『『Devil May Cry』』
――その日の夜。
ラマニアンホロウから戻ったダンテは、簡単な夕食を済ませ、休むことになった。
「ふぅ……」
自室へ戻ったダンテは、ベッドへ身体を投げ出す。今日はホロウ内での戦闘に加え、長時間の移動まであった。さすがのダンテも疲労は隠せない。
「……明日は、どうなるかねぇ」
そう呟いた直後には、もう眠りへ落ちていた。
――――
――翌朝。
適当観の門前に、一台の車が停まった。そこから降りてきたのは、白いスーツに身を包んだ男だった。整えられた髪、冷静な目つき、そして隙のない立ち振る舞い。
男の名は、ダミアン・ブラックウッド。
TOPS傘下の特殊開発企業――ポーセルメックス。その衛非地区における最高責任者である。
ラマニアンホロウ内の輝磁採掘を主導しているのもポーセルメックス社だ。彼によれば、輝磁の生産エリアでは事故が発生しており、現在も安全が確認できていないため、くれぐれも立ち入らないようにとのことだった。
事故が起きた。そして、その場所へ近づくなと言う。
あまりにも都合が良すぎる。
「まずは、労働者たちから話を聞いてみよう」
アキラが腕を組む。
「事故の実態を知るには、それが一番早い」
儀玄も頷いた。
そしてさっそく動こうとした。しかし、その時だった。
「あれ?」
アキラが周囲を見回す。
「どうしたんですか?」
福福が尋ねる。
「ダンテは?」
「……」
一瞬、全員が黙った。
確かに、そこにダンテはいなかった。
「まさか……」
福福が適当観の中を見回す。
「まだ寝てるんでしょうか?」
「部屋を確認してくる」
儀玄が言う。
「福福も行きます!」
「僕も行くよ」
三人はダンテが泊まっている部屋へ向かった。
コンコン。
儀玄が扉を叩く。
「ダンテ」
返事はない。
「……」
もう一度。
コンコン。
「ダンテ、起きているか?」
やはり返事はなかった。
「入りますよ~?」
福福が恐る恐る扉を開ける。
すると、部屋の中にはベッドで普通に眠っているダンテの姿があった。
「……寝てますね」
「寝ているな」
福福と儀玄が呆れたように呟く。
外では朝から人の出入りがあり、適当観の中でも何度も話し声が響いている。それなのに、ダンテはまるで何も聞こえていないかのように熟睡していた。
アキラがベッドへ近づき、ダンテの肩を揺する。
「ダンテ、起きてくれ」
「……」
反応はない。
「ダンテ?」
今度は少し強く揺する。
それでも、起きる気配はまったくなかった。
「……すごいな」
アキラが思わず呟く。
「昨日、よほど疲れていたんでしょうか」
「それにしても、ぐっすりですねぇ……」
福福は呆れながらも部屋の中を見回す。そして、ふと部屋の隅に置かれたものへ目を留めた。
「……あれ?」
そこに立て掛けられていたのは、一つのギターケースだった。
「お弟子さんって、ギターも弾くんですか?」
「さあ……」
アキラが首を傾げる。
福福は興味深そうにケースへ近づいた。
「どんなギターが入ってるんでしょうねぇ」
「福福」
儀玄が声をかける。
「勝手に触るな」
「……はい」
一度は素直に手を引いた福福だったが、しばらくすると再びケースを見る。
「……」
「……」
「……ちょっとだけなら」
「福福」
「開けるだけですよ!」
儀玄は小さくため息をついた。福福はそっとギターケースを開く。
「……え?」
そこに入っていたのは、ギターではなかった。
銀一色の大剣。
巨大な刀身には異様な存在感があり、鍔に当たる部分の中央には、二本の角を生やした髑髏の彫刻が施されている。
そして――その髑髏の両目が。
カッ。
赤く発光した。
「ひっ……!」
福福が思わず一歩後退する。
儀玄の表情も変わった。
以前、ダンテがこの剣を扱っているところを見た時から、ただの武器ではないことは分かっていた。しかし、こうして間近で見ることで、その正体の一端をはっきりと感じ取る。
これは、ただの刀剣ではない。
儀玄の脳裏に、雲嶽山の歴代宗主へ代々受け継がれてきた特殊な刀剣――青溟剣が浮かんだ。
形状も、その力も完全に同じというわけではない。だが、この剣から感じられる異質な気配には、青溟剣と通じるものがある。
「これは……」
儀玄の顔が険しくなる。
「お師匠さま……?」
福福も不安そうに大剣を見つめる。
その時だった。
「……そいつは」
「……!」
三人が振り返る。
ベッドの上で、先ほどまで眠っていたはずのダンテが目を開けていた。
「魔剣リベリオン」
ダンテはゆっくりと上半身を起こす。その身体には、いつの間にか赤いコートが戻っていた。
「かつて俺の親父が所有していた、三振りの剣のうちの一つだ」
福福が目を丸くする。
「お父さんの……?」
「ああ」
ダンテはリベリオンへ視線を向ける。
「そして、幼い頃の俺に、この剣を託した」
「……」
儀玄は黙ってダンテを見る。
「魔剣……」
その言葉を、確かめるように呟いた。
ダンテはベッドから立ち上がると、福福のもとへ歩いていく。そして、リベリオンを手に取る。
「こいつは、俺が持ってる限り問題ない」
「……」
「だから、悪いが勝手に開けるのはこれっきりにしてくれよ」
「ご、ごめんなさい!」
福福が慌てて頭を下げる。
ダンテは苦笑しながらリベリオンをケースへ戻した。
「まあ、気になるのは分かるけどな」
そして。
パチン。
ギターケースを閉じる。
儀玄は、その様子を静かに見つめていた。
――魔剣。
――青溟剣と近しい、異質な力を持つ刀剣。
そして、その剣を幼い頃から託されていたというダンテ。
一体、この男は何者なのか。
――――
――そして。
アキラとダンテは、労働者たちへの聞き込みを始めていた。
儀玄と福福、潘は別行動を取っている。儀玄たちは別の場所から情報を集め、葉釈淵はリンを迎えに行った後、戻り次第合流する予定だった。
その時だった。
「アンタ達よぉ……」
低い声が響いた。
アキラとダンテが振り向く。そこには、赤く染まった前髪と傷のある厳めしい顔をした、大柄な犬のシリオンが立っていた。その隣には、やや小柄な青年――パロがいる。
犬のシリオンは、二人を睨みつけた。
「さっきからうろちょろしやがって、何が狙いだ? ああ?」
パロが慌てて口を挟む。
「き、きっとポーセルメックスの刺客ですよっ……!」
「だから言ったでしょう!」
「ちょっと黙っとけ、パロ」
青年――狛野真斗が眉をひそめる。
「メンチ切ってる最中だろが……」
そして、再びアキラたちへ向き直った。
「もっかい聞くぞ……なにが狙いだコラ」
一歩。
真斗が近づく。
「ケンカ売りにきたってんなら買ってやるよ。とっととこの顔面に一発ぶち込め!」
「……。」
アキラが困惑する。
一方、ダンテは真斗の顔を眺めていた。
そして。
「おいおい」
ニヤリと笑う。
「お前は殴ってほしいのか? 奇特な人もいるものだな」
「アンタらのやり口だろが」
真斗は鼻を鳴らす。
「こっちが手ぇ出したくなるように揉めさせといて、いざ殴られたら被害者ぶって訴訟だ賠償だと……」
拳を握る。
「とっくにお見通しなんだよ。ぜってぇ先に手は出さねぇ!」
そして、胸を張った。
「オラ、やれよ。先攻はくれてやるって言ってんだ……」
真斗はニヤリと笑う。
「けどわかってんだろうな……一発入れたら、そっからは『正当防衛』だぜ」
「なるほど」
ダンテが楽しそうに笑う。
「ずいぶん律儀なケンカの売り方だな」
アキラが慌てて二人の間に入った。
「落ち着いてくれ。ポーセルメックスの人間じゃない」
「……あ?」
「僕はアキラ。適当観から派遣されてきたんだ」
「適当観……?」
真斗の表情が変わる。
その横でパロも目を瞬かせた。
「その……えーと、どっから来たって……?」
「適当観だよ」
「え、適当観!?」
二人が顔を見合わせる。
真斗は先ほどまでの険しい表情を少しだけ緩めた。
「……何が知りたいんスか?」
アキラは頷いた。
「中で事故が起きたと聞いて、ラマニアンホロウの状況を調べに来た。けれど、当のポーセルメックスが何も教えてくれないせいで、具体的なことが全くわからなくてね」
そして、真剣な表情で続ける。
「とにかく、TOPSと関係ないことだけは確かだ」
「……なるほどな」
真斗が腕を組む。
「そっちも、ポーセルメックスに手ぇ焼かされてるクチってわけか」
「そういうこと」
アキラが答える。
真斗は少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません。早とちりしちまって……」
そして、自分の胸を軽く叩く。
「ジブンは狛野……狛野真斗っス」
「よろしく」
「俺はダンテだ。よろしくな」
「こちらこそ」
先ほどまでの険悪な空気が、少しだけ和らいだ。
だが、真斗の表情はすぐに真剣なものへと戻る。
「ダチが例の労災で入院する羽目になって、まだ意識が戻らねぇんだ」
「……。」
アキラの表情が曇る。
「だから何が起こったのかハッキリさせて、キッチリ落とし前をつけさせねぇと」
真斗は拳を握った。
「アンタもこの件を調査してくれてんなら、きっと助け合える」
その隣で、パロも頷いた。
「びっくりした……。ついにポーセルメックスが刺客を送り込んできたのかと思いましたよ……」
「君も、この事故を追っているのかい?」
アキラが尋ねる。
「はい」
パロは頷いた。
「僕も侵蝕事故を追っています」
「侵蝕事故?」
アキラが聞き返す。
「事情を知っているようだけれど、詳しく教えてくれないかい?」
「もちろんです」
パロは少しだけ息を呑んだ。
「なにせ僕は、病気になった人たちと同じチームにいたんです。侵蝕症状が起きるのを、この目で見ました……」
そこで、パロはゆっくりと語り始めた。
輝磁生産エリアで働く労働者たちは、旧都陥落の際に大なり小なり侵蝕を受けた者たちだった。そのため彼らは、ポーセルメックスから支給される安価な侵蝕緩和剤に頼っていた。
しかし、今回、その緩和剤に問題があったらしい。
複数人の労働者に、次々と侵蝕症状が現れたのだ。
そして事故を知ったダミアンは、ただちに緘口令を敷いた。さらに事故が起きたエリアを封鎖。労働者たちに対しては、詳しい説明もないまま「立入禁止」とだけ告げたという。
そのやり方に、労働者たちはひどく憤慨していた。
「いつもお世話になってるロア先生から、薬に問題があると聞いたのはその後でした……」
パロが悔しそうに俯く。
「ひどい粗悪品らしくて……」
「……。」
「どうやら、あの悪徳企業……僕たちの命なんて、はなから眼中になかったんです!」
「そんなひどいことを……」
アキラが拳を握る。
「ポーセルメックスは、平気でそんなことをやっていたって言うのか?」
「ああ」
真斗が答えた。
「それにダミアンは事故の起きたエリアを封鎖した。『あそこは廃棄された』の一点張りだ。もはや近づくこともできねぇ」
「……。」
アキラは黙り込む。
あまりにも不自然だった。
事故。
粗悪な薬。
侵蝕症状。
そして、事故現場の封鎖。
「雲行きは、とことん怪しいな……」
アキラは静かに呟いた。
「やはり何とかして、問題のエリアに行ってみないと」
「でも」
パロが不安そうに言う。
「封鎖されているんですよ?」
「分かっている」
アキラは頷いた。
「だからこそ、協力者が必要なんだ」
そして、アキラは二人を見る。
「本当のことを言うと、僕は市長その人に派遣された調査員だ」
「……!」
真斗とパロが目を見開く。
「彼は、ホロウの中でいったい何が起きたのかを解明したがっている。だから僕たちはここに来た」
アキラは真剣な目で続ける。
「協力してくれたら、きっと僕たちも助けになる。それこそ、十分な補償を勝ち取る手伝いだってできるかもしれない」
「そ、それは……」
パロが言葉を詰まらせる。
その横で、真斗の目が大きく見開かれた。
「市長の……調査員だって?」
そして、真斗はパロの肩を叩く。
「こりゃチャンスだぞ、パロ!」
「ここで賠償金が勝ち取れりゃ、アンタの家族も侵蝕の治療ができるかもしれねぇ!」
「……。」
パロはしばらく黙っていた。
やがて。
「そう、ですね……」
小さく頷く。
「雲嶽山の先生方には、旧都陥落の時もずいぶんお世話になったことですし……」
そして、顔を上げた。
「わかりました!」
「協力します!」
「それなら、ホロウ内にあるロープウェイまで来てください。こっそり乗せてもらえるよう、同僚には頼んでおきます!」
「本当かい?」
「はい」
パロは頷いた。
「僕では侵蝕エリアの中までお連れできませんが、助けてくれそうな人を知ってるんです。それに、彼なら今回の侵蝕事故についても詳しい!」
「ありがとう……」
アキラは安堵したように笑った。
「安心してほしい。この件は必ずはっきりさせてみせる!」
「おし……」
真斗も拳を握る。
「ジブンにできることがあったら、なんでも言って下さい。本気でやります!」
「それなら」
アキラがふと思い出したように言った。
「もう一つ聞きたいことがあるんだ」
アキラは端末を取り出した。
そして、市長から渡されていた写真を表示する。
「この写真に写っている人を、衛非地区で見かけてないかい? 撮影場所だけでもわかったらありがたいんだけれど……」
真斗とパロが写真を覗き込む。
「……。」
パロが首を傾げる。
「うーん……僕は見かけたことないですね。場所についても、ホロウの中らしいということしか……」
「そうか」
アキラが頷く。
真斗も写真をじっと見つめる。
「すんません。ジブンもちょっと……」
そこで、真斗が顔を上げた。
「けど、顔の広いダチがいるんで、聞き込みしてもらいます!」
「それは助かるよ」
アキラが笑う。
「ありがとう」
こうして、アキラとダンテは新たな協力者を得た。