0.1%の積み重ね   作:仮面のカルメン

11 / 16
第8話 容量判定 後編

 

第8話 容量判定 後編

 

 フクリは、机の中央に置いた紙を見つめた。

 

 書かれているのは、能力名だけだった。

 

 『転生(死にたくないよ)』

 

 少し情けない名前に見える。

 

 もっと格好のいい名前を付けることもできた。

 

 輪廻。

 

 再誕。

 

 永劫回帰。

 

 思いつく言葉はいくつもある。

 

 それでもフクリは、この名前を変えなかった。

 

 死にたくない。

 

 それが能力を作る理由のすべてだったからだ。

 

 英雄になりたいわけではない。

 

 死を恐れない強者になりたいわけでもない。

 

 死んでも平気だから無茶をしたいわけでは、なおさらない。

 

 ただ、今まで積み重ねてきたものを失いたくなかった。

 

 父と母に愛されて育った記憶。

 

 前世で生きた記憶。

 

 五年間かけて念へ辿り着いた時間。

 

 考え抜いて作った能力。

 

 自分という人間を形作る、すべて。

 

 それらが死んだ瞬間に消えてしまうことを、フクリは受け入れられなかった。

 

 だから次へ持ち越す。

 

 記憶。

 

 念能力。

 

 そして、自分が男性であるという性別。

 

 この三つは絶対に残す。

 

 問題は、それ以外をどこまで諦められるかだった。

 

     ◇

 

 フクリは最初の設計を書き始めた。

 

 まずは自分が理想とする転生を、そのまま文章にする。

 

 「死亡した際、現在の記憶、念能力、性別、身体能力、オーラ量を保持したまま、任意の世界、任意の時代、任意の家系へ転生する。転生時の年齢、種族、容姿も自由に選択できる」

 

 書き終えた時点で、フクリ自身も無理だと思った。

 

 転生というより、次の人生を完全に注文する能力だ。

 

 それでも、どれほど必要なのか知りたかった。

 

 紙へ手を近づけ、『容量判定』を発動する。

 

 黒い線が、ゆっくりと浮かび上がった。

 

 必要メモリ:判定上限超過

 

「だよな」

 

 驚きはしなかった。

 

 現在の『容量判定』で扱える数字を、遥かに超えているらしい。

 

 世界。

 

 時代。

 

 家系。

 

 種族。

 

 年齢。

 

 容姿。

 

 肉体。

 

 すべてを自分の希望どおりに決める。

 

 そんな能力が千メモリ以内で作れるはずがない。

 

 フクリは紙を捨てず、机の端へ置いた。

 

 失敗した設計にも意味がある。

 

 どの条件が重いのか。

 

 一つずつ削り、数字の変化を確かめる。

 

 それこそが『容量判定』を作った理由だった。

 

     ◇

 

 最初に外したのは、身体能力とオーラ量の引き継ぎだった。

 

 転生後は、新しい肉体から始める。

 

 前の人生でどれだけ鍛えていても、筋力や体力は持ち越さない。

 

 反射神経。

 

 身体の頑丈さ。

 

 オーラの総量。

 

 念を扱う才能。

 

 それらはすべて、転生先の肉体に依存する。

 

 引き継ぐのは念能力と、その使い方に関する記憶だけ。

 

 条件を書き直し、判定する。

 

 必要メモリ:一四八〇

 

「まだ高いな」

 

 具体的な数字は出た。

 

 だが、千を大きく超えている。

 

 『0.1%の積み重ね』の上限は千メモリ。

 

 どれだけ時間をかけても、このままでは作れない。

 

 次に、転生時の年齢と容姿を選ぶ機能を外した。

 

 必ず赤ん坊、あるいは転生先の種族における出生直後の状態から始まる。

 

 顔。

 

 身長。

 

 体格。

 

 髪や瞳の色。

 

 それらも選べない。

 

 判定。

 

 必要メモリ:一二九五

 

 大きく下がった。

 

 完成した肉体を自由に作る機能は、それだけ重いらしい。

 

 次は家系。

 

 王族。

 

 富豪。

 

 念能力者の血筋。

 

 健康な両親。

 

 安全な家庭。

 

 それらを指定する機能を外す。

 

 どこへ生まれるかは選べない。

 

 判定。

 

 必要メモリ:一一八〇

 

「あと百八十」

 

 少しずつ現実的な数字へ近づいている。

 

 だが千を超えている以上、作れないことに変わりはない。

 

 次に、時代の指定を捨てた。

 

 何年後に転生するかは選べない。

 

 現在に近い時代。

 

 遠い未来。

 

 あるいは過去に似た時代。

 

 どこになるかは能力へ委ねる。

 

 判定。

 

 必要メモリ:一〇九八

 

 残り九十八。

 

 フクリは紙を見つめた。

 

 ここから先は、削る条件が重くなる。

 

 次に外せる大きな自由は、世界の指定だった。

 

 次も必ずHUNTER×HUNTERの世界へ生まれる。

 

 それを諦める。

 

 念が存在しない世界かもしれない。

 

 前世のような世界へ戻るかもしれない。

 

 魔法や未知の力が存在する世界へ生まれる可能性もある。

 

 今より平和な世界。

 

 今より危険な世界。

 

 何一つ選べない。

 

 それでも、自分だけは持ち越す。

 

 フクリは条件を書き換えた。

 

 判定。

 

 必要メモリ:九五六

 

「千を切った」

 

 初めて、作成可能な範囲へ入った。

 

 しかし九百五十六メモリ。

 

 『0.1%の積み重ね』を維持するには、最低百メモリを残さなければならない。

 

 上限千まで貯めても、使用できる最大量は九百。

 

 あと五十六メモリ削る必要がある。

 

     ◇

 

 フクリは、絶対に残したいものを改めて紙へ書いた。

 

 記憶。

 

 念能力。

 

 男性という性別。

 

 この三つは削らない。

 

 転生先の世界、時代、家系、容姿、身体能力、オーラ量は選ばない。

 

 赤ん坊から始める。

 

 それでも九百五十六。

 

「ほかに、何を選ぼうとしている?」

 

 文章に書いていなくても、本人が当然だと思っている条件が、能力へ含まれることがある。

 

 安全な場所へ生まれたい。

 

 健康な肉体がいい。

 

 愛情のある家庭がいい。

 

 できれば人間がいい。

 

 そうした無意識の希望も、能力の自由度として数えられている可能性がある。

 

 まず、転生までの時間を諦めた。

 

 死亡後、すぐに転生できるとは限らない。

 

 一年後。

 

 百年後。

 

 数千年後。

 

 いつになるかは選べない。

 

 「死亡から転生までの時間は指定できず、能力に委ねる」

 

 判定。

 

 必要メモリ:九四八

 

 八メモリ下がった。

 

 次は種族。

 

 人間に限らない。

 

 別の知的種族。

 

 人に近い種族。

 

 今のフクリが知らない生命。

 

 男性という性別を持ち、自分の記憶と自我を保持できるなら受け入れる。

 

 「転生先の種族は選べない」

 

 判定。

 

 必要メモリ:九三四

 

 十四メモリ下がった。

 

 だが、ここで問題が生じる。

 

 知性を持たない生物へ転生したらどうなるのか。

 

 記憶を引き継いでも、それを理解できない。

 

 自我を保てなければ、自分が続いているとは言えない。

 

 この条件は必要だった。

 

 「転生先は、自我と記憶を保持できるだけの知性を持つ生命に限る」

 

 判定。

 

 必要メモリ:九四二

 

 八増えた。

 

 安全性を追加すれば、当然重くなる。

 

 それでも外せない。

 

 残り四十二メモリ。

 

     ◇

 

 次に、念能力の引き継ぎ方を見直した。

 

 念能力を引き継ぐ。

 

 この文章だけでは、生まれた瞬間からすべての能力を自由に使えるようにも解釈できる。

 

 赤ん坊の肉体。

 

 未成熟なオーラ。

 

 精孔すら開いていない状態。

 

 それでも念能力を完全に使えるようにするなら、相当なメモリが必要になるはずだ。

 

 フクリが求めているのは、能力を失わないことだった。

 

 生まれた瞬間から使える必要はない。

 

 新しい身体が成長し、念を扱える状態になるまで使えなくても構わない。

 

 「念能力は保持するが、新しい肉体の成長度、オーラ量、念の習得状態によって使用を制限される」

 

 判定。

 

 必要メモリ:九一八

 

「二十四下がった」

 

 残り十八。

 

 かなり近づいた。

 

 次は記憶。

 

 前世までの記憶をすべて引き継ぐ。

 

 生まれた瞬間から完全な自我を持たせる必要があるのか。

 

 現在のフクリは、六歳まで前世の記憶を持っていなかった。

 

 六歳になってから戻った。

 

 次の人生でも、身体と脳が記憶を安全に受け入れられるまで、思い出す時期が遅れても構わない。

 

 ただし、一生戻らないのでは意味がない。

 

 時期は選べない。

 

 だが必ず戻る。

 

 その形へ調整する。

 

 「記憶が戻る時期は選べない。ただし、新しい肉体が記憶と自我を安全に受け入れられる段階へ到達した時、必ず過去の記憶を完全に回復する」

 

 判定。

 

 必要メモリ:九〇七

 

「あと七」

 

 フクリは椅子の背へ身体を預けた。

 

 目標の九百まで、残り七メモリ。

 

 ここまで削っても、能力の核は残っている。

 

 記憶。

 

 念能力。

 

 性別。

 

 もう大きく削れる部分はない。

 

 だが七メモリなら、曖昧な条件を整理すれば届く可能性がある。

 

     ◇

 

 フクリは発動条件を見直した。

 

 死亡時に発動する。

 

 だが、死亡とは何か。

 

 心臓が停止すること。

 

 脳が活動を止めること。

 

 肉体が再生不能になること。

 

 念能力によって人格を消されること。

 

 記憶を完全に破壊されること。

 

 肉体が生きていても、自分という存在が失われる場合がある。

 

 フクリにとって、それは死と同じだった。

 

 そこで、二つの死亡を明確に定義する。

 

 身体的死亡。

 

 肉体が生命活動を維持できず、現在の身体で生存を継続できない状態。

 

 思考的死亡。

 

 肉体が生きていても、記憶、自我、人格が不可逆的に失われ、現在のフクリとして思考できなくなった状態。

 

 このどちらかを能力が認定した時、自動的に発動する。

 

 一時的な仮死状態では発動しない。

 

 気絶でも発動しない。

 

 治療可能な記憶喪失でも発動しない。

 

 回復の可能性が完全に失われた場合だけ。

 

 発動するかどうかを、自分の意思では選べない。

 

 条件を細かく書き込む。

 

 判定。

 

 必要メモリ:九〇三

 

「あと三」

 

 死亡の定義を明確にしたことで、能力の迷いが減った。

 

 残り三メモリ。

 

 数字だけを見れば、あと僅かだ。

 

 だが、最後の三が見つからない。

 

 フクリは紙に書かれた条件を、上から何度も読み返した。

 

 転生先の世界。

 

 時代。

 

 家系。

 

 種族。

 

 容姿。

 

 身体。

 

 何も選べない。

 

 赤ん坊から始まる。

 

 記憶が戻る時期も選べない。

 

 念能力も、すぐには使えない。

 

 死亡後、いつ転生するかも分からない。

 

 それでも九百三。

 

「何か、まだ自由が残っている」

 

 自分が無意識に選ぼうとしているもの。

 

 次の人生でも、当然維持されると思っているもの。

 

 フクリはしばらく考え続けた。

 

 そして、机の隅に置かれた能力名へ目を向けた。

 

 『転生(死にたくないよ)』

 

 転生した後、自分は何と呼ばれるのか。

 

 転生先の家族が、新しい名前を付ける。

 

 それは当然のことだ。

 

 別の人生なのだから、別の名前で生きる。

 

 だが。

 

 記憶が戻った時、その名前を自分だと思えるだろうか。

 

 今の名前は、父と母が付けてくれたものだった。

 

 六歳まで、前世の記憶がない状態で生きた自分。

 

 前世の人格と記憶が加わった後も、変わらず使い続けた名前。

 

 フクリ。

 

 この名前は、今の人生だけのものではない。

 

 前世の自分と、今世の自分が一つになった後に選んだ、自分自身の名前だった。

 

「これも持っていきたいのか」

 

 記憶。

 

 念能力。

 

 性別。

 

 その三つだけだと思っていた。

 

 だが、本当は名前も失いたくなかった。

 

 どの世界へ生まれても。

 

 どの種族になっても。

 

 自分はフクリとして生きたい。

 

 ならば、それを希望ではなく制約にする。

 

 自由に名前を選べる権利を捨てる。

 

 次の人生で、どんな文化の中に生まれても。

 

 家族がどんな名前を望んでも。

 

 能力上の本名は、必ずフクリとなる。

 

 苗字。

 

 家名。

 

 称号。

 

 それらは転生先へ委ねる。

 

 だが個人名だけは固定する。

 

 改名することはできても、念能力が本人を認識する名前は、永遠にフクリ。

 

 フクリは、新しい条件を書き加えた。

 

 「転生後の個人名は、必ず『フクリ』として定着する」

 

 「転生先の家族や周囲は、その名前を不自然なものとして認識しない」

 

 「家名、姓、称号は転生先に依存するが、能力上の本名は永遠に『フクリ』で固定される」

 

 自由な命名を捨てる。

 

 何度生まれ変わっても、同じ名前を背負う。

 

 それは小さな制約に見える。

 

 だが、人生の始まりに与えられる名前を永久に固定するのは、思っている以上に重い。

 

 フクリは『容量判定』を発動した。

 

 紙へ数字が浮かび上がる。

 

 必要メモリ:九〇〇

 

 フクリはしばらく動かなかった。

 

 数字を何度も確認する。

 

 九百。

 

 ぴったり九百。

 

 上限千まで貯め、百メモリを残せば作れる。

 

 過不足はない。

 

「……できた」

 

 小さな声が漏れた。

 

 まだ能力を手に入れたわけではない。

 

 設計が完成しただけだ。

 

 それでも、長く抱えていた願いが、初めて実現可能な形へ変わった。

 

 最後に残したのは、力ではなかった。

 

 転生先の安全でもない。

 

 自分の名前だった。

 

 フクリは紙の上に書かれた九百という数字を見つめ、静かに笑った。

 

「どこへ生まれても、俺はフクリか」

 

 悪くない。

 

     ◇

 

 フクリは新しい紙を取り出し、完成した能力の条件を丁寧に書き直した。

 

念能力③

 

『転生(死にたくないよ)』

 

* 身体的死亡、または思考的死亡が成立した時に自動発動する。

* 身体的死亡とは、現在の肉体で生命活動を継続できず、回復の可能性が完全に失われた状態を指す。

* 思考的死亡とは、記憶、自我、人格が不可逆的に失われ、現在のフクリとして思考を継続できなくなった状態を指す。

* 一時的な仮死、気絶、意識喪失、治療可能な記憶障害では発動しない。

* 転生後も、過去の人生で得た記憶をすべて引き継ぐ。

* 記憶が戻る時期は選べないが、新しい肉体が安全に受け入れられる段階へ到達した時、必ず完全に回復する。

* 習得済みの念能力をすべて引き継ぐ。

* 引き継いだ念能力は、新しい肉体の成長度、オーラ量、念の習得状態によって使用を制限される。

* 性別は男性として引き継ぐ。

* 転生後の個人名は、必ず「フクリ」となる。

* 転生先の家族や周囲は、その名前を自然なものとして受け入れる。

* 家名、姓、称号は転生先に依存するが、能力上の本名は常に「フクリ」として固定される。

* 転生先の世界、時代、地域、家系、種族、容姿は選択できない。

* 転生先は、自我と記憶を保持できるだけの知性を持つ生命に限られる。

* 新しい肉体の身体能力、オーラ量、才能は引き継がず、転生先の肉体に依存する。

* 必ず赤ん坊、またはその種族における出生直後の状態から始まる。

* 死亡から転生までの時間は指定できない。

* 死亡から転生までの期間、意識および時間感覚は保持されない。

* 必要メモリは九百。

 

 余計な機能はない。

 

 欲しいものは残した。

 

 記憶。

 

 念能力。

 

 男性という性別。

 

 そして、フクリという名前。

 

 その代わり、転生先に関する自由はほとんど捨てた。

 

 次の人生が幸せかは分からない。

 

 裕福な家庭へ生まれる保証はない。

 

 人間ですらないかもしれない。

 

 同じ世界へ戻れる保証もない。

 

 記憶が何歳で戻るかも選べない。

 

 念能力を引き継いでも、新しい肉体ではすぐに使えない。

 

 それでも、自分の積み重ねは消えない。

 

 それで十分だった。

 

     ◇

 

 フクリは『容量判定』をもう一度使った。

 

 完成した『転生』の設計と、現在のメモリ状況を同時に表示させる。

 

 紙へ文字が浮かび上がる。

 

 能力名:転生(死にたくないよ)

 

 必要メモリ:九〇〇

 

 現在使用可能メモリ:三六八

 

 最低保持メモリ:一〇〇

 

 現在作成可能メモリ:二六八

 

 不足メモリ:六三二

 

 現在の増加率を維持した場合の予想到達年齢:二十二歳三か月前後

 

 フクリは、表示された数字を静かに見つめた。

 

 使用可能メモリは三百六十八。

 

 そのうち、百は必ず残さなければならない。

 

 今使えるのは二百六十八。

 

 九百には、まるで届かない。

 

 不足は六百三十二。

 

 二十二歳三か月前後。

 

「四年九か月か」

 

 長い。

 

 だが、念を探すために費やした五年とほとんど変わらない。

 

 待てない時間ではなかった。

 

 工事現場で働く。

 

 休日には村へ帰る。

 

 父と母と食事をする。

 

 念の基礎修行を続ける。

 

 絶を磨く。

 

 そうして普通に暮らしている間にも、メモリは増えていく。

 

「また待つだけだな」

 

 フクリは苦笑した。

 

 簡単な話ではない。

 

 欲しい能力が、明確な設計図として目の前にある。

 

 必要量も分かった。

 

 何歳で届くかまで表示されている。

 

 だからこそ、今すぐ欲しくなる。

 

 条件をさらに削れないか。

 

 記憶だけなら。

 

 念能力だけなら。

 

 性別を外せば。

 

 名前を固定しなければ。

 

 もっと早く作れる。

 

 だがフクリは、完成した設計を書き換えなかった。

 

 妥協した能力を早く手に入れるよりも、欲しい形へ届くまで待つ。

 

 時間はある。

 

 生きている限り、メモリは増え続ける。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 フクリはひどい寝不足だった。

 

 能力の検証と設計に夢中になり、ほとんど眠っていない。

 

 鏡を見ると、目の下に薄い隈ができていた。

 

「やりすぎたな」

 

 安全を優先すると決めているのに、知りたい気持ちを止められなかった。

 

 能力②を予定より早く作った時と同じだ。

 

 フクリは努力家ではない。

 

 だが能力を設計することだけは、放っておくと休むことさえ忘れる。

 

 それが自分の才能なのだろう。

 

 今日は工事現場へ行く。

 

 眠気がある状態で働けば危険だ。

 

 高所作業は断る。

 

 重い物を運ぶ時は、普段以上に周囲を確認する。

 

 集中できないと判断したら早退する。

 

 フクリはそう決めて宿を出た。

 

「お前、顔がひどいぞ」

 

 外で待っていたダイゴが言った。

 

「少し寝不足です」

 

「夜遊びか?」

 

「考え事です」

 

「十七歳の夜遊びが考え事って、寂しくないか」

 

「寝不足で仕事をする方が問題です」

 

「それはそうだ。今日は上に登るなよ」

 

「そのつもりです」

 

 ダイゴは冗談を言いながらも、フクリの状態を見てすぐに作業を調整した。

 

 仲良くなった相手には、こういうところで親身になる。

 

 フクリは素直に従った。

 

 自分だけで判断するより、経験のある人間の意見を聞く方が安全だった。

 

     ◇

 

 その日の夜。

 

 仕事から戻ったフクリは、食事を済ませるとすぐに布団へ入った。

 

 扉と窓を確認する。

 

 周囲に異常がないことを確かめてから絶へ入る。

 

 身体が静かな休息状態となり、仕事と寝不足による疲労が少しずつ和らいでいく。

 

 目を閉じながら、昨夜完成した設計を思い出す。

 

 九百メモリ。

 

 二十二歳三か月。

 

 そこまで待てば、死への保険を作れる。

 

 もちろん、能力を得たからといって死にたくなるわけではない。

 

 転生できるから無茶をするつもりもない。

 

 転生先は選べない。

 

 次の人生が、今より幸せとは限らない。

 

 父と母へ再会できる保証もない。

 

 今の人生は一度しかない。

 

 能力は、命を軽くするためのものではない。

 

 今の人生を大切にするための、最後の保険だった。

 

「死なないのが一番だ」

 

 転生は、死んでしまった後の話。

 

 目標は、今の人生をできるだけ長く生きること。

 

 そのために修行する。

 

 そのために絶を磨く。

 

 そのために、危険へ近づかない。

 

 そして、どうしても避けられなかった時だけ。

 

 積み重ねてきたものを、次の人生へ持っていく。

 

 どこへ生まれても。

 

 どんな姿になっても。

 

 自分はまた、フクリとして生きる。

 

     ◇

 

 二つ目の念能力。

 

 『容量判定(メモリー・ジャッジ)』

 

 その本来の必要量は、百五十メモリだった。

 

 だがフクリは不足を恐れ、安全側へ寄せて二百メモリを投入した。

 

 余った五十メモリは無駄にならず、現在のメモリ状況、能力作成後の残量、不足量、予想到達時期まで表示する追加機能へ変わった。

 

 フクリは、本来なら九百近くまでメモリを貯めてから、この能力を作るつもりだった。

 

 だが、必要量が分からないまま待ち続けることに耐えられなかった。

 

 安全のため。

 

 将来のため。

 

 そうした理由も本物だった。

 

 それでも最後に背中を押したのは、ただ知りたいという気持ちだった。

 

 彼は戦うことには向いていない。

 

 身体能力も、オーラ操作も、成長速度も天才には及ばない。

 

 だが、能力の目的を定め、余計な機能を削り、制約によって必要量を調整することに関してだけは、異常なほど優れていた。

 

 その夜。

 

 フクリは初めて、その才能を数字として目にした。

 

 そして、三つ目の念能力を九百メモリぴったりへ収めた。

 

 最後に加えた制約は、転生先でも自分の名前を変えないこと。

 

 何度生まれ変わっても。

 

 どれほど遠い世界へ行っても。

 

 フクリは、フクリであり続ける。

 

 次の目標は決まった。

 

 二十二歳三か月。

 

 そこまでメモリを貯める。

 

 今度も焦らず。

 

 一日〇・一%ずつ。

 

 必要な時が来るまで。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。