『『Devil May Cry』』
ダミアンが去ったあと、適当観には何とも言えない空気が漂っていた。
誰もすぐには口を開かなかった。ダミアンが残していった資料。そして、これまでロアから聞かされていた話。その二つを並べて考えてみると、どうにも辻褄の合わない部分が多すぎる。
やがて、アキラが口を開いた。
「……結論を急ぐべきじゃないな。とにかく、まずはダミアンのくれた資料を調べよう。依然として、彼が嘘をついている可能性だってあるんだ」
「お兄ちゃん、私に任せて! システムの調整が終わったら、ダミアンの情報が信頼できるか検証してみる」
「うむ。それがいい。その間、こっちは治療を受けている人間をあたるぞ。何かしら収穫があるだろう」
儀玄も頷いた。
「はい、お師匠さま! 福福は近所で聞き込みをしてきます!」
「ようし、おれも知り合いに聞いてくるぞ! 任しといてくださいよ!」
福福に続いて、潘も拳を握る。
「僕も行こう。ついでに、ロア先生とエリックさんに、どういうことなのか直接聞いてみるよ」
アキラが立ち上がる。
「俺もアキラに着いていくぜ」
ダンテも腰を上げた。
儀玄は一行を見回し、静かに息を吐く。
「ああ……既にあらゆるものが絡まりまくっているからな。はっきりさせるぞ」
こうして、皆はそれぞれの調査へと出かけていった。
――――
ロア先生は、どうやら何かを隠している。
そしてダミアンの話によれば、彼が労働者たちに提供してきた「解悩水」にも問題があるかもしれない。
その真偽を確かめるため、ダンテとアキラは澄輝坪へ向かっていた。二人は道行く労働者たちに声をかけ、「解悩水」について聞き込みを続けている。
そんな中だった。
「……ん?」
アキラがふと足を止める。
少し離れた場所に、見覚えのある人物が立っていた。男は周囲を見回しながら、誰かを探しているようだった。
「……パロのやつ、どこ行きやがった? まさかホロウに入ったんじゃねぇだろうな……」
「狛野……真斗くん、だったかな。どうしてここに? 誰か探しているのかい?」
アキラが声をかける。
「押忍、アキラくん。ダンテくん。パロのやつ見なかったっスか? なんか連絡取れねえんだよな……」
狛野は振り返ると、二人に頭を下げた。
「ちょうど俺たちも探していてな……。彼とロア先生に、『解悩水』について尋ねたいことがある」
ダンテが答える。
「そうだったんスか……」
狛野は少し表情を曇らせた。
「あいつ……夫婦そろってロア先生の耐侵蝕治療を受けるために、ホロウへ行くって……それが最後のメッセージだったんス」
「ホロウへ?」
アキラの表情が変わる。
「まさかとは思うけど、ホロウに入っちまったんスかね……」
狛野は心配そうにホロウの方向を見る。
「それで、そっちは? 『解悩水』のことを聞きたいって、なんか問題でもあったんスか?」
「いや、『解悩水』について詳しく知りたいと思ってね。パロさんが言っていたんだろう? ロア先生はホロウでみんなを治療している……と。僕はどうにかして状況を聞いてくる。とにかく、ありがとう」
アキラが答える。
「あ、そうだアキラくん……」
狛野が何かを思い出したように声を上げた。
「言ってた写真の件、ダチに頼んで調べてもらったっス」
「ああ……どうだった? 何かわかったと言っていたかい?」
「それが……最近、ラマニアンホロウでミアズマが大量発生したとき、輝磁の生産エリアじゃ、そいつを写真に撮ってたやつが結構いたらしいんス。あの写真もそんとき撮られたやつっぽいんスけど……背景の写りが悪いから、どの生産エリアかまでは絞りこめねぇそうっス」
「そうか……」
アキラは考え込む。
そして、ふと狛野を見る。
「それにしても、落ち着いて話ができたのは意外だったよ。最初に啖呵をきられたときは、ずいぶんと驚かされたからね」
「ヘ!?」
狛野の顔が一気に赤くなる。
「あ、あれはただハッタリかましてただけっスから! とっとと忘れてくださいよ……!」
ダンテが横から口を挟む。
「そうか? にしては結構マジっぽかったんだがな」
「はは……」
アキラは苦笑した。
すると狛野は、少し真剣な表情になる。
「そうだ、パロのやつに会えたら伝えちゃくれないスか」
「何を?」
「娘さんに心配かけてんじゃねえぞ、って」
狛野は気まずそうに頭を掻いた。
「しばらくはなだめてられそうっスけど、泣かれちまったらお手上げなんで……電話のひとつくらいかけて、家族のそばにいてやれって……お願いします」
「ああ。分かった。必ず伝えるよ」
アキラが頷く。
二人は狛野と別れ、いったん適当観へ戻ることにした。
――――
適当観へ戻ると、ちょうどリンの調査も一段落していた。
「みんな。ダミアンがくれた事故報告書、確認したよ。あの人、ほんとに補償を申請してたみたい……支払いステータスは確認中のままだけどね」
「本当に?」
アキラが尋ねる。
「うん。市長さんがくれた特別なルートでも検証したけれど、やはり嘘をついていた様子はない」
リンは難しい顔をする。
「こうなるとダミアンはシロっぽいけど……まさかロア先生、そのことを隠してたのかな……? そっちはどうだった?」
福福へ視線を向ける。
「福福、労働者さんを何人か尋ねてまわったんですけど……みんな『解悩水』を飲んだことあるって言ってました。でもな~んか、話を聞いてると変なんですよねぇ……」
「変?」
「『解悩水』を飲むと、痛みが和らぐだけじゃなくて、すっごく眠くなって……変な夢を見ることもあるらしいんです」
その言葉を聞いた瞬間、ダンテの表情が変わった。
「……まさか!」
アキラも何かに気づいたように目を見開く。
「変な夢……もしや、昔のことをたくさん思い出す、という類の夢かい?」
「ふえっ、知ってたんですか?」
福福が驚く。
「……そうなんです。『解悩水』を飲んだら、あったかくて、懐かしい夢を見られる……って、みんな言ってるんです。楽しかったこととか……小さい頃のこととか……亡くなったご家族が夢に出てくるって人もいたんですよねえ」
福福は少し考えながら続ける。
「ロア先生はみんなに、薬が効いてる証拠だって言ってるそうですけど……あたしはどこか引っ掛かってて……」
そして、福福は儀玄を見る。
「あれ? お師匠さま? どうしたんですか?」
儀玄は腕を組んだまま、険しい顔をしていた。
「……まさか、あの『解悩水』とやら、ミアズマを混ぜてるんじゃないだろうな」
「ミ、ミアズマをですかぁ!? どういうことです?」
福福が目を丸くする。
「ミアズマに触れた人間は感覚が麻痺し、幻覚がちらつくようになる。早い話が、痛みなんかを感じなくなるのさ。侵蝕が和らいでいると錯覚するのも、無理はないな」
儀玄は静かに目を細めた。
「『解悩水』の治癒効果……正体見たり、と言ったところか?」
「ええ、その線は濃厚でしょう」
葉釈淵が静かに口を開いた。
「ロア先生は痛散をうたって患者に解悩水を飲ませていましたが、実際はとんだ偽薬……プラシーボにすぎなかったというわけです」
葉釈淵は淡々と続ける。
「となれば、彼が労働者を欺いた理由もおのずとわかります。ポーセルメックス製薬剤への不信感をあおり、自分の薬を売り込む隙を作っていたわけですから」
「……ああ」
アキラも頷いた。
「最近ラマニアンホロウでは、ミアズマが増大していると聞いた。ロア先生が偽の侵蝕緩和剤を作るうえで、材料には困らなかったろう……」
これまでの話を一つずつ繋ぎ合わせる。
「ポーセルメックスの廃棄した生産ラインが生きていたから薬を作れた……という話も、今思うと彼の捏造だったのかもしれないな」
「ほ、ほんとうにそうだったら……ひどすぎるにもほどがありますっ!!」
福福が声を震わせる。
「いったいどれだけの人が騙されてたんでしょう……薬にミアズマを混ぜるなんてことしたら、たちまち侵蝕が広がっちゃいますよっ!」
福福は立ち上がった。
「早く先生を止めないと! あの人はいま、一体どこにいるんですか!?」
「それが……」
アキラが答える。
「ロア先生の『定期診療』を受けるため、パロさんたち労働者がホロウに入ったようなんだ」
「ホロウに……」
ダンテが呟く。
「急ぎホロウへ向かって、状況を確かめなければ」
アキラが立ち上がる。
儀玄もすぐに頷いた。
「ああ。さっさと先生を探して、真相を暴いてやらないとな」
一行は顔を見合わせる。
これまで集めてきた情報が、一本の線へと繋がり始めていた。
ロアの目的。
解悩水の正体。
そして、ホロウへ向かった労働者たち。
もし推測が正しければ、時間は残されていない。
「行こう」
アキラが言った。
「パロさんたちを探す」
「おう」
ダンテも頷く。
こうして一行は、ロアと労働者たちのいるラマニアンホロウへ向かうことになった。
――――
一行はホロウの中に入っていた。
「お兄ちゃん、労働者たちが言ってた治療エリアはこのへんだよ」
リンが通信で話す。
「通信シグナルを追ってみた感じ、強度はいまいちだけど、すぐ近くから出てるみたい」
「ひええ……ここ、ミアズマまみれですよ!?」
福福が周囲を見回し、思わず身を縮める。
「どうしてこんなところで治療を……?」
「労働者たちが言うには、ポーセルメックスの目を避けるため……みたい。それもなんか怪しいって思うけどね。とにかく、このへんでパロさんを探してみよっか」
リンの言葉に、一行は先へ進もうとする。
その時だった。
目の前の道を、凝固したミアズマが塞いでいた。黒紫色の物質が壁のように広がり、通路を完全に覆っている。
「気をつけろ……ここには大量の凝固したミアズマがある。一度でも触れれば、ミアズマに侵蝕されるぞ」
儀玄が足を止める。
「でも、進めないんじゃ困りますよね?」
福福が尋ねる。
「まあ……我ら雲嶽山の術法をもってすれば、片付けることもできるが」
儀玄がそう言うと、アキラはすぐに前へ出た。
「なら、僕がやろう」
アキラは意識を集中させ、術法を発動する。
「……そこだ!」
力を込めた瞬間、バキッ!と音を立てて凝固したミアズマの一部が崩れ落ちた。
その横では、ダンテも動いていた。
「俺もやるか」
ダンテはミアズマへ剣先を伸ばす。次の瞬間、強烈な魔力が流れ込み、ミアズマが大きく震えた。そして、そのまま内側から砕け散っていく。
「……相変わらず無茶苦茶ですね」
福福が苦笑する。
二人の力によって、道を塞いでいたミアズマは次々と破壊され、ようやく先へ進めるようになった。
「それにしても……どうしてこんなにミアズマが多いんだ?」
アキラは崩れたミアズマを見つめる。
「治療を受けてた人たちは、どこに行っちゃったんでしょう……?」
福福も不安そうに周囲を見る。
「なんだか、事態がおかしな方向に向かってる気がします……!」
一行は警戒を強めながら、引き続きホロウへ入った患者を探すために先へ進んだ。
「お兄ちゃん、この先から通信シグナルが出てるよ。誰かが助けを呼んでるみたい……急いで向かおう」
リンから通信が入る。
「この場所はミアズマだらけだぞ……それにエーテリアスまで」
潘引壺が周囲を見回した。
「本当に、こんなところで患者の治療を……? おれにはむしろ、ホロウレイダーのたまり場に見えるが……」
「潘さんの言う通りです。あのお医者さん、なんだか怪しいですもん!」
福福も頷く。
そして一行がさらに奥へ進んだ時だった。
「ゴホッ……き、君たちは……!?」
物陰から苦しそうな声が聞こえた。
「助けて……助けて、ください……」
「パロさん!?」
福福が駆け寄る。
「どうしたんですかっ!」
「つ、妻と一緒に定期診療を受けようと、ロア先生を訪ねたんです……」
パロは苦しそうに胸を押さえる。
「か、『解悩水』を飲んだのに……ちっとも、痛みがおさまらなくて……!」
「僕と妻を……助けてください……妻はあっちに……ぐあああっ!」
突然、パロの身体が大きく痙攣した。
「侵蝕の発作だ!」
儀玄が叫ぶ。
「福福、潘、彼を支えられるか。私が体内のエーテルを整えてみる」
「はいっ!」
福福と潘がパロを支える。
「うぅ……あぁああ……!」
「こ、こんなになって……! どうしよう、かなり限界が近いかもしれません……!」
福福が顔を青ざめさせる。
「福姐、危ない! 彼から離れるんだ!」
潘が叫ぶ。
「え……?」
パロが苦しそうに顔を上げた。
「う、雲嶽山の先生がた……来ないでください!」
「パロさん……!」
「みなさんを傷つけてしまったら……ぐあああああっ!」
次の瞬間、パロの身体から凄まじい量のエーテルが噴き出した。
「なっ……!」
アキラが目を見開く。
パロの身体に異様な変化が起こっていく。そして胸元に、エーテリアスの「コア」のひな形が浮かび上がった。
「……そんな……」
福福が息を呑む。
パロは激痛に耐えながら身体をよじる。
「う……あああああああっ!」
そして、突然ホロウの奥へ向かって走り出した。
「パロさん!」
福福が追いかけようとする。
だが、その直後――。
「グォォォォォォォッ!!」
ホロウの奥から、凄まじく狂暴なエーテリアスの咆哮が響き渡った。
その声は、先ほどまでのパロの悲鳴とは明らかに違っていた。完全に、怪物の咆哮だった。
「どうしてこんなことに……」
福福が震える声で呟く。
「まさか、パロさんはもう……」
「福姐、彼にはさっき『コア』が現れた。もう……手遅れだろう……」
潘が静かに答える。
「福福……潘の言った通りだ」
儀玄が険しい表情を浮かべる。
「まずはこのエーテリアスどもを片付け、残りの人々を見つけるぞ。パロの悲劇を繰り返させてはならない」
「そうだね……」
リンが端末を見つめる。
「あの解悩水には問題があるみたいだね。他の人たちの様子を見に行かなきゃ」
福福が拳を握る。
「パロさんの状況を見る限り、侵蝕症状はちっとも良くなってませんっ。『解悩水』には、侵蝕を緩和する効果なんてなかったんです!」
福福の表情が怒りに変わる。
「ひどい……ロア先生は、みんなを騙してたんですね」
「けれど、なんでわざわざ患者を集めて、治療のフリなんて……?」
アキラは疑問を口にする。
ダンテはホロウの奥を見つめた。
「どうやら、事はそう単純ではないようだな」
その時、Fairyから通信が入る。
「マスター、付近に生体信号を検出しました」
「生体信号?」
「ジャミングにより、位置を特定できません」
「お兄ちゃん! 患者たちはすぐ近くにいるはずだよ」
リンが周囲を見回す。
「アキラ、方向を確認してみよう……」
一行は通信シグナルを頼りに、さらにホロウの奥へ進んでいった。
道中では、幾人もの患者が侵蝕症状の発作に襲われていた。
「大丈夫ですっ! もう少しだけ頑張ってください!」
福福たちは患者を一人ずつ安全な場所へ運びながら、まだ見つかっていない侵蝕緩和剤の供給地点を探した。
やがて、一行は患者たちが集められていた場所へ戻る。そこで発見した侵蝕緩和剤を使い、患者たちの治療を行った。
「これで少しは楽になるはずです」
福福が患者の様子を確認する。
「ありがとうございます……」
患者の一人が弱々しく頭を下げる。
しかし、安心するには早かった。
「……おかしい」
アキラが周囲を見回す。
「どうしたの?」
リンが尋ねる。
「ロア先生も、ついさっきまでここにいたみたいなんだ」
周囲には、患者が移動させられた痕跡が残っていた。
「つまり……」
福福が息を呑む。
「ロア先生は、患者さんたちをどこかへ連れていった……?」
一行は状況がおかしいことに気づき、残っている患者をひとまず安全な場所へ移した。そして、再びロアの行方を追うことにした。
しばらく進んだ先。
一行はついに、ロアを見つけた。
しかし――。
その周囲には、複数の人影が立っていた。
「おっと……こんなに早く、ここまで辿り着くとは」
ロアが振り返る。
「どういうことだ?」
アキラが周囲を見渡す。
「彼らは……」
ダンテが目を細める。
「讃頌会……か?」
「ロア先生……!」
福福が驚愕する。
「あなたはよりにもよって、讃頌会の人間だったんですか……!? みんなを騙してたんですねっ!」
「騙した?」
ロアは笑った。
「ハハハ……彼らは選ばれたんだ」
ロアの表情から、これまでの穏やかさは完全に消えていた。
「始まりの主に捧げられるべき『供物』として。ぜひ胸を張ってもらいたいものだよ」
「供物……?」
福福が絶句する。
「それと――」
ロアはダンテへ視線を向ける。
「そこにいるダンテ君には、我らと付いてきてもらいたいんだがね」
「新手の宗教勧誘か?」
ダンテは呆れたように肩をすくめる。
「遠慮しとくぜ」
「……まあいい。君たち自ら出向いてくれたんだ……ちょうどいい」
ロアは不気味な笑みを浮かべる。
「彼ら共々、『治療』してあげようか!」
「ひどい……どういうことですか……?」
福福が震える。
「ロア先生が、讃頌会の人だったなんて……」
アキラはロアを睨みつける。
「なるほど……あなたはみんなを騙していたんだな! その薬……元から病気を治すためのものではなかったんだろう」
「今さらそれに気づいたところで……」
ロアが手を掲げる。
「もう手遅れだ!」
ロアの合図と共に、患者たちの身体から一斉にエーテルが噴き出した。
患者たちの身体が大きく痙攣する。
そして――。
「グォォォォォッ!!」
一人。
また一人。
患者たちの姿が次々とエーテリアスへ変貌していく。
次の瞬間、周囲に潜んでいた讃頌会のメンバーたちが一斉に姿を現した。
「囲まれた……!」
福福が構える。
ダンテはゆっくりとリベリオンを構え直した。
「どうやら、まだ終わりじゃないらしいな」
ホロウの奥では、ロアの姿が闇へと消えていく。
そして、一行の前には讃頌会の新たな敵が立ちはだかっていた。