『『Devil May Cry』』
――ラマニアンホロウ内部。
アキラ、ダンテ、そして儀玄の三人は合流を果たしていた。儀玄が持っていたキャロットを使いながら、三人はホロウからの脱出を目指して進んでいく。
道中、儀玄は墜落した飛行船を確認してきたことを二人に伝えた。どうやら飛行船には外部から受けた損傷があり、単なる事故ではなかったらしい。
三人はそのまま先へ進む。
やがて、前方に淡い光が見えてきた。そこには、空間そのものが裂けたような巨大な亀裂が存在していた。裂け目の向こうには、ホロウの外側と思われる光景が見えている。
「ようやくか」
ダンテが肩を回す。
「長かったな」
「では、行くぞ」
儀玄を先頭に、三人は空間の裂け目へ足を踏み入れた。
――その瞬間。
「……っ」
アキラの視界が大きく揺れる。身体が浮遊するような奇妙な感覚。そして、いつもの目眩が襲ってくる。
次の瞬間。
三人は、ホロウ辺縁部の無人エリアへと到着していた。
「…………」
アキラはゆっくりと目を開く。
目の前には、青い海。そして、どこまでも広がる青空。海の向こうには、遠く街の姿も見えていた。
ダンテも周囲を見回す。儀玄も海を眺める。
アキラは改めて周囲を確認する。
「師匠、僕たちはついに出られたようだ……」
しかし、すぐに困ったような顔になる。
「とはいえ、ここは海辺か……。衛非地区はまだ先のようだけれど、どうやって行こう?」
「うーむ」
儀玄は腕を組む。
「そうだな。この際だ……」
そして、何気ない調子で二人を見る。
「アキラ、ダンテ。お前さん達、泳げるか?」
「…………」
アキラが固まる。
「まさか、師匠……」
海を指差す。
「あんなところまで泳げと?」
「今まで海とかで泳いだことはあまりないな」
ダンテも海を眺める。
「まあ、泳げなくはないが……」
アキラは海の向こうに見える街へ視線を向ける。
「うーん……『少し』遠そうだ……」
そして儀玄を見る。
「師匠、本当に泳ぐかい?」
「なんてな」
儀玄はあっさり笑った。
「あくまで最後の手段だ。あれだけ派手に墜落したんだから、誰かしら様子を見に来るだろう」
「なるほど」
「それに、このあたりは澄輝坪の航路だからな。船くらい通る」
「よかった……」
アキラが胸を撫で下ろす。
「本当に泳いでいくつもりなのかと思ったよ」
すると、ダンテが海の向こうを見る。
「おっと。言ったそばから、船が来たみたいだぜ」
三人が同時に海を見る。
しばらくすると、ホロウの近くを一隻の貨物船が通りかかった。
「おーい!」
アキラが手を振る。儀玄とダンテも手を上げる。
幸いにも、船員たちはすぐに三人の存在に気づいた。船は三人の近くまで寄ってきて、縄梯子が下ろされる。
「助かったな」
ダンテが笑う。
「泳がずに済んだな」
こうして三人は貨物船へ乗せてもらい、衛非地区へ向かうことになった。
――しばらくして。
貨物船はゆっくりと岸辺へ近づいていく。船の上から周囲を眺めていた船頭が、三人へ声をかけた。
(お二人さん、ラマニアンから出てきたのかね? そりゃあたいした幸運だ)
(そうだ)
儀玄が頷く。
(乗せてくれて助かった。礼を言おう)
(それで? 衛非地区に行きたいってんなら、案内を呼んでやってもいいが……)
(いや、岸で降ろしてもらえれば十分だ。迎えは呼んである)
「…………」
アキラは二人の会話を聞きながら、困惑した表情を浮かべる。
「……まったく言葉がわからないのだけれど」
「俺もだ」
ダンテが儀玄を見る。
「儀シェ……」
そこで言葉を止める。
「……師匠は、さっきから何の話を?」
「ん?」
儀玄が振り返る。
「ああ、このあたりの方言だ。心配はいらない」
「方言……」
ダンテが呟く。
「あとダンテ、呼びづらかったら儀玄でいいぞ」
「そうか?」
「ああ」
儀玄は海の向こうを見る。
「さっき、お前さん達の姉弟子に迎えを頼んでおいたという話をしていた」
「姉弟子?」
アキラが首を傾げる。
「ああ、確かに……。雲嶽山の門下生は僕だけじゃないだろうし、先輩がいて当然だろうな」
そして、自分たちの立場について考える。
「とはいえ、僕とリンとダンテは今日入門したばかりだ。もしかすると、雲嶽山でいちばん下っ端ということになるんだろうか?」
「ああ」
儀玄は頷く。
「弟子は何人かいる。入門した順で言えば、たしかにお前さん達が一番下の門弟だが……」
そこで儀玄は三人を見る。
「下っ端だからなんだということはない。普通に接しろ。何かあれば、気楽にあいつらを頼るといい」
「先輩、か……」
アキラは少し楽しそうに呟く。
「どんな人たちなんだろう。だんだん気になってきたな」
「面白い奴らだといいんだがな」
ダンテも笑う。
「落ち着け」
儀玄は淡々と答えた。
「どうせすぐ会うことになる」
「まあ、それもそうか」
アキラが頷く。
――――
――しばらくすると、貨物船が近くの停泊所へ到着した。
「ここで大丈夫かね? 迎えは呼んどるか?」
船頭が尋ねる。
「ああ。弟子に連絡してある。今向かっているところだろう」
儀玄が答えた、その時だった。
「お師匠さま~! 福福がお迎えに来ましたよっ!」
遠くから元気な声が響く。
「ん?」
アキラが振り向く。
停泊所の向こうから、こちらへ向かって走ってくる少女の姿が見えた。
「お師匠さま~!」
少女はそのまま儀玄のもとまで駆け寄ると、息を整えながら笑顔を浮かべる。
「お待たせしました! ……あれえっ?」
そして、儀玄の隣にいるアキラとダンテへ視線を向けた。
「こちらの方々は?」
「ああ」
儀玄が二人を紹介しようとするより先に、少女の表情がぱっと明るくなる。
「きっと、お師匠さまが言ってたお弟子さん達ですねぇ?」
さらに二人をじろじろと眺める。
「……あれぇ? あたしたち、前にもどこかで会いましたっけ? なんだか見覚えがあるような……うーん」
アキラも少し考える。
「そう言われてみると……」
「まあ、気のせいじゃないか?」
ダンテが肩をすくめる。
少女はそんなダンテを見て、今度はにっこりと笑った。
「あたしは橘福福(チー・フーフー)。あなた達にとっては、姉弟子ってことになりますね!」
「姉弟子……」
アキラが目を瞬かせる。
「はいっ!」
福福は胸を張った。
「立派なお弟子さん達じゃないですか~。お師匠さまったら、全然教えてくれないんだから……」
「別に隠していたわけではない」
儀玄が淡々と返す。
「そういうことにしておきますねっ!」
福福は楽しそうに笑った。
「でも、お弟子さん。福福が来たからにはもう安心ですよっ! この辺で何かあっても、姉弟子のあたしが全部なんとかしてあげます!」
ダンテは福福を眺めながら思った。
――元気な子だな。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「そういうことなら」
アキラが笑う。
「姉弟子さんには、あらかじめお礼を言っておくよ。何かあったら頼りにさせてもらおう」
「もちろんです!」
福福が元気よく頷く。
「俺も頼らせてもらうぜ」
ダンテも笑った。
「修行以外はな」
小声で付け加える。
「え?」
福福が首を傾げる。
「何か言いました?」
「いや、何でもねぇ」
ダンテは素知らぬ顔をする。
「食べ物も、遊びも、修行のことも、なんでもどんとこいですからねっ! あっ、そうだ! このへんにいいお茶屋さんがあるんですけど……!」
「福福」
儀玄が静かに口を挟む。
「お喋りは適当観に戻ってからだ。こっちはホロウから出てきたばかりだからな」
「あわわ……ごめんなさい、お師匠さま。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃいました……」
福福は慌てて頭を下げる。
しかし、すぐに顔を上げると、アキラとダンテを見る。
「すぐに道観へ戻りましょうっ! あっ、でも……帰り道ついでに、お弟子さん達を案内するくらいなら、いいですよね?」
「まあいいか……好きにしろ」
儀玄は諦めたように頷いた。
「じゃ、私は先に戻る。お前さん達も、あまり方々で油を売るんじゃないぞ」
「もちろんです、お師匠さまっ!」
福福が元気よく返事をする。
「そうそう、まずは三人の船賃を払ってきますねっ」
福福は船頭のところへ駆け寄った。
「おかげさまで助かりました~。合わせて何ディニーですかね?」
「お嬢さん方、もしかして適当観の人たちかね?」
「へ?」
福福が首を傾げる。
「それなら駄賃なんて取れませんや」
「へ? いいんですか?」
「そりゃなんたって、あの時あなた方が助けてくれなかったら、俺たちみたいなのは……」
船頭はそこで言葉を濁す。
「とにかく、早めに帰って休んだらよろしいがな」
「ありがとうございます!」
福福が頭を下げる。
船頭はさらに続けた。
「あと、これからはもうホロウに近づかんといてくださいよ」
「はい、気を付けますねっ! ありがとうございます! お手伝いが必要なことがあったら、ぜひ適当観に来て、あたしたちを探してくださいっ!」
「ハハッ、そうさせてもらうよ、先生!」
船頭が笑う。
三人は船頭に礼を告げ、貨物船を降りた。
その後、儀玄は事務処理のため、先に適当観へ戻ることになった。
「では、また後でな」
「はい、師匠」
アキラが頭を下げる。
「じゃあな」
ダンテも軽く手を上げる。
「お師匠さま、またあとで!」
福福が手を振る。
儀玄はそんな三人を一瞥すると、そのまま適当観の方へ歩いていった。
そして――。
「さあて……」
福福は儀玄の姿が見えなくなったことを確認する。
「お師匠さまも行っちゃったことですし……」
にやり。
どこか楽しそうな笑みを浮かべる。
「誰も福福たちを咎める人はいません!」
「……」
アキラが少し嫌な予感を覚える。
「ついてきてくださいっ、お弟子さん! このへん、面白いものがほんとにいっぱいなんですから!」
「お、なら色々教えてもらうぜ」
ダンテが楽しそうに笑う。
「もちろんです!」
福福も嬉しそうに頷いた。
「まずはですね――」
こうして、三人は福福と共に衛非地区を歩き始めた。
適当観へ向かう道すがら、福福はこの地域で有名な店や観光名所、地元の人間しか知らないような場所まで次々と紹介していく。
「これが衛非地区名物のロープウェイです!」
「ほう」
ダンテが興味深そうに見る。
―
「お弟子さん、この先は澄輝坪の市場で、中には面白いお店がいっぱいあるんですっ!」
「それは重要だな」
「ですよねっ!」
福福が嬉しそうに頷く。
―
「それから――」
「福福さん」
アキラが苦笑する。
「師匠に『あまり油を売るな』って言われたばかりじゃないか?」
「大丈夫ですよ!」
福福は胸を張る。
「これは道案内ですから!」
「……まあ、確かに」
アキラも笑った。
ダンテは二人のやり取りを聞きながら、衛非地区の街並みを眺めていた。