『『Devil May Cry』』
「父は、帰りの高速道路で事故を起こしたと聞かされたのだわ」
静かな部屋の中で、アリスはぽつりぽつりと語り続けていた。
「治安局の見立てでは、疲労した状態での運転が祟って、急カーブを曲がり切れなかったのだと……」
その声には、長い間胸の奥へ抱え込んできた悲しみが滲んでいる。
「車が激しく燃えたからといって、祖父は父の最期の姿に会わせてくれなかった。私は……お葬式にだけ出たのだわ」
柚葉はしばらく黙っていたが、やがて慎重に口を開く。
「あの……ひとつ聞いてもいい?」
「なくしちゃったヘアピンは、それからどうなったの?」
「……」
アリスは俯く。
「治安局が事故車を調べたけれど、それらしいものは、欠片も……」
「ぜんぶ、私がヘアピンを失くしたせいなのだわ……」
「……あんなこと、言わなければ……」
その言葉を聞いた瞬間、柚葉の表情が変わった。
「ほんっとバカ!」
「……!」
「そんなのまであなたのせいにしてどうするの!」
柚葉が珍しく強い口調になる。
「自分を責めるのにも限度があるよ」
「おい……柚葉、一体どうした……」
真斗が戸惑ったように声をかける。
柚葉は、はっとしたように目を伏せた。
「……ごめん。言い方がよくなかった」
アリスは小さく首を振る。
「平気なのだわ」
「浮波さんが優しさで言ってくれてることはわかるし……」
「せっかくの機会に、空気を重くしてしまってごめんなさい。話題を変えましょう」
そして、少しだけ表情を明るくする。
「そうそう!」
「浮波さんのヘアピンはお守りだと言ってたけれど……それは素敵な由来があるのではなくて?」
「よかったら聞かせてほしいのだわ」
「えっと……」
柚葉は自分のヘアピンを指でつまむ。
「子供の頃にはじめて貰ったプレゼントなの」
「お守りにしてる理由っていったら、それだけなんだけどね~……」
「ん?」
リンが首を傾げる。
「なんか、ちょっと濁した?」
「同感だな」
真斗も腕を組む。
「だよね」
「……あ、リンと狛野さんもそう思ったの?」
柚葉が苦笑する。
「だって事実だも~ん」
そして、柚葉は少しだけ悪戯っぽく笑った。
「ところでアリスお嬢様」
「私たち、もうこんなに仲良しなんだから、いつまでもお互いのこと他人行儀に呼ばなくっていいよね?」
「とくに『狛野さん』なんて……聞くたびに笑っちゃいそうになるから。もう柚葉、お腹いたいよ」
「……」
真斗が呆れた顔をする。
「お前なぁ……」
アリスは思わず笑った。
「いいでしょう」
「ではこれからは、みんなお互いに、もっと気さくに呼び合うのだわ!」
「おう」
真斗が頷く。
「じゃあ、柚葉でいいな」
「もちろん!」
「私もアリスって呼ぶね!」
リンも嬉しそうに笑う。
やがて、みんなでしばらく他愛のない話を続けた。
やがて夜も深くなり――。
真斗とアキラ、そしてバージルはそれぞれの部屋へ戻っていった。
私たちも、明日のためにもっと話したい気持ちをぐっとこらえ、おとなしく目を閉じた。
――――
――そして朝。
「おっ、みんな起きてるな。元気そうで何よりだ」
潘が部屋へ入ってくる。
「それじゃあ、そろそろ作戦開始といくか!」
「リン、みんなとイアスを連れてホロウに行ってくれ」
アキラが確認する。
「僕と兄弟子さんは遠隔でサポートする」
「分かった!」
リンが頷く。
その時、バージルがふと疑問を口にした。
「今回は、お前がホロウへ行くのか?」
「うん」
リンは頷いた。
「本来、パエトーンとして主体になって動いてきたのは私なんだけどね」
「ちょうどダンテと会う少し前くらいから、H.D.D.システムと私の相性が悪くなっちゃって……」
「市長のH.D.D.システムのアップグレードプランの後もしばらく体調が優れなかったりして、今まではお兄ちゃんに頼んでたの」
「そうだったのか」
バージルは静かにリンを見る。
ダンテが活動を始めた時期。
そして、リンにH.D.D.システムとの相性の悪化や体調不良が現れた時期。
――妙に一致している。
「…………」
偶然。
本当に、ただの偶然なのか。
バージルには、そうは思えなかった。
だが、今ここで口に出すことはしなかった。
「でも、こうやって元気になったから」
リンが笑う。
「これからはよろしくね、バージルさん!」
「……ああ」
バージルは短く答えた。
しかし、その目には僅かな疑念が残っていた。
――――
しばらくして。
一行は、以前発見したエレベーターの近くへ到着した。
「あっ!」
リンが声を上げる。
「みんな早く! 今ならエレベーターが使えるよ!」
「本当?」
柚葉が駆け寄る。
リンが電子盤を確認する。
ピッ。
システム通知音が流れる。
『注意:エレベーターを起動するには、所定権限を有する認証カードを使用し、音声案内の後にパスワードを入力してください』
「はい、認証カード」
柚葉がカードを取り出す。
「潘先生が言ってたパスワードは、確か110011だっけ」
「そうだ」
真斗が頷く。
「早速試してみよ!」
柚葉がパネルへ数字を入力する。
「1、1、0、0、1、1……」
ピッ。
しばらくして――。
ゴウン……。
重い駆動音が響く。
「開いた!」
リンが嬉しそうに声を上げる。
「よし、乗ろう!」
一行は次々とエレベーターへ乗り込む。
――――
リンたちはエーテリアスを倒しながら、ホロウ内部に仕掛けられた様々な装置を解除し、先へ進んでいた。いくつもの扉や障害物を突破してきたことで、これまで以上に奥深くへ入り込んでいる。
「うん、なんだか真相にどんどん近付いてる気がするよ!」
リンが周囲を見回しながら言う。
「私もそう思う」
柚葉も頷いた。
しかし、目の前には巨大なゲートが立ちはだかっている。
「でもこのゲート……ぜんぜん動かな~い!」
柚葉が操作盤を確認する。
「衝撃で歪んじゃったみたい」
真斗が前へ出る。
「オレに任しとけ」
「どりゃああーーッ!!」
ドゴォン!
強烈な一撃がゲートへ叩き込まれる。
しかし――。
「……だめだ、ビクともしねえ」
「真斗でダメなら、もう開かないね」
柚葉がため息をつく。
「どうする? かまちーに隙間から入ってもらう?」
「いや、それじゃ中の仕掛けを操作できないよ」
リンが困ったように言う。
その時、アリスが上を見上げた。
「皆さん、中に入るなら別の方法があるかもしれないのだわ」
「別の方法?」
リンが振り返る。
「どんな?」
「上をご覧になって」
アリスが指を差す。
「左側の天井付近に、二棟をつなぐダクトがあるのだわ。ちょうど私たちが通れるくらいの大きさだと思うの」
一同が上を見る。
確かに、近くに太いダクトが通っている。
「――!!」
柚葉が一瞬だけ目を見開いた。
「柚葉、どしたの?」
リンが不思議そうに尋ねる。
「え? あ~なんでもないよ」
柚葉は慌てて笑う。
「このまえ家にねずみが出たんだけど、こんなとこから入ってきたのかな~って思っただけ」
「ねずみ?」
真斗が眉をひそめる。
「柚葉ん家にか? 初耳だけどな……」
「違うでしょ真斗」
柚葉が呆れたように言う。
「うちのねずみは今どうでもいいの」
「とにかく、柚葉はアリスに賛成。あのダクトはきっと使えると思う」
「じゃあ、行ってみよう!」
リンが頷いた。
一行は周囲の設備を足場にしてダクトへ入り込んだ。
――カン、カン。
狭い金属製の通路を、慎重に進んでいく。
「ダクトの中って、思ったより広いんだね……」
リンが前方を照らしながら進む。
「みんな、ついて来れてる?」
「押忍、大丈夫っス」
真斗が答える。
「問題ない」
バージルも淡々と返す。
アリスは周囲を見回しながら歩いていた。
「あら?」
突然、足を止める。
「地面に何か……」
「え?」
リンが視線を落とす。
薄暗いダクトの下の部屋には、何か黒いものが残されていた。
「……あの形」
リンの声が小さくなる。
「まさか、誰かが死んじゃってる……?」
「…………」
全員が警戒する。
しかし、はっきりとした姿を確認する前に、どこかから物音が響いた。
カサ……。
「今聞こえたのなに?」
リンが振り返る。
「どうした、柚葉。急に黙っちまって」
真斗が尋ねる。
「へっ?」
柚葉が一瞬だけ固まる。
「べ、別に……?」
「……?」
リンは周囲を見回した。
「この辺、ミアズマの濃度が上がってる気がする」
「確かに……」
アリスが前方を見る。
「向こうに光が見えるのだわ! 左にお部屋があるはず!」
「行ってみよ!」
リンが先を急ぐ。
やがてダクトの端へ到着すると、通気口の向こう側に広い空間が見えた。
「……あれ?」
真斗が目を細める。
「ん? ありゃ……」
壁に描かれた特徴的な紋章。
「讃頌会のシンボルじゃねぇか!」
「そんな?」
アリスが驚く。
「ここはポーセルメックスの工場では……?」
「だったら、どういうことだよ……」
真斗が険しい顔になる。
「どうにか下行って調べねぇと!」
リンが周囲を探す。
「あっ、こっち!」
「出口があるよ!」
一行はダクトの出口を見つけ、慎重に下へ降りていく。
「この先に通気口があるよ」
リンが指差す。
その先には、広い部屋へ続く通気口があった。
アキラから通信が入る。
「みんな、現場に残された資料があるなら、できる限り調べてみてくれ」
「了解!」
リンが答える。
一行は通気口を抜け、広い部屋へ降り立った。
「……ここは」
アリスが周囲を見回す。
「この広い部屋は、讃頌会が礼拝を行う場所なのでしょうね」
壁には見覚えのある紋章。
床にはいくつもの椅子が並べられ、奥には祭壇のような設備まで残されている。
しかし、それだけではなかった。
「見ろ」
真斗が床を指差す。
「床に何やらごちゃごちゃに散らかってんぞ」
そこには書類、端末、空になった容器、奇妙な器具などが無造作に放置されていた。
「ポーセルメックスの設備のようなものもあるのだわ」
アリスが拾い上げた資料を確認する。
「でも、ここに讃頌会の活動記録まである……」
「ってことは、この施設は――」
リンが息を呑む。
「ポーセルメックスの施設であると同時に、讃頌会の拠点として使われていた?」
「……可能性は高そうだね」
アキラが通信越しに答える。
「みんな、証拠になりそうなものを探してくれ」
「分かった!」
その後、一行は手分けして部屋の中を調べ始めた。
――――
「ポーセルメックスと讃頌会……」
アリスは、手にした資料を見つめながら呟いた。
「裏で結託してたなんて……」
「うん」
リンも周囲に散らばる資料へ目を向ける。
「思ったより面倒なことになってる……」
その一方で、バージルは一枚の資料に記された、ある言葉を見つめていた。
――「始まりの主」。
その単語を目にして以来、バージルの脳裏からそれが離れない。
「……始まりの主、か」
小さく呟き、再び資料へ目を落とす。
しかし、その時だった。
ポタッ。
「……?」
リンの開いていた資料の上に、何かが落ちた。
透明にも黒紫にも見える、不気味な液体。
ジュウッ……。
紙が僅かに溶ける。
「……ミアズマ!」
リンが叫んだ。
その瞬間、全員が一斉に上を見上げる。
「――!」
天井。
そこには、いつの間にか巨大な影が張り付いていた。
「アリス!」
柚葉が叫ぶ。
アリスの頭上へ、鋭い刃が飛来する。
シュッ!
「――――」
次の瞬間、バージルの姿が消えた。
カンッ!
閻魔刀の鞘が刃を弾き飛ばす。
金属音が響き、刃は壁へ突き刺さった。
「え……?」
アリスが呆然とする。
バージルはすでに彼女の前に立っていた。
「下がれ」
「は、はい……!」
直後。
ドォン!
天井から巨大な怪物が落下した。
四本の腕。
二本の手には、槍のような武器。
全身を覆うのは濃密なミアズマ。
「……あれは」
アリスが息を呑む。
ミアズマフィーンドが四本の腕を広げる。
「グァァァァ……!」
「来るぞ!」
真斗が大剣を構える。
「オラァッ!」
ドゴォン!
大剣がミアズマフィーンドの胴体を捉えた。
確かな手応え。
だが――。
「……!」
裂けた傷口から、黒紫色のミアズマが流れ込む。
ズズズズ……。
傷が、みるみる塞がっていく。
「なっ……!」
「まだだ!」
真斗が再び大剣を振り下ろす。
ガキィン!
今度は腕の一本を叩き潰す。
しかし、それも一瞬のことだった。
グジュ……。
歪んだ肉体が蠢き、砕かれた腕が元の形へ戻っていく。
「チッ、ぶん殴っても回復されるんじゃ、こっちがもたねぇ!」
真斗が舌打ちする。
「なんとかなんねえのか……!」
「私もやります!」
アリスがレイピアを構え、踏み込む。
「はっ!」
シュッ!
鋭い突きがミアズマフィーンドの胸を貫く。
「――――!」
だが、刃を引き抜いた瞬間には、傷口が再び閉じ始めていた。
「あっ! また回復しはじめたのだわ!」
「くっ……!」
アリスが後退する。
ミアズマフィーンドが二本の槍を一斉に振り回す。
「危ない!」
リンが叫ぶ。
真斗とアリスが同時に後ろへ跳ぶ。
しかし――。
一閃。
シュンッ!
バージルが二人の間をすり抜けた。
閻魔刀が抜かれる。
ザンッ!
ミアズマフィーンドの胸部が大きく切り裂かれた。
「――――!」
怪物がよろめく。
だが、バージルは止まらない。
二閃。
三閃。
四閃。
シュンッ! シュッ! ザンッ!
四本の腕。
一本。
また一本。
槍ごと斬り落とす。
だが――。
ボコッ。
切断された腕の付け根から、新たなミアズマが噴き出す。
グジュグジュ……。
失われた腕が、再び形を取り戻していく。
「……再生するか」
バージルが目を細める。
ミアズマフィーンドが槍を振り上げる。
バージルは一歩退く。
その瞬間、槍が床を粉砕した。
「――――」
バージルが身体を捻る。
槍を紙一重でかわし、そのままミアズマフィーンドの懐へ潜り込む。
閻魔刀が横薙ぎに走った。
ズバッ!
胴体を深く切り裂く。
大量のミアズマが吹き出す。
「効いてる……!」
柚葉が叫ぶ。
だが――。
傷口が蠢き始める。
「……また回復するよ!」
リンが叫ぶ。
しかし、先ほどまでとは違った。
すぐには塞がらない。
「……?」
アキラが目を細める。
「今の傷……治るのが少し遅くないか?」
「確かに……」
アリスも傷口を見つめる。
他の攻撃なら瞬く間に再生していた。
だが、閻魔刀による傷だけは、ミアズマが何度も蠢いているにもかかわらず、なかなか完全には閉じない。
バージルもそれに気づいていた。
「……なるほど」
閻魔刀を構える。
「俺の魔力と閻魔刀なら、傷の再生を遅らせられるか」
「バージル!」
真斗が叫ぶ。
「だったら、あんたの刀で――」
「……まだ足りない」
バージルが答える。
「切り続けても、こちらが消耗するだけだ」
ミアズマフィーンドが咆哮する。
「グオオオオオッ!」
二本の槍が一斉に振り下ろされた。
バージルはその全てをかわす。
一歩。
二歩。
そして――。
シュンッ!
斬る。
横。
ザンッ!
縦。
シュッ!
斜め。
ミアズマフィーンドの身体に次々と傷が刻まれていく。
しかし、切られた端からミアズマが集まり、傷を修復していく。
「くそっ……!」
真斗が大剣を構える。
「こいつ、どんだけしぶといんだよ!」
アリスもレイピアを握り直す。
「このままでは、いつまで経っても決着がつかないのだわ……!」
その時。
「みんな聞いて!」
リンが声を上げた。
「脱出方法を思いついたよ!」
全員の動きが止まる。
「廊下の向こうにある裂け目の話、覚えてる?」
「裂け目?」
アキラが聞き返す。
「あの裂け目は、ちょうどこの建物の外にあるの!」
リンは端末を確認する。
「裂け目を通ったあと、怪物が通る前に近くの爆薬を起爆しよ!」
「そうすれば、追ってくるこいつを足止めできる!」
柚葉の顔が明るくなる。
「リンちゃんナイス!」
「そのプラン、さんせー!」
「決まりだな!」
真斗が叫ぶ。
しかし、ミアズマフィーンドがこちらへ向かってくる。
「来たぞ!」
アリスが叫ぶ。
その瞬間――。
バージルが前へ出た。
「…………」
閻魔刀を構える。
ミアズマフィーンドが二本の槍を広げ、一斉に突進してくる。
「――――」
バージルは閻魔刀の鞘を握る。
そして――。
ドォン!!
強烈な一撃。
ミアズマフィーンドの巨体が大きく弾き飛ばされた。
「グオオオッ!」
怪物は壁へ叩き付けられる。
「今だ!」
アキラが叫ぶ。
「走れ!」
一行は一斉に出口へ向かって駆け出した。
「こっち!」
リンが先頭を走る。
真斗、柚葉、アリスが続く。
「バージル!」
アキラが同期したイアスが振り返る。
「先に行け」
バージルはミアズマフィーンドを見据えたまま答える。
「俺が最後に出る」
「分かった!」
イアスが前を向く。
「急ごう!」
リン達は裂け目へ向かって走り出す。
遅れてバージルも走り出す。
背後では、ミアズマフィーンドがゆっくりと立ち上がっていた。
そして――。
その視線が、逃げていく一行を追う。
「グ……ォォォ……」
不気味な咆哮が、研究施設の奥へ響き渡っていた。