『『Devil May Cry』』
第二十八話 雲嶽を訪ねし者達
――ある日のこと。
デビルメイクライ事務所には、珍しく依頼の電話が一本も入ってこなかった。
「…………暇だ」
ソファーに寝転がったダンテが、天井を眺めながら呟く。
いつもなら悪魔絡みの依頼や、ホロウに現れた異形の討伐など、何かしら仕事が舞い込んでくる。しかし今日は朝から何の連絡もない。
そのため、ダンテにできることといえば――
「なあ、バージル」
「…………」
「お前、ずっと同じところ読んでないか?」
「読んでいる」
「さっきからページが全然進んでないぞ」
「…………」
「もしかして寝てる?」
「…………」
「おーい、バージル?」
「……黙れ」
右側の区画で本を読んでいたバージルが、とうとう本から顔を上げた。
「暇だからといって俺に絡むな」
「仕方ねぇだろ。仕事がないんだから」
「ならば寝ていろ」
「それじゃ退屈だ」
「知ったことか」
ダンテはソファーの上で大きく伸びをする。
「しかしまあ、お前がここに来てから退屈しなくなったのは事実だな」
「俺はお前の暇潰しの道具ではない」
「分かってるって」
「ならば黙れ」
「はいはい」
そう言いながらも、ダンテは全く黙る気がない。
バージルが本へ視線を戻すと、ダンテは今度はテレビをつけ、チャンネルを変え始めた。
「…………」
バージルの眉間に皺が寄る。
そんな時だった。
――ジリリリリリリ……!
事務所に置かれた黒電話が、けたたましく鳴り響いた。
「おっ」
ダンテが素早く起き上がる。
「やっと仕事か?」
ソファーから立ち上がり、黒電話の受話器を取る。
「デビルメイクライ」
『あ、ダンテ?』
聞き慣れた少女の声が返ってきた。
「リンか。どうした?」
『市長さんからメッセージが来てたよ』
「市長?」
ダンテは首を傾げる。
新エリー都の市長――メイフラワー。ダンテにとっては、ここ最近すっかり馴染みのある名前だった。
というのも、最近舞い込んでくる悪魔絡みの依頼のほとんどが、彼からのものだったからだ。これまではヴィクトリア家政を通して依頼を受けることが多かった。メイフラワーはヴィクトリア家政の雇い主でもあるため、彼女たちを経由してダンテへ仕事が回ってくることが多かったのである。
『うん。明日、時間を見つけてビデオ屋で調査と依頼について相談したいって』
「なるほどな」
ダンテは顎に手を当てる。
「分かった。明日、そっちへ行く」
『了解。じゃあ伝えておくね』
「ああ、頼んだぜ」
そう言って電話を切る。
「……仕事か?」
本を閉じたバージルが尋ねる。
「ああ。明日、ビデオ屋で打ち合わせだとさ」
「市長からか」
「そういうことだ」
ダンテはニヤリと笑った。
「暇潰しにはちょうどいい」
「……仕事を暇潰しと言うな」
「細かいことは気にするなって」
「お前は本当に……」
バージルは呆れたように息を吐いた。
――――
翌日。
ビデオ屋「Random Play」。
店の営業スペースから少し離れたバックヤードでは、アキラとリンが忙しそうに端末を操作していた。
そこへダンテが扉を開けて入ってくる。
「よう。もう準備できてるのか?」
「市長さんとの暗号化回線を繋げる準備をしてるよ」
リンが振り返る。アキラも端末から顔を上げた。
「市長から直接連絡が来るなんて、今回はかなり重要な依頼みたいだね」
「だろうな」
ダンテは椅子へ腰掛ける。
「俺のところにわざわざ直接依頼してくるんだ。普通じゃない」
「……そうだね」
アキラが頷く。
やがてリンが端末を操作した。
「じゃあ、接続するね」
――ピッ。
暗号化回線が起動し、モニターに市長メイフラワーの姿が映し出される。
『やあ、子供たち』
「市長さん」
『リン君、アキラ君。それから――』
メイフラワーの視線がダンテへ向く。
『ダンテ君だね』
「どうも、市長さん」
『こうして話すのは初めてだね』
「そうだな」
メイフラワーは穏やかに笑うと、アキラとリンへ問いかけた。
『子供たちよ。先ほど会ってきた調査員について、どう思ったかね?』
「そうですね……」
アキラは少し考えてから答える。
「やり方が少し……個性的な人だなと。僕が『修行』と聞いて思い浮かべる人たちとは、ずいぶんかけ離れていたというか」
『ふむ』
「前にホロウでエーテリアスに襲われた時も、儀玄さんが助けてくれたんです。彼女の『術法』については、まだ理解が追いついていませんが……それでも、調査員としての実力は確かかと」
『聞く限りでは、君たちは上手くやれているようだ。よろしい』
メイフラワーは満足そうに頷く。
『彼女には少々奔放なところがあるが、疑う余地のない実力者だ。過去、数々の重大な事件において、彼女の所属する「雲嶽山」は常に信頼に足る協力者でいてくれた』
ダンテは黙って話を聞いていた。
雲嶽山。
初めて聞く名前だった。
『そして、ダンテ君。話はヴィクトリア家政から聞いているよ』
「そうみたいだな」
『突如として現れた悪魔という存在を知っており、それに対抗する手段を持ち合わせている。実に興味深い人物だ』
「よせよ。褒められると照れちまうぜ」
ダンテは肩をすくめる。
「それに、あんたには常日頃の情報提供で感謝してるんだぜ」
『そう言われて嬉しいよ』
メイフラワーは小さく笑った。
『さて、本題に移ろう』
その声音が少しだけ真剣なものになる。
『今回の調査、そして依頼の件だが――君たちには雲嶽山と協力してもらう』
「雲嶽山と?」
アキラが聞き返す。
『そうだ』
「具体的に、何を調査することになるんでしょうか?」
『ホロウ調査協会から知らせがあった。このところ、ラマニアンホロウ内部の観測データに異常な数値が出ているそうだ』
リンが画面へ視線を向ける。
『その中で最も状況が深刻なのは、衛非地区に存在する遺跡付近だ。あの場所には現在、TOPSが管理する輝磁の生産センターがある』
「輝磁……」
アキラが呟く。
「エーテルの遮断に使われている、特殊な材料ですね? ラマニアンホロウの中に産地があったとは……」
『その通り。ホロウの観測データに大量の異常が確認され、輝磁の供給にも遅滞が発生している状況だ』
メイフラワーは続ける。
『生産のプロセスに何か問題が起きたのかと思っていたが……特殊なルートから、とある写真を手に入れたことで、それは間違いだと分かった』
「写真?」
『いま、そちらにも送ろう。そこに写っている人物を、君たちならよく知っているはずだ』
「…………」
リンの表情が固まった。
「こ、これ……カローレ……先生?」
アキラも写真を見る。
「……!」
そこに写っていたのは――かつて二人にとって大切な存在だった人物、カローレ。
旧都陥落時に亡くなったはずの、二人の恩師だった。
「そんな……どうして?」
リンの声が震える。
「だって、私たちの先生は、もう……」
『私もまず、フェイクの可能性を疑った』
メイフラワーの声が静かに響く。
『遺体が見つかったわけでもないとはいえ、彼女は旧都陥落時に亡くなったものと考えられていたからね』
少し間を置いて、メイフラワーは続けた。
『だが、専門家が鑑定した結果、この写真が偽造の類でないことは判明している』
「…………」
『惜しむらくは、撮影者を調べる術がないことだ。唯一確かなのは、その写真が衛非地区にほど近いラマニアンホロウ……その内部にある輝磁生産エリアから流れてきたということのみだ』
「ラマニアンホロウ……」
アキラは写真を見つめる。
「まさか、先生はそこで生きていると……?」
拳を握りしめる。
「いえ……すべて本当であってほしい一方で、やはり疑っている自分がいます。結論を出すのは、調査してからでも遅くはないですから」
「そうだね」
リンも頷く。
「それに、本当に先生がそこにいるなら、なおさら慎重に行動しないと」
ダンテは黙って二人の話を聞いていた。
画面に映る写真。そして、そこに込められた二人の思い。それを感じ取っていたからこそ、何も口を挟まなかった。
やがてダンテが口を開く。
「……それで、俺への依頼については何だ?」
『おっと、すまない』
メイフラワーが少しだけ苦笑する。
『実は、先ほど言ったラマニアンホロウ内部では、もう一つ異常が確認されている』
「もう一つ?」
『それは――エーテリアスとは違う、別の化け物が姿を現したというものだった』
「…………」
ダンテの表情が変わる。
リンも何かに気づいたように目を見開いた。
「それって、もしかして……」
「間違いない」
ダンテが低く呟く。
「悪魔だな」
メイフラワーが頷く。
『報告によると、その化け物は黒い毛皮に包まれた巨体に、ウロコと鋭い鉤爪を備えた手足。そして、白い燐光を放つ四枚の翼を生やしていたらしい』
ダンテの目が細くなる。
「…………」
その特徴を聞いた瞬間、彼の脳裏に一体の悪魔が浮かんだ。
「……ベオウルフか」
『どうやら、ダンテ君はその怪物を知っているようだね』
「ああ」
ダンテは立ち上がる。
「その依頼、受けるぜ」
『そう言ってくれると思っていたよ』
リンも頷いた。
「市長さん、私たちも調査を引き受けます」
「ラマニアンホロウと先生のことを調べるなら、僕たちも行きます」
『よろしい』
メイフラワーは満足そうに頷く。
『さすがはカローレ君の教え子に、デビルハンターだ』
そして、今回の作戦について説明を続ける。
『儀玄君には特派調査員として、状況を確認するため衛非地区に向かってもらう手はずになっている』
『そして君たちは、雲嶽山の「門下生」に扮して彼女に同行するといい。自身の潜在能力を引き出してもらう指導の機会ともなるだろうからな』
「なるほど……」
アキラが頷く。リンも納得したように頷いた。
『具体的なプランは彼女に任せよう。ちょうどメッセージが来ていたが、君たちと合流したいそうだぞ』
「了解です」
そこでダンテが手を上げる。
「待ってくれ」
『何かね?』
「もしかして、その『門下生』ってのに俺もならないといけないのか?」
「…………」
アキラが黙る。
「…………」
リンも黙る。
『…………』
市長も黙った。
嫌な沈黙だった。
ダンテの顔が引きつる。
「……おい」
メイフラワーが申し訳なさそうに口を開いた。
『すまない、ダンテ君』
「まさか……」
『もう、そういう手筈になっているのだよ』
「…………」
ダンテは頭を抱えた。
「俺が……門下生?」
そのまま深いため息を吐く。
悪魔退治なら慣れている。
ホロウの調査も問題ない。
強敵との戦いなら、むしろ歓迎だ。
だが――
「……修行は勘弁してくれよ」
この依頼を受けたことを、ダンテは早くも後悔し始めていた。