 肩から雅を押し飛ばす。その先にあったのは、口を開けるように存在するデッドエンドホロウだった。

 

「ここなら、好きなだけ暴れてもらえる」

 

 ダンテは雅をそのままホロウの内部へ押し込み、自身も続いて飛び込む。

 

「ダンテさん!」

 

 朱鳶の声が遠ざかる。

 

 次の瞬間、ホロウの内部へ入ったダンテを、無数のエーテリアスが取り囲んだ。

 

「なるほどな……」

 

 ダンテはリベリオンを構える。

 

「俺だけじゃなく、こいつらまで相手にするってわけか」

 

 雅が振り返る。

 

 そして――無尾が振り下ろされた。

 

「――っ!」

 

 ダンテはリベリオンを横に構える。

 

 ――ガキィンッ!!

 

 刃と刃が激突する。

 

「おいおい……!」

 

 腕に重い衝撃が伝わる。雅の一撃は凄まじかった。だが、雅は何も言わない。ただ無言のまま、次の一撃を繰り出す。

 

 ダンテは刃を滑らせて受け流す。そのまま横へ回り込み、再び振り下ろされた斬撃をリベリオンで受け止めた。

 

 ――ガキィン!

 

 火花が散る。

 

 雅がさらに踏み込む。

 

 斬撃。横薙ぎ。袈裟斬り。連続して繰り出される攻撃を、ダンテはそのすべてを受け流し、ときには真正面から受け止めながら距離を保つ。

 

 決して反撃しない。

 

 今の雅を斬れば、それこそ取り返しのつかないことになる。

 

「……。」

 

 ダンテは雅の顔を見る。

 

 狐火に包まれたその表情には冷静さがない。それでも、ただ暴れているわけではないように見えた。まるで自分自身の中にある何かと必死に戦っているようだった。

 

「……似てるな」

 

 ふと、ダンテの脳裏に一人の男が浮かんだ。

 

 自分の兄――バージル。

 

 あの男もまた、強さを求め、刀を振るい続けていた。冷たい目。研ぎ澄まされた剣技。そして、その奥底にある何か。

 

「……いや」

 

 ダンテは小さく首を振る。

 

「今は余計なことを考えるな」

 

 邪念を振り払う。

 

 目の前にいるのは、兄ではない。

 

 星見雅。

 

 そして彼女は今、刀に呑まれようとしている。

 

「なら――」

 

 ダンテはリベリオンを握り直した。

 

「俺は、お前を止めるだけだ!」

 

 再び無尾が振り下ろされる。

 

 ――ガキィンッ!!

 

 受け止める。

 

 横薙ぎ。

 

 ――ガキンッ!

 

 受け流す。

 

 袈裟斬り。

 

 ――ギィンッ!

 

 刃を滑らせる。

 

 その間にも、周囲からエーテリアスが襲いかかってくる。

 

「邪魔だ!」

 

 ダンテが蹴り飛ばす。

 

 ――ドゴォン!!

 

 エーテリアスが壁へ叩きつけられる。

 

 だが雅は止まらない。

 

「……!」

 

 無尾を振るう。

 

 狐火が刃から噴き出し、周囲の空間を赤く染める。ダンテはそれをリベリオンで受け止めた。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 ただひたすらに、雅の攻撃を受け続ける。

 

「……落ち着け」

 

 ダンテが呟く。

 

「お前は、こんなところで終わる奴じゃねぇだろ」

 

 その言葉が届いたのかは分からない。

 

 だが――少しずつ、狐火の勢いが弱くなっていく。

 

「……?」

 

 雅の動きが僅かに鈍った。

 

 周囲に浮かんでいた幻影が薄れていく。耳元で響いていた無数の囁きも、少しずつ遠ざかっていった。

 

「……っ」

 

 雅は頭を押さえる。

 

「う……」

 

 狐火が揺らぐ。

 

 ダンテは構えを解かない。

 

「もう少しだ……」

 

 そして――燃え盛っていた狐火が、徐々に消えていく。周囲を覆っていた幻も消えた。

 

 残ったのは、荒れ果てたホロウの景色だけだった。

 

 雅は無尾を握ったまま、膝をつかないように必死に身体を支えている。

 

「……はぁ……」

 

 荒い息が漏れる。

 

 身体から力が抜けていく。

 

 その時だった。

 

『……星見さん!?』

 

「……?」

 

『星見さん、僕の声が分かるかい? ちゃんと聞こえるかい!?』

 

「……む?」

 

 雅がゆっくりと顔を上げる。

 

「プロキシ……?」

 

『ああ、僕だ!』

 

 アキラの声だった。

 

『星見さん、ようやく目を覚ましてくれたね。気分はどうだい?』

 

「……そうか」

 

 雅はぼんやりと呟く。

 

「……あの金色の光は……お前だったのだな」

 

『金色の光?』

 

「危うく……刀を振り下ろして、しまうところだった……」

 

 雅の視線が周囲へ向く。

 

「市民たちは……?」

 

 その声が震えた。

 

「私は彼らを……傷つけてしまったか……?」

 

『大丈夫だよ!』

 

 アキラがすぐに答える。

 

『星見さんは誰も傷つけてない!』

 

 続いて朱鳶の声が聞こえた。

 

「安心して、雅! あなたは誰も傷つけてないわ!」

 

 雅が顔を上げる。

 

 朱鳶がホロウの入口からこちらを見ていた。

 

「あなたの目に奇妙な炎が現れた時、私とあなたの間にダンテさんが入って、そのままデッドエンドホロウに押し込んだの!」

 

 朱鳶はダンテを見る。

 

「あなたはずっと刀を振り回していたけれど、斬っていたのは近づいてきたエーテリアスと――」

 

 そこで一瞬、言葉を止める。

 

「攻撃を受け止め続けたダンテさんだけ」

 

 雅の目がダンテへ向く。

 

 そこには、無数の斬撃を受け止め続けた男の姿があった。

 

「……。」

 

 ダンテは肩をすくめる。

 

「まあ、ちょっとばかり痺れたけどな」

 

「……それだけ?」

 

「それだけだ」

 

「……そうか」

 

 雅は再び俯いた。

 

「それが突然その場で動かなくなって、刀の炎も消えたから、私たちは近づけたの」

 

 朱鳶が静かに続ける。

 

「だから、もう大丈夫よ」

 

「……そうか」

 

 雅は小さく息を吐く。

 

「皆……ありがとう」

 

 声に力がない。

 

「私はもう少しで……大きな過ちを犯すところだった……」

 

 雅の手が震える。

 

「怖かった……」

 

 強く握っていた無尾を見つめる。

 

「もし、私の刀が親しき人を傷つけていたら……」

 

 声が途切れる。

 

「罪なき人々を傷つけていたら……」

 

 普段の凛々しさは、もうどこにもなかった。

 

 まるで大病を経験した直後のような、虚脱した表情。強張っていた眉がゆっくりと和らぐ。

 

 そして――一筋の涙が頬を伝った。

 

「……っ」

 

 天下無双と称される虚狩り。対ホロウ六課の責任者。誰よりも強く、誰よりも冷静であるはずの星見雅。

 

 そんな彼女が、この時ばかりはただの一人の少女のように、静かに嗚咽を漏らしていた。

 

「星見さん……」

 

 アキラの声が優しく響く。

 

 ダンテも何も言わなかった。

 

 ただ、少し離れた場所から雅を見守っていた。

 

 その時だった。

 

『お兄ちゃん! 緊急事態だよ!』

 

 突然、リンの声が通信へ割り込む。

 

「リン?」

 

『対ホロウ六課のみんなが講演会の場所に着いたんだけど、会場はいま大混乱で……!』

 

 アキラの表情が変わる。

 

『ブリンガーはこの隙に逃げようとしてるみたい!』

 

「なっ……!」

 

 アキラが息を呑む。

 

「朱鳶さん!」

 

 通信を聞いていた朱鳶は、すぐに雅へ駆け寄った。そして、震える雅の身体をしっかりと抱きしめる。

 

「……!」

 

 雅が驚いたように目を見開く。

 

「雅は私に任せてください」

 

 朱鳶は雅を支えながら、アキラへ視線を向ける。

 

「彼女を一番近い医療拠点へ連れて行きます!」

 

「でも……!」

 

「行ってください、店長さん!」

 

 朱鳶の声は強かった。

 

「黒幕を頼みました!」

 

 そして、真っ直ぐにアキラを見る。

 

「絶対に……絶対に彼を逃がさないで!」

 

「……分かった!」

 

 アキラは即答した。

 

 ダンテもリベリオンを背負い直す。

 

「どうやら、休んでる暇はなくなったみたいだな」

 

 朱鳶が頷く。

 

「ダンテさん」

 

「分かってる」

 

 ダンテは雅を見る。

 

 先ほどまで刀を振るっていた少女は、今は朱鳶に身体を預けている。

 

「……無茶すんなよ、狐のお嬢さん」

 

「……。」

 

 雅はゆっくりと顔を上げた。

 

「……ダンテ」

 

「あ?」

 

「……すまなかった」

 

 ダンテは少しだけ目を細める。

 

「気にすんな」

 

 そして、いつものように軽く笑った。

 

 妖刀の炎は消えた。

 

 だが――事件の黒幕は、まだ逃げようとしている。

 

 ダンテは踵を返した。

 

「……待ってろよ」

 

 低く呟く。

 

「全部、吐いてもらうぜ」

 

 

 

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