『『Devil May Cry』』
バージルが「奇々解々」に到着した頃には、すでに話は始まっていた。
「そこの貴方」
アリスが柚葉へ向き直る。
「貴方が、その狸の飼い主ということでよくて?」
「釜之助だよ。だから、かまちーって呼んであげて」
「へ……?」
柚葉が少しだけ頬を膨らませる。
「だーかーらー……ちゃんと名前があるの。『その狸』じゃなくてね。それと私は飼い主じゃないよ。私たちはただの仲間。かまちーには誰の首輪もついてないから」
「そ……それは、私としたことが、無礼だったのだわ……」
アリスが素直に頭を下げる。
アキラはその様子を見ながら、心の中で思った。
――おっと。文句を言いに来たのは僕たちなのに、なぜかアリスの旗色が悪いぞ……。
「ま……かまちー本人は気にしないって言ってるし、この話はここまで!」
柚葉が手を叩く。
「それで、本日は『奇々解々』にどんな御用ですか~? 私は浮波柚葉。ここは澄輝坪に名だたる輝磁の工芸品ショップで、品揃えもピカいち! おまけに、なんと二品目からは1%割引!」
「そ、そうなの……? じゃあ、せっかくだし……」
「いや、アリス」
アキラがすぐに止める。
「じゃなくて!」
アリスも我に返る。
「私たち、お買い物に来たわけじゃないのだわ!」
「浮波さん? 貴方のことは存じ上げないけれど……昨夜は貴方とお仲間からのイタズラで、大変な迷惑を被ったのだわ」
「え~、ショック!」
柚葉が大げさに肩を落とす。
「かまちーの挨拶、気に入ってくれると思ったのに……」
「『挨拶』?」
アリスの眉が上がる。
「悪いけど、おっしゃってる意味がわからないのだわ」
「ん~……わからないってことはないんじゃない?」
柚葉は意味ありげに笑う。
「だって、先にイタズラしてきたのは、そっちだもんね?」
「……どういうこと?」
アキラが尋ねる。
柚葉は少しだけ表情を変えた。
どうやら彼女が怒っていたのは、アリス個人に対してではないらしい。
調査監督チームに、ホロウやエーテルについて何も知らない少女がいる。
それを利用して、市井の人々へ「TOPSは住民の安全を考えている」と示す。
そんな空虚なアピールに見えたのだという。
だがそれにしかしアリス個人を責めるのはお門違いだといいうアキラの指摘を受ける。
柚葉は黙り込む。
しばらくして、頭を掻いた。
「まあたしかに…柚葉も大人げなかったかも」
柚葉はアリスを見る。
「そう言ってくれて感謝なのだわ。」
そして柚葉は店の棚から、ひとつの奇妙な欠片を取り出した。
「じゃあ――このへんてこな輝磁の欠片、何かわかる?」
アキラが受け取る。
純度の高い輝磁の欠片。
残された構造から見るに、かつては何らかの大型装置の一部だったようだ。
「……」
アキラは欠片をじっと見つめる。
――これは……輝磁の欠片というより、何かしら装置の破片に近いような。
――それに、気のせいかもしれないけど……一瞬、不快な気配を感じた。
――まるで、サクリファイスの時のような……。
その時だった。
「……あら?」
アリスが欠片を覗き込む。
「これは……大きなオブスキュラの一部なのだわ」
「オブスキュラ?」
アキラが聞き返す。
オブスキュラ、それは高純度の輝磁を外殻に使った実験用反応器。エーテル物質を中に入れると、徐々に空気と接触させることができる……つまりは、エーテルがホロウを離れた後の経過を観察するための装置なのだ。
「なるほど……」
アキラは欠片を見つめる。
「高価な実験機材ではあるけれど、別に変なものではないと思うわ」
「表層にコーティングがないのを見る限り、製造過程で割れてしまったものでしょうね」
「製造過程で割れた、か……」
真斗が眉をひそめる。
「こいつは、やっぱり妙だな」
「どう?」
柚葉が真斗を見る。
「柚葉の勘は間違いないって言ったでしょ」
「こんなふうにこいつの正体がわかっちゃうなんて、超ラッキー」
「うん?」
アキラが首を傾げる。
「何の話をしているんだ?」
柚葉と真斗は顔を見合わせた。
そして――。
「実はね」
柚葉が口を開く。
その破片が、なぜか泅瓏囲から届いた材料に紛れていたという。オブスキュラのような高価な装置を使って、ポーセルメックスはまた何か企んでいるのではないか?そう柚葉と真斗は睨んでいたのだ。
柚葉が身を乗り出す。
「ねえ真斗、泅瓏囲に行こ。これの製造元がわかれば、ポーセルメックスの内なる腐敗ってヤツを暴けるはずだよ」
「そうなれば、あいつらだって、きっと澄まし顔してらんないんだから」
「ちょ、ちょっと……」
アリスが慌てて口を挟む。
「私はまだここにいるのだわ」
「へーきへーき」
柚葉は手を振る。
「あなた、ビビリみたいだし……わざわざチクったりなんてしないもんね」
そして、ちらりとアリスを見る。
「……ね?」
「当然しないのだわ!」
アリスはすぐさま言い返した。
「でも、いいこと?」
胸を張る。
「それは私がビビリだからじゃなくって、タイムフィールド家を継ぐものとして、道徳にもとる行いをしないからなのだわ!」
「はいはい」
柚葉が笑う。
「そこはちゃんと分かってるよ」
アリスは少しだけ安心したように息を吐く。
そして、アキラへ向き直った。
「アキラ。オブスキュラのこと、まだ浮波さんに聞きたいかもしれないけれど……今の私の立場では、これ以上聞くことはできないのだわ」
「だから、ごめんあそばせ」
「悩みを解決してくれてありがとう」
アリスはアキラたちへ丁寧に頭を下げる。
しばらく、その背中を見送る。
柚葉がアキラを見る。
「あのお嬢様と一緒に帰らなかったね」
「ほんとに聞きたいことでもあるの?」
「……まあね」
アキラは欠片を見つめる。
「調べるのに同行してもいいかな」
「その欠片がどこから来たのか、僕も気になるんだ」
「それに、ホロウのことだったら力になれる」
柚葉の目が輝いた。
「本当?」
「ああ」
その時まで黙っていた男が口を開く。
「アキラが同行するなら、俺も行かせてもらう」
バージルだった。
「戦力にはなる」
「おお!」
柚葉が嬉しそうに手を叩く。
「うん、いいよ! 大歓迎!」
「柚葉たちったら今日はツイてる~!」
「手掛かりだけじゃなくて、戦闘員にミアズマの専門家兼、プロキシまで来てくれちゃった!」
真斗が呆れたように息を吐く。
「あんまフカすなよ、柚葉……リンちゃんが怖がんだろが」
「でも、オレら的にはプロキシの助けなんて願ってもねぇ……」
真斗はアキラへ向き直る。
「よろしくお願いするっス!」
「こちらこそ」
アキラが笑う。
「できる限り協力するよ」
その時。
柚葉が真斗を見て、ニヤリと笑った。
「真斗?」
「ん?」
「尻尾が扇風機みたいにブンブンしてなかったら、威勢の良さは満点だったのにねぇ……」
――――
オブスキュラの欠片の出所を調べるため、一行は泗瓏囲へ向かうことになる。しかし、適当観前のエレベーターは修理済みであるにもかかわらず、ポーセルメックスの都合で安全上の理由を口実に一時封鎖されていた。
泗瓏囲は澄輝坪の下層・浜辺にある居住区で、旧都陥落で家を失った人々が多く暮らしている。現在もホロウで危険な仕事に従事する住民が多く、柚葉は、ポーセルメックスが調査監督チームに余計な情報を聞かれないよう、泗瓏囲へ通じる道そのものを封鎖したのではないかと推測する。
泗瓏囲へは山道を回り込めば徒歩でも行けるものの、ポーセルメックスが山道まで封鎖している可能性があるため、まず柚葉と真斗が先行して確認することになる。アキラとバージルはいったん適当観へ戻り、オブスキュラの欠片を持ち帰ってリンに午前中の出来事を説明。その後、イアスを連れて柚葉たちと合流することになるのだった。
――――
そして今――。
アキラたちは、山道を塞ぐ警備セキュリティメカの群れと激しい戦闘を繰り広げていた。
「こいつら、思ったより数が多いな!」
狛野真斗が大剣を振り回し、迫ってきたセキュリティメカをまとめて吹き飛ばす。
「まだまだっ!」
浮波柚葉も別の個体へ攻撃を加えていく。
「はい、そっちもシャットダウン!」
「キュッ!」
かまちーが飛び出し、セキュリティメカへ襲いかかる。
その一方――バージルは、閻魔刀を手にしたまま、ただ立っていた。
「……え?」
柚葉がその姿に気づく。
「ちょっと、バージル! 何突っ立ってるの?」
バージルは答えない。
「戦わないの!?」
柚葉が叫ぶ。
しかし、バージルは微動だにしなかった。
その間にも、周囲のセキュリティメカが次々とバージルを取り囲んでいく。
「……おいおい!」
真斗が振り返る。
「兄ちゃん、囲まれてるぞ!」
「問題ない」
「そうは見えねぇけどな!」
真斗が助けに向かおうとする。
だが――。
「来るな」
バージルが静かに制した。
「え?」
「手を出す必要はない」
真斗は一瞬、言葉を失った。
その直後、周囲のセキュリティメカが一斉にバージルへ向き直る。
ガチャン、ガチャン、ガチャン……。
複数の機械が一斉に姿勢を低くする。
「――――」
そして、一斉に飛び掛かった。
「バージル!」
柚葉が叫ぶ。
次の瞬間、バージルの右手が動いた。
閻魔刀の鞘を握ったまま、一歩踏み込む。
ガンッ!
その鞘で一体のセキュリティメカの頭部を殴り飛ばす。
続けざまに――ゴッ!
さらにもう一体。そして三体目。閻魔刀の鞘を振るう勢いだけで、数体のセキュリティメカがまとめて吹き飛ばされた。
「え……?」
柚葉が目を丸くする。
バージルは、そのままの勢いで閻魔刀を顔の前へ持ってくる。
刀身には、横から迫ってくるセキュリティメカの姿が反射していた。
「…………」
次の瞬間。
シュンッ!
一閃。
バージルの横にいたセキュリティメカが、音もなく真っ二つになった。
「……!」
真斗が目を見開く。
「速っ……!」
バージルは止まらない。そのまま閻魔刀を横薙ぎに振り抜く。
シュバッ!
複数体のセキュリティメカの上半分が、まとめて宙へ飛んだ。切断面から、オイルらしき液体が勢いよく漏れ出す。
バージルは刀身に付着した液体を軽く振り払い――カチン。
静かに納刀した。
しかし、まだ終わっていない。
次々にセキュリティメカがバージルへ集まってくる。
「数がまだいるよ!」
柚葉が叫ぶ。
「……そうか」
バージルは構えを崩さない。
一機が腕を振り上げた。
その瞬間、バージルは身体を僅かに横へ滑らせる。振り下ろされた攻撃が、すべて空を切った。
「――――」
すれ違いざま、ガンッ!
閻魔刀の鞘の先端が、一体のセキュリティメカの頭部を打ち抜く。
「ガッ!」
機体が大きくよろめく。
続けて、別の機体が背後から襲いかかる。
バージルは半ばまで刀を抜いた。
キィン!
迫る攻撃を僅かに抜いた刃で受け止め、そのまま身体を回転させて攻撃の勢いを利用する。
カチン。
再び納刀。
同時に、閻魔刀の鐺が低く走った。
ガッ!
足を払われたセキュリティメカが宙へ浮く。
「!」
その瞬間――シュンッ!
再び抜刀。宙に浮いた機体を横一文字に斬り裂く。
ガシャン!
上下に分かれた機体が地面へ落ちる。
間髪入れず、別のセキュリティメカが真正面から突っ込んできた。
バージルは一歩踏み込む。
縦。
ザンッ!
横。
シュッ!
一体の機体が二つの斬撃によって大きく崩れ落ちる。
「な、何だよあれ……」
真斗が呆然と呟く。
「俺たちが必死こいて殴ってた相手を……一人で全部……」
柚葉も目を丸くしていた。
だが、バージルは構わず次へ進む。
背後から一体のセキュリティメカが迫る。
バージルは振り返らない。
後ろ蹴り。
ドゴッ!
機体が宙へ浮く。
バージルはそのまま身体を捻り、振り向く勢いを利用して閻魔刀を振り抜いた。
シュンッ!
宙に浮いた機体を横薙ぎに斬り裂く。
ガシャァン!
上下に分かれた機体が地面へ落ちた。
そこへ、さらに別のセキュリティメカが殺到する。
「…………」
バージルは一歩も退かない。
斬る。また斬る。さらに斬る。
攻撃を受け止め、いなし、避け、そして斬る。
一体。二体。三体。
その動きは、まるで戦闘というより演武だった。
キィィン!
一体の攻撃を閻魔刀で受け止め、そのままメカを回転させる。勢いを利用して、セキュリティメカを別の個体へ投げ飛ばした。
二体が激突する。
その間に――カチン。
納刀。
そして、シュンッ!
一瞬で抜刀。飛ばされた二体を、まとめて斬り裂く。
「…………」
バージルは止まらない。
残ったセキュリティメカへ向かって歩く。
「ガ……!」
一体が腕を振るう。
シュッ!
斬る。
別の個体が突進してくる。
ザンッ!
斬る。
さらに背後から迫る機体。
クルッ。
振り向きざまの一閃。
そして、もう一体。また一体。
切って、切って、切りまくる。
「ガガッ……!」
セキュリティメカの身体が次々と崩れていく。
気が付けば、その場に立っている機体は一体もいなかった。
残されたのは、切断された機体と、あたりに広がるオイルだけだった。
「…………」
静寂が戻る。
バージルは刀身に付着したオイルを軽く払い、そのまま鞘を背中側へ回した。刃を背中へ向け――。
カチン。
背中越しに、閻魔刀を納める。
完全な無音。
真斗は、ただ呆然とその姿を見ていた。
「……すげぇ」
柚葉も口を開けたまま固まっている。
「何なの、あれ……」
アキラも少し離れた場所から、その戦いを見ていた。
「……バージル、一人で全部倒したのか」
リンも思わず息を呑む。
「お兄ちゃん……あれ、反則じゃない?」
「僕もそう思うよ……」
そして――。
戦闘の影響なのか、いつものように綺麗に整えられていたバージルの髪が少し乱れていた。額には髪がかかり、頬にも一房が落ちている。
その顔立ちを見たアキラは、一瞬だけダンテと見間違えそうになった。
「……」
バージルは何も言わない。
ただ、手で髪を整える。
サッ。
乱れていた髪を後ろへ流し、いつものオールバックへ戻した。
「……これでいい」
その瞬間、再びいつものバージルへ戻った。
アキラが思わず呟く。
「……なんか、一瞬だけダンテにそっくりだったね」
「…………」
バージルが振り返る。
「何か言ったか?」
「いや、なにも」
アキラは笑って誤魔化した。
その横で真斗が苦笑する。
「しかし……こりゃ、バレるバレないどころの話じゃねぇな」
アキラは周囲に散らばる残骸を見る。
そして、バージルは閻魔刀へ手を置いたまま、山道の先を見つめる。
「行くぞ」
さすがはコミュ障鬼いちゃん
セリフ少ないが戦闘多め