『『Devil May Cry』』
ブリンガーとの戦いが終わった。
ポート・エルビスに広がっていた戦場には、ようやく静寂が戻り始めていた。巨大な異形の身体は崩れ落ちる。あれほど激しかった戦闘が終わったことで、そこにいた者たちはようやく緊張を解き始めていた。
――ただし。
「それで、ダンテさん!」
「ちょっと待ってくれ!」
「どうしてお兄さんがここにいるんですか!?」
「それは俺も聞きたい!」
「バージルさんは一体どこから来たんですか?」
「だから俺に聞くなって!」
「二人は本当に兄弟なんですか?」
「見れば分かるだろ」
「それより、あの空間を斬った技は一体――」
「待て待て待て!」
ダンテとバージルは、完全に質問攻めにされていた。
対ホロウ六課だけではない。邪兎屋、白祇重工、ヴィクトリア家政、カリュドーンの子たちまで加わり、二人を取り囲んでいる。特に先ほどの戦いを間近で見ていた者たちからすれば、聞きたいことはいくらでもあった。
ダンテは頭を掻きながら周囲を見渡す。
「……こりゃ、長くなりそうだな」
「俺は帰るぞ」
隣に立っていたバージルが淡々と言った。
「おい、バージル。逃げるのか?」
「逃げるのではない。くだらん質問に付き合うつもりがないだけだ」
「ははっ。相変わらずだな」
ダンテは苦笑する。
「じゃあ俺も帰るか」
「帰る?」
柳が首を傾げる。
「どこへです?」
「俺の事務所」
「事務所?」
「そう。そこで話すことなら話してやるよ。まあ、俺が覚えてる範囲でだけどな」
そう言ってダンテは踵を返す。
だが、その時だった。
「……待て」
バージルが呼び止める。
「ん?」
「お前の事務所と言ったな」
「ああ」
「そこに住んでいるのか?」
「まあな」
バージルは少しだけ考え込む。そして――。
「……なら、俺も行く」
「お?」
ダンテが振り返る。
「珍しいな。お前から俺のところに来たいなんて」
「勘違いするな」
バージルは冷たい目を向けた。
「俺には今、住む場所がない。それだけだ」
「ああ、なるほど」
ダンテは納得したように頷く。
「じゃあ、しばらく俺の事務所に住めばいい」
「……仕方がない」
「素直じゃねぇなぁ」
「うるさい」
こうして――かつて何度も殺し合った兄弟は、まさかの同居生活を始めることになった。
もっとも、二人ともこの時点では、それがどれほど騒がしい日々を生み出すことになるのか、まだ理解していなかった。
――――
撤収の準備を終えたダンテは、愛用の魔具――キャバリエーレを呼び出した。巨大なバイクが轟音とともに姿を現す。
「よし。バージル、乗れ」
「……これにか?」
「ああ。俺の事務所まで送ってやる」
バージルはキャバリエーレを見下ろした。
「趣味の悪い乗り物だな」
ダンテが笑う。
「乗るのか、乗らないのか?」
「……乗る」
バージルは仕方なく後部座席へ乗り込んだ。
その直後だった。
「待って、ダンテ!」
グレースが目を輝かせながら駆け寄ってくる。
「そのバイク、ちょっとだけ調べさせて――」
「やべっ」
ダンテがアクセルを捻る。
「悪いな!」
「えっ?」
「また今度な!」
「待ってぇぇぇぇぇぇ!!」
グレースが手を伸ばす。だが、キャバリエーレはすでに猛スピードで走り出していた。
「グレース!」
アンドーが叫ぶ。
「無茶するな!」
「だってあれ、絶対に面白い構造なのよ!」
「……」
その様子を見ていたバージルは、無言でダンテの肩越しに後ろを見る。
「……あの女は危険だな」
ダンテは笑う。
「だから逃げたんだよ」
「お前も大概だがな」
「ひでぇな、バージル」
「事実だ」
こうして二人を乗せたキャバリエーレは、新エリー都の街を駆け抜けていった。
――――
――数日後。
ダンテの事務所には、奇妙な変化が起きていた。
事務所の入口から中を見れば、まず左側には以前と変わらないダンテの空間が広がっている。ジュークボックスやテレビ、ソファー、ギター。その他にもいくつもの音楽機器が並び、その奥にはビリヤード台まで置かれていた。
一方、右側には以前には存在しなかったものが増えていた。本棚、机、椅子。そして壁には数本の刀が飾られている。どれも丁寧に手入れされており、並べ方にも妙な規則性があった。
まるで――一つの事務所を、二人の男が強引に半分ずつ占領しているような状態だった。
中央に置かれた長机では、ダンテが椅子に座ったまま居眠りしている。その一方、右側の机ではバージルが静かに本を読んでいた。ページをめくる音だけが、妙に静かな事務所へ響いている。
この奇妙な二分化が完成するまでには、いくつかの事件があった。
そもそも最初、バージルは事務所へやって来るなり、勝手に荷物を持ち込み始めた。
「この辺りに本棚を置く」
「待て待て待て!」
ダンテが慌てて止める。
「そこ、俺のソファー置いてるんだが?」
「邪魔だ。どかせ」
「どかせってお前……」
次の日には、
「この棚も必要だな」
「おいバージル!」
さらに翌日には、
「ここに机を置く」
「勝手に増やすな!」
「俺には必要だ」
「ここ俺の事務所なんだが!?」
当然のように兄弟喧嘩が始まりかけた。
「お前が勝手に物を増やすからだろ!」
「お前の事務所には無駄な物が多すぎる」
「ジュークボックスを無駄って言うな!」
「ギターもだ」
「ギターまで!?」
「ビリヤード台も必要ない」
「それは俺の趣味だ!」
「なら俺の本棚も俺の趣味だ」
「屁理屈だろ!」
「同じことだ」
「バージル!」
今にも殴り合いが始まりそうになった、その時だった。
「……あの」
たまたま事務所へ来ていたパエトーン兄妹が、二人の間に割って入った。
リンは困ったように二人を見る。
「えっと……だったら、左右で分けたらいいんじゃない?」
アキラも頷く。
「そうすれば、どちらの物を置くかで揉める必要もなくなるし」
「…………」
ダンテとバージルは顔を見合わせる。
「……悪くない」
先に口を開いたのはバージルだった。
「俺もそれで構わん」
こうして苦肉の策として、事務所は二分化された。
左半分――ダンテ。
右半分――バージル。
中央だけは共有スペース。
その結果、現在の妙な事務所が完成したのである。
ダンテは長机に突っ伏したまま眠り、バージルは本を読んでいる。まるで、最初からこうなることが決まっていたかのような静けさだった。
――その時。
事務所の扉が開いた。
「失礼する」
入ってきたのは、一人ではない。
オボルス小隊のメンバー全員だった。
鬼火隊長、オルペウス、11号、シード、トリガー。
五人が揃って事務所へ入ってくる。
オルペウスは一歩足を踏み入れたところで、思わず口を滑らせそうになった。
「お邪魔しま――」
そこまで言って、口を閉じる。
今回の目的は遊びに来たわけではない。鬼火隊長はダンテの悪魔に関する情報収集と、先日の一連の事件を含め、最近の出来事に対する労いを伝えるために訪れていた。
しかし――。
五人の視線が、同時に事務所の内部へ向く。
左側には、相変わらず雑然としたダンテの趣味空間。ジュークボックスやテレビ、ソファー、ギターに、その他の音楽機器。そして、その奥にはビリヤード台まで置かれている。
対して右側は、まるで別の部屋だった。本棚、机、椅子。壁には丁寧に手入れされた刀が数本飾られている。そして中央の長机では、ダンテが堂々と居眠りをしていた。
「…………」
鬼火の3Dで作られた吊り上がった目が、ゆっくりと細くなる。
『……何だ、こりゃ』
オルペウスの機械の尾、その先端に取り付けられた鬼火が呟いた。
「えっと……その……」
オルペウスは困ったように笑う。
「どうやら、事務所の中が……二つに分かれているようであります」
『見りゃ分かるだろ』
「す、すみませんであります!」
『お前に怒ってるんじゃない!』
「は、はい!」
さっそくいつものやり取りが始まる。
11号はそんな二人を横目に見ながら、改めて室内を見回した。
「……随分と様変わりしたな、ダンテ」
「……ん?」
その声で、中央の長机に突っ伏していたダンテがゆっくりと顔を上げた。
「……お客さんか?」
寝ぼけた目を擦りながら周囲を見渡し、五人の姿を確認すると、軽く手を上げる。
「よう。オボルス小隊じゃねぇか。全員揃ってるとは珍しいな」
「相変わらず緊張感がないな」
11号が淡々と言う。
「先日の戦闘から数日しか経っていない。普通なら少しくらい警戒しているものだと思うが」
「仕方ねぇだろ。疲れてんだから」
「寝ていただけに見えるが」
「それも仕事のうちだ」
「どういう仕事だ」
11号が真顔で返す。
「休むことも大事だぜ?」
「……そういうことにしておこう」
そんな二人のやり取りを横で聞きながら、トリガーは黙って事務所の内部を把握していた。
黒いバイザーに覆われた彼女の視界には、普通の人間とは違う世界が広がっている。音、気配、呼吸、足音。それらを組み合わせ、室内にいる者たちの位置を正確に捉えていた。
そして――。
「……一人、増えていますね」
静かな声が響いた。
バージルが本から視線を上げる。
「…………」
トリガーの顔が、彼の方向へ向いた。
「こちらの方は?」
ダンテが答える。
「こいつが俺の兄、バージルだ」
バージルは読んでいた本を閉じると、静かに立ち上がった。
「バージルだ」
短い自己紹介。それだけだった。
オルペウスは慌てて姿勢を正す。
「は、初めまして! オボルス小隊所属、オルペウス・マグヌッソンであります!」
「11号だ」
「トリガーです」
続いて二人が名乗る。
シードはキックボードに乗ったまま、ひょいと手を上げた。
「僕はシード。よろしくね」
そして最後に、オルペウスの機械の尾が動いた。
鬼火の3Dの目が、バージルをじっと見つめる。
『私はオボルス小隊隊長の鬼火だ』
バージルは数秒間、鬼火を見つめた。
「……随分と変わった隊長だな」
『あぁ?』
鬼火の目が鋭く吊り上がる。
オルペウスの表情が引きつった。
「ひっ……!」
『誰が変わっただ。この野郎!』
「姉さん、落ち着いてください!」
『誰が姉さんだ!』
鬼火が噛みつくように叫ぶ。
「す、すみませんであります……!」
オルペウスが小さくなった。
ダンテは楽しそうに笑う。
バージルはそんな二人を見ながら、わずかに眉をひそめた。
「……騒がしい」
「だろ?」
ダンテが笑う。
「だから面白いんだよ」
「俺には理解できんな」
「お前は昔からそうだな」
『……おい』
鬼火が二人の会話へ割り込む。
『そこの兄弟』
「ん?」
「何だ?」
二人が同時に鬼火を見る。
『……本当に兄弟なのか?』
鬼火の目が、ダンテとバージルを交互に見る。
「本当だぜ。俺の兄だ」
「俺も否定するつもりはない」
『…………』
鬼火の口が閉じる。
数秒の沈黙。
『……あまり似てないな』
「よく言われる」
「俺たちが?」
ダンテが尋ねる。
「そうだ」
バージルは答えた。
「性格が正反対だと言われる」
「そりゃそうだ」
ダンテは肩をすくめる。
「俺は気楽で自由。こいつは堅物」
「……誰が堅物だ」
「お前だよ」
「お前よりはな」
「ははっ!」
そのやり取りを見ていた11号は、わずかに目を細める。
「……確かに兄弟らしい」
「え?」
オルペウスが振り返る。
「どこがでありますか?」
「喧嘩の仕方が同じだ」
「なるほど……」
「納得するなよ」
ダンテが苦笑する。
その時だった。
「へぇ……」
シードが右側の本棚へ近づいていた。
「…………」
バージルが本を読む手を止める。
「本、いっぱいあるね」
「そうだ」
「全部読むの?」
「当然だ」
「面白い?」
「知識を得ることに面白いも何もない」
「ふーん」
シードは本棚を眺めながら考え込む。
「じゃあ、僕が読んでもいい?」
「……構わん」
「やった」
シードは嬉しそうに本棚を見上げた。
その様子を見ていたダンテが口を挟む。
「おいおい、バージル。いつの間にか他人に本を貸すようになったのか?」
「別に構わん」
「へぇ。丸くなったじゃねぇか」
「黙れ」
ダンテはニヤニヤしながら笑った。
一方、トリガーは再び室内を見回す。
「……随分と綺麗に分けましたね」
「まあな」
ダンテが答える。
「最初はもっと酷かったんだぜ」
『もっと酷かったのか?』
「ああ。バージルが勝手に本棚を置こうとするわ、俺のソファーをどかそうとするわでな」
「お前の物が多すぎた」
「だからって勝手に片付けるなよ!」
「不要な物を整理しただけだ」
「ジュークボックスまで不要って言っただろ!」
「不要だ」
「まだ言うか!」
ダンテが声を荒らげる。
鬼火は二人を眺めながら、呆れたように目を細めた。
『……なるほどな』
そしてオルペウスを見る。
『つまり、こいつらは事務所で毎日のように兄弟喧嘩をしてるわけだ』
「一回どころではないであります……」
オルペウスが遠い目をする。
「私が聞いただけでも、三回は……」
『……まったく。騒がしい連中だ』
そう言いながらも、その口調にはどこか呆れた親しみが混じっていた。
なんだこの半人半魔兄弟....