第8話 容量判定 前編
十七歳と六か月。
その日を迎えた朝も、フクリはいつもと同じ時間に目を覚ました。
町の安宿。薄い布団。少し歪んだ天井。壁の向こうからは、同じ宿に泊まっている男の大きないびきが聞こえている。
特別な朝には見えなかった。
だがフクリにとっては、何年も前から待ち続けていた日だった。
布団の上で身体を起こし、自分の内側へ意識を向ける。
十一歳と六か月で作った最初の念能力。
『0.1%の積み重ね(複利)』
あの能力によって、使用可能なメモリは一日〇・一%ずつ増え続けている。
正確な数値は分からない。
増えた量を、感覚で推測することしかできなかった。
以前より広い。
まだ余裕がある。
二百程度なら使っても百を下回らない。
分かるのは、その程度だ。
本当なら、もっと待つつもりだった。
使用可能なメモリが九百近くまで増えてから、二つ目の能力を作る。その方が複利の元を大きく保てるし、能力を作った後にも十分な余裕が残る。
計算の上では、それが最も効率のいい選択だった。
フクリ自身も、そうするつもりでいた。
だが、待っている間にも能力案は増え続けた。
危険を事前に察知する能力。
傷を治療する能力。
遠くへ逃げる能力。
気配をさらに薄くする能力。
そして、死んだ後も記憶と念能力を持ち越す能力。
思いつくたびに紙へ書き、条件を削り、設計を整えた。
しかし、どれほど考えても一つだけ分からない。
その能力を作るために、実際には何メモリ必要なのか。
現在の自分が、正確に何メモリ持っているのかさえ分からない。
感覚では増えている。
二百メモリを使っても、百以上は残るはずだ。
だが、それも推測にすぎなかった。
「九百近くまで待つべきなんだけどな」
何度も、そう自分へ言い聞かせた。
待てば増える。
使えば複利の伸びが落ちる。
理屈は分かっている。
それでも能力案を書くたびに、気になった。
これは作れるのか。
あと何年待てばいいのか。
条件を一つ削れば、どれほど軽くなるのか。
何も分からないまま待つ時間が、次第に苦しくなっていった。
フクリは、本来それほど我慢強い人間ではない。
努力も好きではないし、できることなら簡単な方へ流されたい。
何年も能力を作らずにいられたのは、待つことが最も得だと理解していたからだ。
だが、その判断が本当に正しいのか確認する手段がない。
分からないまま待ち続けることには、限界があった。
十七歳と六か月。
フクリは、とうとう我慢できなくなった。
「もう作ろう」
本来の予定より早い。
九百メモリには、まだ届いていない。
ここで二百を使えば、上限へ到達する日は遠ざかる。
それでも、これ以上手探りで能力を設計し続ける方が危険だと判断した。
少なくとも、フクリはそう自分へ言い聞かせた。
本音を言えば、ただ知りたかったのだ。
自分の考えた能力が、どれほどのメモリを必要とするのか。
何年も頭の中で組み立ててきた設計を、数字として見てみたかった。
安全のため。
将来のため。
無駄を防ぐため。
もっともらしい理由はいくつもある。
だが、その奥には単純な好奇心があった。
能力を設計することだけは、フクリにとって苦痛ではなかった。
むしろ、考え始めれば時間を忘れるほど楽しかった。
「今日だな」
小さく呟く。
二つ目に作る能力は、ずっと前から決めている。
紙に書いた念能力が、成立にどれほどのメモリを必要とするのか調べる能力。
攻撃はできない。
防御にも使えない。
危険から逃げることもできない。
単体では、戦闘の役にまったく立たない。
それでもフクリには、どんな攻撃能力より先に必要だった。
自分の才能は、戦うことには向いていない。
身体能力は普通。
格闘の才能も普通。
オーラを強く放出することも得意ではない。
何年修行を続けても、纏と練の成長は遅かった。
絶だけは大きく伸びたが、それも正面から敵を倒す技術ではない。
その代わり、念能力の構造を考える時だけは違った。
どうすれば成立するのか。
どこへ制約を置くべきか。
どの機能が無駄なのか。
何を削れば、能力の本質を保ったまま必要量を下げられるのか。
そうした考えが、自然と頭の中へ浮かんでくる。
戦う才能ではなく、作る才能。
フクリの念の才能は、そこだけに極端なほど偏っていた。
ならば、それを伸ばす。
自分が最も得意な部分へ、先にメモリを使う。
それがフクリの選択だった。
◇
宿を出る前に、いつもどおり仕事の準備をする。
手袋。
水筒。
昼食。
簡単な工具。
忘れ物がないか、二度確認する。
二つ目の能力を作る日だからといって、仕事を休むつもりはなかった。
能力を作るのは夜。
それまでは普通に働く。
日常を崩す必要はない。
「今日は早いな」
宿の前で、同じ現場へ向かう男に声をかけられた。
ダイゴ。
三十代半ばの作業員で、現場ではフクリよりもずっと経験が長い。
「いつもと同じですよ」
「そうだったか?」
「ダイゴさんが遅いだけじゃないですか」
「朝から厳しいな、お前」
「事実です」
「十七歳とは思えん言い方するよな」
ダイゴは眠そうにあくびをしながら歩き出した。
「俺なんて毎朝、仕事を辞めたいと思ってるぞ」
「俺も思ってます」
「嘘つけ。お前、毎日ちゃんと来るじゃないか」
「辞めたらお金が入らないので」
「夢がないな」
「生活には必要です」
「やっぱり十七歳じゃないだろ」
ダイゴは笑った。
フクリも少しだけ口元を緩める。
本当に、仕事が好きなわけではない。
雨の日は休みたい。
暑い日は涼しい場所で寝ていたい。
朝、布団から出るたびに、今日くらい行かなくてもいいのではないかと思う。
それでも行く。
休めば給料が減る。
仕事を失えば、新しい仕事を探す必要がある。
その方が面倒だ。
後で困るくらいなら、今働く。
努力が好きだからではない。
未来の面倒を減らしたいだけだった。
◇
その日の現場では、建物の二階部分を組み上げていた。
フクリは切り出された木材を運び、道具を渡し、足場の周囲を片づける。
念は最低限しか使わない。
薄い纏で身体を守り、作業を補助する程度。
本気で念を使えば、普通の人間より重い資材を持てる。
長い時間働くこともできる。
だが、それを見せる必要はない。
少し体力のある若者。
周囲からは、その程度に思われれば十分だった。
「フクリ、こっち持ってくれ」
ダイゴが太い木材の反対側を指す。
「はい」
二人で持ち上げる。
纏を使えば、一人でも持てるかもしれない。
しかし二人で運べる物を、一人で持つ意味はなかった。
「せーの」
声を合わせ、指定された場所へ運ぶ。
木材を下ろした後、ダイゴが腰を叩いた。
「歳を取ると、こういうのがきついな」
「まだ三十代でしょう」
「十七の奴に言われても嫌味にしか聞こえん」
「じゃあ、もう歳ですね」
「お前、本当に他人には厳しいな」
「無理に若いって言う方が失礼でしょう」
「そういうところだよ」
ダイゴは呆れながらも笑っている。
フクリは、他人へ必要以上に優しくする性格ではなかった。
自分にできる範囲なら助ける。
仲良くなった相手なら、親身にもなる。
だが、できないことまで引き受けるつもりはない。
自分の力が及ばないなら、手を引く。
無責任な慰めも言わない。
大丈夫ではないものを、大丈夫だとは言わない。
それで冷たいと思われても構わなかった。
誰かを助けようとして、自分まで死ぬ方が嫌だった。
◇
仕事を終え、宿へ戻った頃には、全身へ軽い疲労が溜まっていた。
食事を済ませ、身体を洗う。
すぐに能力を作り始めることはしなかった。
扉の鍵。
窓。
廊下の気配。
不審な音がないか確かめる。
その後、布団へ横になり絶へ入った。
身体から流れ出すオーラを閉じる。
外気の冷たさを感じやすくなるため、布団を肩まで掛けた。
安全な場所で使う絶は、身体を静かな休息状態へ導く。
工事で溜まった疲労が、少しずつ抜けていく。
能力を作る前に、身体と精神を整える。
疲れた状態で始めれば、集中が乱れる。
設計を間違える可能性もある。
今日中に完成させなければならない決まりはない。
状態が悪ければ、明日に延ばしてもいい。
焦らない。
安全を優先する。
それがフクリのやり方だった。
◇
夜が深くなった頃、フクリは机の前へ座った。
引き出しから、何年も前に書いた紙の束を取り出す。
二つ目の能力案。
何度も書き直したため、紙の端は擦れ、古い案には何本もの線が引かれている。
最初は、もっと多くの機能を入れようとしていた。
他人の念能力に使われているメモリ量を調べる。
能力の弱点を見抜く。
自分と相手の能力を比較する。
完成した能力を後から分析する。
便利ではある。
だが、機能を増やすほど必要なメモリも増える。
他人の能力へ干渉する機能は、特に重いはずだ。
自分の能力作成を助けたいだけなのに、戦闘や情報収集の機能まで入れれば、本来の目的から外れてしまう。
だから削った。
何度も。
必要な部分だけを残した。
紙へ能力案を書く。
その能力を作るために必要なメモリ量が表示される。
対象は、自分がこれから作る念能力だけ。
これでいい。
今のフクリに必要なのは、万能な鑑定能力ではない。
正確な見積もりだった。
紙の一番上には、能力名が書かれている。
『容量判定(メモリー・ジャッジ)』
簡単な名前だ。
だが役割が分かりやすい。
フクリは気に入っていた。
◇
能力の条件を、もう一度整理する。
念能力②
『容量判定(メモリー・ジャッジ)』
* 紙へ、フクリ自身が作りたい念能力の内容と条件を書く。
* 書かれた設計を基に、その能力の作成に必要なメモリ量を判定する。
* 判定が完了すると、必要なメモリ量が数字として紙へ表示される。
* 能力の説明や条件が曖昧な場合、正確な数字は表示されない。
* 条件を書き換えた場合は、改めて判定する必要がある。
* 判定できるのは、フクリ自身が新たに作成する念能力に限られる。
* 他人の念能力や、他人が作ろうとしている能力は判定できない。
* すでに完成している他人の能力を解析することもできない。
設計としては完成している。
問題は、必要なメモリ量だった。
この能力を作る目的そのものが、必要メモリを調べることだ。
つまり、この能力を作る前には、この能力自身の必要量を正確に調べられない。
最初の一回だけは、自分の設計感覚で見積もる必要がある。
フクリの感覚では、百五十から二百。
百五十でも成立するような気がする。
だが足りなかった場合が怖い。
途中まで作って失敗すれば、使ったメモリが戻らない可能性もある。
不完全な能力として固定される危険もある。
ならば、少し多めに入れる。
二百メモリ。
五十多いかもしれない。
それでも不足するよりはいい。
余った分が無駄になる可能性はある。
だが、最初の一度だけは安全側へ寄せる。
「二百」
フクリは紙の隅へ書いた。
何年も使わずに貯めてきたメモリ。
そこから二百を使う。
小さな量ではない。
使えば、複利の増加速度も下がる。
上限へ届く時期も遅くなる。
九百近くまで待つという当初の予定も崩れる。
だからこそ、十七歳と六か月まで迷い続けた。
それでも、この能力には価値がある。
一度作れば、その後すべての能力設計に使える。
必要量が分からないまま能力を作る危険を減らせる。
長く生き、何度も能力を作るつもりなら、早い段階で持っておく方がいい。
目先のメモリを失っても、将来の無駄を減らせる。
「……我慢できなかっただけでもあるけどな」
自分にだけ聞こえる声で呟いた。
安全や効率だけが理由ではない。
ただ数字を見たかった。
その気持ちを否定するつもりもなかった。
◇
フクリは目を閉じた。
まず、纏。
身体から流れ出すオーラを周囲へ留める。
次に、練。
身体の奥から、普段より多くのオーラを生み出す。
得意ではない。
何年修行しても、オーラを強く放出する時には力みが出る。
肩へ力が入り、呼吸が重くなる。
それでも、以前よりは扱えるようになっていた。
急がない。
一気に作ろうとしない。
少しずつオーラを整える。
頭の中で、能力の形を確認する。
紙。
文章。
条件。
判定。
数字。
余計な機能は入れない。
他人の能力を調べない。
戦闘へ転用しない。
自分の能力設計だけを助ける。
形がはっきりしたところで、自分の内側へ意識を向ける。
使用可能なメモリ。
何年もかけて増やしてきた余白。
そこから二百を切り離す。
「使う」
小さく声に出した。
能力を作らずに待つ時間は終わった。
今度は、使うと決める。
内側の余白から、二百メモリが動き始めた。
フクリの設計した仕組みへ流れ込んでいく。
十。
二十。
五十。
数字が見えているわけではない。
だが、自分がどれほどのメモリを動かしているか、感覚では分かる。
能力の骨組みが作られていく。
紙へ書かれた内容を読み取る部分。
必要量を計算する部分。
結果を紙へ表示する部分。
一つずつ、形になる。
百。
百二十。
百四十。
そして。
百五十。
その瞬間、能力の核が完成した。
「……?」
フクリは僅かな違和感を覚えた。
まだ二百すべてを使っていない。
残りは五十。
だが、作ろうとしていた能力は、すでに完成した感覚がある。
紙へ書いた設計。
必要量の判定。
数字の表示。
本来求めていた機能は、すべて形になっている。
「百五十で足りたのか」
見積もりを外した。
不足ではない。
多すぎた。
フクリはすぐにオーラの流れを止めようとした。
残った五十メモリを、自分の使用可能な余白へ戻す。
そう考えた。
だが、流れは止まらなかった。
「待て」
二百メモリを使う。
フクリは能力作成を始める前に、そう決めていた。
自分の中で明確に切り離した二百メモリは、すでに一つのまとまりとして能力へ向かっている。
百五十で完成したからといって、余った五十だけを簡単に戻すことはできなかった。
五十メモリが、完成した能力の中へ流れ込む。
無駄に消える。
一瞬、そう思った。
しかし能力は壊れなかった。
必要以上のメモリを受け取った『容量判定』は、その余剰を使い、自らの機能を修正し始めた。
作りたい能力の必要量を知る。
それだけでは、能力を安全に作るには足りない。
現在、自分が何メモリ持っているのか。
能力を作った場合、どれだけ残るのか。
最低限残さなければならない百メモリを下回らないか。
上限の千まで、あとどれほど必要なのか。
現在の増加速度なら、目標へいつ到達するのか。
フクリ自身が、今まで感覚でしか分からなかった情報。
余った五十メモリは、それらを数字として確認するための機能へ変わっていく。
「追加機能……?」
フクリは驚きながらも、流れを観察した。
余剰メモリが勝手に別の能力を作ったわけではない。
元の設計から外れていない。
能力作成に必要なメモリを判定する。
その目的を、より安全に、より正確に行うための補助機能。
現在のメモリ状況を把握できなければ、必要量だけ分かっても計画を立てにくい。
今の保有量。
使用可能量。
能力を作った後の残量。
不足量。
予想到達時期。
それらを表示する機能が、既存の『容量判定』へ組み込まれていく。
フクリが二百メモリを使うと決めたこと。
そして能力の本来の必要量が百五十だったこと。
その差が、予定していなかった改良を生み出した。
◇
机の上の紙へ、黒い染みが現れた。
インクをこぼした覚えはない。
染みはゆっくりと広がり、細い線へ変わる。
線が数字を形作った。
最初に表示されたのは、作成した能力の情報だった。
能力名:容量判定(メモリー・ジャッジ)
本来必要メモリ:一五〇
投入メモリ:二〇〇
余剰投入メモリ:五〇
その下へ、新しい文字が浮かび上がる。
余剰五〇メモリを使用し、メモリ状況表示機能を追加しました。
「本当に百五十だったのか」
フクリは紙を見つめた。
見積もりとしては悪くない。
最大で二百と考えた。
実際は百五十。
五十の差。
初めて能力を見積もったことを考えれば、大きく外したわけではない。
そして余分に投入した五十も、完全な無駄にはならなかった。
能力が意味のある形へ修正された。
それは偶然ではないように思えた。
フクリが設計した能力の目的が、明確だったからだ。
安全に能力を作る。
無駄なメモリを減らす。
将来の計画を立てる。
余剰メモリは、その目的を補う方向へ使われた。
能力の形を曖昧にしていれば、こうはならなかったかもしれない。
フクリの能力設計に偏った才能が、予定外のメモリさえも、設計の範囲内へ収めた。
◇
紙に、さらに数字が現れる。
メモリ上限:一〇〇〇
最低保持メモリ:一〇〇
使用中の能力:
・0.1%の積み重ね(複利) 九〇〇
・容量判定(メモリー・ジャッジ) 二〇〇
表示を見たフクリは、僅かに眉を寄せた。
『0.1%の積み重ね』へ使った九百メモリは、能力そのものを維持するための固定使用量。
『容量判定』へ投入した二百も、同様に能力へ固定されている。
この数字だけを足せば、千を超えている。
だが、これは現在の上限千とは別の意味を持つ。
『0.1%の積み重ね』は、本来持っていたメモリ九百を能力の核へ変え、その後に使用可能メモリを百から再生成している。
つまり現在の使用可能メモリは、固定された能力用メモリとは別に、『複利』によって回復・増加している余白だった。
能力の仕組みが、初めて数字として整理される。
さらに文字が浮かぶ。
現在使用可能メモリ:三六八
現在作成可能メモリ:二六八
現在増加率:一日〇・三六八メモリ
フクリは無意識に身を乗り出した。
「三百六十八……」
今まで、感覚でしか分からなかった現在値。
能力②へ二百を投入した後で、三百六十八残っている。
つまり能力を作る直前には、五百六十八メモリ持っていたことになる。
九百には、まだ遠かった。
本来の予定どおり待つなら、さらに数年必要だっただろう。
やはり予定を前倒ししたことになる。
「本当に我慢できてなかったんだな」
自分で自分に呆れ、少し笑った。
だが後悔はなかった。
この数字を見られるだけでも、能力を作った価値はある。
今までの自分は、暗い部屋の中で手探りをしていたようなものだった。
増えていることは分かる。
減ったことも分かる。
だが正確な量は分からない。
今日からは違う。
能力を作る前に、必要量を確認できる。
現在の残量も分かる。
作成後のメモリも計算できる。
最低百メモリを割らないかどうかも、数字で確かめられる。
『0.1%の積み重ね』と、これ以上なく相性のいい能力だった。
◇
しばらく休んだ後、フクリは新しい紙を一枚取り出した。
能力が本当に正常に動くのか、試す必要がある。
最初に書いたのは、以前から何度も考えていた小さな能力だった。
「右手の人差し指の先端から、蝋燭一本分ほどの弱い光を発生させる。光は熱や攻撃力を持たず、フクリが意識している間だけ持続する」
以前なら、必要量を感覚で考えるしかなかった。
おそらく少ない。
十前後。
その程度の予想。
今は違う。
フクリは紙へ手を近づけ、『容量判定』を発動した。
僅かなオーラが紙へ流れる。
数秒後、文章の下へ文字が現れた。
必要メモリ:一二
作成後の使用可能メモリ:三五六
最低保持メモリ:維持可能
「十二か」
予想に近い。
次に、同じ能力へ熱を加える。
紙を書き直す。
「右手の人差し指の先端から、蝋燭一本分ほどの光と熱を発生させる。小さな紙や薪へ着火できる。使用中のみ発動する」
判定。
必要メモリ:三五
光だけなら十二。
熱と着火機能を加えると三十五。
機能を一つ増やしただけで、必要量は大きく変わった。
さらに安全機能を追加する。
自分の指を火傷しない。
衣服へ勝手に燃え移らない。
意識を失ったら自動で消える。
判定結果は、さらに増えた。
「面白い」
フクリは夢中になった。
数字が出るたび、設計のどの部分が重いのか分かる。
条件を狭めれば下がる。
便利な機能を増やせば上がる。
曖昧な説明では数字が表示されない。
例えば、
「危険を事前に知らせてくれる能力」
これだけを書いて判定しても、数字は現れなかった。
代わりに、紙へ短い文章が表示される。
判定不能:危険の定義、探知範囲、通知方法、発動条件が不明確です。
「そこまで教えてくれるのか」
これも余剰五十メモリによる補助機能の一部らしい。
不足している条件を指摘する。
ただし、正解の能力を設計してくれるわけではない。
何を危険とするか。
どう知らせるか。
どこまで調べるか。
それを決めるのは、あくまでフクリ自身だった。
能力が設計を代行するのではない。
フクリの設計を、数字と情報で補助する。
その距離感も気に入った。
◇
机の上は、すぐに紙で埋まった。
疲労回復。
索敵。
聴覚強化。
治癒。
防御。
瞬間移動。
未来予知。
思いつく能力を書いては、条件を変えて判定する。
強力な能力ほど、必要量は大きい。
特に、条件が少なく自由度の高い能力は重かった。
どこへでも瞬間移動できる。
無条件で怪我を治す。
未来を正確に見る。
そうした都合のいい設計には、現在のフクリでは到底払えない数字が表示された。
反対に、使う場所や回数を制限すれば下がる。
一日に一度。
触れている物だけ。
自分にしか使えない。
事前に印をつけた場所だけ。
失敗した場合の危険を受け入れる。
制約が具体的で重いほど、必要量は小さくなる。
フクリは改めて理解した。
念能力は、願えば何でも実現する魔法ではない。
どこまで欲しいのか。
何を諦めるのか。
何を危険として背負うのか。
その選択によって、能力の形が決まる。
設計する才能とは、強い能力を思いつく才能ではない。
必要な機能と、不要な機能を分ける才能。
目的を守ったまま、どこまで削れるか考える才能。
そして、自分が背負える制約を見極める才能だった。
◇
夜明けが近づいていた。
机の灯りに使っている油も、残り少ない。
明日は仕事がある。
これ以上続ければ、睡眠不足になる。
フクリは紙を片づけようとした。
その時。
引き出しの奥にしまっていた、一枚の紙が目に入った。
何年も前から考えていた能力。
最初の能力を作った時から、心の奥にあった願い。
死にたくない。
死んだとしても、すべてを失いたくない。
今まで積み重ねた記憶。
念能力。
自分自身。
それらを次へ持ち越す能力。
フクリは手を止めた。
今夜調べる必要はない。
明日でもいい。
身体を休める方が安全だ。
頭ではそう分かっている。
それでも、必要量だけは知りたかった。
作れるのか。
作れないのか。
どれだけ待てば届くのか。
能力②を予定より早く作ってしまった理由と同じだった。
知りたい。
ただ、それだけだった。
フクリは新しい紙を一枚、机の中央へ置いた。
そして、三つ目の能力案を書き始めた。
能力名は、ずっと前から決まっている。
『転生(死にたくないよ)』
記憶を引き継ぐ。
念能力を引き継ぐ。
性別を引き継ぐ。
ただし、そのままでは必要なメモリが大きすぎる可能性がある。
どこまで条件を絞るのか。
何を諦めるのか。
何を絶対に残すのか。
ここからが、フクリの本当の仕事だった。