0.1%の積み重ね   作:仮面のカルメン

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第8話 容量判定 前編

 

第8話 容量判定 前編

 

 十七歳と六か月。

 

 その日を迎えた朝も、フクリはいつもと同じ時間に目を覚ました。

 

 町の安宿。薄い布団。少し歪んだ天井。壁の向こうからは、同じ宿に泊まっている男の大きないびきが聞こえている。

 

 特別な朝には見えなかった。

 

 だがフクリにとっては、何年も前から待ち続けていた日だった。

 

 布団の上で身体を起こし、自分の内側へ意識を向ける。

 

 十一歳と六か月で作った最初の念能力。

 

 『0.1%の積み重ね(複利)』

 

 あの能力によって、使用可能なメモリは一日〇・一%ずつ増え続けている。

 

 正確な数値は分からない。

 

 増えた量を、感覚で推測することしかできなかった。

 

 以前より広い。

 

 まだ余裕がある。

 

 二百程度なら使っても百を下回らない。

 

 分かるのは、その程度だ。

 

 本当なら、もっと待つつもりだった。

 

 使用可能なメモリが九百近くまで増えてから、二つ目の能力を作る。その方が複利の元を大きく保てるし、能力を作った後にも十分な余裕が残る。

 

 計算の上では、それが最も効率のいい選択だった。

 

 フクリ自身も、そうするつもりでいた。

 

 だが、待っている間にも能力案は増え続けた。

 

 危険を事前に察知する能力。

 

 傷を治療する能力。

 

 遠くへ逃げる能力。

 

 気配をさらに薄くする能力。

 

 そして、死んだ後も記憶と念能力を持ち越す能力。

 

 思いつくたびに紙へ書き、条件を削り、設計を整えた。

 

 しかし、どれほど考えても一つだけ分からない。

 

 その能力を作るために、実際には何メモリ必要なのか。

 

 現在の自分が、正確に何メモリ持っているのかさえ分からない。

 

 感覚では増えている。

 

 二百メモリを使っても、百以上は残るはずだ。

 

 だが、それも推測にすぎなかった。

 

「九百近くまで待つべきなんだけどな」

 

 何度も、そう自分へ言い聞かせた。

 

 待てば増える。

 

 使えば複利の伸びが落ちる。

 

 理屈は分かっている。

 

 それでも能力案を書くたびに、気になった。

 

 これは作れるのか。

 

 あと何年待てばいいのか。

 

 条件を一つ削れば、どれほど軽くなるのか。

 

 何も分からないまま待つ時間が、次第に苦しくなっていった。

 

 フクリは、本来それほど我慢強い人間ではない。

 

 努力も好きではないし、できることなら簡単な方へ流されたい。

 

 何年も能力を作らずにいられたのは、待つことが最も得だと理解していたからだ。

 

 だが、その判断が本当に正しいのか確認する手段がない。

 

 分からないまま待ち続けることには、限界があった。

 

 十七歳と六か月。

 

 フクリは、とうとう我慢できなくなった。

 

「もう作ろう」

 

 本来の予定より早い。

 

 九百メモリには、まだ届いていない。

 

 ここで二百を使えば、上限へ到達する日は遠ざかる。

 

 それでも、これ以上手探りで能力を設計し続ける方が危険だと判断した。

 

 少なくとも、フクリはそう自分へ言い聞かせた。

 

 本音を言えば、ただ知りたかったのだ。

 

 自分の考えた能力が、どれほどのメモリを必要とするのか。

 

 何年も頭の中で組み立ててきた設計を、数字として見てみたかった。

 

 安全のため。

 

 将来のため。

 

 無駄を防ぐため。

 

 もっともらしい理由はいくつもある。

 

 だが、その奥には単純な好奇心があった。

 

 能力を設計することだけは、フクリにとって苦痛ではなかった。

 

 むしろ、考え始めれば時間を忘れるほど楽しかった。

 

「今日だな」

 

 小さく呟く。

 

 二つ目に作る能力は、ずっと前から決めている。

 

 紙に書いた念能力が、成立にどれほどのメモリを必要とするのか調べる能力。

 

 攻撃はできない。

 

 防御にも使えない。

 

 危険から逃げることもできない。

 

 単体では、戦闘の役にまったく立たない。

 

 それでもフクリには、どんな攻撃能力より先に必要だった。

 

 自分の才能は、戦うことには向いていない。

 

 身体能力は普通。

 

 格闘の才能も普通。

 

 オーラを強く放出することも得意ではない。

 

 何年修行を続けても、纏と練の成長は遅かった。

 

 絶だけは大きく伸びたが、それも正面から敵を倒す技術ではない。

 

 その代わり、念能力の構造を考える時だけは違った。

 

 どうすれば成立するのか。

 

 どこへ制約を置くべきか。

 

 どの機能が無駄なのか。

 

 何を削れば、能力の本質を保ったまま必要量を下げられるのか。

 

 そうした考えが、自然と頭の中へ浮かんでくる。

 

 戦う才能ではなく、作る才能。

 

 フクリの念の才能は、そこだけに極端なほど偏っていた。

 

 ならば、それを伸ばす。

 

 自分が最も得意な部分へ、先にメモリを使う。

 

 それがフクリの選択だった。

 

     ◇

 

 宿を出る前に、いつもどおり仕事の準備をする。

 

 手袋。

 

 水筒。

 

 昼食。

 

 簡単な工具。

 

 忘れ物がないか、二度確認する。

 

 二つ目の能力を作る日だからといって、仕事を休むつもりはなかった。

 

 能力を作るのは夜。

 

 それまでは普通に働く。

 

 日常を崩す必要はない。

 

「今日は早いな」

 

 宿の前で、同じ現場へ向かう男に声をかけられた。

 

 ダイゴ。

 

 三十代半ばの作業員で、現場ではフクリよりもずっと経験が長い。

 

「いつもと同じですよ」

 

「そうだったか?」

 

「ダイゴさんが遅いだけじゃないですか」

 

「朝から厳しいな、お前」

 

「事実です」

 

「十七歳とは思えん言い方するよな」

 

 ダイゴは眠そうにあくびをしながら歩き出した。

 

「俺なんて毎朝、仕事を辞めたいと思ってるぞ」

 

「俺も思ってます」

 

「嘘つけ。お前、毎日ちゃんと来るじゃないか」

 

「辞めたらお金が入らないので」

 

「夢がないな」

 

「生活には必要です」

 

「やっぱり十七歳じゃないだろ」

 

 ダイゴは笑った。

 

 フクリも少しだけ口元を緩める。

 

 本当に、仕事が好きなわけではない。

 

 雨の日は休みたい。

 

 暑い日は涼しい場所で寝ていたい。

 

 朝、布団から出るたびに、今日くらい行かなくてもいいのではないかと思う。

 

 それでも行く。

 

 休めば給料が減る。

 

 仕事を失えば、新しい仕事を探す必要がある。

 

 その方が面倒だ。

 

 後で困るくらいなら、今働く。

 

 努力が好きだからではない。

 

 未来の面倒を減らしたいだけだった。

 

     ◇

 

 その日の現場では、建物の二階部分を組み上げていた。

 

 フクリは切り出された木材を運び、道具を渡し、足場の周囲を片づける。

 

 念は最低限しか使わない。

 

 薄い纏で身体を守り、作業を補助する程度。

 

 本気で念を使えば、普通の人間より重い資材を持てる。

 

 長い時間働くこともできる。

 

 だが、それを見せる必要はない。

 

 少し体力のある若者。

 

 周囲からは、その程度に思われれば十分だった。

 

「フクリ、こっち持ってくれ」

 

 ダイゴが太い木材の反対側を指す。

 

「はい」

 

 二人で持ち上げる。

 

 纏を使えば、一人でも持てるかもしれない。

 

 しかし二人で運べる物を、一人で持つ意味はなかった。

 

「せーの」

 

 声を合わせ、指定された場所へ運ぶ。

 

 木材を下ろした後、ダイゴが腰を叩いた。

 

「歳を取ると、こういうのがきついな」

 

「まだ三十代でしょう」

 

「十七の奴に言われても嫌味にしか聞こえん」

 

「じゃあ、もう歳ですね」

 

「お前、本当に他人には厳しいな」

 

「無理に若いって言う方が失礼でしょう」

 

「そういうところだよ」

 

 ダイゴは呆れながらも笑っている。

 

 フクリは、他人へ必要以上に優しくする性格ではなかった。

 

 自分にできる範囲なら助ける。

 

 仲良くなった相手なら、親身にもなる。

 

 だが、できないことまで引き受けるつもりはない。

 

 自分の力が及ばないなら、手を引く。

 

 無責任な慰めも言わない。

 

 大丈夫ではないものを、大丈夫だとは言わない。

 

 それで冷たいと思われても構わなかった。

 

 誰かを助けようとして、自分まで死ぬ方が嫌だった。

 

     ◇

 

 仕事を終え、宿へ戻った頃には、全身へ軽い疲労が溜まっていた。

 

 食事を済ませ、身体を洗う。

 

 すぐに能力を作り始めることはしなかった。

 

 扉の鍵。

 

 窓。

 

 廊下の気配。

 

 不審な音がないか確かめる。

 

 その後、布団へ横になり絶へ入った。

 

 身体から流れ出すオーラを閉じる。

 

 外気の冷たさを感じやすくなるため、布団を肩まで掛けた。

 

 安全な場所で使う絶は、身体を静かな休息状態へ導く。

 

 工事で溜まった疲労が、少しずつ抜けていく。

 

 能力を作る前に、身体と精神を整える。

 

 疲れた状態で始めれば、集中が乱れる。

 

 設計を間違える可能性もある。

 

 今日中に完成させなければならない決まりはない。

 

 状態が悪ければ、明日に延ばしてもいい。

 

 焦らない。

 

 安全を優先する。

 

 それがフクリのやり方だった。

 

     ◇

 

 夜が深くなった頃、フクリは机の前へ座った。

 

 引き出しから、何年も前に書いた紙の束を取り出す。

 

 二つ目の能力案。

 

 何度も書き直したため、紙の端は擦れ、古い案には何本もの線が引かれている。

 

 最初は、もっと多くの機能を入れようとしていた。

 

 他人の念能力に使われているメモリ量を調べる。

 

 能力の弱点を見抜く。

 

 自分と相手の能力を比較する。

 

 完成した能力を後から分析する。

 

 便利ではある。

 

 だが、機能を増やすほど必要なメモリも増える。

 

 他人の能力へ干渉する機能は、特に重いはずだ。

 

 自分の能力作成を助けたいだけなのに、戦闘や情報収集の機能まで入れれば、本来の目的から外れてしまう。

 

 だから削った。

 

 何度も。

 

 必要な部分だけを残した。

 

 紙へ能力案を書く。

 

 その能力を作るために必要なメモリ量が表示される。

 

 対象は、自分がこれから作る念能力だけ。

 

 これでいい。

 

 今のフクリに必要なのは、万能な鑑定能力ではない。

 

 正確な見積もりだった。

 

 紙の一番上には、能力名が書かれている。

 

 『容量判定(メモリー・ジャッジ)』

 

 簡単な名前だ。

 

 だが役割が分かりやすい。

 

 フクリは気に入っていた。

 

     ◇

 

 能力の条件を、もう一度整理する。

 

念能力②

 

『容量判定(メモリー・ジャッジ)』

 

* 紙へ、フクリ自身が作りたい念能力の内容と条件を書く。

* 書かれた設計を基に、その能力の作成に必要なメモリ量を判定する。

* 判定が完了すると、必要なメモリ量が数字として紙へ表示される。

* 能力の説明や条件が曖昧な場合、正確な数字は表示されない。

* 条件を書き換えた場合は、改めて判定する必要がある。

* 判定できるのは、フクリ自身が新たに作成する念能力に限られる。

* 他人の念能力や、他人が作ろうとしている能力は判定できない。

* すでに完成している他人の能力を解析することもできない。

 

 設計としては完成している。

 

 問題は、必要なメモリ量だった。

 

 この能力を作る目的そのものが、必要メモリを調べることだ。

 

 つまり、この能力を作る前には、この能力自身の必要量を正確に調べられない。

 

 最初の一回だけは、自分の設計感覚で見積もる必要がある。

 

 フクリの感覚では、百五十から二百。

 

 百五十でも成立するような気がする。

 

 だが足りなかった場合が怖い。

 

 途中まで作って失敗すれば、使ったメモリが戻らない可能性もある。

 

 不完全な能力として固定される危険もある。

 

 ならば、少し多めに入れる。

 

 二百メモリ。

 

 五十多いかもしれない。

 

 それでも不足するよりはいい。

 

 余った分が無駄になる可能性はある。

 

 だが、最初の一度だけは安全側へ寄せる。

 

「二百」

 

 フクリは紙の隅へ書いた。

 

 何年も使わずに貯めてきたメモリ。

 

 そこから二百を使う。

 

 小さな量ではない。

 

 使えば、複利の増加速度も下がる。

 

 上限へ届く時期も遅くなる。

 

 九百近くまで待つという当初の予定も崩れる。

 

 だからこそ、十七歳と六か月まで迷い続けた。

 

 それでも、この能力には価値がある。

 

 一度作れば、その後すべての能力設計に使える。

 

 必要量が分からないまま能力を作る危険を減らせる。

 

 長く生き、何度も能力を作るつもりなら、早い段階で持っておく方がいい。

 

 目先のメモリを失っても、将来の無駄を減らせる。

 

「……我慢できなかっただけでもあるけどな」

 

 自分にだけ聞こえる声で呟いた。

 

 安全や効率だけが理由ではない。

 

 ただ数字を見たかった。

 

 その気持ちを否定するつもりもなかった。

 

     ◇

 

 フクリは目を閉じた。

 

 まず、纏。

 

 身体から流れ出すオーラを周囲へ留める。

 

 次に、練。

 

 身体の奥から、普段より多くのオーラを生み出す。

 

 得意ではない。

 

 何年修行しても、オーラを強く放出する時には力みが出る。

 

 肩へ力が入り、呼吸が重くなる。

 

 それでも、以前よりは扱えるようになっていた。

 

 急がない。

 

 一気に作ろうとしない。

 

 少しずつオーラを整える。

 

 頭の中で、能力の形を確認する。

 

 紙。

 

 文章。

 

 条件。

 

 判定。

 

 数字。

 

 余計な機能は入れない。

 

 他人の能力を調べない。

 

 戦闘へ転用しない。

 

 自分の能力設計だけを助ける。

 

 形がはっきりしたところで、自分の内側へ意識を向ける。

 

 使用可能なメモリ。

 

 何年もかけて増やしてきた余白。

 

 そこから二百を切り離す。

 

「使う」

 

 小さく声に出した。

 

 能力を作らずに待つ時間は終わった。

 

 今度は、使うと決める。

 

 内側の余白から、二百メモリが動き始めた。

 

 フクリの設計した仕組みへ流れ込んでいく。

 

 十。

 

 二十。

 

 五十。

 

 数字が見えているわけではない。

 

 だが、自分がどれほどのメモリを動かしているか、感覚では分かる。

 

 能力の骨組みが作られていく。

 

 紙へ書かれた内容を読み取る部分。

 

 必要量を計算する部分。

 

 結果を紙へ表示する部分。

 

 一つずつ、形になる。

 

 百。

 

 百二十。

 

 百四十。

 

 そして。

 

 百五十。

 

 その瞬間、能力の核が完成した。

 

「……?」

 

 フクリは僅かな違和感を覚えた。

 

 まだ二百すべてを使っていない。

 

 残りは五十。

 

 だが、作ろうとしていた能力は、すでに完成した感覚がある。

 

 紙へ書いた設計。

 

 必要量の判定。

 

 数字の表示。

 

 本来求めていた機能は、すべて形になっている。

 

「百五十で足りたのか」

 

 見積もりを外した。

 

 不足ではない。

 

 多すぎた。

 

 フクリはすぐにオーラの流れを止めようとした。

 

 残った五十メモリを、自分の使用可能な余白へ戻す。

 

 そう考えた。

 

 だが、流れは止まらなかった。

 

「待て」

 

 二百メモリを使う。

 

 フクリは能力作成を始める前に、そう決めていた。

 

 自分の中で明確に切り離した二百メモリは、すでに一つのまとまりとして能力へ向かっている。

 

 百五十で完成したからといって、余った五十だけを簡単に戻すことはできなかった。

 

 五十メモリが、完成した能力の中へ流れ込む。

 

 無駄に消える。

 

 一瞬、そう思った。

 

 しかし能力は壊れなかった。

 

 必要以上のメモリを受け取った『容量判定』は、その余剰を使い、自らの機能を修正し始めた。

 

 作りたい能力の必要量を知る。

 

 それだけでは、能力を安全に作るには足りない。

 

 現在、自分が何メモリ持っているのか。

 

 能力を作った場合、どれだけ残るのか。

 

 最低限残さなければならない百メモリを下回らないか。

 

 上限の千まで、あとどれほど必要なのか。

 

 現在の増加速度なら、目標へいつ到達するのか。

 

 フクリ自身が、今まで感覚でしか分からなかった情報。

 

 余った五十メモリは、それらを数字として確認するための機能へ変わっていく。

 

「追加機能……?」

 

 フクリは驚きながらも、流れを観察した。

 

 余剰メモリが勝手に別の能力を作ったわけではない。

 

 元の設計から外れていない。

 

 能力作成に必要なメモリを判定する。

 

 その目的を、より安全に、より正確に行うための補助機能。

 

 現在のメモリ状況を把握できなければ、必要量だけ分かっても計画を立てにくい。

 

 今の保有量。

 

 使用可能量。

 

 能力を作った後の残量。

 

 不足量。

 

 予想到達時期。

 

 それらを表示する機能が、既存の『容量判定』へ組み込まれていく。

 

 フクリが二百メモリを使うと決めたこと。

 

 そして能力の本来の必要量が百五十だったこと。

 

 その差が、予定していなかった改良を生み出した。

 

     ◇

 

 机の上の紙へ、黒い染みが現れた。

 

 インクをこぼした覚えはない。

 

 染みはゆっくりと広がり、細い線へ変わる。

 

 線が数字を形作った。

 

 最初に表示されたのは、作成した能力の情報だった。

 

 能力名:容量判定(メモリー・ジャッジ)

 

 本来必要メモリ:一五〇

 

 投入メモリ:二〇〇

 

 余剰投入メモリ:五〇

 

 その下へ、新しい文字が浮かび上がる。

 

 余剰五〇メモリを使用し、メモリ状況表示機能を追加しました。

 

「本当に百五十だったのか」

 

 フクリは紙を見つめた。

 

 見積もりとしては悪くない。

 

 最大で二百と考えた。

 

 実際は百五十。

 

 五十の差。

 

 初めて能力を見積もったことを考えれば、大きく外したわけではない。

 

 そして余分に投入した五十も、完全な無駄にはならなかった。

 

 能力が意味のある形へ修正された。

 

 それは偶然ではないように思えた。

 

 フクリが設計した能力の目的が、明確だったからだ。

 

 安全に能力を作る。

 

 無駄なメモリを減らす。

 

 将来の計画を立てる。

 

 余剰メモリは、その目的を補う方向へ使われた。

 

 能力の形を曖昧にしていれば、こうはならなかったかもしれない。

 

 フクリの能力設計に偏った才能が、予定外のメモリさえも、設計の範囲内へ収めた。

 

     ◇

 

 紙に、さらに数字が現れる。

 

 メモリ上限:一〇〇〇

 

 最低保持メモリ:一〇〇

 

 使用中の能力:

 ・0.1%の積み重ね(複利) 九〇〇

 ・容量判定(メモリー・ジャッジ) 二〇〇

 

 表示を見たフクリは、僅かに眉を寄せた。

 

 『0.1%の積み重ね』へ使った九百メモリは、能力そのものを維持するための固定使用量。

 

 『容量判定』へ投入した二百も、同様に能力へ固定されている。

 

 この数字だけを足せば、千を超えている。

 

 だが、これは現在の上限千とは別の意味を持つ。

 

 『0.1%の積み重ね』は、本来持っていたメモリ九百を能力の核へ変え、その後に使用可能メモリを百から再生成している。

 

 つまり現在の使用可能メモリは、固定された能力用メモリとは別に、『複利』によって回復・増加している余白だった。

 

 能力の仕組みが、初めて数字として整理される。

 

 さらに文字が浮かぶ。

 

 現在使用可能メモリ:三六八

 

 現在作成可能メモリ:二六八

 

 現在増加率:一日〇・三六八メモリ

 

 フクリは無意識に身を乗り出した。

 

「三百六十八……」

 

 今まで、感覚でしか分からなかった現在値。

 

 能力②へ二百を投入した後で、三百六十八残っている。

 

 つまり能力を作る直前には、五百六十八メモリ持っていたことになる。

 

 九百には、まだ遠かった。

 

 本来の予定どおり待つなら、さらに数年必要だっただろう。

 

 やはり予定を前倒ししたことになる。

 

「本当に我慢できてなかったんだな」

 

 自分で自分に呆れ、少し笑った。

 

 だが後悔はなかった。

 

 この数字を見られるだけでも、能力を作った価値はある。

 

 今までの自分は、暗い部屋の中で手探りをしていたようなものだった。

 

 増えていることは分かる。

 

 減ったことも分かる。

 

 だが正確な量は分からない。

 

 今日からは違う。

 

 能力を作る前に、必要量を確認できる。

 

 現在の残量も分かる。

 

 作成後のメモリも計算できる。

 

 最低百メモリを割らないかどうかも、数字で確かめられる。

 

 『0.1%の積み重ね』と、これ以上なく相性のいい能力だった。

 

     ◇

 

 しばらく休んだ後、フクリは新しい紙を一枚取り出した。

 

 能力が本当に正常に動くのか、試す必要がある。

 

 最初に書いたのは、以前から何度も考えていた小さな能力だった。

 

 「右手の人差し指の先端から、蝋燭一本分ほどの弱い光を発生させる。光は熱や攻撃力を持たず、フクリが意識している間だけ持続する」

 

 以前なら、必要量を感覚で考えるしかなかった。

 

 おそらく少ない。

 

 十前後。

 

 その程度の予想。

 

 今は違う。

 

 フクリは紙へ手を近づけ、『容量判定』を発動した。

 

 僅かなオーラが紙へ流れる。

 

 数秒後、文章の下へ文字が現れた。

 

 必要メモリ:一二

 

 作成後の使用可能メモリ:三五六

 

 最低保持メモリ:維持可能

 

「十二か」

 

 予想に近い。

 

 次に、同じ能力へ熱を加える。

 

 紙を書き直す。

 

 「右手の人差し指の先端から、蝋燭一本分ほどの光と熱を発生させる。小さな紙や薪へ着火できる。使用中のみ発動する」

 

 判定。

 

 必要メモリ:三五

 

 光だけなら十二。

 

 熱と着火機能を加えると三十五。

 

 機能を一つ増やしただけで、必要量は大きく変わった。

 

 さらに安全機能を追加する。

 

 自分の指を火傷しない。

 

 衣服へ勝手に燃え移らない。

 

 意識を失ったら自動で消える。

 

 判定結果は、さらに増えた。

 

「面白い」

 

 フクリは夢中になった。

 

 数字が出るたび、設計のどの部分が重いのか分かる。

 

 条件を狭めれば下がる。

 

 便利な機能を増やせば上がる。

 

 曖昧な説明では数字が表示されない。

 

 例えば、

 

 「危険を事前に知らせてくれる能力」

 

 これだけを書いて判定しても、数字は現れなかった。

 

 代わりに、紙へ短い文章が表示される。

 

 判定不能:危険の定義、探知範囲、通知方法、発動条件が不明確です。

 

「そこまで教えてくれるのか」

 

 これも余剰五十メモリによる補助機能の一部らしい。

 

 不足している条件を指摘する。

 

 ただし、正解の能力を設計してくれるわけではない。

 

 何を危険とするか。

 

 どう知らせるか。

 

 どこまで調べるか。

 

 それを決めるのは、あくまでフクリ自身だった。

 

 能力が設計を代行するのではない。

 

 フクリの設計を、数字と情報で補助する。

 

 その距離感も気に入った。

 

     ◇

 

 机の上は、すぐに紙で埋まった。

 

 疲労回復。

 

 索敵。

 

 聴覚強化。

 

 治癒。

 

 防御。

 

 瞬間移動。

 

 未来予知。

 

 思いつく能力を書いては、条件を変えて判定する。

 

 強力な能力ほど、必要量は大きい。

 

 特に、条件が少なく自由度の高い能力は重かった。

 

 どこへでも瞬間移動できる。

 

 無条件で怪我を治す。

 

 未来を正確に見る。

 

 そうした都合のいい設計には、現在のフクリでは到底払えない数字が表示された。

 

 反対に、使う場所や回数を制限すれば下がる。

 

 一日に一度。

 

 触れている物だけ。

 

 自分にしか使えない。

 

 事前に印をつけた場所だけ。

 

 失敗した場合の危険を受け入れる。

 

 制約が具体的で重いほど、必要量は小さくなる。

 

 フクリは改めて理解した。

 

 念能力は、願えば何でも実現する魔法ではない。

 

 どこまで欲しいのか。

 

 何を諦めるのか。

 

 何を危険として背負うのか。

 

 その選択によって、能力の形が決まる。

 

 設計する才能とは、強い能力を思いつく才能ではない。

 

 必要な機能と、不要な機能を分ける才能。

 

 目的を守ったまま、どこまで削れるか考える才能。

 

 そして、自分が背負える制約を見極める才能だった。

 

     ◇

 

 夜明けが近づいていた。

 

 机の灯りに使っている油も、残り少ない。

 

 明日は仕事がある。

 

 これ以上続ければ、睡眠不足になる。

 

 フクリは紙を片づけようとした。

 

 その時。

 

 引き出しの奥にしまっていた、一枚の紙が目に入った。

 

 何年も前から考えていた能力。

 

 最初の能力を作った時から、心の奥にあった願い。

 

 死にたくない。

 

 死んだとしても、すべてを失いたくない。

 

 今まで積み重ねた記憶。

 

 念能力。

 

 自分自身。

 

 それらを次へ持ち越す能力。

 

 フクリは手を止めた。

 

 今夜調べる必要はない。

 

 明日でもいい。

 

 身体を休める方が安全だ。

 

 頭ではそう分かっている。

 

 それでも、必要量だけは知りたかった。

 

 作れるのか。

 

 作れないのか。

 

 どれだけ待てば届くのか。

 

 能力②を予定より早く作ってしまった理由と同じだった。

 

 知りたい。

 

 ただ、それだけだった。

 

 フクリは新しい紙を一枚、机の中央へ置いた。

 

 そして、三つ目の能力案を書き始めた。

 

 能力名は、ずっと前から決まっている。

 

 『転生(死にたくないよ)』

 

 記憶を引き継ぐ。

 

 念能力を引き継ぐ。

 

 性別を引き継ぐ。

 

 ただし、そのままでは必要なメモリが大きすぎる可能性がある。

 

 どこまで条件を絞るのか。

 

 何を諦めるのか。

 

 何を絶対に残すのか。

 

 ここからが、フクリの本当の仕事だった。

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