―カチャッ
――――ズドンッ!
『『JACKPOT!』』
――戦場は、終幕へ向かっていた。
これまで何度斬られても立ち上がり、何度傷を負っても再生してきたサクリファイス・ブリンガー。その姿は、今や見る影もなかった。白い異形の身体からは大量のエーテルが噴き出し、無数にあった目のいくつかは閉じ、巨大な腕も明らかに動きが鈍っている。
「ぐ……! まだだ……! 私は……まだ負けていない!」
ブリンガーが吠え、巨大な腕を振り上げる。しかし、その腕が振り下ろされるより早く、赤い影が一気に懐へ飛び込んだ。
「遅ぇ!」
「ハァッ!」
――ズバァン!!
ダンテのリベリオンが、ブリンガーの身体を深々と斬り裂く。続けざまに青い影がその横を通り過ぎた。
「次は俺だ」
――ズバッ!!
バージルの閻魔刀が、ダンテとは異なる軌道を描きながら異形の肉体を切り裂く。
「ぐあああああっ!」
「まだ終わらん!」
ブリンガーが怒号とともに腕を振り回す。だが、ダンテは身を翻して紙一重でかわし、そのままリベリオンを振り抜いた。
「そこだ!」
――ズバッ!!
「ガァッ!」
さらにバージルが踏み込み、閻魔刀を抜き放つ。
「――疾い」
――ズンッ!!
空間そのものが裂け、無数の斬撃がブリンガーの巨体へ走った。
「グオオオオオオオオッ!!」
絶叫が戦場に響き渡る。それでもブリンガーは倒れない。傷口からエーテルが噴き出し、再生しようと肉体が蠢く。
「なぜだ……! なぜ私が……!」
しかし、これまでとは明らかに違っていた。傷が塞がる速度は遅く、再生した肉体にも大きな亀裂が残っている。
「……効いてるな」
ダンテが口元を吊り上げる。
「当然だ。奴の力も限界が近い」
バージルも冷静に敵を見据える。
「だったら――一気に行くぜ!」
「言われるまでもない」
二人は同時に踏み込んだ。
「やめろォォォォッ!!」
ブリンガーが巨大な腕を振り回す。だが、ダンテとバージルは互いの位置すら確認することなく同時に跳躍した。
――ズブッ!!
ダンテのリベリオンが、ブリンガーの身体へ深々と突き刺さる。
同時に――。
――ズンッ!!
反対側からバージルの閻魔刀も突き刺さった。
「ぐ……!」
ブリンガーが苦悶の声を漏らす。そして、二人へ向けて巨大な腕を振り回した。
「――来るぞ!」
「分かっている!」
二人は剣を抜かなかった。突き刺したまま身体だけを翻し、迫り来る腕を紙一重でかわす。巨大な腕が二人の頭上を通過し、背後の建物を粉砕した。
「危ねぇ!」
「余裕だ」
その直後、二人は互いの得物を握り直す。
ダンテが手にしたのはバージルの閻魔刀。バージルが手にしたのはダンテのリベリオンだった。
「……貴様ら……!」
ブリンガーが驚愕する。
「悪いな、ちょっと借りるぜ」
ダンテが閻魔刀を構える。
バージルはリベリオンを手に取り、刀身を一瞥した。
「ふむ……悪くない」
「俺の剣は最高なんだぜ」
「持ち主が騒がしくなければな」
「おいおい、そりゃひでぇな」
軽口を交わしながらも、二人の動きには一切の無駄がなかった。
ダンテが閻魔刀を振るう。
――ズバァン!!
鋭い一閃がブリンガーの腕を切り裂く。
「グアアッ!」
その直後、バージルがリベリオンを横薙ぎに振り抜いた。
――ズバァァン!!
巨大な身体が大きくよろめく。
「まだだ!」
ブリンガーが反撃する。しかし、ダンテは閻魔刀で攻撃を受け流し、バージルはリベリオンで巨大な腕を弾き飛ばす。
「――そこだ!」
ダンテが閻魔刀を突き込む。
「――終わりだ」
バージルがリベリオンを振り抜いた。
「ぐ……!」
ブリンガーの身体が大きく揺れる。そして――。
――ズン。
ついに、その巨体が片膝をついた。
「ハァ……ハァ……。私が……この私が……!」
ブリンガーが地面を殴りつける。
ダンテは肩で息をしながらも、不敵に笑った。
「ようやく膝をついたな」
「終わりが近い」
バージルが静かに見下ろす。
「そうだな」
二人は手元を見る。ダンテが握っているのは閻魔刀。バージルが握っているのはリベリオン。
「……そろそろ返すか」
「異論はない」
二人は互いの得物を投げる。宙を舞った二本の武器は、それぞれの持ち主の手へ戻った。
「やっぱりこれだな」
ダンテがリベリオンを肩へ担ぐ。
「私にはこちらの方が馴染む」
バージルも閻魔刀を鞘へ収める。
「そりゃそうだ」
ダンテが笑った。
だが――。
「まだ……終わっていない……!」
ブリンガーがゆっくりと立ち上がる。傷だらけの身体から再び大量のエーテルが噴き出し、巨大な腕がいくつも形成された。
「私には……まだ力がある! 全員、道連れにしてやる!」
「おっと」
ダンテがエボニー&アイボリーを抜く。二丁の拳銃をくるりと回しながら構えた。
「まだ一つ仕事が残ってたな」
「死ねェェェッ!!」
ブリンガーの巨大な腕が振り下ろされる。
――ドォン!!
凄まじい衝撃が走り、ダンテは後方へ跳んだ。
「チッ!」
その瞬間、ブリンガーの攻撃がエボニーを弾き飛ばした。
「――!」
黒い拳銃が宙を舞う。
そして――。
カシャン。
一人の男の手に収まった。
「……」
バージルだった。
「お前――」
ダンテが目を丸くする。
バージルは手の中にあるエボニーを静かに見つめた。普段なら決して手にしない、人間の武器。だが、その銃を握ることに躊躇はなかった。
そして、ダンテへ視線を向ける。
「今回も、お前に付き合ってやる」
「……!」
ダンテの口元が吊り上がった。
「へぇ……憶えてるよな?」
「……何をだ」
「決めゼリフだよ」
「……くだらん」
呆れたように言いながらも、バージルの口元にはほんの僅かな笑みが浮かんでいた。
「……忘れてはいない」
「そうこなくっちゃな!」
二人が並ぶ。
ダンテがアイボリーを構え、バージルがエボニーを構える。やがて二人は互いの銃口を勢いよく近づけた。
「やめろ……!」
ブリンガーが叫ぶ。
「私は――!」
カチン。
二つの銃身が触れ合う。
「「JACKPOT!」」{大当たり!}
――ドォォォォォン!!
二つの銃から、赤と青の魔弾が同時に放たれた。
二つの弾丸は一直線に飛翔し、ブリンガーの胸部へ直撃する。
「ぐおおおおおおおおおおっ!!」
爆発。
巨大な身体が大きく仰け反る。
「な、何だ……これは……!」
ブリンガーが自らの身体を見下ろす。
傷口が――塞がらない。
「な……!」
今までなら瞬く間に再生していた肉体が、崩れたままになっている。
「どうして……! なぜ再生しない!」
ダンテが銃をくるりと回す。
「やっと効いたな」
バージルもブリンガーを見据えた。
「……なるほど。再生能力が止まったか」
「ビンゴだ」
ダンテが笑う。
「どうやら、あいつの回復もここまでらしい」
ブリンガーが震える。
「いや……! 私は……まだ……!」
その時、バージルがダンテへ視線を向けた。
「……いいのか?」
「ん?」
「止めを刺さないのか」
ダンテは笑う。
「ああ」
そして、肩をすくめた。
「いいところは嬢ちゃんにやるよ!」
「……嬢ちゃん?」
ブリンガーが怪訝そうに呟いた――その瞬間。
「――!」
ダンテとバージルが左右へ跳んだ。
二人の間を、一人の少女が駆け抜けていく。
「雅……!」
柳が叫ぶ。
「課長!」
雅は答えない。
ただ静かに目を閉じ、無尾を握る手へ力を込めた。
妖刀から凄まじい力が溢れ出す。
無尾が震える。その刀身から放たれるエーテルは、これまでとは比較にならないほど濃密だった。
「これは……!」
ブリンガーが目を見開く。
「妖刀の力……!」
「違う」
雅がゆっくりと目を開く。
その瞳には、一切の迷いがなかった。
「これは――私の力だ」
一歩、踏み込む。
「貴様に奪われたものを――」
さらに一歩。
「来るなァァァァッ!!」
ブリンガーが妖刀の力を無理やり引き出し、巨大な刀を形成する。
だが――遅い。
雅は無尾を構えた。
周囲の空気が震える。
ホロウそのものが、彼女の存在に呼応するかのように歪んでいく。
次の瞬間――。
雅の姿が消えた。
――キィィィィン。
静寂の中、ただ一つの音だけが響く。
そして――。
ブリンガーの眼前を、一閃が駆け抜けた。
――――ズバァァァァァァン!!
「…………」
ブリンガーの巨体が止まる。
その身体に一本の線が走っていた。
「な……」
ブリンガーが震える。
「何……を……」
雅はすでに、その背後に立っていた。
無尾を静かに振り抜いた姿勢のまま。
「……終わりだ」
次の瞬間――。
ブリンガーの身体が左右に分かれた。
だが、その斬撃はそこで終わらなかった。
ブリンガーだけではない。
その背後に広がっていたホロウの「壁」すらも――。
一直線に切り裂かれていた。
――――ズガァァァァァァン!!
黒い壁に巨大な亀裂が走る。
無数のエーテルが吹き荒れ、その向こうから夜空が姿を現した。
月明かりが裂けたホロウの隙間から差し込み、戦場を静かに照らす。
「…………」
全員が言葉を失った。
やがて、ブリンガーの身体がゆっくりと崩れ始める。無数の目が一つ、また一つと消えていき、最後まで抵抗するように伸ばされた手も、エーテルの粒子となって崩れていった。
「……こんな……はずでは……」
最後の声が消える。
――静寂。
戦場を覆っていた異形の気配が、完全に消え去った。
サクリファイス・ブリンガー。
その脅威は――ここに終わった。
「…………」
雅は無尾を鞘へ納める。
――カチン。
その音が、静まり返った戦場に響いた。
柳がゆっくりと息を吐く。
「……終わった」
悠真も肩の力を抜いた。
「はあ……。ようやく、か」
蒼角はその場にへたり込み、ぽつりと呟く。
「お腹……空いた……」
「おいおい」
ダンテが笑う。
「さっきまであんな化け物と戦ってたってのに、食欲は健在か?」
「だって……終わったんだもん」
「まあ、それもそうか」
ダンテが苦笑する。
その隣では、バージルが黙って雅を見ていた。
雅もまた、バージルへ視線を向ける。
しばしの沈黙。
「……見事だ」
バージルが言った。
「……ありがとう」
雅が短く答える。
すると、横からダンテが口を挟んだ。
「だろ?」
「お前が得意げになることではない」
「いいじゃねぇか」
ダンテが肩をすくめる。
「俺たちが弱らせて、嬢ちゃんがトドメを刺した。それでいいだろ?」
「……その通りだ」
バージルは静かに頷いた。
そして二人は、同時に空を見上げる。
裂けたホロウの向こう。
そこには――。
静かな夜空が広がっていた。