『『Devil May Cry』』
――翌日。
ビデオ屋「Random Play」。バックヤードでの市長との通信が終わった後も、ダンテはしばらく動かなかった。両手を頭の後ろで組み、天井を見上げている。
「…………門下生ねぇ」
昨日まで悪魔退治の依頼だと思っていた。ベオウルフという、かつて戦ったことのある悪魔まで関わっている。だからこそ、久しぶりに腕が鳴る仕事になると思っていた。
ところが蓋を開けてみれば――雲嶽山の門下生として調査に同行する。
「……俺が?」
ダンテは深いため息を吐いた。
「悪魔を斬るのは好きだが、弟子入りなんて柄じゃねぇぞ……」
「まあまあ、ダンテ」
リンが笑う。
「そう落ち込まなくてもいいじゃん」
「お前は気楽でいいよな」
「だって面白そうじゃない?」
「面白そうって……」
ダンテがじろりとリンを見る。
「師匠って呼べる人ができるんだよ?」
「いらねぇ」
「即答だね……」
アキラも苦笑する。
「まあ、形式上のものらしいから。そこまで気にしなくてもいいんじゃないかな」
「……そうだといいんだがな」
その時だった。
店の入口から、扉が開く音が聞こえた。
――カラン。
「いらっしゃいませー……」
リンが反射的に声をかける。しかし、入ってきた人物を見た瞬間、リンの声が止まった。
「……あ」
アキラも顔を上げる。
「この人は……」
長い銀髪。金色の切れ長の瞳。そして、特徴的な黄色の道着。
その女性は店内を見回すと、まるで自分の道場へ来た客を迎えるかのような自然な足取りで歩いてきた。
儀玄だった。
「さて二人とも」
儀玄はアキラとリンを見て、軽く手を上げる。
「こうして正式な訪問と相成ったわけだが……メイフラワー曰く、アキラ、リン。お前さん達、調査についてくるらしいな。そうなのか?」
「そうです」
アキラが頷く。
「衛非地区の写真にカローレ先生が写っていたと、市長さんが教えてくれたんです。僕たちがきちんと調査しなければ」
「そうか」
儀玄は静かに頷いた。
「ああ、それもメイフラワーから大体聞いた。旧都陥落の元凶……世間にそう言われていようと、教え子としてその無実を信じているとな」
アキラとリンは黙って儀玄を見る。
「見上げた師弟の絆だ。我ら雲嶽山としても、調査を共にする以上、写真の出所探しにも手を貸してやる」
「儀玄さん……」
アキラの表情が少しだけ和らぐ。
「先生の無実を信じてくれるんだね?」
「カローレ・アルナについてはよく知らん。だが、お前さん達がそう信じているのなら、そうなんだろう」
儀玄は淡々と続ける。
「写真の追跡と異常な観測データの調査。この二つは同時に取り掛かれそうだしな。そうなったら、ホロウの道案内にお前さん達の技は欠かせないからな」
「安心してくれ、儀玄さん」
アキラが胸を張る。
「ホロウの中なら僕たちにお任せだ」
「うむ。頼もしい」
儀玄は満足そうに頷いた。
そして――ふと、視線を横へ向ける。
そこには、未だにうなだれているダンテがいた。
「……」
儀玄は数秒間、ダンテを見る。
「そして、そこで項垂れてるやつ。ダンテとか言ったな」
「……ああ」
ダンテは顔だけを上げる。
「お前は悪魔とやらを知っているらしいな」
「……ああ」
ダンテは深いため息を吐いた。
「悪魔退治は俺の専門だぜ……」
「なるほど」
儀玄は頷いた。だが、すぐにアキラとリンへ顔を向ける。
「……アキラ、リン。なぜあいつはあそこまで項垂れている?」
「あ、それは――」
「言うな」
ダンテが即座に口を挟んだ。
「……?」
儀玄が首を傾げる。
「頼むから言わないでくれ」
「何を今さら」
リンが笑いながら言う。
「ダンテ、雲嶽山の門下生になるのが嫌なんでしょ?」
「おい!」
「……ほう」
儀玄がダンテを見る。
「そういうことか」
「……まあな」
ダンテは観念したように肩を落とした。
「俺は修行とか弟子入りとか、そういうのが嫌いなんだよ」
「そうか」
儀玄はあっさり頷いた。
「なら、無理に好きにならんでもいい」
ダンテが顔を上げる。
「なんだ?」
「いや、もっとこう……『修行とは己を鍛える崇高なものだ』とか説教されると思ったが」
「面倒だろ、そんなの」
「…………」
ダンテが目を丸くする。
「……あんた、案外話が分かるな」
「私も堅苦しいのは嫌いでな」
儀玄は平然と言った。
「仙人みたいな格好をしているからといって、何もかも古臭いわけではない。むしろ現代に合わせんと、弟子もついてこない」
「……そりゃそうだ」
二人の会話を聞いていたリンが小さく笑う。
「なんか、ダンテさんと儀玄さんって意外と気が合いそうだね」
「俺は御免だ」
「私も別に構わん」
「おい」
ダンテが眉をひそめる。
「息ぴったりじゃねぇか」
「そうか?」
儀玄は気にした様子もない。
そして、何かを思い出したように手を叩いた。
「そうそう。お前さん達の潜在能力を発掘してやると、メイフラワーには約束したよ」
「潜在能力……」
アキラが反応する。
「まあ、雲嶽山には『術法をよそに漏らすなかれ』という教えがあるが……なにせ今は私が宗主だからな」
儀玄は肩をすくめる。
「三人さえよければ、名目上は雲嶽山の門下生ということにしてやってもいい。なに、あくまで動きやすいからそうするんだ。お前さん達を縛るものでもない」
「それなら……」
儀玄は続けようとした。
「正式に私を師と仰ぐ必要もないし、他の弟子たちのように『師匠』と呼ぶ必要も――」
「いや」
アキラが即座に遮った。
「ぜひ師匠と呼ばせてほしい」
「……」
儀玄が止まる。
「なんといっても、儀玄さんにはエーテル適性を操る術を教えてもらうわけだし……」
「そうそう!」
リンも勢いよく頷いた。
「正式な弟子じゃなくたって、教えを授かるわけだしね! それにほら……映画でもよくあるでしょ。『お師匠さん……!』って」
「…………」
ダンテが無言でアキラとリンを見る。
儀玄も二人を見る。
「まったく気の早いやつらだ……」
だが、その表情はほんの少しだけ緩んでいた。
「まあ、悪い気はしないが」
「やった」
リンが小さくガッツポーズをする。
「コホン」
儀玄が咳払いをする。
「私を師と慕う以上は、それなりに見返りがあるぞ」
「見返り?」
「衛非地区に行けば、兄弟子やら姉弟子やらが面倒を見てくれるだろうしな」
「それは心強いですね」
「ああそうだ。これも持っておけ」
儀玄は懐から何かを取り出した。
「……?」
三人の前に、それぞれ何かが差し出される。
「これは……」
アキラが受け取ったものを広げる。
「雲嶽山の、道着?」
黄色を基調とした道着。雲嶽山の門下生が着るものだった。
「…………」
ダンテは自分の分を見つめる。
「…………」
「どうした?」
儀玄が尋ねる。
「いや」
ダンテは道着を持ち上げた。
「なんで俺の分まであるんだ?」
「名目上とはいえ、雲嶽山の門下に入るわけだからな」
「いや、そうじゃなくてだな」
ダンテが道着を見る。
「俺とあんたが会うのは、今日が初めてのはずだろ?」
「そうだな」
「なのに、なんで俺の分まである?」
「そこか?」
儀玄は少し考えた。
「ルミナスクエアでのことの後、メイフラワーから連絡があった。事情を聞いて、すぐに用意した」
「すぐに?」
「ああ」
アキラが道着を眺めながら呟く。
「…………師匠はずいぶん用意がいいな……もしかして、ずっと新しい弟子が欲しかったのかい?」
「おっ」
リンが目を輝かせる。
「兄弟子さん! それ案外図星かもよ……!」
「そんなわけあるか」
儀玄が即座に否定した。
「妙な勘ぐりはよせ。事前に占っておいた通りになった、それだけだ」
アキラは納得したように頷く。
「そうか……師匠の占いはさすがによく当たるんだな。妹弟子さん、どうやら僕たちの勘違いだ」
「そっかー」
リンも頷く。
「残念」
そんな中、ダンテが嫌な予感を覚える。
「……なあ」
「なんだ?」
「じゃあ今回の調査も……」
ダンテは道着を握ったまま尋ねる。
「吉凶を占ったのか?」
「……」
儀玄の表情が少しだけ曇る。
「……それも占いはした」
「したのか」
「正直、いい卦象とも言えんな」
「…………」
ダンテの顔が引きつる。
「まあ安心しろ」
儀玄は平然と言った。
「準備は万全だ」
「準備って、例えばどんな?」
リンが尋ねる。
儀玄は少しもったいぶることなく答えた。
「保険に入った」
「…………」
「お前さん達の分もな」
「ふむ」
アキラが頷く。
「それはまったくもって万全だな……」
だが、一瞬してアキラの表情が止まる。
「……いま、保険と言ったかい?」
「言ったぞ」
「…………」
ダンテが頭を抱える。
「つまり、よっぽどひどい結果だったってことだな?」
「そういうわけでもない」
「どういうわけだよ」
その時だった。
『マスター、緊急のお知らせです』
「……?」
突然、聞き慣れた電子音声が店内に響いた。
『ビッグデータをもとに予測したところ、今回の調査ではTOPSの利益団体と衝突する可能性があります』
「Fairy!?」
リンが慌てて振り返る。
『九十パーセント以上の確率で、予期せぬ事態に遭遇すると思われます。Fairyの緊急連絡先に「儀玄」を登録しておくことを推奨します』
「こらFairy!」
リンが慌てて端末を操作する。
「いま出てきちゃダメでしょ!」
「ん?」
儀玄が興味深そうにFairyを見る。
「なんだ、お前さん達のところにも占い師がいるのか」
「えっと……」
リンが困ったように笑う。
「この子はただのAIアシスタントで……Fairyって言うの」
「そいつの見立ては悪くない」
儀玄は真面目な顔で頷いた。
「流行りの『びっぐでーた占い』とかいうやつか? やはり侮れんな……」
「血液型や性格から運命を導き出すこともできると聞いている。流派は知らんが、おいそれと門外には出せない秘術なのだろう」
「ふむ。その『びっぐでーた占い』とやらがあるなら……」
儀玄はFairyへ向けて言う。
「『占術』については、お前さん達、合格だ。私があえて教えるまでもない」
「……ではなくて」
アキラが苦笑する。
「今回の調査が危険だという話じゃ?」
「まあ落ち着け」
儀玄は手を振る。
「卦象はこうも言っていた。波乱多かれど、乗り越えてこそ、凶を吉へと転ずる目もあろう……とな」
「つまり?」
リンが首を傾げる。
「やばかろうが何だろうが、乗り越えればチャンスはあるということだ」
「なるほど……」
「何より、私がいるんだからな」
儀玄は胸を張る。
「保険に関しては……まあ、後で後悔するよりマシだろう」
「そりゃまあ……師匠がいるのは心強いけどね」
リンも苦笑する。
「そうとも」
儀玄は頷いた。
「メイフラワーなんて、今回のためにわざわざ空の足を用意してくれたんだ。お前さんの先輩弟子たちと試しに飛んでみたが、快適そのものだったぞ。TOPSに絡まれることもなかったしな」
「他にも、衛非地区に臨時でH.D.Dとやらを置いてくれたそうだ」
儀玄は続ける。
「端末の同期と調整のために、お前さん達のどちらかは一旦ここに残らないとだめみたいだが……」
「なら、僕が一足先に様子を見てこようかな」
アキラが言った。
「リンには居残りで調整を頼むとして……また折を見て合流しよう」
「だめだよ、お兄ちゃん!」
リンがすぐに反論する。
「私が先に行くってば」
「いや、僕が――」
「私のほうがH.D.Dの調整早いでしょ?」
「でも衛非地区の地形を確認するなら――」
兄妹は顔を見合わせ、どちらが先に衛非地区へ向かうかで話し合いを始めた。
そんな二人を横目に、儀玄の視線がゆっくりとダンテへ移った。
「……ところで」
「ん?」
「お前さん」
儀玄の金色の瞳が細くなる。
「少し妙だな」
「何が?」
「お前さんから、何かを感じる」
「…………」
ダンテの表情が変わった。
儀玄はじっとダンテを見る。
「エーテルとは違う。しかし、ただの人間とも違う」
「…………」
ダンテは頭を掻く。
「まあ、いろいろあるんだよ」
「ほう」
儀玄の目が僅かに輝いた。
「なるほど」
「何だよ」
「いや」
儀玄は腕を組む。
「実はな」
「……?」
「お前さんのことも占った」
「…………」
ダンテは額を押さえた。
「勝手に占うなよ……」
「占術とはそういうものだ」
「そういう問題じゃねぇだろ」
儀玄は気にせず続ける。
「結果はなかなか興味深かった」
「聞きたくねぇ」
「お前さんは――」
「だから聞きたくねぇって」
「類まれなる才能を持っている」
「…………」
「極めて珍しい卦だった」
儀玄は真剣な表情で言う。
「もしお前さんが雲嶽山に正式に入り、修行を積めば――」
「断る」
即答だった。
「……まだ最後まで言ってないぞ」
「勧誘だろ?」
「そうだ」
「お断りだぜ」
ダンテは肩をすくめる。
「俺は悪魔を斬るのは好きだが、修行は嫌いなんだ。それに、俺には俺のやり方がある」
「なるほど」
儀玄は特に残念そうな顔をしなかった。
「ならば無理に勧めることもない。才能があるからといって、本人が望まぬ道を歩ませる趣味はない」
儀玄はそう言って、ダンテを見る。
「ただし、お前さんがその力をどう扱うかは、少し興味がある」
「…………」
「悪魔を狩る者としてな」
ダンテは少しだけ目を細める。
その時、リンが道着を抱えながらダンテを見る。
「ダンテ」
「ん?」
「結局、今回は師匠の弟子なんだよね?」
「…………」
ダンテの笑顔が消えた。
「……その話は忘れろ」
「無理だよ」
アキラが苦笑する。
「もう道着まであるし」
「…………」
ダンテは手元の黄色い道着を見つめる。
ベオウルフ。ラマニアンホロウ。そして――雲嶽山。
今回の依頼は、どうやら今まで以上に面倒なことになりそうだった。
儀玄はそんなダンテを見て、僅かに口元を緩める。
「まあ、安心しろ」
「何がだ?」
「お前さんには、お前さんの修行がある」
「……修行って言葉が出た時点で安心できねぇんだが」
「そうか?」
儀玄は首を傾げる。
「ならば、楽しみにしておけ」
「…………」
ダンテは嫌な予感しかしなかった。