『『Devil May Cry』』
適当観にて――。
ドンドンドンドン!!
門を叩く切迫した音が、静かな夜の中に響き渡った。
外から女性の声が聞こえる。
「……何事だ?」
アキラたちは急いで適当観の入口へ向かった。
そこでは一人の女性が潘に必死に話しかけていた。
「本当に、窓の外に光る物体がいたのだわ! 誓ってもいいのだわ!」
「お嬢さん、落ち着け、落ち着くんだ! ゆっくり話してくれ!」
潘が両手を広げて宥める。
「……先生! 本当よ! 本当に、窓の外に光る物体がいたのだわ! タイムフィールド家の名に誓ってもいいのだわ!」
「アリスさん、あ~コラコラ、誓うな、誓うな……。潘先生はな、可憐なお嬢さんが、健気にそういうことしてくるのにめっぽう弱いんだ!」
潘は困ったように頭を掻く。
「こんな夜中に適当観を訪ねてきたんだ。別に嘘だと思ってるワケじゃあないぞ、お嬢さん……。しかしその、なんだ……『バン』とか、『ドン』とか……『影が20度ちかく傾いてた』とか言われてもさっぱりだ……。そもそも、おれたち雲嶽山に術法があるとはいえ、幽霊退治となるとなぁ……」
「コホン……正確には、左にきっかり『22度』傾いてたのだわ。私、はっきり覚えてるもの」
女性は少しだけ胸を張る。
「とはいえ、ちょっと性急すぎた感は否めないかも……。ごめんあそばせ」
そして、丁寧に頭を下げた。
「貴方がた雲嶽山の専門も存じ上げているのだわ。こんな夜分にお伺いしたのは、私の友人から、こちらにいらっしゃるアキラさんとリンさんが……」
「潘さん、お待たせ」
その時、アキラたちが入口へやってきた。
「何かあったのかい?」
ダンテも後ろから顔を出す。
「おいおい、こんな夜遅くに何かあったのか?」
「おあ、三人ともいいところに来た!」
潘が振り向く。
「こちらにいる、タイムフィールドさんとこのお嬢さんがな……どうもお前さんたちに用があるらしいぞ」
「なっ――」
女性の目が大きく見開かれる。
「あ、貴方たちが……『アキラさん』と『リンさん』!?」
「えっと、ど、どうも……」
アキラが少し戸惑いながら頭を下げる。
「僕がアキラで、こっちは妹のリン」
「よろしくお願いします」
「あっ、あれぇ? また会えるなんて思わなかったなぁ、アハハ……」
リンが笑う。
「……そんな目で見ないでよお兄ちゃん、今のはまずかったって自分でも思ったから」
アキラは何とも言えない顔をした。
「……まあ、そうだね」
――数分後。
アリスからこれまでの経緯を大まかに聞いていた。
「……えーとつまり、窓の外に正体不明の発光体を見て、アキラとリンたちに助けを求めに来たと?」
ダンテが確認する。
「そういうことなのだわ」
アリスが頷く。
「それにしても、まさかルーシーの紹介だったなんて!」
リンが目を丸くする。
アリスは少し嬉しそうに笑う。
「何を隠そう、私とモンテフィーノさんは二人ともセレスティア女学院の生徒。彼女がお父様と決別し、何も告げずに家出した後も、私たちはずっと連絡を取り合っていたのだわ」
「なるほど……」
アキラも納得したように頷く。
「最初は、ポーセルメックスのスタッフに頼むつもりだったのだけど……こんな真夜中では、それもできないでしょう?」
アリスは少し困ったように眉を下げる。
「詳細はお話できないけれど、夜が明けてからではダメなのだわ。荒唐無稽な怪談の類として、きっと一蹴されてしまうでしょうから」
「…………」
アキラは考え込む。
――アリスが調査監督チームにいるのは、タイムフィールド家の人だからという話だった。
以前Fairyに調べてもらったところ、祖父が病気になったため、その代理として来ているということだった。
けれど、具体的な事情までは分からない。
もしかすると――ポーセルメックスに何か弱みを握られている可能性もある。
彼女を気にかけている様子はない。
他のゲストと比べても、扱いにはどこか差がある。
「お二人とも!」
アリスが声を上げる。
「モンテフィーノさんのお墨付きとあれば、窓の外に現れた未確認物体について、ぜひ真相を究明して頂きたいのだわ!」
「予定ではあと二週間、衛非地区に留まらないといけなくて……」
「解決しないままだと、私は大変困ってしまうのだわ……」
リンがアキラを見る。
「お兄ちゃん、どう思う?」
アキラは少し考えたあと、答えた。
「ルーシーのご学友ということなら、力を貸してあげるべきだ」
「気まずい初対面ではあったけれど、それはこちらに原因があったわけだし……」
「ありがとうございます!」
アリスがほっとしたように笑う。
しかし、次の瞬間。
「それで……お二人には、いくらお支払いすれば?」
アキラが固まる。
「え?」
「案件ごとに決まった額が? それとも日給か時給だったり?」
「いや、そこは――」
「お金のことなら、何も気を揉まなくていいのだわ」
アリスはさらりと言った。
「私にエーテル力学を教えていた家庭教師なんて、5分ごとに授業料が発生してたのだから……」
「5分ごと……」
アキラが絶句する。
その横で、潘の目が輝いた。
「ああ、気を揉むことなんてあるもんか!」
「え?」
「何せ、あのタイムフィールド家のご令嬢だぞ!?」
潘はアリスの前で胸を張る。
「身内の友なら、手を貸すなんて当然じゃあないか!」
「安心してくれよ、お嬢さんっ!」
「おれたち雲嶽山の取り柄は術法だけじゃないんだ! 調べものから探しものまで、何でもござれだからな!」
「潘さん、せめて相談を挟んでからだと嬉しいな……」
アキラが苦笑する。
しかし潘は気にしない。
「なあに言ってるんだ! この兄弟子みずから、お前さんたちのためにチャンスを掴んでやってるんじゃないか!」
「いいかあ、弟子たちよ……タイムフィールド家の財力はな、そんじょそこらの連中とは比べ物にならないんだ!」
「オシシたちの有休、それに福姐の来月のメシに肉が入るかは……ぜんぶお前さんたちにかかってるんだぞ!」
「兄弟子さん、あまりプレッシャーをかけないでくれるかな……」
そしてダンテもそれに付け加えるように言った。
「それに、もし見たものが本物の幽霊だとしても、俺たちにかかれば一瞬だしな!」
「ムハハ……!」
潘が豪快に笑う。
「さあお嬢さん、今日は適当観に泊ってくといい!」
「一晩ぐっすり休んで、朝メシ食ったら、お弟子ちゃんが調査を手伝ってくれるからな!」
「本当に、引き受けてくれるの?」
アリスは少し不安そうに尋ねる。
「ポーセルメックスが招いた人間と関わるのに、気が進まないなら……無理はしないほうがいいのだわ」
「考えすぎさ、タイムフィールドさん」
アキラは穏やかに笑う。
「君に助けが必要なら、僕たちは喜んで引き受ける」
「本当にありがとう」
アリスは胸に手を当てる。
「ではお言葉に甘えて、今晩はお世話になるのだわ」
「よし! 話は決まりだな!」
潘が満足そうに頷く。
その後、一行はアリスを適当観の空き部屋へ案内した。
――――
翌朝。
適当観には、昨夜とは打って変わって穏やかな朝の空気が流れていた。
「おはようございますなのだわ、アキラさん。昨日は深夜に押しかけてしまって、本当にごめんあそばせ」
アリスが丁寧に頭を下げる。
「大丈夫。君は助けを求めに来てくれたんだからね」
アキラは笑って答える。
「それと、僕のことだけれど……呼び捨てで構わないよ」
「そう……」
アリスは少しだけ考え、それから微笑んだ。
「それじゃ、私のことも気安く『アリス』と呼んでほしいのだわ」
「ああ、分かったよ。アリス」
「ふふ……よろしくお願いするのだわ、アキラ」
二人は準備を整える。
昨夜、アリスが目撃したという発光体の正体を確かめるため、調査へ向かおうとしていたその時だった。
「待て」
背後から、低い声が響いた。
「……?」
アキラとアリスが振り返る。
そこに立っていたのは、青いコートを羽織ったバージルだった。
「バージル?」
「ダンテから話は聞いた」
バージルはアリスを見る。
「昨夜、正体不明の発光体を目撃したそうだな」
「ええ、その通りなのだわ」
「本物の幽霊である可能性もあるのか?」
「そこまでは……分からないのだわ」
「ならば、俺も行く」
バージルは即答した。
「もしそれが本物の幽霊だとしたら――」
手に持っている閻魔刀を見る。
「俺が斬る」
「……」
アリスが少しだけ目を丸くする。
「心強いのだわ……」
しかしアキラは、一つ気になることがあった。
「その間、ダンテの見張りはどうするんだい?」
バージルは平然と答える。
「潘に頼んだ」
「潘さんに?」
「ああ。ダンテは信用ならないが、潘の実力は確かだ」
「それに――」
ほんの僅かに口元が緩む。
「今のあいつは、潘にピザで釣られている」
「……ピザ?」
アキラは呆れたような顔になる。
「見張りの方法として、それでいいのか……?」
遠くの部屋からダンテのぼやく声が聞こえた気がした。
アキラは頭を抱える。
「……まあ、潘さんなら大丈夫か」
アリスも二人を見比べる。
「では、バージルさんにも同行していただくのだわ」
「分かった」
こうして、アキラ、アリス、そしてバージルの三人で調査へ向かうことになった。
――――
アリスの話によれば、昨夜目撃した発光体は彼女の宿泊場所の窓の外に現れ、その後消えていったらしい。
三人が周囲を捜索していると――。
小さな動物が一匹、こちらを振り返る。
ふさふさとした尾。
丸い耳。
そして、どこか悪戯っぽい目。
そしてその動物は全力で逃げ始めた!
アリスが追いかける。
「逃がさないのだわ!」
「ちょ、アリス!」
アキラも慌てて走り出す。
一方――。
「…………」
バージルは歩いていた。
「いや、バージル!」
アキラが振り返る。
「走らないのかい!?」
「急ぐ必要はない」
「いや、逃げられるよ!?」
「問題ない」
バージルは淡々と歩き続ける。
その間にも、狸は路地を抜け、角を曲がっていく。
「待つのだわー!」
アリスとアキラは全力で追いかける。
「いた!」
狸が一軒の店へ飛び込んだ。
「店内に逃げ込んだ!」
アキラが叫ぶ。
その店の前には、一人の大柄な青年がいた。
赤く染まった前髪。
厳めしい顔。
そして、傍らでは大型のバイクを整備している。
青年は二人の姿を見ると、怪訝そうに眉をひそめた。
「……なんだ?」
アリスが息を整えながら近づく。
「昨日のいたずらは、貴方の――」
青年が立ち上がる。
想像していた以上に大きな体格だった。
「しわ……」
アリスの声が止まる。
「……ざ……」
そして、ようやく名前が出てくる。
「狛野くん?」
「…………」
青年――狛野真斗が目を細めた。
「はぁ……たく」
「柚葉! 客だ」
店の奥へ向かって声を飛ばす。
すると、すぐに明るい声が返ってきた。
「いまいく~!」
しばらくして、一人の少女が姿を現した。
ボリューミーな赤い髪。
黒いセーラー服。
ピンク色のカーディガン。
「何をお求めですか~?」
彼女はにこにこと笑いながら、アリスたちを見る。
だが――。
アリスの表情が、みるみる険しくなっていく。
「…………」
柚葉はそんなアリスを見て、目を細める。
そして。
「あれ?」
口元に、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ありゃりゃ……」
「やっぱりバレちゃった?」