『『Devil May Cry』』
潘と合流した一行は、引き続き封鎖されたエリアの調査を進めていた。アキラと儀玄が周囲に残されたエーテルの痕跡を確認し、福福とダンテが周囲を警戒する。潘は集めたホロウデータを整理しながら、何か異常がないかを確認していた。
「……この辺りは、かなり酷いな」
アキラが周囲を見回す。壁や床には侵蝕の跡が残り、放棄された設備のあちこちから濃いエーテル反応が検出されていた。
「事故が起きた当時は、もっと酷かったんだろうな」
「そうでしょうねぇ……でも、これなら労災の証拠になりそうなものが見つかるかもしれませんよ!」
福福も頷いた。
その時だった。ダンテが足を止める。
「どうした?」
アキラが尋ねると、ダンテは前方へ視線を向けた。そこに、人影が見える。
「あれは……」
アキラが目を凝らす。
「ロア先生?」
白衣姿の男が、こちらへ背を向けて立っている。
「他のエリアを調査していたはず……なぜここにいるんだ?」
「うーん……ちょっと状況を聞いてみましょうか」
福福が首を傾げながら歩き出す。
一行が近づくと、男が振り返った。
「来てくれてよかった! もうおしまいだと思っていたよ……」
ロアだった。
「えぇ? ロア先生、外周を調査してたはずですよね? どうしてこんなところにいるんですか?」
福福が尋ねる。
「侵蝕症状のサンプルを取るために、ちょっとした抜け道が使えないかと思ったんだが……エーテリアスに追われて、こんなところまで来てしまったんだ。君たちが来てくれて助かったよ……ふう」
ロアは胸を撫で下ろすと、ふと思い出したように尋ねた。
「そうだ、証拠集めのほうはどうだい?」
「ああ、道中でロア先生のボンプに会ったんだ。あの子のおかげもあって、証拠はそこそこ集まったと思う」
アキラが答える。
「よかった! それで証拠としては十分だろう。こっちもエーテル侵蝕のサンプルがずいぶんたまったんだ。証拠の裏付けになるかもしれない」
ロアは安堵したように息を吐く。
「ただ、この先は侵蝕が爆発的に増えたエリアだ。僕としては、そこでもう少しだけ侵蝕のサンプルを集めておきたいところだが……」
ロアは奥の通路へ目を向ける。
「叫び声のようなものを聞くに、エーテリアスが徘徊していることは間違いないんだ」
「心配ご無用です!」
福福が胸を張った。
「あたしたちが様子を見てきますねっ! もしエーテリアスがちょっかいを出してきたら、ついでにお掃除しておきます!」
「素晴らしい! それなら、ぜひお願いするよ!」
ロアは嬉しそうに頷いた。
「それじゃあ、僕はここで待っている。エーテリアスが離れたら、事故のあったエリアに入ってサンプルを採取するよ」
「分かった。任せてくれ」
アキラが頷く。
一行はロアをその場に残し、さらに奥へと進んでいった。
しばらく歩くと、暗闇の向こうから不気味な唸り声が聞こえてくる。
「ギィィィ……!」
「来ましたね」
福福が身構える。
次の瞬間、複数のエーテリアスが一斉に姿を現した。
「ギャアアアアッ!」
「数が多いな」
潘も身構える。
「福姐、ここは――」
「大丈夫ですっ!」
福福が一歩前へ出る。
しかし、その肩をダンテが軽く叩いた。
「任せろ」
「ダンテさん?」
ダンテは背中のリベリオンへ手を伸ばす――と思われた。
だが、今回は違った。
取り出したのは、三本の棍が鎖で繋がれた奇妙な武器。
「……それは?」
アキラが目を丸くする。
ダンテは答えない。ただ、ケルベロスを軽く振るった。
ジャラッ!
三本の棍が鎖を鳴らしながら回転する。その瞬間、冷気が一気に周囲へ広がった。
「……!」
エーテリアスが飛びかかってくる。
ダンテは身体を沈めると、ケルベロスを横薙ぎに振り抜いた。
バキィン!
冷気を纏った棍がエーテリアスの身体を打ち抜き、その動きを止める。続けざまに反対側へ回転し、さらに一体、そしてもう一体。ダンテはその場で身体を回転させながら、三本の棍を自在に操っていく。鎖が唸り、氷の軌跡が幾重にも描かれた。
「ギィィッ!」
複数のエーテリアスが一斉に押し寄せる。
ダンテは後退しない。むしろ前へ踏み込んだ。
ケルベロスが唸る。
右。
左。
正面。
三方向から襲いかかるエーテリアスを、三本の棍が次々と打ち砕いていく。
そしてダンテは大きく振りかぶった。
「――そこだ!」
ジャラララッ!
鎖が伸び、ケルベロスの一端が地面へ突き刺さる。
次の瞬間、地面が凍りついた。
「ギィ……?」
エーテリアスが動きを止める。
その足元から、巨大な氷の柱が次々と突き出した。
ドゴォン!
「ギャアアアッ!」
氷柱がエーテリアスをまとめて吹き飛ばす。
さらにダンテは、ほんの僅かに跳躍した。
身体を空中で回転させる。ケルベロスが三本の棍を繋いだまま大きく旋回し、冷気が渦を巻いた。
「ハッ!」
そのまま前方へ突進する。
空中で一回転しながら、ダンテはケルベロスを振り下ろした。
ドゴォォン!!
強烈な一撃がエーテリアスを地面へ叩き付ける。衝撃で氷が一気に広がり、周囲の敵まで凍りつかせた。
「ギ……ギィ……」
動きが止まる。
ダンテは着地すると、ケルベロスを大きく振り回した。
バキンッ!
最後の一体が吹き飛び、壁へ激突する。
「今ですっ!」
福福が飛び出した。
「せーのっ!」
拳を握り締め、凍りついたエーテリアスへ叩き込む。
ドンッ!
氷ごとエーテリアスが吹き飛ぶ。
「福姐、右だ!」
潘が叫ぶ。
「はいっ!」
福福が振り返る。
そこへ潘が素早く攻撃を叩き込み、動きを止める。
「これでどうだ!」
「とどめですっ!」
二人の追撃が重なり、最後のエーテリアスが崩れ落ちた。
静寂が戻る。
ダンテはケルベロスを肩に担いだ。
その姿を見ていた福福が、目を輝かせる。
「……すごいです!」
「何がだ?」
「今のダンテさん、まるで『燃えよタイガー』の、虎威威みたいでした!」
「そ、そうか……」
アキラは苦笑する。
「まあ……姉弟子がそこまで言うなら、そうなんじゃないかな」
「ですよねっ!」
福福は嬉しそうに頷いた。
――――
その後、エーテリアスが周囲から離れたのを確認すると、ロアは慎重に事故のあったエリアへ入っていった。そして周囲を警戒しながら、床に残された侵蝕物質や設備の残骸からサンプルを採取していく。
「ふう……なんともリスキーな調査だったよ。皆さんの助けがなかったら、僕はどうなっていたことか」
ロアは採取したサンプルを確認する。
「いやはや、本当にありがとう」
「気にしないでくださいっ」
福福が笑う。
「僕たちは十分な証拠を集められたと思う」
ロアは一行を見回した。
「エリックたちはちょうど交代で休んでいるだろうから、このままホロウを出て調査の進捗を伝えてくるよ」
そして、少しだけ表情を引き締める。
「そうなればいよいよ、皆を集めてポーセルメックスとの賠償についての協議だ」
「雲嶽山の皆さんも、手伝ってくれてありがとう!」
「いえいえ! 元々、今回の事故を調査するつもりで来たわけですし……ちょうどよかったですね」
福福が手を振る。
「本当になんとお礼を言ったらいいか……おかげで、計画はスムーズに進みそうだよ」
「計画?」
アキラが聞き返す。
「なんの計画だい?」
「エリックたち互助会のメンバーと一緒に、ポーセルメックスに抗議するプランを考えたんだ」
ロアは静かに笑った。
「ついに、全てを行動に移す時が来たよ」
「そうか……」
アキラは頷いた。
ロアの調査の手伝いは、これで完了した。
それから少しして。
「全員揃ったか? そろそろここを出るぞ」
儀玄が一行を見回す。
「そんなぁ……」
福福が残念そうな声を上げた。
「あたし、やっと体があったまってきたのに……まだまだエーテリアスのコアにパンチを入れてあげたかったですっ!」
「福姐、またまた大げさな……ここは早く戻った方が良いぞ」
潘が呆れたように笑う。
「潘さんの言う通りだ」
アキラも頷く。
「こんなに証拠が集まったんだ。労災が本当に起きたって証明にはなるはずだ。だから、早めにホロウから出た方がいいと思うんだ」
「えへへ……ごめんなさい。冗談のつもりでしたっ!」
福福は笑いながら頷く。
「準備はできてますから、行きましょう!」
ダンテがケルベロスをしまう。
「よし、じゃあ戻るとするか」
儀玄が先頭に立つ。
一行は集めた証拠と共に、ホロウの出口へ向かって歩き始めた。
そして――。
長い調査を終えた一行は、再び適当観へと戻っていくのだった。
――――
ホロウから戻ったその日の夜。
長時間の調査と戦闘で疲れ切っていたダンテは、適当観へ戻るなり自分の部屋へ向かった。
「……今日は疲れたぜ」
そう呟くと、ベッドへ倒れ込む。
「おやすみなさい、お弟子さん」
福福の声を最後に、ダンテはそのまま眠りへ落ちていった。
そして翌朝。
「……ん?」
目を覚ましたダンテが居間へ向かうと、そこにはいつも通り一行が集まっていた。
「おはよう、ダンテ」
アキラが声をかける。
「おう」
ダンテが返事をした、その時だった。
適当観の外から、何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「……なんだ?」
ダンテが顔を上げる。
「外が騒がしいですね」
福福も窓の方へ目を向けた。
しばらくして、玄関の方から慌ただしい足音が聞こえてくる。
「て、てえへんだお師さん! 大当たりだよ!」
潘が勢いよく戻ってきた。
「たったいまダミアンの野郎が表に来て、おれたちに会わせろとさ!」
儀玄は驚く様子もなく、静かに茶を啜る。
「思ったより早かったな……入れてやれ」
「へい!」
潘は再び玄関へ向かった。
ほどなくして、潘に案内される形で一人の男が適当観へ入ってくる。
ポーセルメックスの責任者、ダミアンだった。
「……お伺いするのが遅くなってしまい、申し訳ありません。少しばかり『事務処理』があったものですから」
ダミアンは丁寧に頭を下げる。
ダンテは何も言わず、その姿をじっと見つめていた。
「聞くところによると、皆様は危険を顧みずホロウに立ち入り調査をされたとか……。事前にお知らせ頂けなかったのは、ひとえに私の不徳の致すところ、でございましょうか。まあ、ひとまず無事に戻られたようで何よりです。万一何かあれば、上に責任を問われるのはこの私なのですから」
アキラは黙ってダミアンを見返す。
「さて皆様。なにやら廃棄されたエリアにて、弊社の無効になった生産プランを発見されたとか……。ええ、従業員からそのように聞いたものですから、これはご説明せねばとお伺いしたのですよ」
「生産プラン?」
福福が首を傾げる。
「あの生産プランは、いずれもTOPSに帰属する機密事項となります。今回の所謂『労災』とは、全く……本当に全く関係のないものですので、何卒誤解のなきようお願い申し上げます」
「これはこれは、ダミアンさん」
アキラが口を開く。
「ずいぶんと下手に出るじゃないか。この間の威勢はどうしてしまったんだい?」
「そうですよっ!」
福福も身を乗り出す。
「あのゴーガンフソンっぷりはどうしちゃったんですか? あたしたちがポーセルメックスに不利な証拠を見つけたとたん、目の色まで変えちゃって……」
「何をおっしゃいますやら……」
ダミアンは困ったように笑う。
「この私がかつて、雲嶽山の皆様に非礼を働いたかのような口ぶりですね? 仮にそう映っていたのであれば……責任者としての立場がある以上、不自由なこともあった、とだけ申し上げておきたく」
ダミアンはそう言って両手を広げる。
「ですが、今や状況が変わりました。労働者たちが社に対して抗議を始めており、私は補償の手続きを進めるため最善を尽くしています」
「補償の手続き……?」
アキラの目が細くなる。
「事故の記録をもみ消して、今日まで有耶無耶にしていたのは君たちだろう? 少なくともロア先生からはそう聞いたけれど」
「なんですって? 誤解もいいところですよ」
ダミアンは驚いたように目を見開いた。
「すでに補償は申請済みであり、一連の承認を受けている真っ最中……ただ、そのフローがまだ終わっていないというだけです! 責任者として、私は従業員の待遇保障に最善を尽くしているのですから」
そしてダミアンは、ふとアキラへ視線を向ける。
「ロア氏から聞いたと言いましたね? 彼は他になんと?」
「君たちに脅迫され、侵蝕症状の治療を妨害されたと言っていたよ」
「まあ、それについては間違っていませんね……」
ダミアンはあっさりと認めた。
「なにせロア氏は正式な医師免許を持っていないのですから。違法な治療が提供されているなら、止めるのは私の仕事です。それに私は常々、彼が従業員を治療する際のやり方には問題があるのではないかと疑っていまして……」
「なんですか? 問題って」
福福が尋ねる。
「『解悩水』……ご存知ですね? 弊社の従業員に対し、彼がTOPS製侵蝕緩和剤の代わりに勧めている薬品です。その効力のほどは定かではありませんが、侵蝕事故が起きて以降、少なくないリピーターを獲得していると聞きます」
ダミアンは肩をすくめる。
「ですから、さぞ荒稼ぎしていることだろうと思いきや……なんです、あの価格は? 薬に含有される成分を考慮したら、それこそタダで配っているのと大差ありません。何か目的があってのことなのか、不気味ったらありゃしないですよ」
一行の間に沈黙が落ちる。
ダミアンはその沈黙を気にする様子もなく続けた。
「私共としては目下、性急に調査すべきと考え、その全貌を明らかにする途上にあったのですが……ええ。そこへ雲嶽山の皆様が、ありがたくも首を突っ込んでくださったというわけです」
「ふむ……」
アキラは腕を組む。
「君はロア先生の薬に問題があると言いたいわけだね?」
「ご理解が早くて助かります」
ダミアンは頷く。
「私から見れば、ポーセルメックスの薬に問題があるとする彼の告発は、弊社と従業員間の対立を煽っているだけのように思えてなりません。互助会の連中も、これを機に多くの賠償金を勝ち取れると考え、彼の一挙一動に共鳴する始末……」
ダミアンは大げさに肩を落とした。
「はあ。雲嶽山の皆様におかれましては、そう簡単に私の主張を信じることはできないでしょう。ですからどうぞ、何もかもご満足のゆくまでお調べください」
そう言って端末を操作すると、アキラへデータを送信する。
「その証明として、侵蝕事故の関係者名簿と賠償の進捗がわかる資料を皆様にお送りします」
「…………」
アキラは受信した資料を確認する。
「もし今後何か問題がございましたら、いつでも私までご連絡ください」
ダミアンは最後まで穏やかな笑みを浮かべていた。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
「もう帰るのか?」
それまで黙っていたダンテが、初めて口を開いた。
ダミアンが振り返る。
「ええ。必要な資料はすべてお渡ししましたから」
「そうか」
ダンテはそれ以上何も言わなかった。
ダミアンは一礼すると、潘に案内されて適当観を後にした。