悪魔も泣き出す新エリー都   作:オムライスα

28 / 52
Wanna know the name?


『『Devil May Cry』』


第二十七話 青い悪魔と修行

 

 

 ――ある日のこと。

 

 デビルメイクライ事務所には、いつもとは少し違った静けさが漂っていた。

 

 ダンテは依頼を受けて出かけており、現在この事務所にいるのはバージルただ一人。もっとも、本人は店番をしているという自覚があるのかないのか、右側に設けられた自分の区画で椅子に座り、いつものように本を読んでいた。

 

 ページをめくる音だけが室内に響いている。

 

 ダンテがいないからといって、特に何かをするわけでもない。客が来れば対応する。来なければ読書をする。それだけだった。

 

 そんな時――。

 

 ――カラン。

 

 事務所の扉に取り付けられたベルが鳴った。

 

「失礼する」

 

 聞き慣れた声に、バージルは本から顔を上げる。

 

 そこに立っていたのは、青緑色の羽織を纏った狐耳の女性――星見雅だった。

 

「……またお前か」

 

「うむ。また来た」

 

「見れば分かる」

 

 雅は特に気にした様子もなく事務所へ入っていく。そして迷うことなく右側、バージルの区画へと足を踏み入れた。

 

「…………」

 

 バージルはそれを止めない。

 

 すでに何度も繰り返されている光景だった。

 

 雅は最近、頻繁にこの事務所へ顔を出すようになっていた。表向きの理由はいくつかある。ダンテから悪魔について話を聞くため。そして――何よりも、バージルと剣を交えるためだ。

 

 そんな雅の視線が、壁へ向いた。

 

 そこには数本の刀が飾られている。どれも鞘に収められているものの、見る者が見れば分かる。ただ飾っているだけではない。一本一本が丁寧に手入れされ、刀身だけでなく、柄、鍔、鞘に至るまで隅々まで整えられていた。

 

 雅の狐耳が、ぴくりと動く。

 

「……いい刀だな」

 

 バージルはページをめくりながら答えた。

 

「分かるか」

 

「ああ。いずれも相当な業物と見える」

 

「コレクションだ」

 

「ほう」

 

 雅の目が僅かに輝いた。

 

「お前も刀を集めるのか?」

 

「俺は刀を好んでいるだけだ。使うための物もあれば、鑑賞するための物もある。ただし、コレクションだからといって手入れを怠ることはない」

 

 バージルは本を閉じ、壁に飾られた刀へ視線を向ける。

 

「道具は使わずとも、常に最良の状態に保っておく。それが持ち主の責任だ」

 

「……なるほど」

 

 雅は深く頷いた。その表情は、明らかに嬉しそうだった。

 

「分かっているではないか」

 

「当然だ」

 

 バージルは淡々と答える。

 

「愚弟とは違う」

 

「…………」

 

 雅の耳がぴくりと動いた。

 

「ダンテか?」

 

「ああ」

 

「なるほど。確かに、あの男は剣の手入れなど細かく気にしなさそうだ」

 

「実際に気にしていない」

 

「……想像がつく」

 

 二人の脳裏に、ソファーで寝転がりながらピザを食べるダンテの姿が浮かぶ。

 

「まったく……」

 

 バージルは呆れたように息を吐いた。

 

「奴に刀を預ければ、次に見た時にはビリヤード台の横に転がっているだろう」

 

「それは……非常にありそうだな」

 

「だろう?」

 

 珍しく、二人の意見が一致した。

 

 雅は再び壁を見る。その視線は、完全に刀へ釘付けになっていた。

 

 実のところ、雅は無類の刀剣コレクターだった。自分の所有する刀剣を集め、いつか棚をコレクションで埋め尽くす。それが彼女の密かな夢でもある。

 

 だからこそ、目の前に並ぶ刀の数々は、雅にとってまさに宝の山だった。

 

「…………」

 

 しばらくの間、雅は黙って刀を眺めていた。その狐耳は、先ほどから僅かに動き続けている。

 

 バージルはそんな雅の様子を横目で見ていた。

 

「……欲しいのか?」

 

「…………」

 

 雅が振り返る。

 

「欲しい」

 

 即答だった。

 

「素直だな」

 

「刀剣を前にして欲を隠す意味がない」

 

「なるほど」

 

 バージルは椅子から立ち上がり、壁に飾られた刀を見渡した。

 

「ならば、一つ条件を出そう」

 

「条件?」

 

「ああ。どうせ今日も修行の誘いだろう?」

 

「…………」

 

 図星だった。

 

 雅は僅かに目を逸らす。

 

「……否定はせぬ」

 

「やはりな」

 

 バージルは小さく息を吐く。

 

「ならば話は早い。俺に指一本でも触れることができれば、ここに飾ってある刀を一本だけ、お前にやる」

 

「…………」

 

 雅の動きが止まった。

 

「……何?」

 

「聞こえなかったか?」

 

「いや、聞こえた。今、ここにある刀を一本、私にくれると言ったな?」

 

「そうだ」

 

「好きなものを?」

 

「一本だけだ」

 

「……本当に?」

 

「俺が嘘をつくように見えるか?」

 

「見えぬ」

 

 雅の目が、明らかに輝いた。

 

「ならば――」

 

 腰に佩いた妖刀・骸討ち・無尾へ手を添える。

 

「受けて立とう」

 

 バージルはその姿を見て、僅かに口元を上げた。

 

「そう来なくてはな」

 

「……だが、選ぶのは触れた後だ」

 

「無論だ」

 

「それに――」

 

 バージルの目が鋭くなる。

 

「俺は手加減しない」

 

 雅の表情から笑みが消える。代わりに、静かな闘志が宿った。

 

「望むところだ」

 

 こうして、二人の修行の場所が決まった。

 

――――

 

 場所は変わり、新エリー都の郊外。

 

 人の姿はほとんどない。周囲には荒れた道路と、長い年月を経て風化した建物が並んでいる。ホロウからも離れており、万が一激しい戦闘になったとしても、市民に被害が及ぶ可能性は低い。

 

 その場所に――雅とバージルは向かい合って立っていた。

 

「…………」

 

 雅は静かに息を吐く。

 

 右手は腰に佩いた骸討ち・無尾へ。対するバージルもまた、閻魔刀の柄へ手を添えている。

 

 風が吹き、青緑色の羽織とバージルのコートが揺れた。

 

「星見雅」

 

「何だ」

 

「お前の実力は、ダンテから聞いている」

 

「ほう」

 

「この世界では相当な剣士らしいな」

 

「……評価してくれるのか?」

 

「事実を言っているだけだ」

 

 バージルは閻魔刀へ視線を落とす。

 

「だが、俺に触れることが目的ならば、その程度の評価に意味はない」

 

「無論だ。私が求めるのは勝利ではない」

 

「…………」

 

「お前の剣を知ることだ。そして、自らの剣を高める」

 

 その言葉に、バージルの目が僅かに細くなる。

 

「なるほど。それならば、俺も遠慮する必要はないな」

 

「最初からそう言っている」

 

 二人の間に沈黙が落ちる。

 

 風が吹く。草木が揺れる。

 

 その場所に立つのは、二人の剣士。

 

 一人は、青い羽織を身に纏った狐のシリオン――星見雅。

 

 そしてもう一人は、長い青いコートを纏い、片手に日本刀を持った男――バージル。

 

 互いに数メートルの距離を取り、向かい合っている。

 

「…………」

 

 雅は静かに目を閉じた。

 

 呼吸を整える。意識を研ぎ澄ます。

 

 目の前にいる男。その存在だけで分かる。

 

 ――強い。

 

 これまで彼女が出会ってきた剣士とは、明らかに何かが違う。構えられてすらいない。ただ立っているだけ。それなのに、まるで巨大な山を前にしているような圧力があった。

 

「……バージル」

 

「何だ」

 

「先ほどの約束、忘れてはいまいな?」

 

「ああ」

 

 バージルは閻魔刀へ手を添える。

 

「俺に指一本でも触れることができれば、この事務所に飾ってある刀の中から好きな一本を選べ」

 

 雅の狐耳がぴくりと動く。

 

「……実に良き条件だ」

 

「そうか?」

 

「無論。我が家に伝わる刀剣を含め、私は刀というものを愛している」

 

「知っている」

 

「……何?」

 

「事務所に来るたび、俺の刀を眺めているだろう」

 

「…………」

 

 雅が黙る。

 

 図星だった。

 

「お前があの刀を見る目は分かりやすい」

 

「……そうか」

 

「ああ。だからこそ、今回の条件を提示した」

 

 雅はゆっくりと刀の柄へ手を伸ばした。

 

「なるほど」

 

 口元に僅かな笑みが浮かぶ。

 

「ならば――遠慮なく頂こう」

 

「やってみろ」

 

 その瞬間、空気が変わった。

 

 雅の表情から、普段の穏やかさが消える。戦士の顔だ。

 

 そしてバージルもまた、静かに腰を落とした。

 

「――参る」

 

「来い」

 

 同時だった。

 

 ――カチャッ!!

 

 二人の刀が同時に鞘から抜かれる。

 

 青い閃光と銀色の軌跡が交差し――。

 

 ズンッ!!

 

 大地が震えた。

 

 雅が一瞬で間合いを詰め、振り下ろす。

 

「――ッ!」

 

 速い。

 

 しかしバージルは一歩だけ身体を横へずらした。刃が空を切る。

 

 雅は即座に刀を返し、横薙ぎへ繋げる。それすらも、バージルは閻魔刀で受け流した。

 

 ――キィンッ!

 

「む……!」

 

 雅の目が細くなる。

 

 重い。だが、それ以上に――正確だ。

 

 最小限の動きだけで、こちらの攻撃を無力化している。

 

 雅はすぐに距離を取った。

 

「どうした?」

 

「……いや」

 

 雅は刀を構え直す。

 

「先ほどの一振り――茶碗を砕く木槌と思へば……黒板を伝う白墨が如し」

 

 一瞬、バージルが眉を動かす。

 

「何を言っている」

 

「手応えがない、ということだ」

 

「なるほどな」

 

 バージルは納得した。

 

「だが、お前の太刀筋は悪くない」

 

「……!」

 

 雅の耳が僅かに動く。

 

「ただし――」

 

 バージルが刀を構える。

 

「力みすぎだ」

 

「…………」

 

「お前は相手を斬ろうとしている」

 

「当然だ。剣とは斬るためのもの」

 

「違う」

 

 バージルは即答した。

 

「剣とは、相手より先に自分の意思を通すものだ。斬撃そのものに意識を置きすぎている」

 

 雅は黙って聞いている。

 

「お前は強い。だが、強いが故に自分の技術を信じすぎている。それでは、俺には届かん」

 

 雅の目が鋭くなる。

 

「……随分と大きく出る」

 

「事実だ」

 

「ならば――」

 

 雅が刀を握り直す。

 

「その事実、覆してみせよう」

 

「来い」

 

 再び――二人の姿が消えた。

 

 ――ズガァンッ!!

 

 刃と刃がぶつかる。

 

 雅が連続で斬り込む。上段、袈裟、横薙ぎ、逆袈裟、突き。そのすべてを、バージルは閻魔刀一本で受け流していく。

 

 ――キィン!

 

 ――ガキィン!

 

 ――キィィン!

 

 火花が散る。

 

「――ッ!」

 

 雅は一歩踏み込み、さらに一撃を放つ。バージルは刀を傾け、雅の刃を滑らせた。

 

「――そこだ」

 

「!」

 

 バージルが一歩踏み込む。

 

 閻魔刀の峰が、雅の肩へ迫った。

 

 しかし雅は身体を捻る。紙一重で峰が羽織を掠め、そのまま回転して斬り返した。

 

 ――ガキィン!

 

 今度はバージルが受けた。

 

「ほう」

 

 初めて、バージルの口元が僅かに上がる。

 

「今のは良い」

 

「……そうか」

 

「だが――まだ遅い」

 

 バージルの姿が消えた。

 

「――!」

 

 雅が振り向く。

 

 そこにはすでに、閻魔刀を振り抜こうとしているバージルがいた。

 

 雅は咄嗟に刀を構える。

 

 ――ガァンッ!!

 

 凄まじい衝撃が走り、雅の身体が地面を滑る。

 

「ぐっ……!」

 

 しかし、倒れない。

 

 雅は踏み止まり、呼吸を整えた。

 

「まだ立つか」

 

「当然だ」

 

 雅は静かに答える。

 

「修行とは、己の限界を知るために行うものではない。限界を越えるために行うものだ」

 

 バージルはしばらく雅を見つめた。

 

 そして――。

 

「……なるほど」

 

 閻魔刀を構え直す。

 

「ならば、越えてみろ」

 

「承知した」

 

 二人の間に、再び静寂が落ちる。

 

 雅は深く息を吸い、目を閉じる。

 

 そして刀を構える。

 

 今までとは違う。

 

 力を抜く。肩の力を抜き、腕の力を抜く。残すのは呼吸だけ。

 

 バージルはそれを見ていた。

 

「……そうだ」

 

 小さく呟く。

 

「それでいい」

 

 雅が目を開く。

 

 狐の耳が立った。

 

「――参る」

 

 次の瞬間、雅が地面を蹴った。

 

 ――ドンッ!!

 

 一瞬で距離が消える。

 

 刀が閃く。

 

 バージルも閻魔刀を振る。

 

 ――キィィィン!!

 

 刃と刃が交差した。

 

 そして――。

 

 雅の身体がバージルの横をすり抜ける。

 

「…………」

 

 バージルが振り返る。

 

 雅もまた振り返った。

 

 二人は背中合わせになっていた。

 

 静寂。

 

 風が吹き、雅の羽織とバージルのコートが揺れる。

 

 雅がゆっくりと刀を下ろす。

 

「……今のは」

 

「ああ」

 

 バージルも刀を鞘へ戻す。

 

「悪くない」

 

「…………!」

 

 雅の目が僅かに見開かれる。

 

「つまり――」

 

「触れてはいない」

 

「…………」

 

「だから刀は渡さん」

 

「…………」

 

 雅の狐耳が、ぺたんと下がった。

 

「……むぅ」

 

 その反応を見て、バージルが僅かに笑う。

 

「だが――」

 

「?」

 

「次は触れられるかもしれんな」

 

 雅が顔を上げる。

 

「……本当か?」

 

「ああ」

 

「ならば――」

 

 雅の目が輝いた。

 

「明日も頼む」

 

「……好きにしろ」

 

「明後日も」

 

「勝手にしろ」

 

「その次も」

 

 バージルが呆れたように雅を見る。

 

「……お前、刀が欲しいだけではないだろうな?」

 

 雅は真顔で答えた。

 

「無論だ。修行も目的だ」

 

「……そうか」

 

「そして刀も欲しい」

 

「やはりそれが本命か」

 

 バージルは呆れたように息を吐いた。

 

 だが、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

 

 こうして――。

 

 青い悪魔と、虚狩り。

 

 二人の奇妙な修行の日々が始まった。

 

 そしてダンテが事務所へ帰ってきた時――そこに待っていたのは、以前にも増して事務所へ通うようになった星見雅の姿だった。

 




お気に入り200ありがとうございます!!

これからも頑張りますのでよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。