『『Devil May Cry』』
しばらく歩いていると、一行はついに事故のあったエリアへと到着した。周囲には放棄された設備や壊れた機材が散乱し、かつて多くの労働者が行き交っていたとは思えないほど静まり返っている。その一角では、何かを調べている一人の男の姿があった。
「……あの人がロア先生かな?」
アキラが目を向ける。
男はこちらに気づくと、ゆっくりと振り返った。そして、一瞬だけダンテの姿を見る。
「…………」
だが、すぐに目を逸らした。
その一瞬の視線を、ダンテは見逃さなかった。
「やあ、エリックの言っていた調査員だね?」
男――ロアは、何事もなかったかのように穏やかな笑みを浮かべる。
「彼、通信ではずいぶん興奮していたよ……。『市長さんが調査員を派遣してくれたんだ!』ってね」
「こんにちはっ、ロア先生!」
福福が明るく挨拶する。
「あなたがみんなにお薬を提供しているって、エリックさんから聞きまして……!」
「ははは……エリックは本当に隠し事ができないなあ。もうそんなことまで話してしまったのか?」
ロアは苦笑する。
「どうか内緒にしてもらえるかな。ポーセルメックスに知られたら、面倒なことになるからね」
「安心してくれ。僕たちは言いふらしたりしない。ただ、薬の具体的な製法について聞いておいてもいいかい?」
アキラが尋ねると、ロアは素直に頷いた。
「実のところ、緩和剤の成分に特別なものはないんだ。せいぜい貴重なのは輝磁の粉末くらいだけど、ラマニアンホロウならありふれているしね」
ロアは周囲に置かれた古い設備へ視線を向ける。
「それに最近、ホロウで古びた生産ラインを見つけたんだ。ポーセルメックスが旧都陥落で破棄したものらしくてね。友人の助けを借りて簡単に修復してみたんだけど……これがなんと動いてね。正直、期待はしていなかっただけに、いやあ、神のご加護と言うべきか」
ロアはどこか嬉しそうに笑った。
「とにかく、そうして作った薬を僕は『解悩水』と名付けたんだ。ポーセルメックスのイカサマから、より多くの悩める人々が抜け出せるよう願って」
「イカサマ、とは……どういうことだい?」
アキラが尋ねる。
「君たちは考えたことがないか? ポーセルメックスは侵蝕緩和剤を提供してこそいる。だが、彼らにとってホロウで働く人々を治療するメリットはあるのだろうか……と」
ロアの声が少しずつ低くなる。
「せいぜい病気の進行を遅らせる程度の弱い薬があれば、彼らを生かさず殺さず、長期間労働に従事させることができる。結局のところ、旧都陥落で侵蝕された人々ほど都合のいい労働者なんていないのだから……」
福福の表情が曇る。
ロアはさらに続けた。
「ポーセルメックスが賠償を先延ばしにしていることだって、まとまったお金を手にした人々……つまり、安価で息の長い労働力が離れていくことを懸念してのことに決まっている」
「だから僕たちは企業の提供する薬を信用せず、自分たちで侵蝕緩和剤の製法を確立する必要があるんだよ。もちろん合法ではないし、リスクも大きい……ただ、少なくともそこに希望はある」
そこで、儀玄が口を開いた。
「ロア先生とやら。ポーセルメックスが賠償を先延ばしにしている……とは、なにか証拠があってのことか?」
「もちろんある」
ロアは即答した。
「友人が現地の病院で働いていて、ポーセルメックスの医療記録を見る機会があったんだ。被害者のカルテはすべて改竄され、彼らが発症した具体的な原因は伏せられていた……それで補償が進むわけがない」
「我々の手で証拠を見つけ出さない限り、賠償金なんて夢のまた夢なんだ」
ロアは事故現場の奥へ視線を向ける。
「とはいえ、事故のあったエリアはすでに放棄され、エーテリアスだらけになっている。僕では調査に行けない……」
そして、ふと何かを思いついたようにアキラを見る。
「そうだ、市長さんが派遣された調査員なら、ホロウでのルート探索もお手の物のはず! 調査を手伝ってもらえるなら、なにが薬害を引き起こしたのか、きっと突き止められる!」
ロアは端末を取り出す。
「『キャロット』のデータに従って、事故のあったエリアを調査してみてほしい。ただ、エーテリアスとの接触は避けられないと思うが……本当に大丈夫かい?」
「安心しろ、慣れたものだ」
儀玄が即答する。
ダンテは何も言わず、周囲を見回していた。
ロアはそんな一行を見て、安心したように頷く。
「よし、私は事件が発生した辺りを調べて来よう。順調に行けば、事故のあったエリアの近くで合流できそうだね」
「分かった。気をつけて」
アキラが答える。
「それじゃあ、また後で」
ロアは一行に背を向け、別の通路へと歩いていった。やがて、その姿がホロウの暗がりへと消えていく。
「…………」
一行もしばらく無言だった。その中で、ダンテだけは何も言わず、ロアが去っていった方向を見つめている。
「ダンテ?」
アキラが声をかけた。
「さっきから黙っているけど、大丈夫かい?」
「…………」
ダンテはしばらく答えなかった。そして、ようやく口を開く。
「…………何でもない」
「そうか?」
「ああ」
ダンテはそれ以上何も言わず、歩き始める。
だが、先ほどロアが一瞬だけ自分へ向けた視線が、ダンテの脳裏から離れなかった。
あの瞬間、ダンテは確かに感じ取っていた。
あれは、ただの医者が向ける目ではない。
相手を値踏みするような視線。
何かを隠している人間の目。
そして――ダンテは知っていた。
あの目は、悪魔よりも厄介な人間がする目だ。
――――
ロア先生から労災の証拠を集める手伝いを頼まれた一行は、封鎖されたエリアの調査を進めていた。ホロウデータの異常については潘引壺に任せ、アキラ、ダンテ、儀玄、福福の四人は、侵蝕事件の痕跡を探すために先へ進んでいく。
しばらく進んだところで、儀玄がふと足を止めた。
「さて……」
「ん?」
アキラが振り返る。儀玄は二人を見ながら、顎に手を当てた。
「せっかくだ。お前さん達に、『覚感の術』を教えておくか」
「覚感の術?」
「そうだ」
儀玄は頷いた。
「先ほど、お前さん達の経絡は開いておいた。今頃はもう、エーテル共振の周波数を感知できるようになっているはずだ」
「確かに……」
アキラは目を閉じる。すると、これまで何となく感じていたホロウの空気が、少し違って感じられた。
空間のあちこちに漂うエーテル。その濃度。そして、微かに揺らめくような波。
「覚感の術にはいくつかの法がある。まずは『追跡の法』から教えよう」
「追跡の法……」
「エーテルの痕跡を感じ取り、その流れを追う術だ。ホロウでは、何かが移動した跡や、特殊なエーテル反応を追うときに役立つ」
儀玄が周囲を見回す。
「では、やってみろ。ここから先に残っているエーテルの痕跡を探してみるんだ」
アキラは意識を集中させる。
「…………」
微かな振動。その中に、一つだけ異なる周波数が混じっている。
「……あっちだ」
アキラが右手を向ける。
「奥の方に、何かの痕跡がある」
「ほう」
儀玄が笑う。
「では、追ってみるといい」
アキラはそのまま歩き出した。儀玄と福福も後に続く。
そして、しばらく進んだところで――。
「……ここだ」
アキラが足を止めた。
そこには、周囲とは明らかに違うエーテルの痕跡が残っていた。
「正解だ」
儀玄が頷く。
「よくやったな」
「ありがとう、師匠」
その横で、ダンテは何も言わずに歩いていた。福福が首を傾げる。
「ダンテさんは追跡の法、使わなかったんですか?」
「使ってねぇな」
ダンテはあっさり答えた。
「じゃあ、どうして……」
福福が言葉を止める。
ダンテはアキラと同じ場所に立っている。
「……分かっただけだ」
「感覚だけで?」
「まあな」
儀玄が呆れたように息を吐いた。
「お前さんは本当に規格外だな……」
「褒め言葉として受け取っとくぜ」
ダンテは肩をすくめた。
一行はさらに先へ進む。
だが――。
「……あれ?」
福福が前方を指差した。
「何かありますよ?」
道の先には巨大な塊があった。黒紫色の物質が壁のように広がり、通路を完全に塞いでいる。
「侵蝕物質か」
儀玄が眉をひそめる。
「これじゃ先へ進めないな」
アキラが近づこうとする。しかし、儀玄が手を上げた。
「待て」
「師匠?」
「アキラ、ダンテ。いい機会だ」
儀玄は二人を見た。
「『覚感の術』の『崩解』の法について教えよう」
「崩解……?」
「ああ」
儀玄は侵蝕物質へ目を向ける。
「エーテル共振の周波数を強制的に乱し、短時間でエーテルの性質変化を引き起こすことで、目標を破壊する」
「つまり、この塊を壊せるってことか」
ダンテが尋ねる。
「そういうことだ」
儀玄は頷いた。
「まあ……習うより慣れろと言うし、まずは自分で試してみるといいさ」
「分かった」
アキラは侵蝕物質の前へ進み出る。
儀玄が指示する。
「まず、侵蝕物質の周波数を感じ取ってみろ」
アキラは目を閉じる。
「…………」
周囲のエーテルを意識する。侵蝕物質から発せられる独特の振動。
「感じ取れたか?」
「ああ」
「なら、周囲のエーテルを活性化させて、共振を起こすんだ」
「共振を……」
アキラは集中する。周囲のエーテルが僅かに揺れ始める。
「そのうえで周波数を変えれば、均衡を崩すことができる」
「やってみよう……」
アキラは両手に意識を集中させた。
そして――。
僅かにずらす。
「……っ!」
侵蝕物質に亀裂が走った。
ピシッ。
ピシピシッ。
やがて、その亀裂が一気に広がる。
「おお……!」
福福が声を上げた。
次の瞬間。
バキィン!
侵蝕物質の一部が崩れ落ちた。
「成功だ!」
アキラが息を吐く。
儀玄は満足そうに頷いた。
「うむ。初めてにしては上出来だ」
そして、三人の視線がゆっくりとダンテへ向いた。
「…………」
ダンテは無言でその視線を受け止める。
「……なんだよ」
福福がニコニコしながら言った。
「ダンテさんの番ですよ~!」
「俺もやるのか?」
「当然だろう」
儀玄が腕を組む。
「せっかく教えたんだ。試してみろ」
「……はぁ」
ダンテは面倒くさそうに息を吐いた。そして、背中からリベリオンを抜く。
「え?」
アキラが目を丸くする。
ダンテは剣を片手で構えた。
「こういうのは、俺の方が早い」
「いや、それは――」
アキラが何か言う前に、ダンテはリベリオンへ魔力を流し込んだ。
刀身から赤黒い魔力が滲み出る。
そして、そのまま侵蝕物質へ向けて振り下ろす。
ズンッ!
魔力が侵蝕物質へ流れ込んだ。
「……!」
侵蝕物質が大きく震える。
次の瞬間。
バキバキバキッ!
巨大な亀裂が一気に走り――。
ドォン!
残っていた侵蝕物質が、まるで内側から破裂するように崩壊した。
「…………」
福福が呆然とする。
「ん?」
「ダンテさん」
福福が首を傾げる。
「今のって、本当に『崩解』の法でしたか?」
「さあな」
ダンテはリベリオンを肩に担ぐ。
儀玄がじっとダンテを見る。
「何かずるをしたな?」
「人聞きの悪いこと言うなよ」
「では、どうやった?」
「魔力を流しただけだ。結果は同じだろ?」
「……」
儀玄は何とも言えない顔をした。
その横で、アキラが苦笑する。
「まあ……ダンテらしいと言えば、ダンテらしいけど」
儀玄は改めてアキラを見る。
「それに比べてアキラは、つくづく覚えが早いな」
「え?」
「お前さんの素質には、師匠も驚きだ」
「少し大げさだ、師匠。運がよかっただけかもしれないからね」
「謙遜するな。十分な才能だ」
儀玄が笑う。
その会話を聞いていたダンテが、先ほど崩壊した通路へ目を向けた。
「さあ、引き続き調査していこう」
「おい」
儀玄がすぐに反応する。
「話を逸らしたな」
「気のせいだ」
ダンテはそう言って、何事もなかったかのように歩き始める。