『Devil May Cry』
古びたバーを改装した空間に、静かな空気が流れていた。
向かい合う二人。
椅子に腰掛ける白髪の青年、ダンテ。
そして、その前に立つスーツ姿の女性、サラ。
互いに相手を探るような沈黙が続く。
時計の秒針だけが、静かに時を刻んでいた。
そんな沈黙を破ったのは――
「……っくしゅ。」
ダンテだった。
鼻をすすりながら頭を掻く。
「さすがに上裸で話すもんじゃねぇか。」
そう言うと、ソファの横へ無造作に置いてあった黒いTシャツを手に取る。頭から被り、続いて見慣れた赤いロングコートを肩へ羽織った。
袖を通し、襟を軽く整える。
ようやく落ち着いたのか、ダンテは椅子へ深く座り直した。
「さて。それじゃ、本題に入ろうか」
足を組み直し、赤い瞳でサラを真っ直ぐ見つめる。
「依頼ってのは何だ? 回りくどい話は苦手でね。単刀直入に頼む」
サラは静かに頷いた。
「もちろん」
彼女はバッグから一枚の写真を取り出し、机の上へ置く。
そこに写っていたのは、巨大な高層建築。二本並んでそびえ立つビルだった。
「ここは――バレエツインズ」
サラが静かに口を開く。
「何年も前、共生ホロウに呑み込まれた施設よ」
ダンテは写真を手に取る。
写真越しでも、どこか異様な雰囲気が伝わってくる。
「最近、ここへ侵入する者が後を絶たないの」
サラは続ける。
「許可なく侵入し、何かを探している人間たち。その人数も、少しずつ増えている」
ダンテは写真から目を離さない。
「で? 俺に何をしろって?」
サラは迷いなく答えた。
「その侵入者たちを妨害してほしいの」
「それだけ?」
ダンテが聞き返す。
「それだけよ」
サラは小さく頷いた。
「排除でも、護衛でもない」
「……。」
ダンテは顎へ手を当てる。
拍子抜けするほど簡単な内容だった。
ホロウへ潜る。
侵入者を追い返す。
それだけ。
「報酬は?」
現実的な質問だった。
慈善事業をするつもりはない。便利屋である以上、金は必要だ。
するとサラは、足元へ置いていた黒いスーツケースを静かに持ち上げた。
カチャリ。
鍵を外す音。
ゆっくりと蓋が開く。
その瞬間、ダンテの眉がわずかに動いた。
中に入っていたのは、札束。
整然と積み重ねられた大量のディニーだった。
「前金として、五百万ディニー」
サラは穏やかな口調で言う。
「……。」
ダンテは無言になる。
サラはさらに続けた。
「依頼を完遂していただければ、追加でこの二倍。一千万ディニーをお支払いします」
店内が静まり返る。
五百万。
前金だけで、この事務所の改装費、設備費、そして残っているローンまで、すべて返済できる金額だった。
ダンテは札束を見る。
次にサラを見る。
そして、また札束を見る。
「お嬢さん」
ようやく口を開いた。
「普通、こんな仕事にここまで払うか?」
サラは表情一つ変えない。
「必要な仕事だからよ」
「それだけ?」
「ええ」
「……。」
怪しい。
どう考えても怪しい。
ただ侵入者を妨害するだけ。それだけの仕事に、一千五百万ディニー。
どう考えても釣り合わない。
何か裏がある。
それくらいはダンテにも分かる。
だが――。
「まあ」
ダンテは肩をすくめた。
昔も、悪魔退治の依頼には面倒事がつきものだった。
今回も、きっと同じだろう。
「内容は簡単。金払いは最高」
そう言って笑う。
「嫌いじゃないぜ」
サラは静かにダンテを見つめる。
「つまり、受けていただけるのね?」
ダンテは立ち上がる。
ビリヤード台へ歩き、そこへ置かれていたリベリオンを肩へ担いだ。
そして、口元を吊り上げる。
「契約成立だ」
「その侵入者ども、まとめて追い返してやるよ」
その笑みに、サラもまた小さく微笑んだ。
だが、そう告げる彼女の瞳の奥では、誰にも気づかれないほど小さく、何かを企むような光が揺れていた。
――――
バレエツインズ。
今では共生ホロウに呑み込まれ、人の手が及ばぬ危険地帯となっていた。
A棟。
そしてB棟。
その二つを繋ぐ渡り廊下。
構造物の陰に、数人の兵士が身を潜めていた。
全員が戦闘服を纏い、統率の取れた動きを見せている。
その中で、一人だけ異質な存在がいた。
赤いロングコート。
白い髪。
巨大な剣を背負った青年。
ダンテだった。
「……。」
兵士の一人が横目で彼を見る。
上からは「協力者がいる」とだけ聞かされていた。
だが、まさかこんな男だとは思ってもいなかった。
戦闘服すら着ていない。
軍人にも見えない。
傭兵にも見えない。
そして何より――。
ダンテはストロベリーサンデーを幸せそうな顔で頬張っていた。
「……。」
兵士のこめかみに青筋が浮かぶ。
(ふざけているのか……?)
ホロウ内部。
作戦中。
いつ敵が現れてもおかしくない状況。
それなのに、この男はアイスを食べている。
しかも実に美味そうに。
「おい」
兵士が低い声で話しかける。
「少しは緊張感を――」
その時だった。
コツ。
コツ。
コツ。
静かな足音が響く。
全員の表情が変わった。
ダンテだけを除いて。
「来た」
兵士が小さく呟く。
A棟の奥。
崩れた廊下の向こうから、人影が現れた。
数人の侵入者。
そして、その傍らにはボンプの姿もある。
彼らは周囲を警戒しながら、慎重に進んでくる。
「予定通りだ」
兵士が小声で指示を出す。
侵入者たちは、そのまま渡り廊下へ踏み込んだ。
その瞬間、仕掛けられていた装置が作動する。
録音機から音楽が流れ、影から二体の巨大なエーテリアスが飛び出した。
マリオネット・ツインズ。
双子のように舞う、危険な怪物だった。
侵入者たちはすぐさま迎撃を開始する。
「ダンスのお誘いとお見受けしました……」
「お相手を務めさせていただきます」
激しい戦闘が始まった。
マリオネット・ツインズも、激しく踊るように刃を振るう。
「いいぞ……」
兵士が呟く。
「そのまま消耗しろ」
だが――。
「おーい、怪物! こっちだ!」
ボンプが声を上げた。
次の瞬間、ボンプによって投げ飛ばされた録音機が、裂け目へ向かって転がっていく。
録音機はそのまま裂け目へ落下した。
それを追うように、マリオネット・ツインズも吸い込まれていく。
ズズズッ――。
裂け目の向こうへ消えていく二体。
そして、裂け目は閉じた。
「なっ……」
兵士たちが息を呑む。
予定が狂った。
このままでは侵入者を止められない。
「次の手だ!」
兵士が叫ぶ。
別の兵士が、肩に担いでいた小型ミサイルランチャーを構えた。
照準。
ロックオン。
「撃て!」
シュゴォォッ!!
小型ミサイルが侵入者へ向かって一直線に飛ぶ。
その間も――。
「んー」
ダンテはストロベリーサンデーを食べ続けていた。
兵士は思わず叫ぶ。
「お前も戦え!」
しかし、ダンテは返事すらしない。
そして、侵入者側。
「……!」
メイド服を纏ったサメのシリオンが前へ出る。
エレン。
その紅い瞳がミサイルを捉えた。
一閃。
巨大な鋏型武器が振るわれる。
ズバァッ!!
一発。
二発。
三発。
飛来するミサイルは次々と真っ二つに斬り裂かれ、左右へ逸れて爆発する。
爆煙を突き抜け、エレンは一気に距離を詰めた。
「しまっ――」
兵士たちの顔から血の気が引く。
もう目の前だ。
振り下ろされる巨大な刃。
誰もが終わりを覚悟した。
その時だった。
ダンテは、ようやく食べ終わりかけていたストロベリーサンデーを空へ放り投げた。
「……やれやれ」
「せっかくのデザートタイムだったんだけどな」
そう呟くと同時に、エボニーとアイボリー――二丁拳銃が抜き放たれた。
ドドドドドドドドッ!!
凄まじい連射。
放たれた銃弾は寸分違わずエレンへ襲い掛かる。
「っ!」
エレンは即座に攻撃を中断し、鋏を盾代わりにしながら横へ跳ぶ。
着弾。
爆煙。
床が砕ける。
「……。」
着地したエレンは無言でダンテを見る。
ただものではない。
その一瞬で理解した。
そして空中では、くるくると回転していたストロベリーサンデーが落ちてくる。
ダンテは視線を逸らすことなく片手で受け止めた。
そのまま最後の一口を口へ運ぶ。
空になった容器を無造作に放り捨てる。
カラン、と乾いた音が響いた。
「悪いな」
ダンテはエレンを見据える。
「俺のデザートを邪魔する奴は、誰であろうと容赦しない主義なんだ」
その光景を見ていたのは、エレンだけではない。
その後方にいたヴィクトリア家政の面々。
そして、パエトーン。
全員が無言だった。
赤いコートの青年。
ふざけたような態度。
だが、先ほどの射撃は人間離れした精度だった。
「……気を付けて」
エレンが静かに呟く。
「こいつ」
そして、僅かに鋭い視線を向ける。
「強い」
その言葉に、その場の全員が目の前の青年を新たな脅威として認識した。